白い部屋にて
僕は意識を失っていた…
6-4-7 白い部屋にて
唐突に目が覚めた。僕の目の前には白い天井が広がる。
(ここは…病院??)
目玉だけを左右に動かす。壁も白い。ドアも白い。そして、狭い部屋だと気がついた。空気は…スンスン、臭くない。
それよりも、身体の左側がすごく痺れている。いや痺れ、なんてもんじゃない。正座を続けて、限界を越えたときのあの言葉に出来ない感覚。それが身体の左半分の全てから感じる…いや、もう痛いレベル…助けて~。声を出そうとしたが、出なかった。
ピッ。という音がしてドアが開く。装甲戦闘服を着た女性が入ってきた。でも白色が基調だから看護師さん?とぼんやりと思う。
「うん起きてるニャン。測定器が意識を取り戻したってんで来たニャ…。大丈夫?生きてるニャ?。」
「は、はい。…ありがと…」
喉がつまる。あれ、上手く…しゃべれない。
看護師さんはいくつかの機械の画面を見つめ、手元の機械にデータを打ち込んでいる。それが終わると、何とも言えない顔つきになった。ああ、この人は虎族じゃない猫族だ、とその表情で気がついた。…僕は何を考えているんだ?
「ショックだと思うけど…左手、ないのよ…。気をしっかり持つニャ。」
えっ!! 身体の左半分は痺れきっていて、よくわからない。右手を動かそうとしたけれど、持ち上がらない。仕方なく、また目玉だけ動かす。
身体を覆っているシーツのその部分だけ、ぺっこりと凹んでいた。左手…ないのか…。
「よくもまぁ生命が助かったというレベルにゃ。その“妖精”に感謝するニャー。」
看護師さんは作業を再開する。僕はまた目玉を動かしたが、限界だった。視線が届かない!!
どうやら僕の枕元にパンダ先生が居るみたいだった。ゆっくりと頭の上の方からいつもの声が聞こえてきた。ふと安心感が芽生えた。
『アノ“黒いスズメバチ”ノ最後の一撃デ、シュンの左半身はエグラレテシマッタ。スマナイ…。』
「う…ううん…。」
喉に何かがからんで上手く声が出せない。咳をするのに、こんなに体力がいるとはこれまで思ったことがない。小さくコホン、もう一度コホン。
「パンダ…先生がいなければ、とっくに死んでいたと思う…ありがとう…。」
なんとか言えた。目を動かすと看護師さんも肯いている。
「神経繊維の情報伝達を遮断して痛覚を麻痺させて、並行して血管をバイパスしたり血流そのものを停止。肋骨がなくなった分、内臓が移動しないよう体液を充満…。その他山のような作業をあっという間に成し遂げたのニャ。どれか一つでも欠けていたらキミは死んでいたニャ。」
機体は爆発したから、宇宙空間をさまよっただろうし…真空中で傷口さらけ出していたらヤバイよな。
「本当の“妖精”ってすごい力を持っているニャー。こんな事例初めてニャ。医学上からもとても興味深いニャ。」
うっ、僕は猫にモルモット扱いされているのか??
『コクピットゼリーがトテモ役ダッタ。体組織とホボ同ジ成分物質ガ十分ニアッテ良カッタ。虎族ノ科学力ニ感謝スルノダナ。』
やっと脳が活性化してきたのか、戦いの最後の様子が思い出されてきた。脳の中で映像化されていく。
操縦席の前面から巨大な針が飛び出してきた。その針先が僕の左手を持っていく。腕が千切れていく感触も思い出された。それなのに僕の右腕は冷静に、的確に操縦を行えた…。この記憶できるほど、状況を見ていられたこと自体も“妖精”の力なのだろう…。
いや、それ以前にあの黒い“スズメバチ”と戦っている間から僕の視神経や運動神経は異常に早かった。あれも全部パンダ先生の力あってのこと、だったんだろうなぁ…。自分の手足が自分の意思とほぼ同時に動いていく感覚。いや自分の意思よりも手足が先回りするような“超感覚”があった。
「パンダ先生、ほんと、ありがとね。命の恩人だ。」
『ヒトではナイガ…。シュンもヨク戦ッタ。』
二人(?)の会話を聞き終えて、看護師さんが壁のどこかに触れる。真っ白い壁だった一面が宇宙空間の映像に変わった。
「戦闘はほとんど終わったニャン。ご覧のように宇宙は静かになったニャー。」
「あっ…ここはどこなんですか?」
今更ながら気がつく。僕はどうなって、今ここにいるのだろう。
「ここは猫族の偵察艦644号の病室ニャ。キミはすごい勢いで宇宙を吹っ飛んでいたニャー。」
何ソレ。想像するとコワイ。
「虎族の救助信号を発していたから、本艦が急行してキャッチしたニャ。よくもまぁ、それまでデブリと衝突しなかったニャ。…それも“妖精”のおかげかニャ。つくづく、本当の“妖精”ってスゴイのニャ~。」
