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キセキ  作者: うわの空
1/3

前編

 神様は不平等で残酷だ。

 和也のような小さな子にこんな大病を押しつけて、――いや、問題はそこじゃない。病を治すため毎日を必死に生きる和也に、「奇跡を祈るしかない」というんだ。神様の気まぐれで。

 余命半年? 先月六歳になったばかりの和也は、半年後もまだ六歳だ。早すぎる。

 奇跡的に完治した子もいます。――その割合はどのくらいなの。和也は?

 走ることすら知らない息子は、その中に入るの?



「おかーさん。おいしゃさん、なんていってた?」


 迷子のような足取りでふらふらと病室に入った私に、和也は笑いかけた。「大丈夫、頑張れば治るって言ってたよ」と、今まで言ってきた。今までは。

 ……また頑張れっていうの? 度重なる注射の痕で赤紫色になった和也の腕を見ながら、私は絶句した。

 半年後、和也は死ぬ。でも、もしかしたら。

 生殺しの世界で私は生を手放せず、けれども死の方にベクトルを置いて佇んでいた。



 翌日、和也の見舞いに行った私は、部屋の前にいても聞こえる笑い声に首をかしげた。笑い声は二人分。一人は和也で、もう一人は聞き慣れない声だった。女性の声優が出す男声のような、すこし高くて掠れた笑い声。病室からほとんど動けない和也に、友達ができたのだろうか。私は不思議に思いながら扉を開けた。


「――それでねー。これは、かめんレンジャーの『てき』なんだよ!」

「へえ、悪い奴なの?」

「そう! だからレンジャーがやっつけるの!」


 和也は先月、誕生日プレゼントに買ってあげたばかりのレンジャー物のフィギュアを振りかざしながら、談笑していた。私は、水色のパジャマを着た相手の顔を見る。生気のない白い顔と、クリーム色の髪のせいで、全体がぼんやりとした感じの男の子だった。年は十歳から十二歳くらいだろうか。ぼんやりとしているのは見た目だけではない。話し方や彼のまとっている空気も、どこかゆったりとしていた。

 彼の白くて細い指が、悪役のフィギュアへと伸びる。レンジャーのフィギュアは、和也が握りしめたままだ。


「……仮面レンジャーは、和也君の憧れなんだね」

「うん! ぼくね、おっきくなったらぜったいレンジャーになるんだ! あきらめないで、わるものとずっとたたかうのが、レンジャーの『せーぎ』で、『しめー』なんだって! だからぼくも、びょーきとたたかうの!」

「そう。…………ねえ。仮面レンジャーは本当に、正義なのかな?」

「え?」


 彼はそこで会話を区切ると、ついっと私に目をやった。私の存在に気付いていたらしい。軽く会釈をして、力の無い笑みを見せる。それから、「はい、これありがとう」と、和也にフィギュアを返した。


「こんにちは。今、和也君に仮面レンジャーのことを教わっていたんです」

「あ……。和也と遊んでくれてありがとう」

「いえ。それじゃ、和也君。またね」


 彼は和也に手を振ると、するりと私の隣をすりぬけていった。スリッパの音すら立てない、猫のような歩き方で。

 ご機嫌で仮面レンジャーの主題歌を歌っている和也に、私は尋ねる。


「今の男の子、誰?」

「しらない! でもともだちになった!」


 何故か得意げに、和也は笑った。

 パジャマ姿であったところからして、入院患者である可能性が高い。だとしたら、あの子はなんの病気なんだろうか。そう考えて、私は首を振った。病院に来ると、患者を見ては『なんの病気だろうか』と考えてしまう。それは単なる興味でもあったし、『和也よりも重い病気の子はいるのか』という意味もこもっていた。そうして、いつも嫌になる。そうやって、なんでもかんでも天秤にかけようとする自分が。


 私は今週の仮面レンジャーについて和也と話をして、フィギュアでレンジャーごっこをしてから病室を出た。入院食なのか、煮物のような少し懐かしい感じのにおいが廊下に漂っている。既に日は暮れ始めていて、赤い夕陽がその廊下を染めていた。そこに、


「――あ」


 彼は、いた。

 廊下の窓から外を覗いていた彼は、私を見て笑った。それは決して、小学校で見られるような楽しそうな笑顔ではなかった。それは夕陽のせいだったのかもしれないし、病院という場所柄のせいだったのかもしれないし、彼特有の空気のせい……だったのかもしれない。


「こんばんは、おばさん」

「あ、こん……」

「――和也君、あと半年なんですね」


 彼の言葉で、足元がぐらりと揺れた。余命の事を、和也には話してない。医師か看護師から漏れない限り、他の入院患者も知らないはずだ。なのになんで、なんで彼は。


「ああ。看護師さん達から聞いた訳じゃないんです。ただ、僕には分かるので」


 全く分からない、説明にすらなっていない理屈で彼は言う。僕は『この病院の意識』だから、院内の事は大体把握してるんですよ――。


「それから、ここからは和也君本人に聞いたことなんですけど、彼には沢山の夢があるんですね。走ったり泳いだり、学校へ行ったり友達を作ったり。大人になったらレンジャーになるというのも。……このままだと、叶えられないものばかり」

「っ……。まだ『そう』だと決まった訳じゃない! 和也は! もしかしたら」

「奇跡が起こるかも、ですか」


 うんざりしたように、彼は息を吐く。それは学校での道徳の時間、命の尊さについて散々聞かされた時の白けた雰囲気に似ていた。同じ話を何度も聞かされ、「もういい」と言いたいのを堪えているような、そんな雰囲気。

 白い空気と赤い光の混ざる中で、彼はオレンジ色の瞳をこちらに向けた。まっすぐ、逃がさないように。


「おばさん、僕はね。『違う奇跡』を起こすことができるんです。そして、あなたがそれを祈るのであれば、その奇跡を起こしましょう」

「……違う奇跡?」

「ええ」


 彼はそういうと、私の後ろを覗きこむようにした。私も釣られて後ろを見る。そこにあるのは廊下と、和也の病室の扉だ。


「おばさんが祈っているのは、和也君の寿命が延びる、更には病気が完治するという奇跡ですよね? けれど残念ながら、僕の起こせる奇跡はそれではない。――僕は、『和也君かあなたの望んでいることを現実にする』ことができるんです。だから例えば和也君が望んでいた、走ったり泳いだりなんてことは簡単に叶えられます。……だけど、僕も神様じゃない」


 話についていけず、言葉を挟むことすらままならない私を置いてけぼりにして、彼は微笑んだ。


「もしもおばさん達が、僕に奇跡を起こすよう頼んだら。――……その時おばさん達には、『もう一つの奇跡』を放棄してもらう必要があります」

「もう一つって……」

「和也君の寿命が延びるか寛解、あるいは完治すること、です」


 眉をハの字にして微笑む彼は、優しそうに見える暴力団員にも、凶暴に見えて優しい若者にも見える。正体がつかめない、何を考えているのか分からない。そんな雰囲気があった。


「……僕は、和也君やおばさんのお願いを聞いてあげられます。けれど、寿命を延ばすことも病気を治すこともできない。僕がお願い事を叶えることになれば、和也君は確実に約半年後に亡くなります」


 呆然とする私に、彼は頬笑み背を向けた。


「――あくまで情報提供しただけです。が、考えておいてくださいね。十四歳未満のお子さんの場合、願いを叶えるには保護者の同意が必要なんです。寿命を延ばすようなもの以外なら、僕は何でも叶えられますよ。それこそ、和也君を仮面レンジャーにすることだってできますから……」



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