虎族星域防衛戦 膠着
宇宙に響くはずのない轟音が鳴った。
6-3-6 虎族星域防衛戦 膠着
宇宙は静かである。音を伝達するものがないため、その静けさは永遠の無を感じさせる。しかし、今それは破られた。無力な補給艦が一隻、一隻と沈められ、その横で補給を受けていたサーナダベト艦隊の主力艦たちも爆沈していく。その破裂の音響が様々な通信を通じて宇宙に拡散していく。
虎族艦隊は混乱を始めた。
龍族艦隊旗艦シヴァイガの艦外情報員が慌ただしく目と手を動かす。複数いる彼ら担当員の中には四対の眼球を持つ者もいるが、その全てを使って情報を入手しようとしていた。そして、その混乱はすぐに他の戦闘艦橋メンバーにも伝わる。
「情報官、何事か。今は第二戦闘配置中である。すぐに伝えよ!」
「はっ…そ、それが…“敵”艦隊が後方に出現したとの通信がありました。」
慌てて答えた情報官の言葉を、同僚も引き継ぐ。
「補給艦隊と補給中のサーナダベト艦隊に被害甚大とのことです。」
「そんなバカな。」
龍族猫族鎧獣族の三族艦隊の前方では“敵”の使用するゲートを塞ぐように「ノモゥダベト」艦隊が布陣し、攻勢をかけている。猛将ノモゥダベトの攻撃だけあって、撃ちもらしなど微塵もない。通過した“敵”艦は一隻たりともないはずである。もし一隻でも通過していたならば、次陣を構えている三族艦隊に見つからないわけがないのだ。
騒がしくなる戦闘艦橋。それは戦艦シヴァイガだけではなかった。矢継ぎ早に確認を乞う通信が殺到し、通信担当が過重労働に陥る。艦隊司令シヴァイへのホットラインも開いた。
「シヴァイ、“敵”が後ろに現れたって!!ほんとニャ?」
前口上など一切なしで空間モニターのオープンと同時に話し始めたのは猫族族長のアシュバスである。
「艦隊司令、失礼いたします。状況を確認したく通信いたしました。」
まだ少しは心的距離を保っているからか、鎧獣族の次期総領イェズウはおずおずと開口する。
首長格の二人に加え、次々に各艦隊の指揮官クラスも回線を開くが、シヴァイは閉じていった。そして、アシュバスとイェズウとの会話を全艦隊にのせる旨を二人に告げた。しばしの間のあと、イェズウが先に話し始める。
「サーナダベト艦隊もかなりの被害とのこと。至急応援に向かうべきかと思いますが…。」
「でも、ノモゥダベト艦隊もそろそろ補給が必要な頃合いニャ。ウチらが交代しないとノモゥたちがやられちゃうニャ。」
二人の発言に、シヴァイも正直悩んでいることを告げる。
「どちらがいいでしょうか。現在の情報だけでは私にも判断がつきません。サーナダベト艦隊には虎姫様の近衛隊が援軍に向かったとのことですが…。」
「それも“敵”の作戦かもしれないニャ。虎姫姉様の護衛を手薄にするためかも。」
「それより“敵”はどのようにして後ろに回り込んだのか。それがわからないと…。」
三人は正直に混乱を全軍に伝えることにしたわけである。軍の指揮官でもあるが、彼らは族長やそれに準ずるものである。部下たちは家族も同様である。 その三人のそれぞれの逡巡を断ち切ったのは、強制介入通信であった。その発信者名を確認するより先に、シヴァイは回線を開いていた。無論他の二人も同じである。
「これはノモゥダベト殿、お忙しいところをわざわざ、すみません。」
「いや、遠慮して連絡をしてこないのであろうと思ってな。」
空間モニターには“偉丈夫”としか表現できない男の姿が映っている。シヴァイは(この姿は、三国志なら呂布だな)とどうでもいいことを連想する。が、気を取り直して尋ねる。
「時間がないのでお聞きします。我ら三族艦隊は前進すべきか後退すべきか。ノモゥダベト殿のお考えはいずれでしょう。」
そのあまりにも遠慮のない言いぶりに、ノモゥダベトは苦笑して答える。
