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インターミッション:案山子

 ベッドテーブルの上に、ようやく経口摂取が出来るまで回復したアイリスの為の病院食が用意されていた。プラスチック製のトレイの上には、パンダの形をしたメロン味のゼリー、犬や猫などの動物型クッキー、赤いトマト風味のスープ、ボトルに入った水。

 どれもアイリスの体調を考慮して歯ごたえや栄養面を調整された、合成食品だ。GSを動かす生体パーツに味覚や嗅覚は不要と閉ざされてしまっているから、どれを食べてもなにも感じないだろう。


 それでも、アイリスの回復力は強化人間の中でもかなり高い部類に入る。ひょっとしたら、匂いや味を感じられるかもしれない。

 ダイドウはその“もしも”を重要視して、あえて味と香りのある合成食品を毎回、手間を掛けて用意していた。

 アイリスのベッドの傍らに腰かけたダイドウが、スプーンでパンダの左耳の辺りを掬った。欠けた顔になったメロン味のパンダを見て、アイリスはほんの少しだけ眉を寄せた。


「口を開けろ」


 それもダイドウの声かけと突き出されたスプーンとその上で揺れるゼリーの前に、すぐ元通りになった。

 アイリスの口が少しだけ開き、そこへスプーンが差し込まれて、ゼリーが口の中へと滑り落ちる。もにょもにょとアイリスが口を動かし、少し時間を掛けてゼリーを咀嚼する。


「次もゼリーでいいか?」


「うん」


 チョーカーの代替するアイリスの意思に、ダイドウは頷き返して、今度はパンダの残る左の顔を掬い取った。これでパンダの顔は右の半分だけになってしまった。また、アイリスの眉が寄る。ひょっとしたら悲しいのかもしれない。

 たっぷり時間を掛けてアイリスの食事が終わった後、ダイドウがベッドテーブルからトレイを控えていた介護ロボットに預けて、表情を改める。民間軍事会社のオーナー、傭兵部隊の指揮官としての顔だ。

 アイリスもまたダイドウの変化を敏感に察知し、人型機動兵器を動かす為の自分の役割を求めて、じっと耳を傾ける。


「さて、お前もシミュレーターに耐えられる程度には回復した。お前に仕事をしてもらうのもまもなくだ。改めて、俺がお前に任せる仕事について話をしておく」


「うん。わたしはなにをすればいいの? わたしのやくめはなに?」


「俺が指揮を執っている傭兵部隊ガーデンは、惑星エビナスを主に活動の場所としている。エビナスはファーエデン共和国の保有する開拓惑星だが、ザギオン連邦からの侵攻を受けて長らく防衛戦争が続いている」


 ダイドウはトレイの代わりにタブレット端末を取り出して、ベッドテーブルの上に置いて何度か指を滑らせると、惑星エビナスの立体映像が浮かび上がり、ザギオン連邦の支配地域が赤く表示される。


「俺はファーエデンの退役軍人だ。その時の経験と伝手で民間軍事会社を興した。だが、ザギオンとの間に戦争が起きたのをきっかけに、ファーエデンに肩入れする形で傭兵稼業を続けている。お前にはザギオン相手の依頼をこなし、ファーエデンが有利になるよう戦ってもらう」


「わかった。<ざぎおん>がてきで、<ふぁーえでん>とだいどうがみかた」


「そうなる。それとこれも大事な話だ。傭兵としてのお前への報酬だが、基本給の他、任務内容によって危険手当を始めとしたこれらの手当てをつける」


 ダイドウの操作に応じて、立体映像が切り替わり、アイリスに支給される給料や各種手当、労働条件などの項目が投影される。一度に表示された数字と文字の羅列に、アイリスは目の回る思いだったが、顔には出ていない。


