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第13話 総会の行方

◇◇


 エリオスの鋭い声が、荘厳な広間に響いた。


「では問おう。リオンハート領の治安をおびやかしていた赤の狼団は、今どうなっている?」


 突然の問いに、会場の視線が一斉にルチアへと注がれる。

 彼女はひるむことなく、一歩前に進み出て、澄んだ声で答えた。


「赤の狼団は、目の前にいらっしゃるエリオス・リオンハート様の御手によって、団長以下、残らず討伐されました。根城は焼かれ、拠点としていた酒場も制圧済みです。私はエリオス様の慈悲によって生かされ、この命を御ために使うことを許されました。ゆえに今ここに立っております」


 凛としたその声が、重苦しい空気を切り裂いた。

 ざわめく貴族たちの中で、エリオスはゆっくりと頷き、口元に微笑を浮かべる。


「なるほど。つまり治安の問題はすでに解決した、というわけだな」


「はい。もし再びリオンハート領の平和を乱す輩が現れるなら、エリオス様と力をあわせてそれを殲滅してみせます」


 毅然とした宣言に、幾人かの貴族が目を丸くする。

 その迫力は、誰の目にも虚構とは思えぬものだった。


「よろしい。では次に、借金と水の問題だ。この二つは一度に解決してみせよう」


 堂々と宣言したエリオスに、マルコが堪えきれず声を荒げる。


「ふざけるな! 大口を叩くな、貴殿は酒浸りの放蕩子息として有名な、口先だけのほら吹きではないか! そこにいる女もどうせ偽物に違いない! 赤の狼団がなくなったなどという戯言、信じられるか! 証拠を出せ、証拠を!」


 会場がざわつく中、エリオスは余裕を崩さず、薄く笑みを浮かべた。


「……そこまで言うなら仕方ありません。ややお見苦しいものをお見せすることになりますが、マルコ殿が望むのなら応じましょう」


 静かにそう告げると、エリオスはちらりとルチアへ目配せをする。

 彼女は恭しく頷き、手にしていた布袋を前に掲げた。


「では、ご覧に入れましょう」


 次の瞬間――袋の口が開かれ、中から転がり出たものに、広間は凍り付いた。


 「ひぃっ!」


 複数の貴族が悲鳴を上げ、席を立つ。

 そこに現れたのは、血の気を失った男の首。

 その形相は今なお憎悪に満ちていたが、もはや動くことはない。


「……赤の狼団団長、ボルガン・レッドクロウ」


 エリオスは懐から一枚の紙を取り出し、卓上に置いた。

 それは街に貼られていた懸賞首の布告書。描かれた似顔絵と、転がる首の顔――誰が見ても同一人物であることは明白だった。


「これでご満足いただけたかな」


 声は穏やかだったが、広間にいる誰もが返答できなかった。


「そ、そんなきたないもの……! 早くしまえ! しまえ!」


 真っ青になったマルコが叫ぶ。だがルチアは一切応じず、ただエリオスの許しを待つ。

 エリオスは軽く頷いた。


「……よい。しまえ」


 ルチアは静かに首を布袋に戻し、口を固く結んで再び脇に控えた。


 重苦しい沈黙が場を支配する。

 そして次は、借金と水の問題にどう切り込むのか、誰もが息を呑んで見守っていた。


「……実は、ここに新たな事実をお知らせせねばなりません」


 エリオスの低い声が響いた瞬間、再び場の空気が張り詰めた。

 彼はわずかに視線を動かし、ルチアに合図を送る。


「――はい」


 ルチアは恭しく頷き、懐から数通の封書を取り出すと、それをセレナのもとへと差し出した。

 セレナは無表情を保ったまま封書を受け取る。しかし封蝋に刻まれた紋章を目にした途端、瞳を大きく見開いた。


「……クロース家、だと? これはどういうことだ」


「中身をご覧いただければ、一目瞭然です」


 エリオスの冷静な言葉に促され、セレナは封を切る。

 そこに記されていたのは……。


 〈橋を壊せ〉

 〈見張り台を焼け〉

 〈街道の倉庫を襲え〉


 ……赤の狼団に命じた、破壊工作の数々の指示書だった。

 しかも、署名にはマルコ・クロースの名があった。


「どういうことだ、これは!」


 オズワルドが勢いよく立ち上がり、マルコに詰め寄る。


「ち、違う! こんなもの偽装だ! 誰かが私を陥れようとしているに決まっている!」


 必死にわめくマルコ。しかし、エリオスは表情を崩さず、次の一手を繰り出す。


「――では、これをご覧ください」


 懐から取り出したのは、一冊の冊子。

 セレナが眉を寄せる。


「それは……?」


「先日の舞踏会の入場名簿です。来場者全員に署名をいただいております。もちろん、マルコ殿の署名も」


 パラパラと捲られるページに、確かにマルコの署名があった。

 そしてそれは、先ほどの指示書に記された筆跡と寸分違わぬものだった。


「まさか……!」


 会場にざわめきが広がる。

 エリオスは一歩前へ進み、力強く言い放った。


「当家がクロース家から借財を負ったのは、父や我らの浪費のせいではない。すべて、赤の狼団による破壊行為の修復費のためです。そしてその赤の狼団に指示を与えていたのが、他ならぬマルコ殿。……この状況において、我らがクロース家へ借金を返済する義理はないと考えますが、いかがでしょう?」


