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ブリーフィング:機体受領

 シミュレーター上とはいえGSに乗るようになってから、アイリスの回復速度は更に勢いを増して早まっていった。

 味覚や嗅覚などは相変わらずだったが、食べれば食べるだけ、飲めば飲むだけ血肉に変えて、背骨やあばら骨の浮かぶ身体には肉がついて年頃の少女らしい柔らかさを取り戻しつつあった。


 シミュレータールームでの訓練以外にも歩行訓練を始め、日常生活を支障なく行えるよう本格的なリハビリも合わせて行われている。

 その中でも特にアイリスが熱心だったのはシミュレーターでの模擬戦闘だった。自分をGSを動かす為のパーツと認識しているアイリスにとって、シミュレーターで過ごす時間こそが、もっとも役割を果たせていると実感しているのかもしれない。


 そんなアイリスが後ろ髪を引かれながらシミュレーターを離れるのは、ダイドウから一定時間が経過した場合、休息を取るように命令されているからに他ならない。

 もしその命令がなかったら、アイリスはシミュレータールームに入り浸って、寝食すらそこで過ごそうとしたかもしれない。アイリスはGSの操縦技術をスポンジのように急速に、そして貪欲に吸収していったのも、熱中する一因になった。


 唯一の例外はダイドウが情緒の発達の為にと見せた、幼児向けの教育番組だった。

 この放送の時間前になるとシミュレーターを停止して、用意されたタブレット端末で番組を視聴する。

 番組の視聴もアイリスにとってはダイドウの命令だからかもしれないが、もっともアイリスを傍で見てきたダイドウからすると、少しは気に入っているように見えていた。


 これから命のやり取りをする戦場にアイリスを送り出そうとするのに、人並みの情緒を育む土壌を養おうとする。

 ある意味では死への恐怖の無い方が戦いには適しているだろうに、ダイドウは自分の矛盾に気付いているかどうか。


 実戦と変わらない負荷でシミュレーターテストを行えるようになってから、更に数日の経過したある日のこと、アイリスの姿は車いすの上にあった。

 管理されたコロニー内の気温は春先を思わせる温かさだが、念のためにとダイドウはアイリスに赤いポンチョとひざ掛けを用意していた。


 手入れの行き届いた道路の上を、自動運転のエアカーが走り、上を見上げれば空はなく、シリンダー型のコロニーの中心を太い柱が貫いている。

 更にその向こうにはシリンダーの内側に沿って広がる市街が映り、そこで顔も名前も知らない人々が暮らしている。

 宇宙の暗闇の中に作られた人工の大地。人々が世代を重ねて生き、死んでゆく都市。それがスペースコロニーという小さな世界である。


 アイリスは天井から目の前へと視線を転じた。このコロニーの内部は市街とそれ以外とで明確に用途が分けられていた。

 大きく実った黄金の稲穂や麦、トウモロコシ畑などの穀物を中心とした畑が延々と広がっている。この全長六十キロメートルを超える巨大なシリンダーは、食料生産コロニーだった。


「だいどう」


 アイリスは自分の車いすを押す所有者を振り返り、つたない言葉遣いで話しかけた。チョーカーに頼らずにしゃべっても、同じような言葉遣いと滑舌になったろう。


「なんだ。身体が冷えたか? それならすぐに戻ろう」


「ううん。あのね、どうしてはたけでたべものをつくっているの? こうじょうでつくっていないのはどうして」


「昔ながらの土で育てるやり方を好む者達が居るからだ。完璧に管理された工場で効率よく生産された食料よりも、な。金持ちもそうでない者も一定数はいる。同時に完全に管理されておらず、なにが入っているのか分からないと嫌う者もな」


「そうなんだ。このばしょにわたしのびょういんがあるのはへんだね。ふつーのびょういんじゃないもの。みすまっち」


「俺の経営している会社の所有コロニーだからだ。万が一、食料を得る手段を失った時に備えて、自社で賄えるようにした結果だ。療養施設があるのはここが戦場となっているエビナスがその周辺の宙域から適度に離れていて、療養するには都合が良い位置だった」


 なんでもない風に言うダイドウだが、ダイドウが民間軍事会社以外にも会社を経営しているとは、アイリスにとって初耳だ。どうやら自分の所有者は経営者としてなかなか敏腕であるらしい。


「だいどう、おかねもちなんだ。それならおなかぺこぺこにならないですむね。すごい」


 顔は無表情で声も抑揚がないのは変わらずだが、ダイドウを振り返って仰ぎ見るアイリスの赤い瞳には、素直な賞賛の光があった。

 所有者が貧乏では商売道具であるGSの状態だって怪しいものだ。その点、ダイドウが裕福なら欲しいとねだれば色んなパーツを買ってもらえそうだ。

 アイリスに物欲というものはほとんど無かったが、GS関係の電子書籍を読み漁って、欲しいパーツをいくつか見繕っている。自分自身を着飾ることに興味はなくても、半身となるGSについては話が違うらしい。


