国連緊急特別会期
地球を発進した宇宙艦隊が♪宇宙の海は俺の海、と歌っていた頃、地球では…。
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アメリカ合衆国、マンハッタン東にある地上39階・地下3階建ての建物。そこは国際連合本部ビルと呼ばれ、世界各国の国連大使が集まる場所である。190国以上の国連加盟国それぞれに6席を与えるのが常であるが、今回の緊急特別会期(緊急総会)に関してはそれ以上の出席を求める国が多かった。また国連に加盟していない国などからの参加に対しても、とある理由から許可が与えられたため、職員席、記者席、傍聴席の全てを合わせて1898席が派遣国を代表する者で満席となった。
日本を侵略した宇宙人から全世界への報告が提議されたからである。
その国連総会議場の前面中央、左右を巨大なスクリーンに挟まれた位置に、一人の女性がマイクを前にして立っている。日本侵略時に演説をした司令官は黒目黒髪のいかにも東洋人の風貌であったが、彼女は碧眼に金髪、肌の色は黒に近い褐色。東洋人とも西洋人とも判別のつかない容姿である。
まだ若く美しい少女と言える顔つきであったが、世界中のどの民族にも所属しないことが一目で解る特徴があった。スクリーンに拡大された整った顔、その両の瞳は縦に割れている。それは哺乳類の遺伝子に沈む“恐怖”を思い出させる爬虫類の瞳孔であった。
彼女はたった一人で世界各国の特命全権大使を静かに威圧していた。それは日本を支配する宇宙人に対する世界各国の情勢の縮図でもあった。まだ20歳前にしか見えない彼女は背筋を伸ばし、壇上から地球人を睥睨していた。
予定の時間が近づくと彼女は手元のマイクに小さな機械を取り付けた。それだけの動作に、通訳席を含めて2000を越える心臓の鼓動が早まった。
「あー、流石。いいマイクですね。ご安心下さい。今取り付けたのは通訳装置です。私の言葉が皆さんの脳に意味を違えず伝わるようにしました。通訳席の皆さん、お仕事を奪ってしまい申し訳ありません。」
しばし、ざわめきが広がった。隣の同国の者や近くの異国の大使や補助員と会話を交わしあう。次第に大きなどよめきが議場を支配していく。それは、どの国の人間とも話が通じている驚きの事実であった。
超越した科学力の存在を信じていなかった者もこの会議場には幾らか存在していたが、全言語を同時に翻訳する機械の技術力は少し考えるだけで地球の科学力とは段違いである。子供の頃に青い機械猫のマンガを読んだことのある者は、そのポケットの道具の一つを思い出していた。
思わず議長が発言をする。
「一体、どういう仕組みなのか。本議に入る前に、この頭の中をうずまく疑問を解消してはもらえまいか。すっきりした頭であなたのお話を聴きたいのだ。」
議長に顔を向け、にっこりと微笑んだ少女は再度聴衆に向き直り、背筋を伸ばした。
「この地球には携帯電話という物があるそうですね。」
一斉に、参加者全員が口を閉じる様子は、まるで保育園の幼児のように素直で微笑ましいものであった。
「携帯電話は1台から1台への送信だけでなく、1台から多数への送信も出来ると聞いています。例えば日本語で送信をしても受信側がそれぞれ翻訳ソフトを使用していれば、どの言語を使う人でも、送信された日本語を理解できますよね。」
深く肯く者や何度も肯く者、一部であるが、首を横に振り賛同を示す者など、様々な同意のジェスチャーが見られた。もちろん肯こうとしない者もいる。人というのは、違うものなのだ。
「地球に住む皆さんの脳は、携帯電話よりもはるかに高度な機能を備えています。この機械は“翻訳機能”を先ほど発信いたしました。みなさんの脳に翻訳ソフトが常駐したと思って下さい。」
世界各国の言葉で疑問の声が上がる。その「信じられない」「そんな馬鹿なことが」など世界中の多種多様な言語のつぶやきが、全て理解できてしまう。議場にいる全員が自国語を話しているように。それを再度確認するために、議場にいる全員が今度は離れたあちこちの別の言語を使用する大使に話しかけ、会場は大騒ぎになっていった。
旧約聖書にあるバベルの塔の物語、その逆の現象が起こってしまったのである。
「みなさん、静粛にお願いします。」
自分自身が興奮を抑えられていなかったため、議長は出身国であるS国の言葉で繰り返した。そのS国の言語が間違うことなく正しく全員に伝わり、議場が静まっていくことに気がついた議長は驚き、その科学力に畏怖を感じ、少女を見つめた。
「ね。」
彼女の唇からは聞き慣れない音が聞こえたのであるが、その短い一言からでも伝わってきた。悪戯っ子が成功をおさめたときのような悪意と好意が適度にブレンドされた感情が。
「今、この会議場にいる皆さんへのプレゼントです。この状況は世界中の全人類に同じことを実行することも可能ですが、様々な影響を考えて、それはやめておきます。この場の方々のみといたします。」
ガラスブースにいる通訳者たちが、胸をなで下ろしたのは間違いないであろう。
「議長、時間を過ぎてしまいました。始めてもよろしいでしょうか。」
先ほどまでより、キリリと表情を切り替えて少女が告げた。完全に呑まれている議長は肯くことしかできない。今回の国連緊急総会は、開会宣言も諸注意もなく始まることとなった。
「私は銀河宇宙軍、第133軍の外交部に所属するユラケインと申します。我が軍の総司令官及び日本政府の許可を得て、この場に立っております。」
