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第7話 赤の狼団殲滅戦 奇襲

◇◇


 昨晩。


 エリオスは人目を避け、石畳の路地裏へ足を運んでいた。

 湿った空気と、漂う酒と煙草の匂い。

 そこにいたのは、胡散臭げな笑みを浮かべる男、フェリオ。


「で、わざわざ俺に何の用だ?」


 彼の言葉を遮るように、エリオスは懐から銀貨を取り出し、無造作に掴ませた。

 ちゃり、と小気味よい音が響く。


「赤の狼団の戦力を知りたい」


 フェリオの目が一瞬だけ真剣味を帯び、次いで薄笑いに戻る。

 銀貨の重みが口を軽くさせるのだ。


「構成員は……おおよそ五十名。だが、数は問題じゃねぇ。本当に厄介なのは上だ」


 彼は指を三本立てた。


「まずは団長のボルガン・レッドクロウ。大柄で筋骨隆々、片目に傷持ちだ。元傭兵で剣でも斧でも素手でも高水準……戦場での立ち回りは、まさに猛禽だな」


「……」


「次に、副団長のルチア・ヴァイス。絶世の美女だがそれだけじゃない。とにかく頭が切れる。そのうえ口が上手い。しかも使えるものは自分の体だろうが何でも使う。相手の懐深くに潜り込んで弱みを握り、それをエサに骨の髄まで搾り取る。ヤツに目をつけられたら、それこそ終わりだ」


 最後の一本を立て、フェリオは声を潜める。


「そしてグラット・ホーグ。禿頭の巨漢。元は地下闘技場のチャンピオンだ。あいつの名を聞けば、ここら一帯のならず者は顔を青くする」


 彼の笑みは消え、わずかに戦慄を帯びていた。


「グラットは闘技場で人を殺して追放された。拳の一撃は確かに恐ろしい。だがそれより怖ぇのは掴まれた時だ。投げ技、関節技……全身の骨を砕かれ、外され、最後は首を折られて殺される。あれは人間じゃなく、処刑人だ」


