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第12話 どちらが下か?

「このたびは、遅参いたしましてまことに申し訳ございません」


 エリオスは深く一礼した。

 背筋は凛と伸び、声は澄み渡り、謝罪の言葉のはずが威厳を帯びていた。


「オズワルド卿の、まるで愉快でならぬといったご笑声が廊下にまで響いておりましたので……すでに父、ギルバードの発言はお済みでございましょうか?」


 その声音には、到底二十歳そこそこの青年とは思えぬ迫力と威圧があった。

 会場に集う貴族たちは互いに顔を見合わせ、わずかに戸惑いを浮かべる。


「……い、いや……まだだ……」


 うつむいたまま、ギルバードが小さな声で答えた。


 その瞬間、エリオスの表情がガラリと変わった。

 先ほどまでの柔和さは消え、瞳には冷たい光が宿る。


「……ほう。それでは一つ、オズワルド卿にお伺いしたい」


 声は静かに、だが場を切り裂くように響いた。


「当家よりも階級の下なるクロース家が、先に発言するとは、いかなる了見と心得ればよろしいのでしょうか?」


 場がピンと張りつめる。

 沈黙を破ったのは、オズワルドの隣に控えていたマルコだった。


 彼は椅子からゆったりと腰を上げ、弟分でも見るかのように冷笑を浮かべる。


 「ふん……見苦しい言いがかりだな」


 その声は会場に響き渡るほどよく通った。


「リオンハート家が当家に金貨二千枚もの借財を抱えているのは、ここにいる誰もが知るところだ。そして何より、貴様らの領民の命すら、我がクロース家の水源を分け与えてやらねば守れぬのが現実だろう」


 マルコの目が、鋭く細められた。


「つまり、リオンハート家は我が家によって辛うじて生かされているにすぎん。公然とした事実だ。ゆえに――本日この場で、互いの立場をはっきりとさせようではないか」


 挑発的な言葉に、場の空気がざわついた。


 だがエリオスは、ふいに表情を緩ませた。

 唇に浮かんだ笑みは、むしろ楽しげですらあった。


「……なるほど。その意見――私も賛成です」


「……!」


 セレナの表情がピクリと動いた。

 その大きな瞳には、明らかな驚きと、そして「本当に大丈夫なのか?」という無言の問いかけが浮かんでいる。


 エリオスはちらりと彼女へ視線を送り、ニコリと微笑んだ。

 まるで「問題ありません」と、心の奥に直接返答するかのように。


 まず先に口を開いたのは、マルコの方だった。


「先ほども申しました通り、リオンハート家の財政は火の車。そのうえ、赤の狼団という盗賊まがいの連中を野放しにし、領民の安全すらおびやかしている現状……。偉大なる国王陛下より領土を預かる責務と誇りを欠いているとしか言いようがありません」


 強い語調に、会場の空気が再び張り詰める。


「もはやリオンハート家に領主たる資格はありません。よって治世が安定するまでの間、当家クロースが代わってリオンハート領を治めましょう。ギルバード卿と、その子息エリオス殿は、私の配下として経営をお手伝いいただく。そして安定の暁には、当家への借財をすべて帳消しとし、改めてリオンハート家を領主として復帰させればよいのです」


 まだ二十歳そこそこの若者とは思えぬ、力強く理路整然とした論調だった。

 貴族たちは思わず息をのむ。


 そして――。


「……ほう」


 最年長のグリフォード伯爵が、ゆっくりと手を叩いた。

 その拍手は他の者たちの躊躇を払うように響き渡り、やがてハルデン子爵も同調し、さらにオズワルドまでもが惜しみない賛辞と拍手を送る。


 勝ち誇った顔で場の雰囲気に酔いしれるマルコ。

 その拍手の熱気を制するように、両手を広げて制止すると、さも今思いついたかのように手をパンと打った。


「そうだ。その手始めに、セレナ様」


 彼は横に座るセレナへ視線を向け、余裕の笑みを浮かべる。


「私が国王陛下に婚姻のご報告をするために上京する際……このエリオス殿を、私の従者として同行させるというのはいかがでしょうか?」


 まるで慈悲深い案を示したかのような声音。


 「……」


 第三者として最も高齢であるグリフォード伯爵すら、軽くうなずいて言った。


「それがよい。そうなされ、セレナ様」


 セレナの胸の奥から、煮え立つような感情がふつふつと湧き上がる。


(ふざけるな!!)


 だが彼女はそれを必死に抑え込み、氷のように冷静な声音で切り返した。


「……ギルバード卿の息子、エリオスよ。そなたの意見を聞こう」


 場に視線が集まる。

 エリオスは椅子から立ち上がり、小さく一礼した。


 そして――待ってましたと言わんばかりに、嬉々とした面持ちで声を張り上げた。


「大変素晴らしい演説、ありがとうございました」


 エリオスの第一声に、会場の視線が一斉に集まる。


「つまりマルコ殿の話を要約すれば――借金の問題、水源の問題、そして治安の問題。この三つの問題によって、我がリオンハート家には領主の資格がない、そういうことですね?」