 その堂々たる言葉に、会場は静まり返った。

 セレナは腕を組み、わざとらしく考え込む素振りを見せた後、口を開く。


「……なるほど。だが、グリフォード卿。そなたはどう見る?」


 その問いには、鋭い意図が隠されていた。

 もしグリフォードがクロース家と裏で通じていれば、必ずやエリオスの意見を退けるはず――そう踏んだからだ。


 案の定、グリフォードは渋い顔で答える。


「借金を帳消しにするには……口実が過ぎるかと」


 セレナは心の中で深い溜息をついた。やはりか、と。

 表情には出さず、あえて平然とした声で言う。


「だそうだ。エリオス殿、ではどうなさる?」


 挑むような問いかけに、エリオスは口の端をわずかに上げた。

 「想定通り」と言わんばかりの微笑。


「……ルチア、次を」


「かしこまりました」


 ルチアは新たな封書を取り出し、セレナに恭しく差し出した。


「またクロース家の封か……」


 吐き捨てるように言ったセレナだったが、封を切って中を見た瞬間、その目が怒りに燃え上がった。


「――オズワルド卿! これは一体何事か!」


 怒声が広間を震わせる。

 突然名を呼ばれたオズワルドはきょとんとした顔をし、慌てて封書を受け取る。


 だが内容を目にした途端、その顔色はみるみる青ざめていった。


 〈ラミレス公国との密約〉

 〈砦を破壊されたと偽り、修復費を王都に請求する〉

 〈報酬の半分をクロース家に渡す見返りとして、偽りの宣戦布告と和平の誓紙を作成する〉


 ……国境を接するラミレス公国との、国家を揺るがす大規模な謀議。


「こ、これは……!」


 オズワルドの手が震える。

 その場にいた誰もが、これがただ事ではないと悟っていた。


 長い沈黙。オズワルドとマルコのひたいには脂汗が浮かぶ。

 口を開いたのはエリオスだった。


「恐れながら、セレナ様に申し上げます。クロース卿とラミレス公国の密約は決して許されないものです」


 マルコがギロリとエリオスを睨みつける。しかしエリオスはまったく意に介さず、流れるように続けた。


「しかし一方で、ラミレス公国からの侵攻を防止するための策ととらえることもできましょう」


「なるほど……確かに」


 示し合わせたかのようにグリフォード伯爵が相槌を打つ。セレナはエリオスに向けた視線を少しだけ鋭くした。


「そこで、ひとつ提案がございます」


「なんだ? 申してみよ」


 もしここでエリオスが手のひらを返してクロース家にすり寄る言動をしたならば……セレナに一抹の不安がよぎる。しかしそんな心配は次の瞬間には杞憂に変わった。


「今後、クロース卿が道を誤らぬよう、当家が目付となりましょう」


「な、なんだと!?」


 オズワルドの顔が青くなる。先ほどのマルコの提案とは立場が完全に逆転してしまったのだから無理もない。


「その見返りとして、クロース卿は、当家に対するすべての借財は帳消し。さらこれまでの補償として金貨千枚を支払い、水の利用料も恒久的に無償とし、両家の発展に貢献することにする……いかがでしょうか?」


 セレナは一つ深呼吸をすると、有無を言わせぬ凛とした声で告げた。


「うむ、エリオス殿の提案の通りとしよう。そのうえで、今までの一切を不問としよう。一同、よいな?」


 重苦しい沈黙が流れた。

 互いに視線を交わし合う領主たち。しかし、この場で軽々にオズワルドを庇えば、同じ穴の狢と見なされかねない。


 やがて、グリフォードが渋々口を開いた。


「……それでよいかと」


 その声は絞り出すようであり、広間に小さなざわめきが走った。


 セレナは頷き、毅然と宣言する。


「では、早速書面にしたためるゆえ、総会はこれにて解散とする」


 安堵の吐息がもれかけた、その瞬間だった。


「待てぇッ!」


 真っ赤に染まった顔で立ち上がり、声を張り上げたのはマルコだった。


「一方的に当家を辱める所業、見過ごすわけには参りません! 貴族としての振る舞いを求めるのであれば、貴族らしく、決闘をもって決着をつけようではありませんか!」


 その叫びは激情に駆られたものだったが、誰の目から見ても道理の通らぬ屁理屈に過ぎなかった。

 だがエリオスは、驚くほどあっさりと頷いた。


「よいでしょう。では……マルコ殿は、私に決闘を申し込む、ということでよろしいかな?」


 広間に緊張が走る。

 セレナは思わずぎょっとした。


(まさか、受ける気か!?)


 マルコは辺境領でも一、二を争う剣の達人として知られている。

 幼き頃より剣聖の弟子を名乗る剣士に学び、昨年の王都で開かれた闘技大会では、騎士や兵士といった屈強な強者たちがひしめく中で、堂々十位に食い込んだ実績を持つ。


 すなわち、マルコは――この国で十番目に強い男。


 酒浸りの放蕩子息が、かなうはずもない。

 もちろんそのことは、誰よりマルコ自身がよく知っていた。だからこそ。


「いいだろう」


 彼は勝ち誇ったように言い放つ。


「こちらが勝てば……これまでの発言をすべて撤回し、虚偽であったと認めてもらう! そして、聴衆の前で土下座で、数々の非礼に対する詫びをいれてもらおう!!」


 エリオスは小さく頷いた。


「分かりました。ただし――」


 そこでわざと間を置き、不気味な笑みを浮かべながら続ける。


「もし私が勝てば……しっかりと代償を払っていただきますよ」


 その言葉に、広間の空気は再び凍りついた。



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