虎姫様の憂慮
宇宙での戦闘はまだまだ続いています。
6-5-1 虎姫様の憂慮
虎族全艦隊総旗艦、大戦艦“ネムル・アミーラ”の戦闘艦橋では暴風雨が荒れ狂っていた。もちろん、その中心は虎姫様である。すでに、へし折る軍配も尽き、侍従兵が差し出した一度折れ曲がった軍配をねじ切って、残った半分を振り回す。周囲の兵はそれをとどめたい気持ちは山々であるが、理由が明白であるだけに止めようがない。
虎族の宿将サーナダベトが窮地に陥っているのである。 彼の乗艦“ネムル・ザハブ”撃沈の報はまだないが、彼の艦隊は補給艦隊とともに“敵”艦隊の意表を突いた砲撃にさらされた。そして今も砲撃を一方的に受け続けている。
通常は“敵”の存在する(と予想されている)異空間から“ゲート”と呼ばれる異常宙域を通過して“敵”艦隊は出現する。それゆえの虎族や三族艦隊の待ち伏せ戦術は有効であった。これまでの銀河宇宙軍の戦術教本でも最初の一手は“ゲート”前での一斉砲撃であった。ところが今回の“敵”は数艦隊を失った後突然に虎族の補給艦隊の横に出現し、攻撃を加えてきたのである。そのとき補給を受けていたのがサーナベト艦隊である。サーナベト艦隊と補給艦隊は剥き出しの首筋を噛まれた虎のように、のたうって苦しむことになった。反撃をしたくとも、その弾薬はない。逃げたくとも推進剤がない。
窮状を知った虎姫様は近衛艦隊全てを救援に差し向けたが、到着した近衛艦隊も効果的な反撃は難しかった。サーナベト艦隊と補給艦隊の命運は風前の灯火であった。それゆえの虎姫様は怒り猛っているのである。
「ええい、近衛艦隊は何をしておる。サーナベト艦隊や補給艦隊を見殺しにする気かぃ!!」
「いえ、姫様落ち着いて下され。今すぐに近衛艦隊が“敵”艦隊を撃破し、サーナベト以下の将兵を救出するあうううう。」
不幸な戦術参謀は鼻筋に虎姫様の裏拳を食らい、美しい弧を描いて卒倒した。
「貴様らの役割はなんだ?見ているだけなら近習兵にも劣るわ!」
そう言われても、すぐに妙案の出しようもない。参謀たちは腕を組んだり目を宙に泳がして一生懸命考え込んだ。その無様な姿を虎姫様の強烈な眼光が撫で回す。その目力だけで、幾人かの参謀は失神寸前であった。
その雰囲気をかき回したのは、一人の情報官であった。他の情報担当が戦闘艦橋の中を横目で見ていたのに対し、彼女だけは必死で索敵画面を見続けていた。それゆえ一番に状況の変化に気づいたのである。
「補給艦隊戦場に新手の艦隊出現…。」
「何?どこの舟だぃ?」
虎姫様の関心がそちらに向かう。情報官は虎の檻に一人で放り込まれたような気分で画面を拡大し、虎姫様に報告する。
「識別信号が出ています…これは…龍族艦隊です!!」
おおぅ、と声にならない声が戦闘艦橋に満ちる。その半分は味方艦隊の窮状を救うよりも、この戦闘艦橋の状況の変化に感謝しているようだった。
「龍族か…今からでは間に合うまい。」
ぼそっと呟いた参謀の側頭部に半分の軍配が投げつけられた。そして、彼は意識を失ったため、自身の言葉が裏切られたことを知り得なかった。
その様子を知りもせず、情報官は悲鳴のような大声で叫ぶ。
「龍族艦隊は戦闘速度…いえ、亜光速で戦場に突入します!!」
虎姫様も、他の兵たちもその声を聞きながら、目は大画面や手元の詳細画面に釘付けとなった。
「龍族艦隊、参戦…え、あ、いや、戦場を突き抜けました。え、え、え、いや反転して再度戦場に突入…えっまた突き抜けて…。」
