ブリーフィング:共闘任務
コロニー・ムスビの周辺宙域に拠点を作っていたアウトロー共を叩きのめしてから数日。
アイリスは食事を摂っていた。相変わらず病室で寝起きしていたが、食事のメニューはこれまでと様変わりしている。
高い栄養価、消化効率がよく、アイリスの身体に負担を掛けない事を最優先にするのはそのままだが、メニューは幾分か料理らしくなっている。
具材の形がなくなるほど細かく刻まれた野菜スープにひよこ豆のディップ付きフムス、動物の形をしたショートブレッド、トーフソテー、オレンジ風味のたぬき型ゼリー、ビタミンドリンクがトレイの上に並んでいる。
実戦の負荷にも耐えたアイリスの肉体は、ますますもって栄養を欲するようになり、相変わらず体格は華奢の範疇に収まったが、食欲は増加の一途を辿っている。
ようやく摂取した栄養を消化・吸収する準備が整い始めたアイリスの肉体は、外見からは想像もつかないくらい、多くの栄養を求め続けていた。
ダイドウがアイリスの要求に応じて用意した食事は、どれも薄味ではあるが可能な限り美味を追求したもので、一部には高級な嗜好品とされる天然食材を使っている。
天然食材のほとんどはダイドウが自分の会社で用意できるものだったが、それでも限られた裕福な好事家が大枚をはたく天然食材を、味覚機能の死んでいる強化人間の為に用意するなど酔狂の極みだ。
口さがないものは無駄な行為、浪費の極みだと嘲笑うところだが、例え耳に届いてもダイドウはやり方を変えなかったろう。
食事を続けるアイリスの傍らには、椅子に腰を下ろしたダイドウの姿がある。
本格的にアイリスが傭兵稼業を行う為の準備や、先日の戦闘で拿捕した輸送艦の売却がひと段落して、次の行動について話し合う為に来ていた。
生憎、アイリスのランチタイムと重なってしまったが、気にするアイリスではなかったし、アイリスの気分が損なわれないならダイドウも気にしなかった。
「食べながらで構わん。これからの俺達の行動について、説明する」
サクサク、ポロポロと口の中で崩れるショートブレッドの触感を味わいながら、アイリスはこくりと小さく頷いた。
「俺達がまず目指すのは惑星エビナスの衛星ダテマだ。ファーエデンの勢力下ではあるが、ザギオンが制圧を目論んで、部隊を送り込んでいる。その所為で宇宙海賊を始め、アウトローも好き勝手に暴れている。ダテマである程度、実績を積んでからファーエデンにお前を売り込む」
アイリスがビタミンドリンクを飲んでから、チョーカーが所有者の代わりに発声した。
「だいどうのあては、あるの?」
「元々、傭兵部隊ガーデンとして仕事はこなしていたからな。部隊でなら実績はある。今はお前個人の実績を積み上げる段階だ。しばらくはアウトロー共相手の下積みになる。この前の戦闘で見せた動きとシミュレーターの成績を考えれば、万が一はない」
「おっけー。おーぶねにのったつもりでまかしとけ」
食事の手を止めて少しだけ胸を反らすような仕草をするアイリスに、ダイドウはなにか言いたげな表情を浮かべたが、結局、言葉にすることはなかった。
彼自身、この強化人間らしからぬ一面を見せる強化人間の少女相手に、自分が抱く感情を言語化出来なかったのだろう。
「頼もしいことだ。実際、お前の素養は大したものだ。強化人間とは言っても、お前のように長期間、コールドスリープしていた場合は、なにかしら不具合を起こしてもおかしくはないが、そういった後遺症もない。GSの操縦も俺の知る限りでも、上位に入る適応力だ」
「だいどうはいいかいものをしたって、じまんしたくなるひもちかいよ」
「……買い物か。そうだな。俺はお前を買った。その為に払った金に見合った働きをしてもらわないと、困るのは確かだ。同時にお前が傭兵として成果を挙げたなら、それに見合う報酬を用意する義務がある。前回の仕事の報酬は確認したか? 使い道を考えておけ。お前の働きに対する正当な報酬だ」
「わたしのこうざにはいっていたおかねは、みたよ。ほしいものとか、ないけど」
「そうか。……それなら仕事の為の買い物を考えてみたらどうだ? あの報酬額ではまだろくなものが買えないだろうが、俺の用意していないお前好みのGSのパーツや武装を購入してもいい」
