その発明、妹の功績にされておりますが、証明の記録はこちらにございます
王立発明博覧会の会場には、貴族や研究者たちが列をなしていた。中央の壇上には、大きな垂れ幕がかけられている。「携帯型浄水魔導具・エヴラール伯爵家」——その文字を見上げ、クレアシオンは静かに壁際に立っていた。
壇上に上がったのは、妹のセレスティーヌだった。華やかな青のドレスを纏い、堂々とした足取りで登壇する。会場のあちこちから、感嘆のどよめきが起こった。「エヴラール伯爵家の天才発明家」——社交界では、すでにそう呼ばれ始めていた。
「本日は、私が三年の歳月をかけて開発した『携帯型浄水魔導具』をご紹介いたします」
セレスティーヌは、そう告げて微笑んだ。客席の最前列では、エヴラール伯爵夫妻が誇らしげにその様子を見守っている。
クレアシオンは、その光景を、表情を変えずに見つめていた。壁際に控える姿は、いつもの社交の場と変わらず、目立たず、静かだった。三年間、誰にも知られず工房に通い詰め、幾度もの失敗を重ねて完成させた魔導具だった。壇上の妹の言葉には、一つの嘘もない部分と、一つの真実もない部分が、器用に織り交ぜられていた。
このまま黙って見過ごすべきか。これまでも、似たようなことは何度もあった。家族の集まりでの手柄話、親戚への土産話——その度に、クレアシオンは黙って聞き流してきた。だが、これは公の博覧会だった。ここで訂正しなければ、記録として、公的な形でセレスティーヌの功績として残ってしまう。
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「開発にあたっては、多くの試行錯誤がございました。魔力効率の悪さに何度も挫けそうになりましたが、諦めずに改良を重ね、ようやく完成に至りました」
セレスティーヌは、感慨深げにそう続けた。台詞回しは滑らかで、まるで台本を何度も練習してきたかのようだった。会場から拍手が起こりかける。
「恐れながら」
クレアシオンは、静かに前へ進み出た。壇上へと続く階段の下で足を止め、まっすぐにセレスティーヌを見上げる。
「その魔導具の開発記録は、こちらに全て残してございます」
会場が、しんと静まり返った。セレスティーヌの笑顔が、わずかに強張った。
「な、何を言っているの、お姉様」
「開発記録でございます。試作の失敗、改良の変遷、それぞれの日付。全て、こちらの記録帳にございます」
クレアシオンの声は、いつもと変わらず落ち着いていた。会場の視線が、壇上のセレスティーヌと、階段下のクレアシオンの間を、忙しなく行き来していた。
クレアシオンは、懐から分厚い記録帳を取り出した。表紙には、三年分の日付が几帳面な字で記されている。
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「そ、そんなもの、後からいくらでも書けるでしょう」
セレスティーヌが、うろたえたように言い返した。伯爵夫妻も、驚いた顔で娘たちを見比べている。
「後から書いたものではないことは、記録の紙質と、王立工房の受付印でご確認いただけます。開発の各段階で、工房の受付に記録を提出しておりますので」
クレアシオンは、淡々とした口調を崩さなかった。声を荒げれば、それだけで「感情的な姉」という印象を持たれかねない。事実だけを積み重ねることこそが、最も確実な方法だと分かっていた。
クレアシオンは、記録帳を開いた。最初のページには、三年前の日付と共に、拙い設計図が描かれている。ページを繰るごとに、設計はより精緻に、より洗練されていく様子が見て取れた。
「最初の試作は、魔力効率が二割にも満たないものでした。改良を重ね、半年前にようやく実用に耐える効率まで到達いたしました」
「て、手伝っただけでしょう。私も、何度も工房に足を運んで……」
「恐れながら、セレスティーヌ様が工房にいらしたのは、この三年で一度だけでございます。記録帳の来訪者欄をご覧いただければ、確認いただけるかと」
クレアシオンは、該当のページを示した。来訪者の署名欄には、クレアシオン自身の名前だけが、几帳面に並んでいた。
「そ、それは、その一度でも十分に貢献したということでしょう。発案のきっかけを作ったのは私よ」
「発案のきっかけ、と仰いますと」
「私が『喉が渇いた』とこぼしたのを聞いて、お姉様が思いついたのでしょう。だったら、発案者は私と言えるはずだわ」
