暗闘
女同士の戦いです。
6-2 暗闘
フー・スーは、執務室でレポートをまとめていた。“妖精”の力を借りれば早く正確なのだが、内容の秘匿上、それは出来ない。彼女は苦心し、手描きの文章をまとめていた。
フー・スーは高級将校である。高級貴族出身と言うこともあり、大抵の軍人からも貴族たちからも敬意をあつめている。しかしそんな彼女には極秘の任務があった。一つは虎姫様の影武者である。顔立ちは似ているとは言い難いが、容姿が似通っているため、虎姫様のわがままにり回される事も多い。しかし虎姫様を敬愛しているフー・スーにとって、それは児戯に等しいことであった。虎姫様のストレス発散になるのであれば、いくらでも代わりを務めていた。
問題はもう一つの役割である。虎姫様の近衛隊の一員として名を連ねているが、彼女に任される役割の多くは極秘任務が多い。それは身代わりなどとは異なり、虎族の運命を左右しかねないものが多かった。今回のレポートもそれに連なるものである。
切りの良いところまで書き上げたフー・スーは、ペンにフタをした。そして所定の位置に戻す。そして、背後に声をかけた。
「フー・リャン。もういいぞ。」
音も気配もなく滑り出てきた女が一人。近衛隊の影部隊の黒いスーツに身を纏っているが、ところどころ赤い色がついている。フー・スーに似て均整のとれたプロポーションであるが、虎姫様の代役は出来ない。それは彼女の持つ雰囲気故である。
フー・リャン。影部隊のナンバー1の殺し屋である。虎姫様は豪放磊落な人柄であるが、影の戦いから身を避けるわけにはいかない。虎姫様を表で守るのが近衛隊であり、暗闇で守るのが影部隊である。しかし、フー・リャンは違った。彼女だけは攻撃が任務なのである。近衛隊随一の暗殺者、それがフー・リャンであった。
フー・リャンは再び気配もなく、フー・スーの背後をとった。そして、無言の一撃を加えてくる。その手刀を避けたフー・スーもまた音もなく、椅子から立ち上がり、戦闘姿勢をとる。どちらも前傾姿勢の猫足立ちである。手が出るか、足がでるかわからない。
再度の攻撃はやはりフー・リャンからであった。予備動作の一切無い蹴りがフー・スーを見舞う。それを身をよじって躱すフー・スー。返す刀でフー・スーも蹴りを打ち下ろす。が、フー・リャンもそれを軽やかに避ける。どちらも相手の攻撃を受けることなどしない。音が立つことも理由のひとつであるが、ダメージの蓄積も大きいからである。数分の間、音のない攻撃と守勢が交互に続けられた。
一瞬の切れ目に声をかけたのは、やはりフー・スーであった。ここまでフー・リャンは一言も発していない。寡黙な人柄なのではなく、任務に無駄なことは一切しないからである。しかし、フー・スーとしては、話し合いをしないわけにはいかなかった。
「リャン。この仕打ちはお前自身の判断だな。」
しばしのためらい。そしてようやくフー・リャンは口を開いた。
「そうだ。」
「虎姫様の命令ではないのだな。」
そう言いながら、防撃姿勢を一切ゆるめていないフー・スーである。それがわかるだけに、フー・リャンは手を出しにくいと見たのか、姿勢をゆるめた。それに合わせて、フー・スーも少しだけ態勢をゆるめる。やっと話し合い環境が生まれた。
「フー・スー、なぜ虎姫様の命令に逆らうのだ。」
低い、小さな声である。しかし、フー・スーにはしっかりと聞き取れる、そんな音量を計算しての発声であった。
「私が、虎姫様に逆らう?そんなコトしたおぼえはない。」
「お前が現在していることはなんだ?」
この数週間、フー・スーが必死で行っているのは地球から来た5人の育成である。銀河宇宙軍の説明から始まり、軍組織や指揮系統の理解、そして戦士として生き残る術を教授している。彼らも必死でそれに取り組み、めざましい成長を遂げている。
「チキュウとかいう星から連れてきた若造たちを、鍛え上げる。そんなこと虎姫様はご命令なさっていない。虎姫様のご命令は全く別だ。なのにそれを行わないのはなぜだフー・スー?」
ゆっくりと、途切れ途切れに話すフー・リャンの話しぶりには殺意が感じられた。虎姫様を一番に思う彼女にとって、フー・スーの行為は裏切りに見えるのであろう。それゆえの襲撃であった。
