インターミッション:ライト・ミラー
「ははは、スケアクロウに目を付けるとは、君は見る目がある」
灰色の髪の青年は、左手にスケアクロウの箱が入った紙製の袋を持って、快活に笑っていた。今時、紙袋を使うのは珍しいが、古めかしいムーン・トイの商品には合っているかもしれない。
場所はムーン・トイの店先である。
青年と向き合うアイリスの膝の上にも、同じ商品を入れた紙袋が置かれている。
あの時、スケアクロウの箱に向けて手を伸ばし、見つめ合う気まずい緊張と空気を作り出した二人は、高齢の店主が商品の補充の為にスケアクロウの箱を抱えてやってきたことで、歴史的な和解を成し遂げていた。
「ふるいけど、いいきたいだからね」
「ふふ、その通りだ。旧式機ではあるが、パイロット次第で現行世代の機体とだって、互角に渡り合えるポテンシャルがある。もっとも、俺達が買ったのはキットだがね」
男が紙袋を掲げて、サングラスの奥の目を柔和に細めた。茶目っ気のある仕草だった。
「このキットの販売元は非常に熱量のあるメーカーでね。モデルになった機体の取材を何度断られても諦めずに行うほどで、異常なまでの再現性と精緻な造りは星系を超えた評価を受けている」
普段、キットについて語る機会が少ないのか、青年の口は随分と饒舌だ。ダイドウもアイリスも口を挟む隙を見つけられず、男の熱弁は続いている。
アイリスは口を挟まないダイドウを見て、ひょっとして同じか、近い趣味があるのかな、といぶかしんでいたかもしれない。ダイドウからすればとんだ濡れ衣である。
「もう随分と前からメーカーの販売している商品データを、自前か店舗のプリンターで精製するのが当たり前なんだが、ここのメーカーはあくまで組み立ては購入者が自分の手で行うべきという考えを変えずにいる。面倒くさがる人間が大半だが、私を含めて自分の手の中でキットが形になるのを楽しむ趣味人が、この銀河にはまだまだいるのさ」
「おにいさんのようなひとにとって、あのおみせはたからじま?」
「ああ、そうさ。特にファーエデン星系は流通網が不安定になって久しいから、通信販売で取り寄せても、商品が届くまで随分と時間がかかる。配達中に行方不明になる可能性も馬鹿にならない。私のような組み立て派には厳しい場所でね。ムーン・トイは重宝しているよ」
青年は実に気分がよさそうだ。普段、自分の趣味を語る機会が少ないか、語っても理解してくれる相手がいないのだろう。ただ、それを気にするような繊細さはなさそうに見える。
「スケアクロウのキットが本当に残り一つだったら、断腸の思いでお嬢さんに譲るつもりでいたが、店長の補充が間に合ったおかげでお互いにキットを手に入れられた。まさに最高の結末というものさ」
鼻歌でも歌い出しそうな青年を、アイリスはじっと見ていた。たまたま知り合った赤の他人を見ているにしては、多少、力の籠った視線と言えるだろう。意思や熱量ではない。
「私の方ばかり一方的に話してすまないな。私はライト・ミラー。しがない傭兵をしている。まさかおもちゃ屋で、傭兵部隊ガーデンのメンバーとその指揮官に会えるとは思っていなかったよ。お会いできて光栄だ」
口もの笑みはそのままに、サングラスの奥の瞳を細めて告げるライトに、ダイドウもアイリスも表情を変えなかった。
微塵も動揺した素振りの無い二人に、ライトは落胆した表情を浮かべる。悪戯の失敗した子供のような表情だと、ダイドウはため息を飲み込みながら思う。
「同業だと分かっていた反応だな。驚く表情が見たかったんだが」
正直に胸の内を吐露するライトに、ダイドウはわずかに呆れの色を浮かべ、眉間の皺を深くしながら口を開く。
「本当に同業だと悟られたくないのなら、もっと佇まいを崩しておくものだ。悪いが今日は現地調査とこいつの休暇を兼ねている。買い物が終わったなら、これ以上、関わらないでもらおう」
「ふ、手厳しいことだが、そうだな。これまで共闘したこともない間柄だ。馴れ馴れしくするのも筋違いと言える。ここは素直に退散するとしよう。次に会う時は味方であることを祈るよ。そちらの強化人間のお嬢さんは、並みのパイロットではなさそうだからね」
傭兵部隊ガーデンに所属するパイロットが、すべからく旧世代の強化人間であることは、傭兵界隈ではそれなりに知られた話だ。ライトが知っていても不思議ではないが、彼の言葉には実際に強化人間の手強さを知る実感が籠っている。
それも当然の話ではある。なにしろライト・ミラーと名乗った青年は、かつてザギオン連邦の新型機のパイロットとして、アイリスの先達であるダリアを撃墜した張本人なのだから。
さっさとアイリス達に背を向けて遠ざかって行くライトの正体を知ったなら、ダイドウは敵討ちとばかりに懐に忍ばせた銃を抜いただろうか?