クレアシオンは、静かに首を振った。
「発案のきっかけと、三年間の開発そのものは、別のものでございます。喉の渇きを訴えた方が発明者になるのであれば、この世の発明のほとんどは、発案者不明になってしまうかと存じますが」
会場の何人かが、思わずといった様子で小さく笑った。セレスティーヌの顔が、みるみる赤くなった。
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その時、会場の後方から、王立魔導工房長のロマンが進み出た。
「僭越ながら、証言させていただきます」
ロマンは、落ち着いた声でそう告げた。
「この三年間、クレアシオン様は週に三度、必ず工房に通っておられました。試作の失敗を繰り返しながらも、決して諦めることなく改良を続けられた様子を、私も工房の職人たちも、間近で見てまいりました」
「そ、そんな……」
セレスティーヌの声が、震えを帯びた。
「セレスティーヌ様がお見えになったのは、記録の通り一度きりでございます。その際も、完成した試作品をご覧になっただけで、開発作業には一切関わっておられません」
「わ、私が発表することになっていたのは、事前に決まっていたことです。工房長様も、それをご存知だったのでは……」
セレスティーヌが、なおも食い下がった。ロマンは、静かに首を振った。
「発表者の手配については、伯爵家からのご依頼で、私どもは関知しておりません。発明者が誰であるかとは、別の話でございます」
ロマンの証言に、会場のあちこちからざわめきが広がった。「本当の発明者は誰なのか」という囁きが、さざ波のように広がっていく。
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エヴラール伯爵が、青ざめた顔で立ち上がった。
「セレスティーヌ、これはどういうことだ」
「お、お父様……私はただ、姉ならいいと思っただけで……」
セレスティーヌは、絞り出すようにそう言った。悪意があったわけではない、という言い訳のつもりだったのだろう。だが、その言葉は、かえって会場の失笑と非難を招いた。
「姉の三年間の努力を、『姉ならいい』の一言で自分のものにできると思っていたということですか」
少し離れた場所にいた壮年の伯爵夫人が、呆れたように言った。周囲の何人かが、小さく頷いた。
「本日の博覧会は、王立研究機関の主催でもございます。功績の帰属を誤って発表することは、単なる家庭内の問題では済みませんぞ」
審査員席に座っていた老紳士が、厳しい声でそう付け加えた。エヴラール伯爵の顔が、さらに青ざめた。
伯爵夫人は、娘に何も言えず、ただ俯くばかりだった。伯爵夫妻もまた、これまでセレスティーヌばかりを称賛し、クレアシオンの努力に目を向けてこなかったことに、ようやく思い至ったようだった。
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「クレアシオン」
伯爵が、震える声で娘に呼びかけた。
「これまで、何も言わなかったのか」
「申し上げる機会が、なかったものですから」
クレアシオンは、静かにそう答えた。責めるでも、嘆くでもない、ただ淡々とした声だった。
「もっと早くに、言ってくれれば……」
「今回だけは、黙っているわけにはまいりませんでした。公の場で、完全に功績を譲り渡す形になってしまいますので」
伯爵は、それ以上何も言えなかった。妻と顔を見合わせ、ただ深く肩を落とすばかりだった。
クレアシオンは、壇上へと続く階段を上った。セレスティーヌの隣に立ち、会場を見渡す。
「この魔導具は、私が開発いたしました」
それだけを告げ、深く一礼した。
一瞬の静寂の後、会場から拍手が起こった。最初は控えめに、やがて大きく、会場全体を包むように広がっていった。
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「見事な発明でした」
拍手が収まった後、ロマンがクレアシオンに歩み寄ってきた。
「三年間、誰にも知られず、黙々と改良を続けてこられた。その根気強さには、私も工房の職人たちも、何度も驚かされました」
「工房の皆様が、静かに見守ってくださっていたおかげでございます」
