アシュバスのプライベートルーム 前編
地球から何光年も離れた龍族本星。
その大気圏外に浮かぶ艦があった。
アシュバスのプライベートルーム 前編
新造された猫族宇宙軍旗艦『ノーヴィ・アシュバスガ』は現在龍族本星の対地同期軌道上で周回している。
GPS用人工衛星の静止軌道位置であり宙域、そこでの滞在が許されることだけでも龍族の猫族への厚い信頼がうかがえる。
その『ノーヴィ・アシュバスガ』の最奥部、最も安全と機密が保たれる一室で会談が行われていた。艦長室よりも重厚な警護と防諜設備が整えられた部屋=猫族族長室である。話し合っている人物は2人。
猫族総族長のアシュバスと龍族宇宙軍最高司令官シヴァイであった。
「だ、ダメにゃぁ、そこ、ちがう、もっと右ニャぁ~」
シヴァイの片手は手慣れた様子で位置を変える。その移動過程さえも、アシュバスに絶妙の刺激をあたえながらであった。
「ああああ、ちがう、そこじゃないニャア、あ、いや、そこもイイのにゃあ、あ、でも…」
シヴァイのもう一方の手はアシュバスの違う部位へとそっと這っていく。その指先は細かくリズミカルに震え続ける。
アルペジオを奏でるように強く、弱く、そして終わることはない。
「にゃあみゃあにゃああ、にゃふにゃふにゃふ、にゃにゃにゃ~」
アシュバスの声は、もはや言葉をなしていない。それは次第に声から音へと変わっていく
「ごろごろごろごろ…ぐー…ごろごろごろ…ちがう、ちがう、ちがうのに~そこじゃ、いや、そこも…あああーダメにゃあ」
自分の身体を支えきれなくなったアシュバスは身体を床に横たえる。しかしシヴァイの攻撃の手は止まらない。
「な、なんで、ギリギリの、ちがうとこばっかりを…し、シヴァイのいじわる~…あ、だめ、でも気持ちいいニャアアア」
そしてシヴァイの手のひら、いや折り曲げられた五指は最後の部位にたどり着く。
「ああああああああ、そこは、そこは、そこはぜったいダメにゃあああああ~にゃにゃにゃにゃにゃーーーー」
がぶり。
「い、い痛い!!!あ、アシュバスさま、か、加減を…」
アシュバスに噛みつかれたシヴァイは悲鳴を上げた。甘えた噛みつき、いわゆるアマ噛みではなく、噛んだあとグイっとひねりを入れられたのであった。シヴァイの手には上下2本ずつの牙だけでなく、刀のような形状の前臼歯9本の歯形までくっきりと残った。
「はぁ、はぁ、はぁ…シッポの上はダメにゃ!“愛撫誘発性攻撃行動”が発動するにゃ。…いつも言っているのに~」
そう言いながら、言葉の端々でゴロゴロと喉が鳴るアシュバスである。そう、声はアシュバスであるが、形は…
今、彼女は先祖返りの姿をしている。巨大なクァール姿である。ハアハアと息をつきながら、しばらくは香箱座りをしていたが、よろよろとシヴァイに這い寄り、その膝にもたれかかっていった。シヴァイに体重を預け、再度ゴロゴロと喉を鳴らし、ご機嫌なアシュバスであった。
その姿をシヴァイは心の中でロデム化とよんでいる。クァール時のアシュバスの毛皮は光の加減で様々な色に見えるが地球の太陽光の下ではヒオウギの黒い実のように黒いからである。その艶やかな黒色をシヴァイは美しいと思う。
そのアシュバスのサイズは地球のライオンや豹に匹敵する。しかし動物園やサファリパークで見る大型猫科の獣とは異なり、日々の激しい実戦で鍛え上げられた体つきは「肉食」どころか「猛獣」いや、「獰猛」という言葉さえ連想される。
しかし、ゴロゴロのどを鳴らし心地よさげに目を閉じているアシュバスの姿は平和でのどかな貴い時間を象徴している。
今この瞬間は戦時ではないのだ。幸せなことに。
巨大な猫姿のアシュバスをシヴァイはモフッていたのだった。かなり長い時間、存分に撫でくりまわし続けたのだ。
存分、はアシュバスなのかシヴァイなのか、どちらかわからないが。
「なんで、私の姿を見るなり、撫で始めたのニャあ。」
「質問でお返ししますが、そのお姿だったのはなぜですか? 戦闘訓練の時間ではないとお聞きして伺ったのですが。」
「たまにはクァールにならないとダメなのニャ。いざというときニブくなるのニャ。クーラーといっしょニャ!」
頭を抱えるシヴァイ。ワープ航法や重力・慣性制御の超技術があっても身近な電気製品は地球と同じレベルって。
しかも王宮のクーラーが?
