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第60話 波紋の論功行賞

◇◇


 ユリウスの処刑から三日後。

 王宮は沈黙を破り、動き出した。


 新国王レオポルド・グランヴェルは即座に新体制の構築に着手。

 まず最初に行われたのは、義父ファーブ・ルクレールの大公昇進である。

 王国北部、旧ユリウス領の大半を彼に下賜し、名実ともに「北方の守護者」とした。

 さらに宰相の地位を与え、政務の全権をゆだねる。

 すべての決定は、ルクレールの指によって下された。

 レオポルドはただ、それに署名をするだけだった。


 彼らがまず着手しなくてはいけないのは、論功行賞。旧ユリウス派を罰し、国王に味方した者たちの地位を上げたり、より豊かな土地を与えたりすることだ。

 彼らが最後に話題にしたのは、セレナ・ヴァレンシュタイン辺境伯、そしてエリオス・リオンハート伯爵の処遇である。


「陛下、この先、陛下の御代が長く安らかに続くには、二つの難を退けなくてはいけません」


 ルクレールは机上の地図を指でなぞりながら続けた。


「一つは”内”の敵……言わずもがな、旧ユリウス派の残党です。そしてもう一つは”外”の敵。すなわち、エストリアやカルヴァンといった国々です」


「それが二人の処遇にどう関係するのだ?」


 レオポルドの声に、ルクレールはゆっくりと目を細めた。


「二人をそれぞれの敵を退けるために利用するのです」


「なに!? そんな必要はない! 俺の力があれば、どんな敵も追い払って見せる!」


 顔を紅潮させ口を尖らせるレオポルドに対し、ルクレールはあくまで冷静に淡々とした口調で言った。


「もちろんです、陛下。しかし、陛下が直接手を下すのは、最後の最後。つまり、仕上げの段階に入ってから」


「なぜだ?」


「よく考えてみてください。民からの陳情にしても、直接陛下が民から聞くのではなく、まずは地方の政務官が見聞きし、解決するための施策や予算を中央の官僚が取りまとめてから、最後に陛下がそれに目を通して、判を押すではありませんか。

戦争も同じです。

まずは我々臣下が敵と戦い、弱らせ、最後のとどめを刺すところで、陛下がご出陣なさる——民衆は敵にとどめを刺した御方に憧れを抱きます。途中で活躍した者なぞに興味はないのです」


 ルクレールは続けた。


「まず”外の敵”ですが……エリオス・リオンハート卿が適任でしょう。カルヴァンと国境を接した西部地方一帯を彼に与えるのよいかと」


「それでは今のリオンハート領とクロース領を失うことになるのでは?」


「よいではありませんか。あまり一か所に長く根を張らせると碌なことにはなりません。ここらでそこから引きはがすことで、強くなりすぎた経済と軍事の二つを削ぎ落すことにもつながります」


 レオポルドは「なるほど……」と考え込み、そしてたずねた。


「では、旧ユリウス派には、誰を当てるのだ?」


 ルクレールは迷いなく答えた。


「セレナ・ヴァレンシュタイン……彼女です」


 室内に重苦しい沈黙が落ちる。

 レオポルドはゆっくりと息を吐き、低く呟いた。


「どうして彼女なんだ?」


「ヴァレンシュタイン卿は、辺境のみならず中央にも大きな影響力を持つ御方。しかも、ユリウス殿の妻子も保護している。放っておけば、第二のユリウス殿になりかねない……いや、もはやもうその道を歩んでいるといっても過言ではありますまい」


「どういうことだ?」


「旧ユリウス派は必ず再び挙兵します。しかし、ユリウス殿に代わる総大将がおりません」


「つまり、奴らはセレナを総大将に立てる、ということか?」


「ええ。正確には”立てるよう仕向ける”ということになるでしょう」


「なんだと!?」


 レオポルドの顔がさっと青くなる。

 一方のルクレールの表情には暗い影が色濃くなった。


「ヴァレンシュタイン卿に南部地方を与えましょう」


「あそこは広いが、貧しい土地だぞ」


「それに、旧ユリウス派の貴族たちを寄せ集めた地方でもあります」


「つまり、セレナを彼らの領主にするということか……」


「ヴァレンシュタイン卿が、旧ユリウス派の挙兵を抑え込めば、”内なる敵”は退く。しかし抑え込むのではなく、彼らになびき、共に王都へ攻め込んでくるようであれば……彼女もろとも滅ぼせばよい」


「セレナはこの国の民衆から慕われている。彼女自身も国への忠誠心は高い。そんな者を排除することなど許されるのか……?」


 ルクレールは頷いた。


「彼女をこのまま放置すれば、仮に旧ユリウス派がいなくても、いずれ“もう一人の王”になりましょう」


「だが、彼女には野心など感じられぬ。あれほど忠義を尽くしている者を、どうして疑う?」


「人は変わるものです、陛下。

幼きユリウス様が兄に牙をむくと、誰が予想できたでしょう?

