ブリーフィング:敵戦力確認
『あ、ああ、ごめん。僕はレッカ・ヒボシ。今回、君と一緒に護衛任務を引き受ける傭兵だ。それにしても……』
レッカは気づいているのかどうか、まじまじと宙に浮かぶアイリスを見つめて、思わずといった調子で口を滑らせた。
『傭兵部隊ガーデン……噂通りなのか』
「きょうかにんげんばっかりつかっているって、うわさ?」
『え、あ、口に出ていた? ごめん』
「なんであやまるの? わるいことをくちにしたの?」
『いや、そうじゃ、ないと思うけど……』
気を悪くしたのではなく、単純に疑問として問いを重ねるアイリスに、レッカは上手く言葉を返せずにいた。レッカが答えに窮している様子に、アイリスはますます疑問を深めるが、救いの手はダイドウによって伸ばされた。
『アイリス、言及するのはそこまでにしておけ。深い意味はあるまい。それよりも依頼の内容について、話を進める方が有意義だ』
「わかった」
ダイドウが言うのなら、すんなりと受け入れるアイリスの姿を見て、レッカは危ういものを覚えていた。強化手術の代償に情緒を破壊される、というのが強化人間について回る風聞だ。
自分の意思が薄弱な印象を受けるアイリスは、きっとダイドウの命令ならばどんなことでも従うのではないか? レッカにはそう思えてならない。
浮かない顔になるレッカにアイリスが気付くよりも早く、新たな通信画面が開き、褐色の肌に癖のある金髪の男が映し出される。
三十歳前後と見える、彫りが深く精悍な顔立ちの男だ。レッカよりよほど傭兵らしい雰囲気がある。レッカのマネージャー兼オペレータだ。
『うちの坊主が口を滑らせてしまったようで、申し訳ない。マネージャーのクリフォード・レッドスカイだ。ガーデンは腕利き揃いと聞いているぜ。そのガーデンの新人なら、期待させてもらうよ』
人好きのする笑みを浮かべて、フランクに話しかけてくるクリフォードにダイドウが反応した。同じような立場の二人だが、性格は真逆らしい。
『クリフォード・レッドスカイ……。しばらく名前を聞いていなかったが、かつて“赤い閃光”と言われた腕利きが、傭兵のマネージャー業に転職していたとは』
『ついこの間からね。今じゃ怪我の後遺症で戦場には立てなくなっちまったよ。だから後進育成なんてしてみようかとね。うちの坊主も新人だが、筋は良い。そこにダイドウさんの見込んだパイロットと一緒の任務なら、俺も安心できる』
ダイドウの呟いた二つ名に、アイリスは記憶しているファーエデンやザギオンの近隣星系で活躍するパイロットの中から、思い当たる名前を思い出す。
“赤い閃光”クリフォード・レッドスカイ。
主に護衛系の依頼を受諾していた傭兵で、依頼の達成率は九割近い数字を誇り、我の強い傾向にある傭兵の中では人好きの人柄だったようで、同業者や依頼者からの評判も良い。
ただダイドウの方は、油断のならない相手だと認識したようで声色はちっとも柔らかくならなかった。
『アイリスを盾にするような真似をしてくれるなよ。話が逸れたな。予定している航路には戦闘機とGSを保有する宇宙海賊の出没が確認されている。戦力的にはGS二機があれば、輸送船団を守るのには十分だ』
ブリーフィングルームの壁面モニターに、アルファベットのYを仰向けに倒したような形状の戦闘機が映し出される。
『ギャラクシー・ウェポン・システムズ、通称GWSの普及型戦闘機コスモダガーだ。武装は機首にレーザー機銃四丁、ウェポンベイと主翼上のハードポイントに各種ミサイル。これといって特徴の無いスタンダードな戦闘機だが、加速性能や速度ではGSを上回る』
簡単に敵戦力について説明するダイドウに対し、クリフォードも傭兵時代を思い出してか、懐かしそうな口ぶりで話した。
『どこに行っても見かけるような代物だ。俺が現役の時にもよくやりあったもんさ』
「くりふぉーどのげんえきって、どれくらいまえ?」
いつも通り抑揚に乏しいアイリスの台詞だが、アイリスが他者に関心を持ったことに、ダイドウは小さく眉を動かす。幼児向け番組で情操教育を施した成果が、少しは現れたのかと思ったのだが、実のところは少し違う。
「だいどうがさっきいってた。くりふぉーどは“あかいせんこう”っていう、すごうでだったんでしょう。くりふぉーどでも、てごわい?」
