2:彼の反抗期
このあたりの国では、様々な髪色や瞳の色を持つ者達が多くいる。しかし、黒髪に漆黒の瞳を持つ者は、ある家にしか生まれず、さらには数百年に一度であるという。他の者達には無い力を持つその魔法師の事を、人々は敬意を込めてこう呼ぶ。
―― 漆黒の魔法師と。
魔法国である東の国、リヴェンデル。その国で一番力を持ち、偉大だと呼ばれているのは、代々公爵の位を譲り受けるカインド家である。現当主は、シリウス=ジウ・カインド。その名を知らぬ者は居ないほど、名の知れた人物だ。
その孫にあたるのが、何やら訳ありな事情を抱えていそうな顔で軒下に佇む、彼、ルビウス・カインドである。実は彼、来月愛でたく成人を迎える。そこで、祝の言葉もそこそこに祖父から言われたのが。
『来月の成人と共に、公爵の位を譲ろう!』
受け継ぐ力故か、はたまた元からある性格だからかなのかは知らないが(彼に取ってはどっちでもいい)、カインド家の者達は少し、変わり者が多い。
現公爵である祖父は、好みの女性を見れば所構わず口説き、いい年を過ぎた今でも複数の女性と付き合っている。(本人曰く、不倫や浮気ではなくただ友達として付き合っているらしい。)無き父は公爵を継がず、師である医者の侯爵家を継いだ。
四つ上の姉、ルクシアはちっとも魔法が使えず、しかしどんな魔法よりも強く逞しかった。一つ下の弟、アレックスは独り立ちした今でも頻繁にルビウスの後を追いかけ、ルビウスを慕い、彼の前を歩いた事がないほどである。
そんな家系だ、まだ成人したばかりの若造に簡単に爵位を譲ってもおかしく無いのかも知れない。けれど、そのいい加減さに彼は怒りを爆発させた。
幼い頃から、次期公爵を継ぐため、ゆくゆくは魔法師達の上に立つため、日々厳しく育てられた。
両親の愛情や温かさなど知らない。
数え切れないほどの、想いと感情を押し殺して、大きくなった。願いを口にすることも許されず、それが当たり前だと思っていた。
それなのに…。
まだ降り続く雨を眺めていたルビウスは、静かにその瞳を閉じ込めてその身を預けた。
軽々しく言われた祖父の言葉。
今までの自分の努力と苦労は、そんなくらいの価値しかないものだったのかと。
周りは、どれほどの思いを殺したのか知らない。
だから、へらへらと笑う祖父に怒鳴った。我慢しきれず、邸を飛び出し、共も付けずに一人遠くの町外れにやってきた。
そう、年頃にしてはやや遅いであろう、反抗期を迎えていたのだった。