第2話:共鳴の球体
第2話:共鳴の球体
「——共鳴反応を確認」
アレックスの固い声が通信機から響くのと同時に、視界の中心部が微かに歪んだ。
崩落した断崖の残骸の中央、削り取られた空間の裂け目に浮かんでいたのは、直径数十センチほどの青白く光る球体だった。表面には見たこともない幾何学模様が刻まれ、鼓動のように一定の周期で脈動している。
『共鳴球だ、トム』
アレックスの声に緊張が走る。
『旧世界の遺産であり、アーカイブの情報核そのものだ。周囲のエーテル濃度を急上昇させている原因はそれだ』
トムは息を殺し、概念装甲のグリップを握り直した。
共鳴球。それは『ヒューマン・アーカイブ』が収める膨大な記憶と虚構のデータが、物理世界に実体化して溢れ出た高濃度情報体だった。触れれば、個人の意識など一瞬で飲み込まれ、肉体ごとデータの海へ還元されてしまう。
「回収を行う」
『正気か? 適合率四二パーセントの状態で接触すれば、君の精神領域が上書きされるぞ』
「残しておけば『未定義の忘却』を無限に呼び寄せる。ここで断ち切るしかない」
トムは一歩、足を前に踏み出した。
足元の土壌が、球体から放たれる共鳴波によって微細に振動している。空気が重く、冷たく手応えを増す。球体へ近づくにつれ、脳裏に直接、無数のノイズが流れ込んできた。
古代の戦場の叫び声、誰かの愛の囁き、創作された架空都市の崩壊音、絶望の悲鳴——人類が紡いできたあらゆる感情と記憶の破片が、津波となってトムの意識を穿つ。
「くっ……!」
トムは歯を食いしばり、意識の輪郭を強く保った。
ここで退けば、自分という個が消滅する。
彼自身が『ヒューマン・アーカイブ』の記録を受け止める端末——『Candidate Five』としての存在理由を証明しなければならない。
「検索要求——対象:『共鳴の遮断』」
脳裏の書架が目まぐるしく回転する。
膨大な記録の中から、ひとつの概念を引き抜く。
「適合概念を選定。——記録コード:0104『隔離の領域』」
トムの手元から透明な力場が波紋のように広がり、彼自身と共鳴球を取り巻く空間を包み込んだ。外部への影響が遮断され、激しかった音と情報の奔流が一瞬で静まり返る。
トムは静かに手を伸ばし、青白く光る共鳴球の表面に触れた。
指先から冷徹な情報圧が全身を駆け抜ける。
「共鳴完了……第2領域の制御権を確保した」
球体の光が穏やかに収束し、トムの掌の中へと吸い込まれるように消えていった。
周囲の空間の歪みが収まり、荒涼とした断崖に、束の間の静寂が訪れる。
『……成功したのか、トム』
「ああ。共鳴球の回収を完了した。次の地点へ移動する」
トムは溢れ出る息を吐き出し、遠く歪む地平線を見据えた。
物語の深淵への道は、まだ開いたばかりだった。
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本作はハードな世界観とミリタリー・ダークファンタジー要素を描く作品です。
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