虎族星域防衛戦 再見
銀河宇宙軍の二隻の戦艦はワープを行った。人類がまだ見たこともない世界に向けて。
6-3-12 虎族星域防衛戦 再見
赤い龍と白い龍がワープ・アウトする。そこは人類の未知の領域である。
赤龍の名は“シヴァイガ”白龍の名は“アフマルガ”どちらも大型の戦艦であり、銀河宇宙では知らない者の方が少ない歴戦の艦である。その二艦が心細く見えるのは気のせいか、いや艦内の誰もがワープアウトを不安に思っていたのである。
「ワープ終了。艦体に異常なし。」
「アフマルガも本艦右舷にて並進を確認。」
モニターを見つめている情報官は自身の務めを必死で行っていたが、それを聞いている者はいなかった。二艦の乗組員のほとんどは窓やモニターを通して初めて見る宇宙をその網膜に映していた。
「し、白い…。」
純白の空間であった。いや、よく見ると小さなきらめきが随所に輝いている。赤や黄、青色のツブがうっすらと散りばめられた白い白い空間。よく見ると乳白色の空間と純白の空間との複雑なグラデーションが織りなされている。単純な真っ白ではなく、奥深さを感じさせる白色の無限空間。その広大な白い宇宙を二隻の戦艦が進んでいく。
「艦外情報官、索敵を始めろ!」
艦長の怒鳴り声を待ち構えていたかのように、情報官の指はパネルを走り、探査ポッドを艦体のあちこちから射出する。電波に音波、重力、振動、赤外線に紫外線、匂いや味覚までありとあらゆる情報を感知すべく、全種類の探査ポッドが“シヴァイガ”と“アフマルガ”から放出された。そしてポッドから得られた情報はリアルタイムで艦内コンピュータと“妖精”に転送される…はずであったが。
“シヴァイガ”の戦闘艦橋は探査ポッドから送られてくる視覚情報のモニターが次々に開いていき、正面モニターを圧迫するまでになっていた。ところが、その開いてすぐの画面が次々にブラックアウトしていく。その速さは尋常ではなかった。
「情報官、何事か!」
「探査ポッドが破壊されていきます!」
射出したものから順に、ほんの一瞬の間を置いて壊れていく。それはこの白い宇宙がポッドの存在を許さないかのように思えた。
(探査ポッドの硬度がこの宇宙では耐えられないのか?)
次々に浮かんでは消えていく新しい画面。その生まれては消える黒い四角をシヴァイの横で見つめていたアソオスが急に指さし叫んだ。
「司令、あれを!」
「む、“スズメバチ”か?」
次の瞬間にはその画面はブラックアウトしている。シヴァイとアソオスの視線はまだ生きている画面を求めて踊った。
「く、黒い“スズメバチ”?」
通常の“敵”の艦載機“スズメバチ”は紫色に黄緑とピンクという極彩色で覆われている。宇宙空間でも目立つ、そして嫌悪感と警戒感を抱かせる色彩である。しかし、今一瞬シヴァイとアソオスの目に飛び込んだ影は“黒”一色であった。それは高速の影であるかもしれないが…
シヴァイの傍らの通信モニターが開く。そこに映り出されたアシュバスも叫んだ。
「シヴァイ、黒い“スズメバチ”にゃ!通常の“スズメバチ”の数倍の高速で跳び回っているニヤ!」
猫族の動体視力はシヴァイや龍族とはケタ違いである。そのアシュバスの眼にはしっかりと黒い“スズメバチ”が視認されたようである。
「あの黒いのが探査ポッドを破壊して回っているニャ。」
そのアシュバスの声を聞いて戦術士官が艦内の防衛指揮を叫ぶ。各砲座が発射準備を整え、パワードスーツ隊が艦内戦を考慮して配置される。戦闘艦橋にも数人のパワードスーツ員が入室してくる。
「各砲座、目標は黒いスズメバチ。撃て!!!」
