“妖精”
日本は宇宙人に侵略されました。宇宙人の圧倒的な科学力になすすべもなく、支配されていまいました。
宇宙人のすごさ、そして、その宇宙人を上回る存在とは?
2-9 ボールの一室
その部屋の中には、数え切れないほどの人が立っていた。と、勘違いする程の人型の群れ。満員電車ほどではなかったが。
「みなさんにも宇宙に上がっていただくため、スーツの着用の説明をいたします。」
ぞろぞろと部屋に入ってきた自衛官たちは一様にぎょっとする。やはり人の群れに見えたのだろう。マネキンか蝋人形か。
「装甲戦闘服のことをスーツと呼んでいます。まぁ、着ていただければわかると思うのですが。」
全身白い制服の宇宙銀河軍人が説明を始める。
「先ほど別室で説明しましたように、難しい操作などはありません。」
「それは助かるよ。私は最近はテレビの録画も難しくてね。」
「ボタンが5つ以上あると、ちょっとねぇ。」
自衛官たちの中には結構な年配の者も数多くいるので、そんな苦笑混じりの独り言があちこちでわき起こった。
「ダイレクトドライブ方式ですからご安心下さい。今から見ていただいて、そのままマネしてもらえれば大丈夫です。」
そう言いながら、白衣の男は一つのスーツに近寄った。上下がつながったスキーウェアかバイクの皮つなぎのように見える。やや太めであるが、とても装甲服や宇宙服には見えない。ブーツと手袋があらかじめつながっているので着ぐるみのようにも見える。さらにヘルメットまできちんと装着されているので、一見すれば人に見えてしまう。あるいは、かわいさが欠片もない御当地キャラのようでる。
「えーと、私はこのように、よいしょっと。」
説明者はその立ちっぱなしの一人に近づき、一本背負いの姿勢に…いや両腕を両肩に回したので、棒立ちの人をおんぶするような態勢になった。そして、その瞬間、二人は同化した。
先ほどまで棒のように立っていたヘルメット人形が、両腕をぐるぐる回したり、ひざ上げを始めた。指先を曲げ伸ばしたりもする。
「えっ、見えなかったぞ。」
「なんだ、吸い込まれたのか、被さって覆ったのか?」
全員の目が顔に注目しているので、説明者は右手で顔のあたりを軽くなでる。その瞬間、顔の前面だけでなく、ヘルメット自体が消失した。先ほどまで丁寧に説明してくれていた、見慣れた男の顔が現れた。
「ヘルメットは不可視状態になっただけです。」
指先で顔の近くの空間を叩く真似をした。確かにコツコツと音が聞こえる。
「私の声も聞こえていますよね。」
「ああ、普通に会話しているようだ。」
「それでは皆さんにも着用していただきましょう。私のように背負う形でもいいですし、ご自身が後ろから覆い被さっても、一瞬でスーツ内に入り込む仕組みになっています。まぁ、試してみて下さい。」
それぞれが手近なスーツに近寄り、「こうかな?」と態勢を取るたびに次々にスーツ内に同化し、スーツに搭乗していく。
「おおっつ、」とか「うわ、」という小さな歓声があちらこちらで発生する。スーツたちが生を得て、様々な動きをとっている。
それを微笑しながら眺めていた説明者は、全員が搭乗したのを確認し、説明を再度始めた。
「スーツの着心地が微妙に合わない場合は、その部位を軽く動かしてみて下さい。そう、もう大丈夫ですね。」
「うむ。あつらえたようにぴったりだ。」
「それに、結構分厚く見えたのに、手足がスムーズに動かせる。何も付けていないようだ。」
またそれぞれが身体を動かし、確認作業を始めたので、間があく。
「みなさんがスーツと同化した瞬間、身体とスーツの隙間を特殊樹脂が流れ込んでいます。衝撃緩衝用と生存維持を兼ね備える物体です。気体というか液体というか…まぁスーツはみなさんと密着していると考えて下さい。着ているのではなく、自身が分厚くなったイメージです。」
「それにしても軽いし、表面を触ってみると柔らかい。こんなので戦闘が可能なのですか。」
「宇宙空間の絶対零度に耐える程度は十分です。もちろん、恒星の直射光を長時間、なんてのは無理ですが、30分程度なら可能です。」
「それは十分スゴイ。」
「硬度に関しては、映像で見ていただいたように、戦車砲の直撃にも耐えられます。ビームやレーザーもそれなりに耐えられます。」
「ああ・・・・。」
「しかし、敵に対しては、これでも心許ないのです。まぁ、その話は後にして。全妖精起動。」
「うわっ、」「えっ」「なんだなんだ。」
自衛官一人一人の脳に直接、挨拶が聞こえた。基本は丁寧な女声であったが、きりりと人柄を連想させる口調であった。
「スーツの動作を的確に制御し、戦闘時には連絡や助言などの支援してくれる、専用の、えー、みなさんの言葉で言うとコンピューターやカーナビまたはOSのような存在でしょうか。」
自衛官それぞれが妖精たちと会話をしているようである。最初は単純な会話のようであったが、妖精側からとんでもない発言が出される。
「なんで、そんなことまで知っているんだ?」
「我々の個人データを全て知っているのか。」
その驚く様子も予定通りのようで、説明者はにこにこと眺めている。
「はい、妖精たちのデータ記憶量は地球の単位では表現できない程、巨大です。日本中の自衛隊員全員の個別のデータなど準備運動程度でしょう。みなさんがスーツに入るなり指紋や網膜などの身体特徴で自分のパートナーを認識したはずです。そして、かなり立ち入った会話を交わしたのではありませんか?」
「確かに・・では私の個人的なことはすべて筒抜け、ということか。」