ダイドウの提案に、アイリスの目がほんの少しだけ大きく開かれた。それは考えていなかった、とわずかな動作にアイリスの心情が滲んでいる。
「もちろん、日常の生活の中で必要になるものや、いつか夢が出来た時の為に貯蓄してもいい」
「どうすればいい? だいどうはどうするのがいいとおもう?」
「それは、俺からは言えんし、言わん。今のお前にはまだ難しいかもしれないが、これは俺からの命令ではなく、提案だからだ。提案を受けるのも、断るのも、保留しておくのも、決めるのはお前自身だ。アイリス」
「……すこし、むずかしい』
困ったように俯くアイリスに、ダイドウは心の中でだけ、それでいいと零した。今のアイリスの困惑は、自分でどうすればいいのかと考えているからこそ生まれるものだ。
命令以外の何かを考える、という能力すら失った強化人間は珍しくない。アイリスが考える能力を、あるいは機能を失っていないことに、ダイドウは安堵していたのだ。
(アイリスを買って、目覚めさせ、戦場に立たせておいて安堵とは、偽善者め)
自分を罵りながら、ダイドウは話を続ける。
「食事の邪魔をしてすまなかったな。ダテマへの出発は二日後。近隣から出立する輸送船の護衛が次の仕事だ。依頼主はキャットテール運送会社。ムスビで詰め込んだ食料品の輸送を主に行っている」
「わーぷしてびゅーんしないの?」
「ワープに使うエネルギーも馬鹿にならん。このあたりのコロニーからダテマまでなら、通常の航路で十分だ。それにザギオンとの戦争中だからな。安易にワープしてダテマ付近で網を張っているザギオンに見つかれば、容赦なく沈められかねん」
敵国の人間ならば民間人であろうと容赦のないザギオンの姿勢は、国際社会から非難を浴びている。宇宙に生活圏を広げて、人類の蛮性や攻撃性は収まることを知らなかった。
「やばんだねー」
「今は確保されている航路にも、ザギオンの無人兵器やアウトロー共が不定期に侵入してくる以上、安全な航路などないも同然だ」
「だからわたしたちのしごとがたくさんあるんだ」
アイリスは、なるほどなあ、と本当に感心しているのか怪しい調子で呟くと、うんうんとしきりに頷いている。本心からの言葉なのかどうか、ダイドウには分からなかった。
まだ治療を継続中のこの少女が、GSに乗り込めば爆発的な戦闘能力を発揮するのだから、強化人間とはつくづく業の深い存在に違いない。実際の年齢はアイリスにも分からないが、見た目で考えれば青春を謳歌する年頃だというのに。
「多くの人間にとっては不幸なことにな。護衛対象は依頼主の輸送船一隻とコロニー・アンテーンの輸送船三隻の合計四隻。今回は近隣コロニーのアンテーンと船団を組んで、ダテマに向かう。航路にはアウトロー共の出没が報告されている。まず、戦闘になるだろう」
この前の戦闘は敵勢力の撃破だったが、今度は移動する護衛対象の防衛。
求められる戦い方は真逆となる。アイリスは白磁の、いや、血の気の無い病的な白さの眉間に罪深い皺を刻む。
「うーんと、それならとおくまでとどくぶきがいいかな? でもあんまりおもいと、いーりすがおそくなっちゃうから」
「アウトロー共も輸送船の積み荷か、身代金目当ての人質にするから、そう簡単に船を沈めたりはしない。後で過去に似たような依頼を受けた時のデータと、今回の航路と目撃されたアウトロー共のデータを用意しておく」
「あながあくほどみておくね」
「眼が疲れない程度にしておけ。今時は義眼に困らんが、眼はパイロットの命だからな」
「だいどうのやさしさがほねみにしみるう~」
「俺の優しさは消毒液かなにかか?」
アイリスと軽口のたたき合いをしていると、表情の変化の無さと抑揚の乏しさを除けば、この少女が本当に強化人間だとは信じられなくなってくる。
コールドスリープから目を醒ましたばかりの強化人間は、もっと非人間的な印象を受けるものだが、強化手術が独特なものだったのが、後遺症をものともしないほどアイリスの人格が強固だったのか。
「お前と話していると、どうも調子が狂うな」
「わたしのこと、めんどうくさくなった?」
こてんと首を傾けて尋ねるアイリスの心中は、どんなものだったろう。
ダイドウに捨てられるのではないかと不安に揺れていたのか、それともダイドウとのやり取りを一度はぐちゃぐちゃにされた心で楽しんでいたのか?