重ね重ねパンダ先生に感謝。
「残念ニャがら、当艦の医療技術では今以上の治療は出来ないニャ。虎族の本星に戻るか、龍族のどこかの星に行けば、再生医療で左手は元通りに戻ると思うニャ…けっこう時間はかかるけどニャ。しばらく不便だけど仕方ないニャ。本当に生命が助かったのが奇跡というレベルにゃ~。」
「そうですか…。じゃあ、僕はこのままこの船で?」
そのとき、看護師さんがグッと僕の顔に近づいてきた。うわぁ猫顔のアップ。ほとんど人と同じ…いや、猫って一目でわかるよなー。ヒゲと耳で。
「思ったより元気そうだから、言うニャ。」
元気で明るい、いかにも看護師さんといった雰囲気が掻き消えた。すっと猫目が細まって…うわぁ、ネズミの気持ちになる~。こええ。
「アンタ、何者ニャ?」
はい? 地球の高校生ですって言って、通じるものだろうか??看護師さんは軍人モードのまま、話を続ける。
「当艦が、キミを救助したって近くの虎族の戦艦に連絡したら、すごい早さで身元照会の返信が来たニャ。あれは虎族艦隊全体で探していたとしか思えないニャ。」
そうなんだろうか。ありがたいことだなーとぼーっと考える。
「キミの服装からすると虎族のロボットの操縦士みたいだけど…。普通、戦闘による漂流者は戦闘状況の終了後、帰路で虎族艦とすれ違えば救助艇で移送…うんニャ、大抵はそんな面倒はせずに、そのまま猫族の星の病院に入って、快復後に原隊復帰というパターンにゃ。たかが一人の操縦士のために航路を変更したり、回収に連絡艇を飛ばしたりはしないニャ。」
「はぁ。そうなんですか。」
兵隊さんはつらいなぁ~。ん、ということは?? 看護師さんは訝しげな顔のまま言葉を続ける。
「今、虎族の救援艇がこっちに向かっているニャ。最初に連絡したとき、まだ完全には戦闘状況終了していなかったのに、“即、迎えに行く”とのことだったニャ。戦場を突っ切ってって…よっぽどのエライさんか、重犯罪者か…アンタはどっちニャ?」
僕の呼称がキミになったりアンタになったりするのは、そういうことか。でも、どっちでもないです。もう一度咳をして尋ねてみる。
「パンダ先生なぜか、わかる?」
『重要機密ニ属スル。今ハ理由ノ推測モ述ベラレナイ。』
フー。僕の溜息と看護師さんの溜息が同時に起こった。なんだこの種族を越えたシンパシーは。看護師さんはポフっと両手を打ち鳴らした。
「ということで、現在この部屋の入り口には重武装した猫族兵が二名待機しているニャ。」
「うっ、そこまで…。」
「だいたい虎族の装甲戦闘服を猿族が着ていて、戦闘ロボットの操縦士をしているだけで怪しさ満点ニャ。その上、提督級でもめったに憑かない本当の“妖精”が憑いているって。さらにその“妖精”はいくら言っても諸々のデータを一切開示しないニャ。これは下手すると猫族と虎族の政治問題になりかねない、ってウチの艦長は心底怯えているニャ~。まぁクソ親父にはイイ薬ニャけど。」
これまでなんとも思わなかったけど、僕の立場って微妙なんだな。うーん、半分、観光気分で宇宙旅行に旅立ったら、戦闘訓練に参加させられて、気がついたら指導役と持ち上げられて、そして実戦参加かー。なんか振り返ると劇的な行動記録だな。夏休みの日記はもう完璧って感じか。
「悪人には見えニャいんだけどニャ。」
また顔がアップになっていてビックリ。すぐ目の前で看護師さんの耳がピクピクと動く。そして顔がドアの方を向いた。
またピッと機械音がしてドアが開く。開ききるより先に、よく見知った顔が入ってきた。その後ろに猫族の重武装兵がついて入って…。
そして、顔面を涙まみれにした、家族同然の人物も入室してきた。助かったんだな。よかった。
「うわああああああん、シュン、生きてた~ よかったーよかったよー。」
「ぐええええ。」
僕のみぞおちに、頭を押しつけて泣きじゃくるマニャ。ケガ人に手加減なし。こういうヤツだった…。
「ごめん、大丈夫?」
「…ぜんぜん、大丈夫じゃねー。息が止まるかと思った・・・」
虎族のイッセさんが肩をすくめるポーズをした。共通したボディランゲージもあるのか…と思いながら、急に睡魔に襲われた。
けど、生きていてよかった、と実感。
僕は、帰ってきたんだなー。
ちょっと寝よう。
日本は宇宙人に侵略されました。
ご訪問ありがとうございます。
「お気に入り」してくださった方がお二人!それで一日2回投稿にチャレンジしました。
また、大雨が近づいてきた!!!!