アシュバスは猫族本星の王族の純血種である。
クァールに姿を変えられる者は猫族の中でも数少ない。族長であるアシュバスのように特別な血筋を引き継ぐ者しかクァール=戦闘用獣形に変化は出来ない。(←へんか、ではなくて、へんげと読んでもらいたいです)
クァールに変化したことでアシュバスは人間形態時よりも大きくなっている。2メートルには至らないが、日本人の平均身長ほどのシヴァイよりは確実に大きい。そのアシュバスをシヴァイは撫で回し、揉みまくって、手玉に取っていた。ムツゴロウ級である。
「はにゃあぁ~。しっかし、なんでシヴァイは猫族のナデナデポイントを熟知しているのにゃ?シッポないくせに。」
「そりゃあ、生まれたときから猫は家族でしたから。幼い私を彼らは姉や兄のように見守り、可愛がってくれたそうです。今も地球の両親の家には10匹近くの猫が暮らしているはずです。」
アシュバスは沈黙する。
「…それが不思議なのニャ。地球は猿族が支配したのであろ。なんで他の種族を滅ぼさなかったのニャ?猫は食用ではないのであろ。」
「猫を食べるなんてありえません。…それよりも、私にモフらせるために、この新戦艦で龍族本星まで来たわけではありませんよね。」
“超大型猫”状態のアシュバスはシヴァイから少しだけ離れるとクルリと横を向いて丸くなった。
先程までとは違うゴロゴロ音が聞こえてくる。誤魔化している、と音で判別できるシヴァイであった。
「龍族総族長アフマール様への謝辞謹上に『ノーヴィ・アシュバスガ』初巡航先に龍族星域を選んでくださりありがとうございます。アシュバス様も乗艦された歴戦の龍族旗艦『アフマルガ』と見目麗しい猫族旗艦『ノーヴィ・アシュバスガ』が並んだ姿は一幅の名画のようでございました。総族長お二人の会見も和やかで龍族と猫族の弛まぬ信頼関係を龍族は文武百官から民衆まで全て大喜びでございます。アシュバス様の情け深いお心と所作、このシヴァイ心より感謝する次第でございます。」
「…最近、遊んでくれニャイ…」
シヴァイに背中を向けたまま、アシュバスはつぶやいた。
微笑みながらシヴァイは艶やかな毛皮を撫で続ける。
「忙しいのはわかるニャ。大規模な宇宙戦闘が連続したニャ。シヴァイのおかげで勝ち続けたとは言え、龍族の宇宙艦隊は量も質も限界にゃ…帰星してすぐ、休む間もなくシヴァイとリュトゥーが必死で働いているのは知っているニャ。でも…でも…さびしいのニャア…。」
「アシュバスさま…」
がぶり。
「ててて、アシュバス様!人間のときより大きくなっているし、噛む力も強いんですから、アマ噛みでも痛いんですよー」
「ご、ゴメンにゃ。つい、いつもの手加減で噛んでしまったニャ。」
シヴァイの手には血こそ流れ出てはいないが太くて深い穴がいくつも穿たれている。
「先日やっと休みが取れてジークと温泉に行ったら笑われたんですよ。『戦場の傷よりもアシュバス様の噛み傷の方が多くありませんか』って」
がぶり。
「イターーイ。な、なんでですか。」
「私を呼ばずに、なんでリュトゥーと2人で温泉に行くのニャ!!」
「部下たちと一緒です。みんなを労おうと…あっ、温泉っていっても駅前スパです。おっきな銭湯ですよ。…アシュバス様を呼べるわけが…あ、ああああ」
