1:始まりの前兆
おいでくださり、ありがとうございます。この物語は、長期連載中の『魔法使いと七番目の弟子』より、過去を遡った一部を抜き出した物語となっております。世界観が分かり難いという方が居られましたら、そちらをお読み頂くことをお勧めいたします。
小雨が降りしきる寒空の中、人通りの少ない薄暗い夜道を一人の若い青年が、足取りも重く歩いている。
時折激しく降る小雨は、先程から殺風景な町に留まり続け、店仕舞いも済んだ薄暗い路上に大きな水溜まりを幾つも作った。そのため、かなりの距離を歩いてきたようである彼の外套とそのお高そうな黒い服は、すっかり水を含んで重くなっていた。そんな服装でありながら、当の本人である彼自身はどうでもいいように、外套に付く覆いを軽く被っただけの姿で、新しい水溜まりに少々変わった革靴を浸けて歩く。
しばし無言で足を進めれば、小さな曲がり角で先程まで大人しかった小雨が突然、豪雨に変わった。辺りが薄く霧が立つほど勢いを増す気まぐれな雨に、彼は小さく溜め息をついて、近くにあった民家の軒下にさほど急いだ様子もなく潜り込んだ。
彼が軒下に潜り込んだのとほぼ同時に、雨は激しく勢いを増した。
一向に止む気配も見せない雨をしばらく眺めていた彼は、やがて諦めたように頭に被せていた覆いを両手で取り外した。そして、少し癖付いた黒髪から滴る水滴を気にせず、白い肌に張り付いた前髪をプルプルと払うと、右手で煩わしそうに掻きあげた。黒い髪から覗いた、そのまだあどけない顔に不似合いの瞳は、黒髪によく似合う漆黒の瞳であった。