 挑発めいた言葉に、マルコはニヤニヤと笑みを浮かべながら、はっきりと答えた。


「その通りです」


 エリオスは小さくうなずくと、朗々と声を張った。


「よろしい。ではここで、セレナ様にお許しいただきたい儀がございます」


 会場がざわめく。

 セレナは一拍置いてから、凛とした声音で言った。


「……よい。申してみよ」


「この場に、もう一人。加えていただきたい者がおります」


 誰もが「何者か」と問うだろうと思ったが、セレナは一切の詮索をせず、ただ一言。


「……よい」


 その即答に、エリオスは深々と頭を下げ、はっきりとした声で言った。


「ありがとうございます――入れ!」


 会場の扉が再び大きく開く。

 現れたのは、この豪奢な場にまるで似つかわしくない、ラフな装いの若い女性。

 しかし、その姿勢には不思議と気品が漂い、ためらいのない足取りで中央まで進むと、セレナの前に立ち、深々とお辞儀をした。


「……」


 グリフォード伯爵ら貴族たちは互いに顔を見合わせ、何者かと視線で問い合う。

 ただ一人、マルコだけが、見る見るうちに顔を引きつらせていく。


「知り合いか?」


 オズワルドが小声で問う。


 マルコは引きつった笑みを張り付け、強い調子で答えた。


「いえ、このような下賤な身なりの女など、知り合いであるはずがないではありませんか」


 そして、まるで念を押すように女へ視線を向け、有無を言わせぬ口調で問う。


「そうだよな?」


 しかし。


 女はその問いかけをあざ笑うかのように、涼やかに言い放った。


「あら、顔見知りでないなんて……あまりにも釣れないじゃありませんか。つい先週だって、一晩中、同じベッドで過ごしたというのに」


「――――!」


 その瞬間、会場は凍りついた。

 誰も息を呑む音すら立てられない。


 沈黙を切り裂いたのは、女自身の声だった。


「私の名はルチア・ヴァイス。赤の狼団にて、副団長を務めておりました」


 場に重い衝撃が走る。


◇◇


 あの日。

 赤の狼団の根城は炎に包まれ、仲間たちは四散した。

 団長はエリオスによって打ち破られ、ルチアは命からがら夜の森をさまよった。

 泥と血にまみれ、かろうじて呼吸を繰り返しながら、彼女が最後に辿り着いたのは……ある男の屋敷だった。


「……マルコ様!」


 その名を呟きながら、門を叩く。

 だが、迎え入れられた彼の顔は、冷たく歪んでいた。


「何を考えている。この愚か者が」


 怒声が響く。


「こちらから連絡したとき以外は、決して訪れるなと命じていたはずだ。……それすら守れんとは」


「ち、違うの。団長が、拠点が……私、居場所がなくて……」


 弁解を口にした瞬間、彼の掌が頬を打った。


「黙れ! 万が一、父上がこの場にいたらどうするつもりだった? 俺にどんな不名誉を着せてくれる? おまえなど犬以下だ」


 吐き捨てるような罵声。

 そして、暴力。床に叩きつけられた彼女を一瞥することなく、マルコは冷ややかに告げた。


「二度と俺の前に姿を見せるな」


 それが最後だった。

 ルチアは、屋敷の扉を叩き出され、泣きながら闇の街を彷徨った。


 どこにも行く宛てはない。

 路地にしゃがみこみ、膝を抱えていたとき――ふいに影が伸びた。


「……ルチア様、ようやく見つけました」


 顔を上げると、そこに立っていたのは見覚えのある人物。腕には狼のタトゥー。赤の狼団であることは間違いないのだが、名前が思い出せない。


「あんたは確か……」

「フェリオです。主人に命じられて、助けにまいりました」


 胸の奥に熱いものがこみ上げる。


「ボルガンが生きているんだね! 今どこだい?」


 だが、フェリオは首を横に振った。


「ボルガンは主人によって殺されました」

「なにっ!? じゃあ、あんたの言う主人ってのは……」


 次に彼の口から告げられた言葉は、予想だにしないものだった。


「エリオス様です」

「なっ!!」

「エリオス様より伝言です。俺の下で、働かないか、と」

「……は?」


 その瞬間、ルチアの血が逆流する。


「誰のせいでこうなったと思ってるのよ!」


 かっとなり、腰に差していた短刀を抜き、フェリオへと突きつけた。


 だが彼は一歩も退かず、むしろ落ち着いた声音で淡々と告げる。


「団長は死にました。拠点の酒場も潰され、赤の狼団は完全に壊滅しました。ルチア様の居場所は、もうありません」


「……っ」


「さらにマルコに捨てられた今、ルチア様がすがれるものは何一つないではありませんか」


 冷徹な言葉が胸を貫く。

 反論しようと口を開きかけたが、続く言葉に遮られる。


「エリオス様は――それをすべて知っている。知ったうえで、ルチア様を傍に置きたいと願っているんだ」


「……」


「もしこれからエリオス様にその命を捧げるのなら……きっとこれからは、まともな人生を送れるはずです」


 その声音は妙に優しく、抗う力を奪っていった。

 もとより孤児だったルチア。生きる為なら何でもした。プライドなど持ち合わせてなどいない。

 そんな彼女に、もはや選択肢などなかった。


 ルチアは涙を拭うと、ぐっと顎を上げ、いつもの高飛車な調子を取り戻した。


「……仕方ないわね。で、私は何をすればいいの?」


 フェリオはニタリと口角を上げ、愉快そうに答えた。


「あなたを裏切った、マルコへの復讐」


 その言葉が、彼女の胸の奥で炎のように燃え上がるのを感じた。


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