敵はテントウムシ
宇宙艦隊はまだ戦闘宙域にたどりつかないようです。
そのころ、日本では…
3-4
目の前にいるのは巨大な“テントウムシ”だ。教室一つには収まりきらないほどの巨体であることと、紫と緑の気色悪い発光がなければ、出来の良い文化祭の展示作品だろう。しかし、ヤツは生きていて、さらに肉食である。次々と人を捕食して、有機物を腹に蓄え、満腹して巣に戻る。そう、俺たちの敵だ。
俺たちの仕事はヤツを殺すこと。だけどヤツの甲皮は堅く、角度は丸い。そのため遠距離からの攻撃はビームですら弾く。接近してビーム剣で斬りつけても効果は少ない。結果、肉弾戦しか残されていない。
現在ヤツの6本の足それぞれに二人ずつの柔道部がしがみついている。左側には相撲部が20人いて、ヤツを持ち上げようと必死だ。ヤツの腹が少しでも地面から浮き上がれば、その隙間に手榴弾を放り込み、背中に比べれば柔らかい腹部にダメージを与える作戦だ。そのために野球部が相撲部の後ろに待機している。手榴弾が予定の威力を発揮してくれたら、その爆風はヤツをひっくり返す程である。そうなれば弓道部やアーチェリー部、射撃部からなる狙撃部隊が体節部を集中砲火して神経索を切断する予定だ。
ところが、ヤツの前足のパワーは予想以上で、柔道部二人を振り回している。柔道で有名な大学部員の100kgを超える巨体と鍛えられた筋肉は装甲戦闘服で数十倍に強化されているにも関わらず、ヤツの膂力には及ばなかった。
ついに、一人が空高く放り投げられ、それでもしがみついていたもう一人はその身体をヤツの大アゴの前に運ばれていく。
「危ない、行くぞ!」
俺たちのグループのリーダーが叫ぶ。哀れな柔道部員はすでにヤツの左右に開いた大アゴの前に持ち運ばれている。柔道部の悲鳴は俺たちのスーツにも響きまくっている。今すぐ行くぞ、がんばれ!
両脚が噛み切られた。
「うぎゃああああああああああああああああああああああ。」
途切れない悲鳴。ヤツは足だけで満足せず、そのまま柔道部員の腹部も大アゴの奥へと運び込む。
「仕方ない、切るぞ。」
俺たちの班は、ヤツの複眼に粘性物質をスプレーするものと、下半身を喰われている柔道部員に近寄る者に分かれた。そして、ビーム剣で、柔道部員の腹部を両断する。そして柔道部員の上半身を3人がかりで戦闘区域から運び去る。
「す、すまない。助かった。」
“妖精”が瞬時に神経を麻痺させ、流出する体液をすべてスーツの充填剤で包み込んだのだろう。痛み止めも一瞬で効果を発揮したようで、柔道部員の顔は落ち着いて見えた。むしろ、下半身のない仲間を後方の野戦救急車まで運ぶ俺たちの方が青ざめていたに違いない。
しかし、俺たちの背後は状況が悪化していた。目を塞がれたことにより、テントウムシは恐怖から暴れまわり、柔道部員や相撲部員は一斉に四方へ弾き飛ばされていた。喰われる者こそいなかったが、運悪く踏みつぶされた者はその部位で引きちぎられ、慌てて次の回収班が殺到した。ちぎれた手足も出来る限り回収する。
そしてヤツは強い刺激を受けたせいで関節部から体液を分泌しはじめた。その鮮やかな黄色はマスタードを連想させた。
スーツ、装甲戦闘服は宇宙空間でも使用できる性能を備えている。それゆえ、毒や刺激臭に対する遮断も完璧である。しかし、ヤツの体液は強酸以上の性質を持っていて、周辺一帯を溶解し始めたのだ。スーツも長時間ふれていた場合、溶解される可能性は高い。
「バレー・バスケ・テニス部の回収班急いで仲間を後方へ運び出せ。」
首だけでも残っていれば、いや最悪の場合でも脳があれば、宇宙人の医学力で元通りの再生は可能と聞かされている。身体が元通りになった後、五体満足に戻せるそうだ。実際に、テレビでその様子は放送され、頭部の保護の重要性は日本人全員に十分浸透した。
それゆえ、攻撃班と別動する俺たち回収班が存在する。たとえ、首だけでも持ち帰る、重要な使命である。
その俺たち回収班に加えて、絶えず移動して援護攻撃を行う野球とサッカー部も命令で回収を手伝い始めた。幸いテントウムシは離れていったため、射撃班が追射を行い、回収現場に近づけないようにしてくれた。しかし、長引くと俺たちのスーツまで溶解が始まってしまう。
相撲部や柔道部、それに回収中に溶解液に足を溶かされた数名もいたが、戦闘参加者全員が野戦救急車や作戦指揮車、運搬車に乗り込み、戦場を離脱したのは、それから一時間後のことであった。
「はい、シミュレーション終了。」
先ほどまでの林野の風景が一瞬で広大な体育館に切り替わる。10台以上の戦闘車両が自在に動き回れる広さと、10階建てのビルがすっぽり入るサイズの特設体育館だ。
「点数は…うわぁ、言わない方がいいね。」
自衛隊の教官は笑顔を絶やさないが、本心からの笑顔でないことはわかる。ぶつぶつと小声でつぶやいているが、それは聞きたくない。
「陸自はこのシミュレーション、ほぼ完璧にやれたんでしたよね。」
我々のリーダーが力なくつぶやいた。それは質問ではなかったが、教官の耳に届いたようで、
「うん。まぁ彼らはプロだからね。」
大学生や高校生、狙撃班には中学生も含まれる俺たちとはこれまでの訓練量が違う。それはわかっているが。
「しかし、これからの戦いは自衛隊任せにはできない。陸自は戦闘車両などの大火力担当に力を入れなくてはいけないし、敵は市街地に突然出現することの方が多いと予想されている。君たち一般市民を戦闘員に組み込むことは本当に心苦しいのだが、頑張ってくれたまえ。」
同級生の女子たちや小学生でさえも、小火器の操作や応急手当、緊急避難や誘導、連絡などの訓練を重ねている。
俺たち運動部はこれまで鍛えてきた特性を中心に、スーツを着用して戦闘を学んでいる。まだまだ力不足ではあるが。
「文化部や帰宅部のやつらも、戦闘車両の運転や、現場での通信なんかの練習に必死らしい。俺たち運連がこれくらいでメゲてちゃいかんわな。すまん、次は上手くやるからな。」
真っ先に喰われてしまった柔道部の人が汗を拭いながら、教官の方を向く。あんな目にあったというのに。さすがだと感心してしまう。
「よし、一時間休憩。その間に各班で反省と打ち合わせを行い、再度テントウムシと戦う。以上。」
全員が敬礼を返す。宇宙人式でなく、これまで自衛隊が行ってきた礼であるのは少しだけ謎である。
宇宙人は日本を侵略しました。日本は変わっていきます。
局部麻酔で手術をしたとき、痛くないのが不思議でした。自分の身体を切り開かれて、削られているはずなのに何も感じない。それを思い出して設定しています。
今回も読んで下さった方、ありがとうございます。