「おう、猿族とは思えぬ単刀直入な言いよう、気に入った。では答えよう。すぐにサーナダベト閣下や虎姫様の救援に向かっていただきたい。」
「貴艦隊はそろそろ補給が入りようではありませぬか?」
「ないならば、ないなりに戦いようがある。急いで行って下され。」
「承知いたしました。」
本来はアシュバスやイェズウとも相談しなくてはならないレベルである。しかしシヴァイは即断即決をした。貴重な時間を無駄に出来ない、その一事である。アシュバスとイェズウにもそれは伝わっていて、二人は自分たちの配下に転進と急行を命じる。シヴァイも即座に指示を下す。
「火のイグニスと風のリヤーフ、そのアダナに相応しい動きを見せて下さい。」
若手二人は勇んで、自分たちの艦隊を虎族補給艦隊の方角に転進させる。それが終わりきる間も待たずに、それぞれの旗艦は先頭をきって進んでいく。
シヴァイも自艦の艦長に発進を頼み、再度通信を開いた。
「虎族客将軍マラッジ殿、このような次第です。貴艦隊はいかがされますか?」
虎族には珍しく、冷静沈着で知られるマラッジ将軍はすでに答えを持っていたようで即答する。
「我が艦隊の使命は三族艦隊の援護でございます。ノモゥダベト殿も最前線は任せよとおっしゃった。我が艦隊は貴艦に同行いたします。」
深く一礼をするシヴァイ。
三族艦隊と虎族艦隊は後方に急行した。
虎姫様の軍配がへし折られた。すでに数本が“燃えないゴミ箱”に放り込まれており、従属官は震えが止まらない。
「なんで、“敵”艦隊がいきなり目の前に現れたのか。情報官、“妖精”の回答はまだか!」
虎姫様自身の“妖精”も、他の“妖精”使いの“妖精”たちも全ての“妖精”が彼らの異空間に閉じこもり、調査に当たっているようである。どうせわからないだろう、と“銀髪”に尋ねもしなかったシヴァイとは異なり、虎族は考えることを“妖精”に任せる傾向がある。虎姫様の参謀たちも為す術もなく立ち尽くしている。
次の軍配をへし折り、戦闘艦橋の床面にたたきつけた虎姫様の眼前に一個の“妖精”が現れた。“紅牙”と名付けられたその“妖精”は周囲を見渡し、いつもの様子に深い溜息をついた。
『虎姫サマ、少シ落チ着イテ下サイ。』
小さめの赤い虎の形をした“妖精”は、少しも虎姫様を恐れる様子もなく、諫言が出来る。
「これが落ち着いていられるかぃ。補給艦隊だけじゃない。サーナダベト艦隊もかなりのやられようだ。で、わかったのかい?」
前半は怒り狂って叫んでいたが、最後の一言は冷静である。虎姫様も一人の族長である。感情だけで行動する人物ではない。
“妖精”紅牙は肯いた。
『“敵”ハ、げーとノ内側デわーぷヲ行ッタトシカ考エラレナイ。コレマデ一度モ行ワナカッタ戦法デアル。』
「行わなかったのか、行えなかったのか…どちらかな。」
虎姫様は明敏である。“妖精”の言葉に一手先の思考を加えている。そして、間髪おかず指示を下した。
「近衛隊は残り全艦でサーナダベト艦隊の救援に向かえ!」
その命令に参謀の一人が一歩前に出る。
「お待ち下さい、それではこの“ネムル・アミーラ”の防備が手薄となります。ここは幾隻かの虎壮兵艦を出すだけに…」
不幸な、あるいは思慮足らずな参謀は虎姫様に睨まれ、その眼光に気絶することとなった。いや、死なずにすんだだけ幸運の持ち主と称せられるであろう。他の参謀たちはもう誰一人反論せず、虎姫様のご命令を忠実に実行するだけの存在となった。
次の戦いは虎族補給艦隊そしてサーナダベト艦隊の救援である。
日本は宇宙人に侵略されました。宇宙の戦いは始まったばかりである。
ご訪問ありがとうございます。
引っ越しの準備が大変で大変で…回らない頭脳がいつもよりさらに遅くなっています。