情報官の言葉はもうしどろもどろである。が、虎姫様はもう聞いてなどいなかった。彼女の手元の詳細画面は龍族の戦闘陣形を正確に映し出している。その変化は情報官の言葉より早かった。
Uの字の陣形をとって亜光速で突入した龍族(と猫族と鎧獣族と虎族の混成艦隊)は速度を落とすことなく戦場の中心で一斉砲撃を開始した。そして“敵”艦隊がその直撃を受ける。本来であるならば足を止め、交戦が開始されるのであるが、龍族艦隊は“敵”艦隊をすり抜け、戦場の反対側にまで達した、と思うやいなや反転して再度、亜光速で戦場に突入したのである。
それは最初の一撃の正確な繰り返し…ではなかった。Uの字の陣形は微妙に変化している。“敵”艦隊の粗密に対応して、陣形は変化しているのであった。そして突入は三度、四度と繰り返される。Uの字の先端部分はどちらかが速くなり、あるいは交差し、上下にねじれて、“敵”の艦隊を正確に撃破していった。そして龍族の突入は銃数回におよんだとき、“敵”艦隊はほとんど壊滅状態となっていた。龍族の圧勝である。
「龍族旗艦より信号確認。」
「なんて言っているんだい?」
「いえ、本艦にではありません。サーナベト将軍宛に ネムル・ザハブに送られています。」
虎姫様は一瞬考え、通信官に命じる。
「その通信を私にも聞こえるように回しなさい。」
「承知いたしました。」
【こちら龍族艦隊旗艦シヴァイガ。ネムル・ザハブのサーナベト将軍ご無事でしょうか】
【シヴァイ司令殿、お忙しいところいたみいる。】
【これはサーナベト閣下、ご無事でしたか。】
【助かった。いや、まことに危ないところであった。無力な我が艦隊と、同じく戦闘の出来ない補給艦隊の真横に“敵”艦隊が出現し、したい放題されておった。ワシも覚悟したところじゃった。】
【それはそれは。サーナベト閣下にはまだまだ活躍してもらわねばなりません。攻撃は我らが継続して引き受けますので、貴艦隊は補給を優先して下さい。】【助かる。】
とてもシンプルな、戦場での会話であった。。しかしシヴァイのサーナベトを思い遣る気持ちは十分に伝わり、それを感謝する老将の言葉も素直で厚い心情に溢れていた。聞いている虎姫様は大きく息を吐き出した。自分の配下の名将が命を救われた思いともうひとつの複雑な心境を吐き出したのだった。
「龍族艦隊、戦場を離脱していきます…通信再度傍受。ノモゥダベト艦隊の救援に向かうとのこと、です。」
何度目か、戦闘艦橋の中が大きくどよめいた。サーナベト艦隊の窮地に目を奪われていたが、ノモゥダベト艦隊も戦闘行動時間を大幅にすぎて危機に至っている。参謀や情報官は味方偵察艦から送られた“ゲート”付近の戦況確認に取りかかった。
その様子を見て、ようやく虎姫様は自分の座席に腰をかける。そして思いにふけった。
(龍族艦隊…いや、あの恐るべきは、あのシヴァイか。一撃離脱の繰り返しだけでなく、絶妙の陣形変化で戦果を最大限に増幅している。何よりも私や我が参謀たちが右往左往している数瞬の間、戦場に至るまでにあの妙策を思いついていたというのか?有能なヤツである…が、万一にも敵に回すと…)
虎姫様が目を閉じて思索にふけったのは数分もない短い時間である。その思いにふける時間はたちまち破られることになった。
再び、さきほどの情報官が大声を上げたのだった つづく。
日本は宇宙人に侵略されました。次回も虎姫様です。
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台風のおかげで、体調は最悪でございます…




