表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5:近づく別れの時

ルビウス視点です。

「魔法を使えるなら、雨も止められるでしょう?」


世間話をし始めてしばらく経った頃、少し弱まった雨を見上げていた少女は言った。


彼女には、自分が魔法師だとは言っていない。


少しばかり使えるだけ。


そう言って、ごまかした。


なぜ言わなかったのかは分からない。多分、漆黒の魔法師だと知って、彼女の態度が変わるのが嫌だったからだと思う。だから、今も覆いはとっていない。


「止められない事はないけど、雨は生きる物にとっては太陽と同じように大事だからね。自然に任せるのが一番なんだよ。」


本当の事だ。雨は、生きる者に恵みをもたらしてくれる。魔法によって少し天候を変えたとしても、後できちんと自然に戻さなければいけない。

雨を降らせれば、次の日には太陽の光を。雨雲を吹き飛ばしてしまえば、日遅れた雨を。

そうやって、自然の秩序を守らなければ、この世は壊れていってしまう。

今でも秩序を守らない輩が、世の中を崩しているらしいが。



だけど、本当は…。


もう少し、もう少しだけこのまま、彼女と一緒にいたいから。



「でも雨が降り続いて、洪水になったりしたら?」


そんなことを考えていたら、くるりと振り向いてこちらを向いた彼女は、首を傾げて尋ねた。


「その場合は、また違うよ。魔法師達が街や人を自然の脅威から守るから。もっと力のある者は、洪水なんかを弱めることをするけれど、めったに自然には手を出してはいけないんだ。本当はね。」


「ふーん。」


そんなもんなのか、魔法というのは。

そう零した少女は、しばし黙り込んで軒下から空を見上げて呟いた。


「…雨、もうすぐ上がりそうだね。」


「そうだね。」


目の前に佇んむ少女の隣に歩み寄って、そう答えた。


雨が上がれば、彼女ともサヨナラだ。

魔法を使ってしまったからには、祖父や弟、魔法省の者達がすぐにここの居場所を見つけ出すだろう。


はぁと自然と出そうになった溜め息を打ち消すように、隣にいる少女が明るい声で聞いてきた。


「…あ、そうだ。名前、聞いてなかった。」


「うん?誰の?」


「あんたの。」


「…僕の?なぜ、そんなことを聞くのさ。」


少し笑いながら問い返すと、彼女は不機嫌そうに顔を逸らした。


「仮を借りたままとか、嫌なの。…さっきは、お金を返さないでおこうと思った。だけど、それは違うかなって。あんた、偉い位の人でしょう?」


「まぁね。まだ、爵位は継いでないけど。」


「ほら。だったら、尚更返さないと。」


「いいよ、必要ないから。」


「あんたが良くても、私が気分が悪いのよ。」


頬を膨らませて睨む彼女を笑って、仕方がないと答えた。


「公爵の位だよ。無事に継いだらね。」


「え?」


「継ぎたくないんだ。実を言えばね。」


「どうして?…わかった、ぐれてるんでしょ。」


からかいを含んだ少女の声に、笑って言葉を続けた。


「本当は、父が継ぐはずだったから。だけど、死んだ。僕はただ、その身代わりなだけなんだ。」


家では、父の代わりとして。魔法省では、兄弟子だったセドウィグの代わりとして。どこに行ったって、自分自身を認めて求めてくれる人はいない。

公爵の爵位を継いで、自分によいことなどないから。けれど、使命だとは思っていた。時たま父の名と自分の名を間違えることも、父と良く似ていると言われることも、兄弟子と比べられることさえもずっと我慢してきた。


その人の代わりにはなれないのに、周りはそれ以上を求める。

自分という人はどこにいるのだろうか。いつの間にか、自分を見失って虚しくなった。


「だけど、あなたはあなたでしょう?公爵の家系か知らないけど、そこに生まれて爵位を継ぐ。それは逃げられないことだもの。けど、継いでからは違う。その人の人生、生き方がある。だから、あなたなりの生き方をしてみたら?お父さんとは違うんだって、周りに知らしめたらいのよ!それに、あなたが公爵を継ぐなら、きっと優しい素敵な公爵様になると思うわ。」


まるで、小さな薔薇のように笑うその笑顔に、泣きそうになった。


「…ありがとう。」


小さくそう言った言葉は、少女には聞こえなかったようだった。


「だから、名前。」


「……ルシウス。ルシウス・ロウだよ。」


日が上り初めて、明るくなった空を見ながらそう言った。


この世に生を受けたとき、両親がつけてくれた、今では呼ぶ者さえいないその名を。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