 エリオスはわずかに口角を吊り上げた。


「つまり、出会ったら絶対に一対一では戦うな……そう言いたいわけか?」


「その通りだ」


 フェリオは肩をすくめてみせた。


「心配してやってんだ。……いや、違ぇな。組織を裏切った上に、金づるに死なれたら、この先生きていけねぇからな」


 そう吐き捨てるように言い、フェリオは懐に金貨をしまい込む。


 エリオスは皮肉げに鼻で笑った。


「フェリオ、赤の狼団がこの世からなくなったあとは、俺のもとで働くといい」


「赤の狼団がなくなる? ははっ、冗談は寝て言えってんだ。……まあ、もしそんなことになったら、また宿無しになっちまうからな。そんときは頼むわ」


「ああ」


◇◇


 リオンハート子爵邸を後にしたエリオスは、白金の甲冑を輝かせて馬を進めていた。

 そのかたわらには、歩幅を必死に合わせて進むカイル。まだ身体は本調子ではなかったが、その眼差しは真剣だった。


 そしてもうひとり。

 陽光を浴びてきらめく白馬に跨る若き女騎士――副団長リアナ。明るい赤髪をなびかせ、目を細めて笑んでいる。


「なぜ来た?」


 エリオスが横目で問いかける。声色は淡々としていた。


「単純に面白そうだから、です」


 軽やかに答えるリアナに、エリオスは特に興味を示すことなく、前を向いたまま低く言い放った。


「……今の俺が守れるのは、カイルひとりで手一杯だ」


 それに対して、リアナは朗らかに笑う。


「大丈夫、自分の身は自分で守りますから。それよりも……私を戦力として頼ってくれてもいいんですよ?」


 快活な声に、だがエリオスは一瞥も返さず、ただ駒を進めた。


 やがて一行は森に差しかかった。

 陽光は木々に遮られ、薄暗い影が道に落ちる。ひんやりとした空気が漂い、どこか肌を刺すような違和感があった。


 その時、カイルの瞳が鋭く光る。


「……近くに、何か……いえ、人がいます。全員、腕に狼のタトゥー」


 緊張を帯びた声に、エリオスが短く問う。


「人数は?」


 カイルは目を細め、森の奥へ意識を集中させるようにして、ゆっくりと口を開いた。


「……五人です」


 リアナが思わず目を見開く。


「私ですら何も見えないのに、なんでわかるの!?」


「実は僕自身もよく分からないんです……」


「無駄口はそこまでだ」


 エリオスの言葉に二人は即座に表情を引き締める。

 ここは彼ら――赤の狼団にとって庭のようなもの。下手に進めば、こちらが罠にかかるだけ。


「このままでは、飛んで火に入る夏の虫よ」


 リアナが警告の声をあげた刹那。

 エリオスは手を差し出し、短く言った。


「……弓と矢を貸せ」


 「は?」と聞き返すリアナに、もう一度無感情な声で繰り返す。


「弓と矢だ」


 意味が分からず、半ば困惑しながらも、しぶしぶ腰の矢筒と弓を差し出す。

 受け取ったエリオスは、まるで何事もないように、静かに言った。


「ならば、こちらから奇襲をかければいい」


 その瞳には揺るぎのない冷徹さが宿っていた。


「カイル。敵の位置を、指で示せ」


 カイルはごくりと唾を飲み込み、震える指を森の奥へ向けた。

 エリオスはそれに合わせて弓を引き絞る。甲冑のきしみと弓弦の張り詰める音が、森の静寂を裂いた。


 次の瞬間――矢が放たれる。


 ひゅん、と空を切る音の直後。


「ギャアッ!」


 森の奥から絶叫が響いた。鳥が一斉に飛び立ち、騒然となる。

 さらに怒号が続き、敵の動揺が森全体に広がっていった。


 エリオスは間髪入れずに命じる。


「リアナ、カイル。あの茂みに身を潜めろ」


 二人を近くの茂みへ押し込み、素早く自身も姿を隠す。

 ざわめく森を踏み荒らす音。

 周囲を警戒しながら、赤の狼団の男たち四人が足早に迫ってきた。


 矢を受けた一人は、すでに地に伏したらしい。

 残る者たちの目は血走り、怒気に満ちていた。


 そして――。


 彼らがエリオスらの潜む茂みの横を通り過ぎた瞬間。


「今だ」


 エリオスは低い声をあげると同時に、閃光のごとく飛び出した。

 その刹那、隣からはリアナも鋭く踏み込む。


 エリオスとリアナの斬撃。


 一瞬にして二人の喉元を断ち、血飛沫が闇の森に花を咲かせた。

 断末魔すら上げられず、男たちは崩れ落ちる。


 残された二人の顔が恐怖に歪む間もなく。


「ぐおおおおお!!」


 怒声とともに現れたのは、大柄な男。赤の狼団の幹部グラッドだ。

 闘技場仕込みの丸太のような腕に刃のついたナックルダスターをはめ込み、ギラついた眼光をエリオスに向ける。


「俺の手下をよくも!」


 獣のごとき咆哮を上げ、腕を振り上げた。

 その拳は、大剣にも匹敵する破壊力を宿し、まともに受ければただでは済まない。


「小僧は俺の獲物だ! テメエらは女を殺れ!」


 残った二人は動揺を押し殺し、リアナに刃を向けた。

 女騎士の眼差しが一瞬たりとも揺るがぬまま、剣を構える。


「……ッ!」


 鋼と鋼がぶつかり合う音が響き、火花が飛ぶ。

 一方のグラッドは振り上げた拳をエリオスに振り下ろさんとしている。


「エリオス様、危ない!」


 リアナが必死に叫んだ。

 グラッドの拳が、音を裂き、大気を震わせて迫る。


 だが、その声を聞いたエリオスは怯むどころか――。


 口元を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。

 まるで、待ち望んでいた獲物がようやく現れたかのように。


「しねぇぇぇ!!」


 渾身の一撃。

 エリオスはすんでのところでかわす。

 唸りをあげて空気が切り裂かれた。

 茂みに隠れてその様子を見ていたカイルは、自分が戦っているわけでもないのに、恐ろしさのあまりに涙ぐんでいた。


――あれは処刑人だ。


 フェリオの警告が脳裏をかすめたが、エリオスはむしろ口元を歪める。

 その表情は闇の中で獲物を待ち続けた猛獣のそれだった。


「……てめえか」


 低く唸るような声が、森を震わせた。

 グラッドの血走った瞳が、エリオスを射抜く。


「俺の子分を殺ったのは……この俺の目の前にいる貴様か?」


 エリオスは白金の甲冑に身を包み、悠然と馬上から見下ろしていた。

 だがその声音は、ひと欠片の動揺もなく冷ややかだ。


「だったら、どうするというのだ?」


 挑発にも似た返答に、グラッドの歯ぎしりが響く。


「やられたらやり返す。……それが俺の信条でな!」


 地面を踏み砕くように一歩踏み出し、拳を鳴らす。


「死んでいった奴らの弔いに――貴様の首を捧げてやる!」


 その言葉に、エリオスの唇が不敵に吊り上がった。


「ならば貴様の好きな、一対一の決闘をしようじゃないか」


 片手で愛剣の柄に触れながらも、あえて抜こうとはしない。


「貴様が勝てば……俺の命をくれてやる」


 一瞬の沈黙の後、森にグラッドの豪快な笑い声が響いた。


「はははは! 酒浸りの放蕩お坊ちゃんにここまでナメられるなんざ、俺も落ちぶれたもんだな! いいだろう。その勝負、受けてやる!」


 だがエリオスは、さらに言葉を重ねた。


「貴様が敗けたその時は……忘れるなよ」


 その声音は氷のように冷たかった。


「ゴミくずごときが高貴なる貴族令息である俺の命を狙った。その代償――しっかりと払ってもらうからな」


 その一言に、グラッドの額の青筋が浮かび上がる。


「誰がゴミクズだ、この野郎ォッ!」


 吠えるや否や、猛牛のごとき勢いでエリオスに飛びかかった。

 しかしエリオスは、ひらりと舞うような身のこなしで一撃をかわす。

 その姿には焦りもなく、むしろ余裕すら漂わせていた。

 そして、吐き捨てるように言い放つ。


「……貴様にハンデをくれてやろう」


「ハンデ、だと?」


 グラッドが鼻を鳴らし、にらみつける。

 エリオスは剣から手を離し、甲冑の重みに逆らうように腰をぐっと低く構えた。

 両の拳を握り、ファイティングポーズをとる。


「剣は使わず――素手でやってやる」


 挑発は完璧だった。

 そして、くい、と人差し指で手招きをし、唇から放たれたのはただ一言。


「来い」


 その声は、戦場に鳴り響く冷徹な号令のようだった。

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