「プライベートなデータは入れていません。ただし今会話した妖精は今日から皆さん専用の妖精となります。必要だと思われたなら、個人情報も共有しておいた方が便利かもしれません。私は結婚記念日や子供の誕生日を妖精に教えてもらっているおかげで、プレゼントを忘れたことはありません。」
小さな笑いが広がった。
「逆に、軍事情報なども皆さんの所属や階級に合わせて、許される範囲で教えてもらえます。戦場では情報が一瞬一瞬で変化していきます。妖精たちは最新の情報を皆さんの脳に直接伝えるはずです。」
「この戦闘服を脱いだら、どうなるのかね。」
質問をした自衛官は昆虫が脱皮するように、スーツから現れた。スーツは地面に倒れたりはせず、直立したままである。突然のことに驚き、自分の手足や周囲を見回す。
「本田二佐ですね。脱着を考えた瞬間、妖精がスーツを解除したのです。その妖精自身は、二佐ご自身の身につけているもののどれかに変化したと思います。何か変わったものはありませんか。愛着のある道具など…。」
しばらく、服やポケットをさぐってみる。すぐに気がついた。
「時計が変わっている。私の腕時計はこのタイプより安物だったはずだ。ワンランク上の機種になっている。」
腕時計を外し、裏から見たり、重さを確かめたりするが、特に異状は感じられないようである。専門店であきらめた高級品である。
「腕時計に命令をしてみて下さい。そうですね、もう一度スーツを着ていただきましょうか。」
本田二佐は腕時計をはめ直し、文字盤を口元に近づける。
「もう一度スーツを着用します。」
次の瞬間、スーツの方が本田二佐に近寄ったかと思うと、同一化した。頭部と手首から先だけは透明化しているようで、ヘルメットと手袋を着用していないように見える。
「慣れてくれば、妖精が変化した腕時計を口元に近づけなくても…思うだけで、指示が出せるはずです。では他の方も一度脱着していただき、妖精が何に擬態したか、ご確認下さい。」
部屋の人口密度が一瞬で2倍になる。そのあと全身を確認する自衛官たち。真っ先に靴を脱いだ者は何を考えたのであろうか。
「あ、眼鏡が、」「結婚指輪か~」「俺も腕時計だ。」「こんなスマホ見たことないぞ。」「ベルトのバックルか。」「万年筆だ。」
様々な声が聞かれ、近くにいる者同士で報告をしあっている。
「愛着のあるモノや、一番身近なモノに妖精は取り付くはずなんですが…みなさん見つかりましたか?」
数人が手を挙げ、見つからないと口にする。
「やはり何人かは、いらっしゃいましたね。あとでシャワーの時にでも全身をご確認下さい。身体のどこかにシールのような紋章が貼り付いていると思います。紋章の図柄は人によって違うはずです。」
そう言われるなり、袖をまくったり、胸元を広げてみたりする者たち。残念ながら、見つけられた者はいなかった。
「シールのように、一度剥がして違う位置に張り替えることも出来ますし、しばらくは身体から離して置いておくことも可能です。タトゥーと思われると不便もあるでしょう。」
一人が挙手をする。それに気づき説明者は「どうぞ」と指名する。
「物体になった妖精とシール状になった妖精の違いはなんですか?」
これまで、よどみなく流暢に説明していた男は初めて言葉に詰まった。その表情は何かを隠そうという様子ではなく、本心から悩んでいるように見えた。
「実はわからないのです。妖精たちは我々の科学力で作り上げたものではありません。」
「えっ?」
「妖精を完全に身体の一部に吸収する人もいます。また妖精が物体化して、身体の周囲に浮遊する人もいます。妖精が動物や本当の妖精のような姿を取って見守っている、という例もあります。」
ざわめきが広がっていく。つい先ほどまでは携帯端末やPCの進化した形と考えていたのが、何か別種の生き物のように思えたのだ。自分の妖精を、擬態化した物体を怪しむ目つきで見つめる。
「みなさんは自衛隊の中でも高位の方ですので、妖精をお渡ししました。地球に残られた、ほぼ同階級の自衛官にも妖精をお渡しします。ですがある段階にまで達していない方々には疑似妖精が配られると思います。妖精なしにはスーツも、それ以外の武装も使えませんし、軍隊として作戦行動が出来ませんから。」
「この妖精の正体はなんなのですか?」
「わかりません。我々が敵と戦うとき、自然に発生したと言われています。事実妖精がいなければ、我々は銀河宇宙軍すら作り得なかったでしょう。そしてとっくに敵に滅ぼされていたはずです。妖精、彼らも違う形態の宇宙人なのかもしれません。共同戦線の仲間だ、という人もいます。」
日本人にとって宇宙人は圧倒的な力をみせつけた存在であった。その彼らでさえ、未知の存在がある。そしてそれよりも大きな敵が存在している。
自衛官たちは宇宙船に乗れるという高揚感が霧散していき、先ほどまでとは異なる目で自分の妖精を見つめた。謎の存在を身につけて闘うことになるのか、と。そうしなければ戦えないのか、と思いながら。
「それでは皆さん、乗船しますのでスーツ着用をお願いします。」
気持ちとは裏腹に、スーツの着用は支障もなく、3秒以内に全員が搭乗していた。
3-1
風春高校新聞部。三年生はすでに引退済み。二年はいないので、一年生が五人のみ。顧問は一度も来たことがない。(社会の日本史の教師だったはずだ)ゆえに、部室にはいつも最大五人しか存在していない。
ドアを開けて入室してきた異様な風体の六人目は、とんでもない事象を僕たちに突きつけた。
圧倒的な宇宙人が地球の、それも日本に来るのは理由があるはずです。
そういうことを物語りたいのですが、展開がまどろこしくてすみません。
それなのに、ここまで読んで下さって本当にありがとうございました。