あるいはこの場で騒動を起こすデメリットを鑑み、鉄の理性で激情を抑え込んだか。いや、そもそも替えの効く生体デバイスに、そこまでの情を寄せていない可能性もあるが……
「だいどう、あのひと、つよいよ。わたしがきょうかにんげんだってしったうえで、じぶんのほうがつよいってかくしんしている」
「そうか。ライト・ミラー……偽名にしても聞いた覚えのない傭兵の名前だな。この場限りの偽名かもしれないが、後で調べておく」
ダイドウとしてもこちらをガーデンのオーナーとパイロットと知った上で、楽しんでいた様子のライトには、一定の警戒と評価を下していた。
「俺の経験からしても、ああいう態度を自然と取れる相手は、厄介な手合いの場合が多い。本当に傭兵であるのなら今日は味方でも明日は敵になる。調べる価値はある」
「うん。でも、しょうたいをつげずにわかれてから、じつはおなじよーへーだってきづいてたって、やりとりをだいどうとしたかった」
「……そういうものか?」
「そうだよ。そのほうがかっこういいから」
「お前は時々、不可解な言動をするな。どこでそんな考えを学んだ? それともお前の生来の性格なのか、俺にもツララにも分からん」
「こせいはだいじ。いえーい」
アイリスは膝の上の紙袋を左手で抱えながら、相変わらずの無表情のまま、右手でVサインを作った。その姿を見せつけられて、ダイドウはますますアイリスを理解できるのか、自信を失うのだった。
*
アイリスとダイドウの記憶にその存在を刻んだライト・ミラーことラウス・ライウンは、ルナアークの港湾ドックに停泊している、旧式の巡洋艦へと帰還した。
人類の勢力圏内で広く普及している、イフリート級巡洋艦ファイアフラワー。全長五百五十メートルに達する、この赤黒い艦が傭兵ライト・ミラーの拠点なのだった。
久しぶりの休暇を満喫したラウスは、スケアクロウのキット入り紙袋を私室に置くと、そのまま格納庫へと足を運ぶ。
すれ違うクルー達と気さくに挨拶を交わし、ほどなくして格納庫に到着すると、かつてダリアとライラックと一戦交えた赤いGSフルゴルが、直立した状態でメンテンナンスベッドに固定されていた。
背中の巨大なバックパックが外されて、機体の各所に灰色の増加装甲を装着している。
一見してフルゴルとは分からないように、偽装を施しているようだ。その影響で元から平均的なGSよりも大きかった機体が、更に逞しく、重厚なものへと変わっている。
ラウスの目的は愛機ではなく、そのコックピットに入り込んでなにやら調整作業をしている二人の人物だった。
青い髪を長く伸ばした二十代中ごろの黒いフライトジャケットと白いズボンスタイルの女性が、開かれたコックピットの中を覗き込んでいる。
港湾ドックの内部は整備や搬入のしやすさを優先して無重力化しているから、ラウスは軽く格納庫の壁を蹴り、細かく手足を動かして重心移動を行い、女性の下へとたどり着く。
女性がラウスに気付いて振り返る。鋭い目つきに肉付きは薄いが美しく整った唇に、すっと通った鼻筋の組み合わせは、そうお目にかかれない美しさだ。
ラウス同様、傭兵と身分を偽った軍人であり、白黒の衣服の下に隠した肉体は徹底的な栄養管理の下、厳しく鍛え抜かれている。
ラウスの接近に気付いた女性が手を差し出し、その手を握ったラウスの体をハッチへと引き寄せる。女性はいかにも切れ者といった印象に相応しい、怜悧な声で問いかけた。
「お帰りなさい、ライウン少佐。休暇は満喫できたご様子ですね。それなら次の傭兵稼業にも全力で当たれることでしょう」
「ただいま、テシカ。それと今の俺はラウス・ライウンではなく、ライト・ミラーだ。しがない傭兵に過ぎないよ。休暇の方は良い出会いがあってね。いい気分転換になったよ」
ラウスがライトと名乗っているように、テシカと言う偽名を使っている女性は、失礼しました、と短く謝意を述べた。ラウスに気にした素振りはない。
「それでフルゴルの調子はどうだい? 俺が万全でもフルゴルの機嫌が悪いようなら、ミッションを見送るか別の機体で出撃しなきゃならん。そこのところはどうだ?」
「私の見る限り問題はないかと。ですがここはやはり生みの親の意見を伺いましょう。博士?」