議場全体を右から左にゆっくりと眺める。容姿は少女であるが、数十年あるいはそれ以上の刻を経た者の貫禄が伝わる。会場の全員が自分が若造と呼ばれていたときのような心境に陥った。
「日本は我々宇宙人が支配いたしました。混乱を避けるため侵略以降は“銀河日本”という呼称を使う場合もありますが、侵略時、日本人や国土を極力損なわないよう心がけました。それは出来る限り“日本を日本のまま残す”という方針ゆえです。よって、通常は“日本”という呼称を継続して使います。」
言葉は理解できても、納得のいかない場合も多い。侵略者がなぜ日本に気を遣うのか。全員が無言で彼女の言葉が続くことを望んだ。
「日本にはアメリカ合衆国の駐留軍が各地にあった必要上、これまで何度か会談を持ちました。どのような内容であったか、合衆国が公開しているかどうかわかりませんが、これからお話しする内容は合衆国にも語っていない事柄です。」
幾つかの国の大使や随員がアメリカ合衆国の席に座る人物に冷たい視線を送る。しかしアメリカ大使やその周囲の者たちも表情一つ変えない。
「我々宇宙人は日本を侵略しました。一滴の血を流すこともなく。そして日本国政府の了承を得て国民からも支配者として認められました。我々は日本の政府や制度を尊重し、今日まで大きな問題なく日本から銀河日本の変革を進めてきました。その銀河日本から世界各国への最初のメッセージを本日ただ今より発信いたします。そのために世界各国の国連大使の皆様にお集まりいただきました。ありがとうございます。」
国連本会議場の空気が張り詰めていく。先ほどのアメリカ大使だけではない。どの者も各国の重い責任を担う存在である。宇宙人と地球の力の差は先ほどの明確に知らされた。このあとの彼女の言葉が自国にどのように影響するのか、少しでも自国を有利に図るその使命の重さは全員の眼を鋭くしていた。
「銀河日本となる以前、日本と各国の関係から決定したことをまずお伝えいたします。日本に対して官民様々な状況で、友好関係を結んで下さっていた各国に、我が銀河日本は変わらぬ敬愛と進行を継続したく考えております。」
幾つかの国の大使席から「おぅ」という喜び含みのため息が聞かれた。それらの席に向けて、彼女は輝くような笑みを注いだ。
「大変悩んだのですが、一番に国名を挙げさせていただく国はブータン王国です。」
ブータン王国の席から、先ほどの歓声より大きな「うわっ」と声が響いた。公用語のゾンカ語であると思えるが、その歓喜は会議場の全員に伝わった。もっとも翻訳機がなくても表情で十分で伝わっただろうが。
「日本が大震災に見舞われて一ヶ月後、新婚すぐの国王夫妻が来日されて温かいお言葉をいただきました。その際に多くのブータン国民が各地の寺院で日本に対してお祈りをされたことも聞きました。日本人はお二人とブータン国民、ブータンという国に深い感謝の念を抱きました。」
ここでユラケインはブータン国大使と随員に向けて、優雅に深い一礼をとった。ブータン大使も立ち上がり礼を返す。その様子を温かく見つめる大使も多かった、しかし、我が国はどうなるかと不安を抱く者や敵意を抱く者など、複雑な感情を高ぶらせる国も少なくなかった。
「ブータン王国は昭和天皇の崩御の際も大喪の礼にご参列いただきました。されど他国のように弔問外交は一切行わず帰国されました。後に『日本国天皇への弔意を示しに行ったのであり、日本に金を無心しに行ったのではありません』という前国王のお話が伝わりました。そして、その後1ヶ月間も喪に服して下さったそうです。二代続いて国を率いる方とその国民のお心に対して、銀河日本は考えられる限りの最恵国待遇をさせていただく考えです。」
沈黙がしばらく続く。宇宙人からの厚遇とはどのようなものなのか。名を挙げられたブータン大使もいぶかしげな顔つきである。
沈黙を打ち破り、議長が言葉を発した。
「具体的に、銀河日本はブータン王国に対してどのような扱いを考えているか、教えていただけますか。」
その言葉に対して、ユラケインの言葉はゆっくりと落ち着いて紡がれたが、彼女の瞳孔は獲物に挑むときのそれに変化していた。
「ブータン王国の日本大使館に我々の宇宙船を常駐させます。また大気圏上の宇宙船によるパトロールなども全て日本本土と等しくし、ブータン王国の国民と王家、国土の安全を確保いたします。内政干渉は一切いたしませんが、経済的あるいは物資に関しては全面的に援助や共有をいたします。また後に話します他の国々への銀河日本からの厚遇は全てブータン王国にも当てはまるとお考え下さい。たった今より、ブータン王国に敵なす存在は銀河日本にも敵意を持つと認識いたします。」
聞き終えた瞬間のブータン王国席の歓喜の様子は、一国の大使たちとしては羽目を外しすぎるものだった。しかし、ユラケインの、宇宙人によるこの発言は、ブータン王国の抱える幾つもの積年の懸案事項を払拭するものであった。国の悩みがふっとび、明るい未来がいきなり与えられたのだ。国民に、国王に、今すぐにでも伝えたい思いで溢れていた。
それにひきかえ、ブータン王国と領土問題や民族・宗教などで非友好的な国々の大使たちは、抱き合って喜ぶブータン国席に憎悪に充ち満ちた視線を投げ続けた。その両方を冷ややかに見つめる国も多かった。
「次に挙げる国は…台湾です。」
つづく
思っていたよりも長くなってしまい、ちょっと切ることにいたします。
今回も読んで下さった方、ありがとうございます。作者の嗜好が暴走しかけていますが、お許し下さい。