アイリスは自分よりもはっきりと先輩で、二つ名を持つクリフォードの意見に興味があったのだ。クリフォードという人間に興味があるわけではない。
『そうだな。直線の速さで勝負するのは止めておきな。GSの方がはるかに頑丈だし、小回りの良さには分がある。相手が方向転換の為に旋回するところを狙って撃つんだ。自分の正面に捉えるのが一番確実だがね』
「なるほどー。ありがと。それにしてもうちゅーかいぞくでも、せんとうきをつかえるんだね。やすいの?」
およそ飾ることを知らないアイリスの問いかけに、クリフォードは渋い顔になった。予算確保の為に、軍が旧式機を民間に払い下げる例は少なくないし、大小無数の軍事企業が鎬を削る昨今だから、市場には無数の兵器が溢れかえっている。
その所為で競争に敗れて叩き売りされた兵器が、格安で宇宙海賊や犯罪者達の手に数多く渡っているのが、今の世界だ。
『そうだな。コスモダガーなんかはどこにでもあるから部品の調達が簡単だし、扱いやすいもんだから、宇宙海賊みたいな連中でも用意できちまう。ファーエデンも戦争中でなければ対応できたんだろうが……』
不愉快そうに告げるクリフォードに悲しそうなレッカの声が続いた。新人とはいえ傭兵として活動して、非日常を多少なり味わったはずだが、レッカはまだまだ年相応の少年らしさが残っている様子だ。
強化人間の常として、非人間的な情動の希薄さを見せるアイリスに比べれば、よほど人間らしく、民間人的な反応だ。
『戦争中だから好き放題出来る。その隙を狙っているんですよね、こういう人達って』
『まあ、な。連中も生きるのに必死なのは確かだが、だからって真面目に生きている連中から、奪おうなんてのは勝手が過ぎるってもんさ。俺達みたいな傭兵に返り討ちにされても、文句は言えないくらいにな』
アイリスはレッカとクリフォードのやり取りにも、これといった反応を見せていないが、一応、耳には入れている。
自分よりもよっぽど普通な二人のやり取りは、いつかダイドウの言う通り、自分が日常に戻った時に役に立つかもしれないからだ。
『話の腰を折ってしまって、悪いね。ダイドウさん、アイリスちゃん。予想される戦力はコスモダガーだけじゃない。足の速いGSを使っている奴が居る。こいつだ』
コスモダガーの画像が小さくなり、代わりに出てきたのはガラクやオロンはおろか、スケアクロウと比べても細いGSだった。
白い手足はか細く、胸と腰は最低限の黄色い装甲を施してあるだけだ。ただし、スラスターを内蔵した太腿は不釣り合いなくらいに大きく膨らんでいる。
横に大きく伸びる肩アーマーの先端にも可動式バーニアが内蔵され、背中のウイング付きのバックパックも大型の推進器を内蔵しており、見た目からして速度を重視した機体だとはっきり分かる。
「こすもだがーとおなじかいしゃのじーえす、“ういんどえっじ”だね」
熱心にカタログを読み込んでいた成果で、アイリスはナイフのように極端に鋭く、薄い頭部を持つ機体を知っていた。
『お、勉強熱心だね。レッカ、お前は知っていたか?』
からかう声音のクリフォードに、レッカは素直に降参した。下手に誤魔化してもからかう口実を与えるだけだと、これまでの付き合いでよく理解させられていた。
『いえ、知りません。ザギオンのGSは一通り調べましたけど、それ以外のGSはまだ勉強不足でした』
『はは、素直になったな。下手言い訳をされるよりはいいさ。見て分かる通り、ウインドエッジは高機動を売りにした機体で、相手からの攻撃は回避を前提にしている。素の装甲がペラペラだし、エネルギースキンの出力も大したものじゃあない』
それだけを聞くと、性能の低い機体のようだが、それならわざわざクリフォードが注意を促しはしない。
『かなりのじゃじゃ馬って評判の機体だが、スピードはコスモダガー以上。パイロットが性能を引き出せれば、相当に厄介な相手になる』
攻撃を当てさえすれば撃墜は容易いが、その当てる事さえ難しい類の軽量高機動機というわけだ。
対処法はコスモダガーと同じだ。それよりも面を制圧する広範囲攻撃や数を頼みにした飽和攻撃の方が楽な対処法なのだが、GS二機ではそうも行かないだろう。
アイリスがウインドエッジ相手の戦い方を考え始めたころ、ダイドウが不安要素を払拭するように口を開く。アイリスのメンタルがネガティブなものにならないよう、細心の注意を払っているのだ。