「少なくとも今すぐお前を手放すつもりはない。話がそれたが、今回の護衛任務にはもう日一人、傭兵がつく。傭兵としての名前はレッカ・ヒボシ。簡単な仕事を二回こなしただけの新人だ。アンテーン出身の縁で依頼を受けたのだろうな」
「ようへいとしてのなまえ? ほんとのなまえじゃないんだ」
「傭兵として使っている名前、という意味だ。本名かもしれんし、偽名かもしれん。知名度を上げる為に変わった名前を使う傭兵はそれなりにいる。お前のアイリスという名前も、あくまでも傭兵としての名前だろう?」
レッカ・ヒボシは本名であってもおかしくはない名前だ。もっとも、アイリスの場合は本当の名前を忘れてしまい、彼女を管理していた闇医者もアイリスのパーソナルデータは持っていなかった。
「ようへいのせんぱいとはじめてのきょうどーさぎょーだー」
「これまでの実績を見るとあまり頼りにはならん。輸送船の一隻くらいは任せられるかもしれんが、あちらからしてもお前は同じ新人だ。こういう時、つまらん対抗心を出す奴が多い」
「けいけんしゃはかたる、だね」
ダイドウは肩を竦めて、会話を切り上げることにした。アイリスの食事の手を止めさせてしまったのを、少しばかり悔いたからかもしれない。
「賢い新人であるのを祈るばかりだ。実際に戦うのはお前だ。護衛任務となると神経の割き方が前回とは異なる。シミュレーターはほどほどにして、身体を休めておけ。これは命令だ」
「うん。わかった」
アイリスはどこかほっとしたようだった。やはり、命令される方が楽なのだ。少なくとも、今はまだ。
*
ダイドウから告げられた通り、二日後、アイリスはウルメに乗り込み、惑星エビナスの衛星ダテマを目指す準備を終えていた。
ウルメの中に用意されたブリーフィングルームで、アイリスはパイロットスーツに着替え、ぷかぷかと無重力に身を委ねて浮かんでいる。その左手にはダイドウから支給されたタブレット端末がある。
もし画面を覗き込む者が居たら、アイリスの興味がGS用のパーツや武装を開発しているメーカーに注がれているのを、目撃しただろう。
スケアクロウ以外にも売りに出されている旧式や中古のGS、あるいは星系の内外を含めたメーカーの正規品のカタログを、アイリスはじっくりと、たっぷりと読み込んでいる。
既に今回の依頼の為に必要と判断した武装をイーリスに装備させているが、それはそれとして、ダイドウの保有していないパーツや武器を求めて、アイリスは飽きもせずに画面とにらめっこしていた。
既にコロニー・アンテーンからの輸送船三隻と合流し、ウルメは輸送船団の先頭を進んでいる。共同で護衛任務を受けるレッカという傭兵は、アンテーンからの輸送船に乗り込んでいて、まだ顔合わせもしていなかった。
『アイリス』
ウルメのブリッジに居るダイドウからだ。タブレット端末に通信が入り、アイリスはカタログを閉じて通信に応じた。
「はい」
『レッカ・ヒボシから通信が届いている。顔合わせをしておきたいそうだ。受けるか?』
あくまでアイリスの意見を求めるダイドウに、アイリスは少し考えこむ素振りを見せてから、小さな首を縦に振る。
「うん。これからもだれかといっしょにいらいをするときもあるだろーから、しんじんどうしでれんしゅう、するね」
『そうか。お前がそう考えたのなら、尊重しよう。少し待て』
ブリーフィングルームの壁面モニターが、それまで映していたムスビの畑の風景から切り替わり、濃い茶色の髪と菫色の瞳を持った少年を映し出した。緊張に固まった顔が、向こうのモニターに映ったアイリスを見て、驚きに変わるのは見事な早業だった。
『子供!?』
ダイドウはダリアも初めて会った相手に、よく子供と勘違いされていたな、と小さく疼く心の傷と共に感傷を噛み締めていた。
「そっちもこども」
レッカの第一声に、アイリスはいつも通りの無表情と、いつもよりも冷淡な声で指摘し返した。確かにアイリスの言う通り、レッカはまだ二十歳にもなっていない少年だ。
実年齢も定かではないアイリスは、確かに見た目だけで判断すればレッカよりも幼く見えるのも確かだ。
傭兵としてはド新人ですが能力は高いアイリスと、少しだけ経験を積んでいるレッカ君のペア結成です。