「お前達が戦いに向けて万全の状態で戦えるよう整えるのは、俺の仕事だ。実際の戦闘はお前達に任せる他ないが、それ以外のことは任せておけ」


「うん。おねがい、ね。わたし、たくさんがんばるよ。わたしのせいのうをちゃんとはっきできるように、たくさん」


「……ああ。期待している。そして生き残れ」


 なにかを堪えるようにして言葉を絞り出したダイドウだったが、不意にスーツのポケットから携帯端末を取り出し、送られてきたメールに素早く目を通すと、眉間の皺がいっそう深くなる。


「アイリス、早速だが仕事だ。実戦になる。出られるか?」


 それは唐突な申し出で、ダイドウにとっても予定外なのはその表情がなにより雄弁に物語っている。

 アイリスの身体は急速な回復によって、実戦に耐えられるレベルに達していたが、実際に依頼を受けて戦場に出るまでもう少し時間を掛ける予定だった。それがダイドウにとっても突然の前倒しとなり、眉間の皺を深くする原因となっている。


「だいじょうぶだよ。わたしはいつでもたたかえる」


「そうか。なら決まりだ。港湾部に向かう。そこにお前の機体が用意してある」


「だいどう、すぐにいこう。すぐ」


 まるで誕生日プレゼントがあるのを知らされた子供のようなアイリスに、ダイドウは少しだけ眉間の皺を緩めた。すぐにこの移動にまだ車いすを必要としている少女を、自分が戦場に送り出すのだと、緩めた皺が深くなったが。

 まず向かったのは港湾部ではなく療養施設だった。あの施設の更に地下に港湾部に直結する通路があり、そこを利用するのが最短ルートなのだ。


「このコロニー・ムスビ近くの宙域で、武装したアウトロー共の集団を確認した。小規模な宇宙海賊といったところだ。お前が初めて実戦を経験するには手ごろな相手だ。お前の体調を考えればまだ早い時期であることが、懸念ではある」


「うん。わたしはだいじょうぶだから、けねんはないね」


「それは俺が判断することなんだがな。敵集団の戦力はバトルポッドだ。GSならば棒立ちになってわざと攻撃を浴びるような真似をしなければ、そう簡単には壊されん」


「りょーかい。わたしのじーえすは? すけあくろう?」


「ああ。あまり時間はないが武装はお前の好きに選べ。敵の構成を考えれば、通じない代物はない。繰り返しになるがシミュレーター通りの動きが出来れば、お前が負ける理由はない」


「だいどう、わたしのまけないりゆうばっかりしゃべってる。わたしを、あんしん、させようとしてる? きづかいやさん?」


「事実を羅列しただけだ」


 果たしてアイリスの指摘は的を射ていたのかどうか。アイリスの人間観察力では、ダイドウの仏頂面からはなにも読み取れそうになかった。

 通常の船舶が出入りする港湾部とは別に用意された秘匿ドックに二人は辿り着き、スタッフとサポートメカが動き回って、出撃の用意を終えていた。後は機体を動かす為のパイロット兼生体デバイスであるアイリスが乗り込むだけだ。


 ガンルームでパイロットスーツに着替えたアイリスは、ハンガーに直立した姿勢で固定されているスケアクロウを見上げた。深い海を思わせるカラーリングの機体には、赤いリボンで束ねられたアイリスの花のエンブレムが施されている。

 無重力状態の格納庫で車いすを止め、ぐっと腕の力でシートから飛び立つ。可動式のクレーンに乗って、コックピット前に待機していたメカニックの女性に手を掴んでもらい、身体を止めてもらう。


「ありがとう」


「どういたしまして。シミュレーターでの記録を元に、アイリスさん用のセッティングは済ませてあります。出撃まであまり時間はありませんが、チェックをお願いします」


 そばかすのあるメカニックの言葉に頷き返して、心配の光が揺らいでいるとび色の瞳をじっと見つめてから、アイリスは既に開かれたコックピットハッチの奥へと身体を滑り込ませる。


「なるべくきずをつけずにかえってくるね」


 スケアクロウの首元にあるコックピットから、クレーンごと離れて行くメカニックに伝えると、メカニックはにっかりと笑い、サムズアップした。


「必ず生きて帰ってきてくださいね。機体は壊れても修理すればいいんですから」


 ハッチを閉めて、気のいいメカニックの姿が見えなくなってから、アイリスは独り言を漏らす。


「だいどうもあのひともいいひとがおおいね。ぱーつのわたしにきをつかいすぎだなぁ」


 パイロットスーツとシートが接続され、ヘルメットを通じてアイリスの脳波を検知し、機体が目を醒ます。アイドリング状態からアイリスと言う頭脳、あるいは意思を迎え入れたことでようやく眠りから覚醒したのだ。