リスクは、芽のうちに摘むのが定石です」


 レオポルドは眉をひそめた。


「だが、セレナを討つとなれば、エリオスが黙ってはいまい」


 ルクレールはにやりと口角を上げた。


「でしょうな。しかし……外国との戦いに忙しければ、自領を守るのに手いっぱいとなり、ヴァレンシュタイン卿のことなど構っていられなくなります」


「……再びカルヴァンと戦になる、ということか?」


「戦をするように仕向けるのです」


「な……」


「エリオスを利用すれば、カルヴァンと互角、いやもしかしたら有利に戦うかもしれません。仮にカルヴァンを制することができれば、次はエストリア……そうなれば、陛下は世界を手にすることも夢ではありません」


 その言葉に、レオポルドの瞳が鋭く光を放った。


「世界を……か」


 ルクレールは深くうなずいた。


「セレナ・ヴァレンシュタインとエリオス・リオンハート。

二人を引き離し、利用する。それこそが、陛下の御代を安泰にする手立てです」


 その声は、まるで運命を告げる鐘のように低く響いた。


◇◇


 王都ヴァルディアの王宮。

 その大広間は、まるで金と光で満ちた天上のようだった。磨き上げられた大理石の床は天井の燭台を映し、列席した数百人の貴族たちの衣擦れの音が、緊張の中に不気味な静けさを添えていた。


 三〇二年十二月一日。

 その日、グランヴェル王国の歴史に刻まれる「新体制発表」の儀。

王国のすべての貴族が一堂に会し、国王レオポルドと宰相ルクレールによる「論功行賞」が執り行われていた。


 壇上には、豪奢な玉座に腰掛けるレオポルド王。その傍らに、宰相ルクレール大公。二人が並ぶ姿は、もはや「王と臣下」というより、「双頭の支配者」と言ってよかった。


 宰相ルクレールの声が静寂を切り裂く。


「では、順に名を告げる」


 名を呼ばれるたび、前に進み出た貴族がひざまずき、新たな領地や爵位が読み上げられる。

 歓喜に震え、涙を流す者。

 一方で、納得のいかぬ表情で奥歯を噛みしめる者。

 だが、誰一人として抗議の声を上げる者はいなかった。


 なぜなら、もはや誰も、レオポルド王とルクレール大公に逆らう愚を犯す気などなかったからだ。


 かつての「ユリウス派」は壊滅し、旧体制の影響力は完全に削がれた。

 この広間にいる全員が理解していた。

 王の前での沈黙こそが、生き延びる唯一の術であると。


 次々と名が呼ばれていく。

 だが、壇上の両名が最後まで呼ばぬ名があった。


 セレナ・ヴァレンシュタイン辺境伯。

 そして、エリオス・リオンハート伯爵。


 貴族たちの間に、ざわめきが走る。

 二人とも、ベルクタール平原の戦いでは兵を出していない。

 レオポルドとユリウス、どちらに肩入れするのか、最後まで明らかにしなかった。


 同じく態度を保留した辺境貴族、ハルデン子爵が「領地・爵位とも据え置き」とされたことから、多くの者は、セレナとエリオスも同様の扱いを受けるだろうと考えていた。

 だが、彼らの予想は裏切られる。


 宰相ルクレールが一歩前に進み出る。

 低く響く声が、広間の空気を一瞬にして凍らせた。


「セレナ・ヴァレンシュタイン辺境伯。前へ」


 沈黙。

 会場の視線が一斉に一点へと注がれる。


 セレナは静かに立ち上がり、優雅に進み出る。

 純白のドレスの裾が大理石を滑るように流れ、彼女がひざまずいた瞬間、その場にいたすべての者が息をのんだ。


 凛とした姿。

 気高さと静謐をまとった彼女の存在は、もはや一人の貴族のそれではなかった。

 まるで「王家の姫君」そのもの。


 ルクレールは荘厳な口調で言葉を紡ぐ。


「貴女は先の戦において兵を挙げることはなかったものの、カルヴァン共和国およびエストリア帝国との国境を固く守り、さらにユリウス殿下の捕縛、並びにそのご家族の保護において多大な貢献をなされた。