「かなり細かいが、時間のある時によく読んでおくんだ。お前の未来に関わる大事な情報が記されている。分からないことについては俺に聞け。分かるまで教える」


「だいどう」


「なんだ?」


「わたしをへいしあつかい、してる? わたし、ぱーつだよ?」


 生体強化手術で弄り回された脳でも、自分が生きたパーツであることだけは、しっかりと認識していた。だからこそパーツに報酬を支払うダイドウが不思議でならないのだ。

 パーツを相手にするのならば、精々、動作不良を起こさないようにメンテナンスを欠かさないよう心掛けるだけで十分だろう。アイリスはダイドウに対して、扱いが手厚すぎると拙い語彙でなんとか訴えようとしているのだ。


「だが、俺の指揮する部下でもある。どう扱うかは俺の好きと勝手だ。それにお前はお前自身を買い戻すことで、人間に戻れる。それを頭の片隅に入れておけ」


 まるで旧時代の奴隷制度の如くだが、宇宙に版図を広げても形を変えて似たような制度は存在しているのだ。


「よく、わからない」


「そうか。いつか、分かる時が来る」


 それだけ告げると、ダイドウはタブレットを置いて立ち上がり、そのまま病室を後にした。


(ダリアとライラックの時は、ただ黙って俺の話に耳を傾けるだけだったが、やはりアイリスはこれまでの強化人間よりも人間の部分を残している。それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からないか)


 どうであれ、故郷が侵略の火に呑まれないようにする為に、アイリスを使うのに変わりはない。ダイドウはより厳しい顔つきになって、廊下を進んでいった。



 アイリスの居た施設は、ダイドウの経営する民間軍事会社アメツチ・ミリタリー・サービス──A.M.S.の保有する療養施設だった。

 アイリス以前の強化人間達もこの施設で解凍された後、実戦に出る前の準備期間を過ごしてきた場所だった。

 場所としては惑星エビナスの近宙域に存在する、宇宙に浮かぶ巨大なシリンダー、スペースコロニーの中にあり、どうやらアイリスは今、宇宙に居るらしかった。


 ある日、病院着からパイロットスーツに着替えさせられたアイリスは、車いすに乗せられて、ダイドウに先導されるまま施設の地下へと向かい、シミュレータールームを訪れた。

 広い室内は、管制室と巨大な卵型のシミュレーターポッドが置かれた部屋とに分かれている。三メートル近い金属製の白い卵は七基が等間隔に置かれており、殻が開いている物は未使用らしく、どれもがそうだった。


「本来、このポッドは実戦と同じ負荷をかけられるが、今のお前にはまだ早い。まずは機体の動かし方から憶えておけ。シミュレーターは好きなものを使って構わない」


「うん」


 アイリスは近くにあったシミュレーターポッドに車いすを進め、覚醒直後よりはだいぶ体重が増えたものの、一般的にはまだか細い身体をパイロットシートへと移す。

 肉付きは薄いが細胞単位で強化された肉体は、自分の体重を簡単に支えられた。

 後ろに倒していたヘルメットを被り、バイザーを降ろしてシミュレーターを手際よく起動させてゆく。冷凍睡眠で保管される以前から、脳に刷り込まれていた情報のお陰だ。


 前面に半球形のホログラフィックモニターが浮かび上がり、シートがアイリスの体格に合わせてミリ単位で稼働して、コントロールスティックやコンソールの位置も自動で調整される。

 パイロットに最適な配置へと調整が終わり、パイロットスーツのプロテクター部分とシートが接続されて、アイリスの身体が固定される。

 管制室に移ったダイドウから通信が入り、正面ホロモニターに表示される。


『まずは機体を動かすところから始めるぞ。必要な知識は既にお前の脳に刷り込まれているが、その差異を確かめることに気を配れ』


「らじゃー」


 抑揚のないアイリスの返事に、ダイドウは小さく頷き返して、手元のコンソールを操作する。アイリスの搭乗するGSが決定され、その外観やスペックがアイリス側のモニターに表示された。


『GSスケアクロウ。ストームマウンテン社製の旧式だが癖のない扱いやすい機体だ。お前に支給するのもしばらくはこの機体になる』


 ダリアとライラックと同じ機体だ。スケアクロウをベースに、パイロットの適性や役割に合わせて武装を変えるのが、傭兵部隊ガーデンの流儀であるらしい。

 アイリスがモニターに表示されるスケアクロウの映像を脳波コントロールでぐるぐると回転させん、全方位から眺めている間に、モニターに映る光景が、青く晴れ渡った空となだらかに続く平原と変わる。