 コックピットのレイアウトやシートの微調整が終わり、アイリスの目の前にホログラフィックモニターが浮かび上がる。コントロールスティックを軽く握り、絶妙な位置にあるのを確認して、アイリスはうんうんと頷く。


『アイリス、聞こえるか?』


 輸送用の哨戒艇に乗り移ったダイドウの顔が、モニターの片隅に表示される。周囲に他のスタッフは居ない様子だ。


「きこえるよ」


『情報の追加とおさらいだ。今回の目標はコロニーガードのパトロールが発見した、武装集団だ。ムスビを出入りする船舶狙いの連中だろう。ダミーの隕石とデブリに身を隠して、航路近くに潜伏している』


「それじゃあ、まだなにもしていないんだ」


『ああ。だがいつ被害が出てもおかしくない状況だ。幸い、連中は自分達が獲物を罠に仕掛ける側だと思い込んでいる。まさか自分達が獲物の側になるとは思っていない。今なら被害が出る前に、効果的に排除できる』


「りょうかい。てきしゅうだんのはいじょがにんむ」


『そうだ。それと機体のペットネームはどうする? 機体を乗り換えても名称はそのままにする傭兵は少なくない。自分と機体の名前を売り込んで、少しでも仕事を増やす為にな』


「そっか。わたしもようへいがいしゃのびひんだから、めだったほうがいいんだよね。うーん、うーん。ああ、そうだ、わたしのなまえとおなじなまえのかみさまのはなし、ほんでよんだよ。いーりすっていうの」


『イーリス……ギリシャ神話の虹の女神か。イーリスを象徴する聖なる花もアヤメ、アイリスだったな。お前の愛機として相応しい名前だ。ではイーリスとして登録しておく』


 GS──ギガントシルエットとは巨人の幻影、巨神の輪郭とも言われている。はるか古に語られた女神の名を冠するのに、相応しい存在だったかもしれない。

 ならばそれを動かす意識となるアイリスは、巨神に捧げられた供物か、はたまた神託を受ける巫女の役割か。


「うん。よろしくおねがいします」


『ふっ、武器は用意してあるものの中から、好きに使え』


「うん。いーりすにばっちりのふぁっしょんをきめるよ」


『どこからそんな例え方を学習したんだ……』


 戦場に赴く直前のセリフではなく、オフの日に市街に出かける際の言葉だったら、どれだけ良かったろう。

 ダイドウはこれまで接してきた強化人間あるいは生体デバイスと呼ばれた者達と比べ、いきなり個性的なアイリスに対して、未だに戸惑う事が多かった。

 そんなダイドウの心中をこれっぽっちも知らないアイリスは、ヘルメットのバイザーに投影された武装リストをチェックする作業に入っていた。自分とイーリスの初めての実戦だ。チェックにも熱が入るというもの。


「きちんとしごとをして、だいどうにいいかいものをしたって、おもってもらわないとね」


 半身と呼ぶべき相棒に話しかけるように口にして、うきうきとした調子で武装リストに目を滑らせて行く。

 ダリアも使っていたギンカ重工製の80mmマシンガン、バドアームズ社のリニアライフルやレールガン、ソリッド・テクノロジー社のビームライフルやプラズマガトリングガン等々、まさにより取り見取りだ。


「よし、これにきめた」


 武装リストの中からソリッド・テクノロジー社の長方形の銃身が特徴的なビームライフル『ブルースター』を右手に、左手にはギンカ重工の白いアサルトライフル『ミゾレ』を選び、握らせる。

 バックパックのサブアームにはビームライフルのバッテリーパックとアサルトライフルのマガジンを握らせておく。

 右肩は空けて、左肩にバドアームズ社製のターレットに乗った、短銃身小口径のガトリングガン『BA-GG-ST203』を選択。


 格納庫の武装ラックが稼働し、アイリスの選択した武装がロボットアームに掴まれて、自動でイーリスへと装備されてゆく。今回の敵集団の戦力を考えればこれで十分な武装だ。


「だいどう、じゅんびできたよ」


『分かった。そのままシャトルに乗り込め。連中の隠れているポイントまで輸送する』


 ダイドウが用意したのは、星系外でも広く普及している全長五十メートルほどの哨戒艇だ。

 細長い竜骨の先頭にキャビンとブリッジがあり、デブリ破壊用のミサイルランチャーとレーザー砲塔を備えている。船体後方に推進器が配置され、船体中央左右に貨物用のコンテナを抱え込む。

 それぞれのコンテナに寝かせる形で一機ずつ、最大二機のGSを搭載できる。簡易な整備と補給が可能で、使い勝手の良さから相当数が生産されている。

 左舷側のコンテナにイーリスを収納し、ダイドウが艦長やオペレーター、ドライバーなど諸々を兼任するサーディーン級哨戒艇『ウルメ』は、目標のポイントを目指してコロニー・ムスビを出発した。

旧式で安価でそこそこ性能が保証されており、パーツの入手も容易なことから、ダイドウはスケアクロウを手駒の強化人間に支給しています。

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