「なぜ、これまで黙っておられたのですか。もっと早くに公表なさっていれば、このようなことにはならなかったでしょうに」
「家の中で波風を立てたくない、という思いもございました。ですが、それ以上に……記録さえ残しておけば、いつでも証明できるという安心感が、どこかにあったのだと思います」
「その安心感が、今日、役に立ったわけですね」
「はい。記録を残すことは、誰かに見せるためというより、自分自身のためだったのかもしれません」
「先ほど、セレスティーヌ様が『発案のきっかけ』を持ち出された時は、正直、少し肝が冷えました」
「そのようには、まったく見えませんでした」
「顔には出さないよう、心がけておりますので」
ロマンが、意外だというように目を見開いた。それから、小さく笑った。
「肝が据わっていらっしゃる」
「臆病なだけかもしれません。あの場で怯んでは、記録が意味をなさなくなると分かっておりましたので」
「もしよろしければ、王立研究機関への正式な推薦をさせていただきたいのですが」
クレアシオンは、少し驚いたように瞬きをした。
「……喜んでお受けいたします」
「今回のように、功績が正しく評価されない場面が、今後もないとは言い切れません。記録を残す習慣は、これからも続けられるとよいかと思います」
「はい。三年間続けてきたことですので、これからも変わらず」
ロマンは、その言葉に、静かに頷いた。
「研究機関では、複数人での共同開発も多くございます。功績の帰属を巡る揉め事も、実は珍しくありません。あなたのような、記録を徹底する姿勢は、これからの現場でも重宝されるはずです」
「お役に立てるのでしたら、何よりでございます」
「発明そのものと同じくらい、その記録を残し続けた根気に、敬意を表します」
クレアシオンは、少しだけ口元を緩めた。
◇◇◇
一週間後、エヴラール伯爵邸に、王立研究機関の紋章が入った正式な招聘状が届いた。
主任研究員としての任命と、次期プロジェクトへの参加が記されていた。次のプロジェクトでは、新しい浄水魔導具の小型化に取り組む予定だという。末尾には、ロマンの署名と共に、一文が添えられていた。
『記録を積み重ねる根気は、発明そのものと同じ価値を持ちます。これからのご活躍を、工房一同楽しみにしております』
同封されていたのは、招聘状だけではなかった。工房の職人たち一同からの、寄せ書きのような一枚の便箋も添えられていた。「三年間、お疲れ様でした」「これからもよろしくお願いします」——不揃いな字で、いくつもの言葉が並んでいる。
クレアシオンは、その手紙を静かに畳んだ。窓の外では、初夏の風が庭の木々を揺らしている。三年前、初めて工房の扉を叩いた日のことを、ふと思い出した。あの日の不安げな自分に、今の結果を教えてやれたなら、少しは安心しただろうか。
もう誰も、彼女を「地味な令嬢」とは呼ばないだろう。だが、それでいい、とクレアシオンは思った。評判など、三年分の記録帳ほど確かなものではないのだから。工房の寄せ書きを、机の引き出しの奥に大切にしまい込んだ。
セレスティーヌが、部屋の扉の前で、ためらいがちに顔を覗かせた。
「お姉様……ごめんなさい」
「謝っていただく必要はございません。ただ、次からは、誰かの努力を軽んじないようにしていただければと思います」
セレスティーヌは、しばらく俯いていたが、やがて小さな声で言った。
「お姉様が、あんなに熱心に工房へ通っていたなんて、知らなかったの。いつも書斎にこもっているとしか思っていなくて」
「知っていただく機会を、自分から作ってこなかったので。それは私にも非があったかと思います」
「今度、工房を見せていただけないかしら。今度こそ、ちゃんと、お姉様が何をしているのか知りたいの」
クレアシオンは、少し驚いた顔をした。妹からそんな言葉をかけられたのは、初めてのことだった。少し考えてから頷いた。
「はい。今度は、来訪者欄にきちんとお名前を書いていただければ幸いです」
セレスティーヌは、目を丸くしてから、ようやく小さく笑った。何も言えず、ただ深く頭を下げた。
翌朝、クレアシオンは新しい記録帳を鞄に詰め、王立研究機関へと続く道を、迷いのない足取りで歩き出した。空には、雲一つない青空が広がっていた。
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