銀河宇宙軍全将兵に神機妙算の持ち主と名高きシヴァイであるが戦闘力はゼロに等しい。
猫族の族長がアシュバス・クァールにとってはネズミ同然であった。数秒で組み伏せられ、背中に前足揃えてマウンティングされる。
「次からは、私も必ず呼ぶのニャ!わかったニャア!」
「は、はい。承知しました。ご、ごめんなさい、のいてください~」
アシュバスは服を着るために(そのまま人間状態に変化すれば素っ裸である)衣装室へ向かった。
床から猫足のテーブルと椅子がせり上がってくる。首を揉みながら下座の椅子に腰かけるシヴァイに侍女が飲み物を運んできた。
宇宙戦艦それも旗艦に勤務し、族長アシュバスの侍女である。彼女は鍛えられた肢体でしなやかに音もなくシヴァイに近寄った。
彼女がすぐ横に来て、やっとシヴァイは侍女の気配を察した。
「シヴァイ様、コレロン茶です。お口に合うとよろしいのですが。」
「ありがとう。」
すぐにカップを口に運ぶ。猫族の好む適度にぬるい飲料は地球のアールグレイ種に似た味わいである。
シヴァイは自分の好みのお茶を用意してくれていることを温かく感じる。
一礼した侍女は常ならば無言で退室するが、めずらしく続けてシヴァイに声をかけた。
「シヴァイ様、ありがとうございます。」
「ん?」
「アシュバス様は出航の前から、とてもご機嫌麗しゅうございました。元より私どもに不満を露わにする方ではございませんが、それでもこの数ヶ月は快活なお姿が見られず、私どもは皆どうすれば御心が晴れるか、気に病んでおりました。」
ティーカップを丁寧に置いたシヴァイはアシュバスやリュトゥーに向けるのと同じ微笑みを浮かべる。彼女も守るべき存在の一人であるのだ。
「アシュバス様も良い臣下にめぐまれていますね。お心遣い私もうれしく思います。ありがとう。」
シヴァイから返事があると思っていなかった侍女はうろたえた。
「す、すみません、私のような身分の者がシヴァイ様に直接言上いたしまして。どうぞお許し下さい。」
「いえいえ、これからもアシュバス様をお支え下さい。」
慌てて退室する侍女と入れ替わりにアシュバスが戻ってきた。礼服ではなく、動きやすいゆったりした服装である。
「ウチの子猫をいじめるな、ニャ。」
「あ、やっぱりまだ若い方でしたか。」
「若くても鍛え上げいるぞ…でもシヴァイの無防備にはあきれるニャ。彼女が刺客だったら一撃ニャ。」
音をしのばせて歩く猫族は忍者のようだ。気がつく方が難しい、とシヴァイは思ったが口には出さない。クァール化したあとは人間態に戻っても軽い興奮が続くことを知っているからである。戦闘力も日頃よりは上がったままであると聞いたことがある。
地球人より戦闘力の高い猫族。そしてそれよりも…。
シヴァイはかねてからの疑問を思い出した。猫族と自分、あるいは龍族との違いを意識したためである。
「アシュバス様、お尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「なんニャ、あらたまって。」
ティーカップを置いたアシュバスはシヴァイの目をのぞき込む。
アシュバスの猫目、そのエメラルドグリーンをシヴァイは美しいと感じた。
次回に続きます。
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