 これからアイリスの主な仕事場となる、惑星エビナスのどこかの風景なのだろう。


『なにはともあれ動かすところからだ。これも仕事の内だ。まずはやってみろ』


「うん。がんばるよ」


 アイリスの返事の直後にテスト開始の文字がモニターに表示されて、コントロールが全面的にアイリスに委ねられる。

 大地に立った状態でシミュレーターはスタートし、スケアクロウが一歩を踏み出した。それに合わせてモニターの風景が上下し、速度計の表示が変化する。


 すぐに二歩、三歩とスケアクロウの足が動き始め、よどみない歩行から旋回、正面を向いたままの後退、あるいは前後左右への跳躍と様々動きを試し出す。

 実際には重力や風の有無、衝撃や振動など諸々の要素があるのだが、今回はそれらを省いた半分以上遊びのような内容だ。アイリスの身体へ負担を加えないことを最優先にした設定である。


「バイタルに異常なし。やや高揚しているようではあるが、GSでも自由に動かせる身体があれば、当然の反応だな」


 管制室のダイドウがモニタリングしているアイリスのバイタルデータに、特段、異常がない事実にまずは安堵していた。異常が生じたら即座にシミュレーターを停止し、精密調査にかけるところだが、今のところ、その心配は無さそうだ。


「ふむ、この数値なら次からは負荷を増やしても問題はないな。実戦を想定した訓練もすぐに行える。案外、良い拾い物だったかもしれん」


 人身売買を嗅ぎつけられたかもしれない、と懇意にしていた闇医者は廃業を決めたが、最後の最後に思いがけない逸品を売りつけていったのかもしれなかった。

 ダリアの代わりに購入した商品の見せる価値に、ダイドウが評価を終始しているとは知らず、当の商品であるダリアは黙々とスケアクロウを動かし続けている。

 一分一秒でも早く、巨神の似姿を自分の手足にする為に。そうすることが、自分の存在価値の証明なのだと訴えるように。


 シミュレーターを起動して一時間ごとに小休憩を挟みながら、合計、三時間のテストを終えたアイリスにこれといって疲労の色はなかった。むしろ頬に赤みがさして健康的になったようにさえ見える。

 GSを動かす為のパーツと化した身体が、本来の役割をシミュレーターでも果たすことが出来て、調子を取り戻しているのか。


「だいどう、わたし、まだできるよ。あいりす、かぜにもまけない、あめにもまけない、がんじょうなぱーつ」


 シミュレーターテストが停止され、モニターが沈黙する中、シートに座ったままアイリスが訴えかけてくるのに、ダイドウは頑として譲らなかった。

 アイリスのバイタルデータはわずかな疲労を示しているが、本人の訴えの通り継続しても問題はない範疇だ。それでも、次の補充が難しい商品を、粗雑に扱うつもりはダイドウにはなかったのである。


『珍しく興奮しているようだが、それを決めるのは俺だ。今日はもう休め。これは命令だ』


 ダイドウが命令と口にした途端、アイリスの頬に差していた赤みは抜け落ちて、病的な白い肌へと戻る。未踏の雪原のように美しいのに、生きようとする力があまりに乏しい白へ。


「めいれい……りょうかい」


 ほどなくしてアイリスはシミュレーターポッドを出て、ダイドウの指示のまま病室へと戻って身体を休める作業へと戻る。それはそれとして時折、奇妙な言い回しをするのはなんなのかと考え、ダイドウは思い当たる節があった。


「幼児向けの教育番組を視聴させたが、その所為か? それとも素でああなのか?」


 不愉快ではないのだが、これまでダイドウの扱ってきた強化人間達とは別ベクトルのアイリスに、ダイドウも正しい扱い方を掴みかねているのだった。

風の子、元気の子とアイリスは訴えましたが、ダイドウに拒絶されてしまいました。

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