「リャン。お前は私と虎姫様の会話のとき、話を聞いていたな。」
「ああ、いつも通り、虎姫様をお守りしていた。」
たとえ、虎姫様が銃撃されたとしても、すぐに身代わりになれる、そんな位置にフー・リャンは必ずいる。そしてそれが可能な素早さを持ち合わせている。虎姫様の最高の守り刀がフー・リャンなのである。
「ならば、二人の会話は聞いていたはずだな。」
「ああ。虎姫様はおっしゃった『龍族に力を与えているチキュウ人を得てこい』と。間違いないな。」
今では銀河宇宙軍の全てが知る知将、シヴァイのことである。本来は猿族である彼がどのような経緯からか龍族に身を寄せ、それ以降龍族が戦勝を重ねてきたか、知らぬ者はいない。そのシヴァイを虎族が手に入れられれば、虎族の力は飛躍的に増すであろう。“敵”から星系を守るだけでなく、【犬神】や【九尾】に対する地位も向上するはずである。虎姫様のご命令はそういう意味であったはずだ。フー・リャンはその任務を一切行わないフー・スーに文句を言いに来たのだ。彼女のやり方で。
「相変わらずだなリャン。それではお前は武器の一つで終わるぞ。」
「何?どういう意味だ。」
フー・リャンから攻撃の意思が完全に消えたと見て、フー・スーは椅子にかけ直した。仕方なく、フー・リャンもそれに近寄り、もうひとつの椅子に腰掛ける。
「私は地球に直接行った。」
「知っている。」
「あそこは謎の星だ。銀河宇宙軍の全ての族の祖が今も存在している。いや、そんなことはどうでもいい。とにかくあの星は謎が多いのだ。」
「どういうことだ?詳しく説明しろ。」
「時間がない。それに直接見なければ理解できないだろう。」
「よかろう。それと、シヴァイを引き入れる計画を放棄した理由との関連は?」
フー・スーの目が宙をさまよった。それは空を越え、宇宙を越えて、地球を思い出すような目であった。
「あの星には、第2、第3のシヴァイが生まれる可能性がある。」
「・・・・・まさか。」
「私が目をかけているあの若者たちがそうだ。5人全員ではないだろうが、その可能性は十分に秘めている。」
「シヴァイは現在銀河宇宙軍最良の将とまで呼ばれているのだぞ。それに匹敵するような人材が…」
「あのチキュウはそういう星なのだ。生まれたときから戦闘の訓練を行っている者も多い。まったく、考えられないような星なのだ。」
フー・スーは地球での生活を思い出していた。その生活スタイルや幼児期からの教育、趣味や遊びにまで、虎族としては信じられないことが山のようにあった。あのチキュウ人たちが、次々に宇宙に進出してきたら…。
「私が行っているのは単に5人の若者の教育ではない。可能ならば虎族とチキュウがより良い関係を永続的に結べないかと考えている。」
「あの5人はその先駆けか。」
「そうだ。ただ、それだけではない。あの中には、期待以上の者がいる。」
フー・スーが思い浮かべているのは誰であろうか。
「虎姫様はおっしゃった。『虎族にもチキュウ人の力を』と。それはシヴァイを引き入れることだけではあるまい。」
椅子に腰掛けていたはずのフー・リャンの気配が消えていく。直接目で見ているはずなのに、姿がかき消えていくのである。この技はフー・スーにも理解できない。この技を使われたら、先ほども命はなかったであろう。そのフー・リャンの声がどこからともなく聞こえてくる。
「承知した。もうしばらく、お前の行動を黙認しよう。」
「感謝する。」
次の瞬間には、部屋の中にはフー・スー以外の気配はなかった。事実彼女一人きりであったのだろう。ドアも窓も開けずに、フー・リャンは出入り出来るのであろうか。同じ影部隊でありながら、謎だらけの存在である。
「ああまで言ったからには、5人には成長してもらわなくてはならんな。」
そうつぶやいたフー・スーの口元には微笑みが浮かんでいた。それは邪気のまったくない、澄んだ笑顔であった。
日本は宇宙人に侵略されました。
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