『だが、今回の依頼内容は輸送船団の護衛だ。必ずしも撃墜する必要はない。奴らもリスクが高いと分かれば、勝手に退いてゆく。敵の撃墜に固執して、船団から引き離されないように注意しろ』
『ダイドウさんの言う通りだな。情報にない敵が出てくる可能性もあるし、陽動でこっちをつり出そうとしてくる場合だってある。そういう時には、自分達の目的を忘れない事が大事だぜ?』
「ごえいがおしごとだもんね」
アイリスが分かっているのかいないのか読み取れない無表情で答えると、レッカは一層生真面目に見える引き締まった表情で頷き返した。
『分かりました。今回は協力してのミッションですし、これまでとは違いますけど、これまで通り、成功させます』
マネージャーもそうだが、こちらもタイプの違う二人だった。上手くいくのか、いかないのか、ダイドウの眉間の皺が少し深くなったのを本人すら気付いていなかったが、アイリスだけはしっかりと気付いていた。
*
ブリーフィング終了後、アイリスの姿はイーリスのコックピットにあった。イーリスはウメルの左舷側のコンテナ内部で、ハンガーベッドに固定されている状態だ。
コックピットハッチを開き、今回の任務に同行していたメカニックからの説明を受けている。メカニックはムスビでの初任務の時に、イーリスの調整をしてくれたそばかすがチャーミングな女性だ。
整備の邪魔にならないようにブルネットの髪をセミショートにしていて、A.M.S.のロゴが入った宇宙用の作業服姿である。二十歳をいくらか過ぎたかどうかの若さだ。
「今回の依頼にあたって、アイリスさんの指定した武装の取りつけと機体とのフィッティングは済ませてあります。マニュアルは頭に入っていますか?」
「うん。くれーるにおしえてもらったことを、のうのしわにびっしりとかいてあるよ」
クレール・ルフェーブル、それがこのメカニックの名前だ。アイリスとは違って、おそらく本名だろう。
「ふふ。アイリスさんは他の人よりも不思議な人ですね。うん、マニュアルがばっちりなら一安心です。それでも一応、おさらいしておきましょう」
クレールが作業服の左手に埋め込まれたコンソールに触れると、空中に現在のイーリスの姿が投影される。
右手に長方形の銃身を持つブルースター、左手には十メートル以上ある長銃身が目を引くレールガンと、左肩にレドームと長方形の板を組み合わせてレーダーが装備されている。
輸送船団から付かず離れずの距離を維持しつつ、長距離から敵を迎撃できるように選択した武装だ。
「ブルースターはそのままでミゾレの代わりにロングレールガン『イチイバル』と左肩にセットのレーダー。ミゾレに比べると重量が増していますし、取り回しも悪いから動きが鈍く感じるはずです。前回との機動の差異を十分、留意して」
「はい、りゅーいします」
「よろしい。多連装のミサイルや射程の長いビームキャノンもあるけど、そっちはなしですか?」
現在、ウルメの左舷側のコンテナがイーリスの格納庫代わりとなり、右舷側のコンテナが予備パーツと武装の保管庫となっている。
両方のコンテナは連結しているから、行き来は楽だし、武装やパーツの交換も容易に行えるように作り替えられている。
「うん。あんまりおもくしたくないし、えーあいせいぎょのせんとうきをおいはらうくらいは、だいじょーぶい」
アイリス本人は欠片も笑っていないのに、右手でブイサインを作るアイリスの姿は、なんとも愛らしく、その彼女がこれから命懸けの戦場に躊躇なく飛び込んでゆくのだと思うと、クレールは余計に悲しくなった。
「はあ、母性なのかしら、これ」
「どうかした? どこかいたい? せんせえよぶ?」
アイリスの言う“せんせえ”とは、彼女の主治医を務める女性医師のことだ。コロニー・ムスビの頃からの担当医で、ダイドウとの付き合いも長く、アイリス以外の強化人間達の面倒を見てきたベテランである。
「大丈夫、なんでもないから。ダイドウさんがもう言ったかもしれないけれど、相手を撃退する必要はないんです。船を守って、それから必ず生きて帰ってきてくださいね」
「うん。にんむのないようはわすれてないから、あんしんして」
クレールは任務の達成以上に、アイリスの無事を願っているのだが、この様子では悲しいことに伝わってはいなさそうだ。
アイリスの傭兵稼業を裏から支えてくれる人たちについても、ちょこちょこ出して行こうと思います。