その功績、誠に比類なし」


 人々の間にざわめきが広がる。

 セレナが捕縛に「関与した」と公の場で認められたのは、これが初めてだったからだ。


 ルクレールは続けた。


「加えて、貴女は陛下と血筋を同じくする方。陛下にとっては、家族も同然の存在である」


 その言葉に、広間の空気が張り詰める。

 貴族たちの誰もが、ただごとではないと悟った。


「ゆえに、陛下のご決断により……。

貴女の領地を東の辺境より、南部へ移す代わりに、その広さを今の倍とし、地位を“公爵”へと昇格する」


 ざわっ――。


 音が波のように広間を駆け抜けた。

 まさかの格上げ。

 さらにルクレールの言葉が重なる。


「加えて、セレナ・ヴァレンシュタイン公爵には、王位継承権第一位を与える」


「なっ……!?」


「まさか、王族の列に……!」


 誰かが息を呑む音が聞こえた。

 セレナは小さく眉を動かしたが、すぐにそれを押し隠すように頭を垂れる。


 この瞬間、彼女は正式に、“王家の血脈”と同格の存在となったのだ。

 それは、レオポルド王の「妹」としての承認にも等しい。


 ルクレールは、さらに冷ややかに続ける。


「貴女もこれからは、公務に多くを費やすことになる。ゆえに、陛下は少しでもその負担を減らすことを望まれておられる」


 その瞬間、ルクレールの声に、僅かな悪意が混じった。


「現在、貴女の庇護下にあるユリウス殿下の御子息お二人のうち、長男レミ殿を、王宮にお迎えすることといたします」


 会場に、微かなどよめき。

 セレナの肩がわずかに震えた。


 つまり、レミを“王太子候補”として迎えるということ。

 子のいないレオポルド王にとって、ユリウスの血を継ぐ少年は“後継”たり得る存在。それは、王家の盤石な正統性を演出すると同時に、旧ユリウス派に対する最大級の挑発とも言えた。


(危うい……。国が再び乱れかねない)


 警鐘がセレナの脳内に響く。旧ユリウス派は瓦解したとはいえ、まだあちこちに火種はくすぶっている。そこにユリウスの長男を”人質”にとるようなことをすれば、火種に油を注ぐようなものだ。

 だが、この場で逆らうことなどできない。

 セレナはわずかに息を吸い、凛として答える。


「ありがたき幸せにございます。謹んでお受けいたします」


 その声は震えていなかった。

 だが、誰よりも近くにいたルクレールだけが、その指先の小さな震えに気づいていた。


 レオポルド王が立ち上がり、セレナの肩に手を置く。


「これからも、余の家族として、余を支えてくれ。頼んだぞ」


「かしこまりました」


 その瞬間、場内に大きな拍手が巻き起こる。

 誰もがそれを“祝福”と見せかけながら、心の奥では恐怖していた。

 セレナが、王に並び立つ存在になったことを。


 そして、もう一人。


 ルクレールの声が、再び広間に響く。


「次に、エリオス・リオンハート伯爵。前へ」


 セレナが下がり、代わって進み出た青年。

 その黒髪は光を受けて輝き、鋭い瞳が玉座をまっすぐに見据える。

 やがて膝をつき、深く頭を垂れた。


 ルクレールが告げる。


「戦中において、エストリア帝国の侵攻を未然に防ぎ、戦後はユリウス殿下を生かしたまま捕縛し、陛下の御前にお連れした。その功績、誠に顕著なり」


 称賛の声があがる。

 ルクレールは続けた。


「陛下は、その武勇を高く評価されている。

今後も王国の盾として、その力を存分に振るうことをお望みである」


 そして、告げられた。


「よって、エリオス・リオンハートに“西辺境領”を与え、“辺境伯”の位を授ける」


 一瞬、時間が止まった。


 セレナの瞳が大きく見開かれる。

 エリオスもまた、顔を上げることができなかった。


 西の辺境。


 それは、南部に移されるセレナの領地とは大きく離れたの地。

 この瞬間、二人の別離が決定したのだ。


 レオポルド王がゆっくりと立ち上がり、声をかける。


「リオンハート伯よ。これからも余の剣として、王国を守ってくれ。

他国の侵略も、内の野望も、すべて打ち払ってくれ」


 エリオスは唇をかみしめ、静かに頭を下げた。

 その声は震えていた。


「かしこまりました、陛下」


 そう言い残し、彼は一礼して、背を向けた。

 広間の扉が静かに閉まる音が響く。


 その刹那、セレナはほんのわずかに彼の背を見送った。

 言葉は交わさずとも、互いに悟っていた。


 ——もう、同じ道は歩めない。


 その夜、王宮の外では冷たい風が吹き抜け、二つの運命が、まるで違う方向へと分かたれていった。

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