“シヴァイガ”と“アフマルガ”が機銃や対空ミサイルを白い宇宙に広げる。その光の帯を黒い“スズメバチ”は軽々と避け、まだ生き残っている探査ポッドを一つ残らず破壊し尽くす。白い宇宙を鋭角的に曲進し、機銃もミサイルもその速度には追いつけない。黒い“スズメバチ”が三角形を描く度にポッドは破壊され、戦艦に送られてくる情報は減っていった。画面が減るにつれて、黒い“スズメバチ”の姿の確認が途切れるようになる。
「くそっ、ヤツは速い!」
戦闘班長の歯ぎしりがシヴァイの耳とどくほどであった。それほど攻撃は無力であった。艦載機「飛龍」があれば…いやあの動きには…。
「艦隊司令、ヤツが艦内に突入してくる可能性もあります。スーツの着用をお願いします。」
副官アソオスが護身用の銃を構えながらシヴァイに告げる。その言葉を聞いて戦闘艦橋がざわつく。無論そのために護衛のパワードスーツ隊が上がってきたのだが、あの黒い“スズメバチ”の素早さには無力感が生じてしまう。
「いや…あれを見てごらん。」
シヴァイの指は正面のモニターを指さしていた。白い白い宇宙のその奥に、小さな黒い影が滲んでいる。“スズメバチ”とは異なり、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「“スズメバチ”離れていきます!」
探査ポッドを全て破壊し尽くしたからか、それとも命令でもでたのか、黒い“スズメバチ”は身を翻し、遠くの黒い染みに向かって高速で飛び去った。
「逃がすな、撃て、撃て!!」
「無駄です。攻撃終了。」
戦術士官の怒声をシヴァイがピシャリと途切れさせる。同じタイミングで“アフマルガ”の攻撃も止んだ。
「情報官、前方の黒い物体の拡大を。」
「はい。…こ、これは…。」
正面モニターに映り出されたのは“敵”の巨大戦艦であった。大きさは通常の“敵”戦艦の数倍というところか。艦体は一面に真っ黒でこれまた通常の戦艦とは異なる。そして、ツノが一本しかなかった。このサイズの“敵”艦ならばツノを四方八方に張り巡らしているサイズであるが、先頭に巨大なツノが一本生えているだけである。
(地球にはイッカクとかいうクジラかイルカがいたような…)
シヴァイが“敵”巨大戦艦から連装をしている間に“スズメバチ”が“敵”戦艦に到着した。その一本の巨大なツノに黒い“スズメバチ”は接触する。足を止めた、と思う間もなく“スズメバチ”の姿は吸い込まれるように消える。ツノに溶け込んだとしか思えないその様子は“敵”の異質感を際立たせる。
「“敵”巨大戦艦、停止しました。」
艦外情報官の声に我を取り戻すシヴァイ。だが表面上は冷静に艦長に指示する。
「艦長、こちらも停船しましょう。“アフマルガ”にも連絡を。」
「承知しました。」
白い白い空間で黒と赤と白が見つめ合う。“シヴァイガ”も“アフマルガ”も総員が沈黙し、ことの推移を見つめている。戦闘艦橋内でも艦長以下全員がシヴァイの後ろ姿を見つめていた。そのシヴァイの傍らの画面に映るアシュバスが口を開いた。
「シヴァイ、何が起こるニャ?」
「んー、何かが出てくると思うんですけどね。」
「何かって、何ニャ?」
「鬼が出るか、蛇が出るか。って言うんです。そういうときは…」
「?」
“敵”の巨大艦の一本角。その先端から何かが滲み出てくる。先程の“スズメバチ”が溶け込むように消えていったのとは反対に、ゆっくりと盛り上がっていき、それは少しずつ形を整え始めた。先端は細くなり、あるいは広がっていく。
「三面六臂、上半身は裸で条帛と天衣を纏い、胸飾りと臂釧や腕釧をつけ、裳を纏い、板金剛を履く…ちょっとだけ違いますね。」
「シヴァイ、何を言っているのニャ??」
“敵”巨大艦の先頭に立つ存在、それは白い宇宙を背景にくっきりとその姿を現していた。
その姿を見直して、シヴァイはもう一度肯き、つぶやく。
「まるで阿修羅と黒揚羽蝶の合体ですね。」
日本は宇宙人に侵略されました。
長くなりそうなので、いったん切ります~