ラウスとテシカが揃ってコックピットの中を覗き込み、博士と呼ばれた男に視線を向ける。しなやかに長く伸びた手足と濃い褐色の肌の男だった。短く刈った黒髪を後ろだけ、ワイヤーのように何本も束ねて垂らし、全身はハイブランドのスーツで固めている。
薄紫のスーツに黒のシャツ、黄色のネクタイと、傭兵にも軍人にも見えない出で立ちだが、スーツは衣服型情報端末としての機能を持ち、青い瞳にかけているグリーンの眼鏡も同じくだ。
「偽装ユニットへの換装、ソフトウェアの調整、重力制御ユニットとジェネレーターの安定化……どれも問題はありません。今日のフルゴルはとてもご機嫌ですよ。ライト・ミラー」
男の名はサイト・イサイ。
フルゴルの開発者であり、ザギオン連邦でも指折りの技術者でもあり、ラウス達、偽装傭兵部隊『ブロッケン』の責任者の立場にある。
ザギオン連の掲げる、積極的な武力行使による人類の統一思想に対しても、明確な賛同を示さず自分の才能を発揮する場と機会を優先するなど、かなりの曲者として国内では異端視されている人物だ。
「博士の言葉なら信用が置ける。宇宙空間での実戦テストにも心置きなく出られるというものだ」
ラウスはにんまりと笑った。おもちゃを買い与えられた子供のようでもあり、戦いを前に浮き立つ戦士のようでもあった。目下、ラウスにとってフルゴルはとびきりじゃじゃ馬で、とびきり最高のおもちゃなのは事実だった。
サイトはフルゴルのコンソールと手元のタブレットをコードで繋いで、目まぐるしくスクロールされる情報に目を通しながら、機嫌よく答える。
「ええ、思う存分、フルゴルを振り回しておあげなさい。君が全力で機体を振り回せば、それがフルゴルの糧となり、そしてまた君の糧となる。素晴らしい循環です。君とフルゴルに墜とされる方達には気の毒ですが、ね」
ラウスとフルゴルへの絶対的な自信を滲ませるサイトを尻目に、テシカがフルゴルの偽装を施された顔を見上げながら口を開く。
「それにしたってフルゴルのテストを本国はおろかザギオンの勢力圏内でもなく、こんな前線で行わせるなんて。フルゴルの性能は次期エース用のハイエンドモデルとして、充分なものの筈です」
「ンフフ、そこは私の人徳の無さですよ、テシカ。開発環境さえ整えられれば、それ以上のことを面倒くさがる私の悪い癖。それにエース向けの少数量産機とするにしても、フルゴルは色々と盛り込みましたし、扱いづらい機体ですよ。生産体制を整えるのに時間もかかるでしょうし、候補から外れるのも仕方のないことです」
「博士が悔しがっていないのは分かりますが、本音はそれだけではないでしょう?」
サイトの心の奥底を見通そうとするテシカの鋭い眼差しを受けて、サイトはくっくっと喉の奥で笑いながら答える。子供が本質を突いて、それを面白がる親のような笑い方だった。
「そりゃあ、フルゴルの完成が私の目的であって、軍に正式に採用されるなんてのは、目的ではないからですよ。予算と環境を整える為にそれなりに成果物を提供はしますが、それだけの話です」
「博士は軍隊という組織によく入れましたね」
サイトは笑みをそのまま、テシカを手のかかる生徒を見る教師のような眼差しで見つめる。今度は親の気分から教師の気分に変わったらしい。
「ええ。でもまあ、こういう性格なので前線に送り込まれているわけです。そういう意味ではテシカ、君もそれなりに変わり者扱いされていると自覚がおあり? なにしろその前線に送り込まれた私と、面と向かい合っているのですから」
サイトがここでラウスの名前を出さなかったのは、彼に自覚があるからだ。サイトを変人呼ばわりすれば、同じ場所に居る自分も変人だと指摘されて、テシカは押し黙った。
サイトにしろラウスにしろ、自分の主義主張を優先して、軍内の規律を無視する問題児なのだが、テシカにも何かしらの問題があるらしい。
「こほん。私としましてはフルゴルのテストにかこつけて、傭兵に身を費やすのはリスキーな行為だと以前から申し上げていましたが、一応、ザギオンの不利益にならない依頼をいくつか見繕っておきました。後ほど、ブリーフィングで確認をお願いします。ライト……さん?」
「まあ、それで通すとしよう。しかし、俺の傭兵デビューか。新鮮な気持ちになるな。不謹慎かもしれないが、俺はワクワクしているよ。そうそう、博士。ワクワクすると言えば、ガーデンの新メンバーと遭遇したぞ」
「おや」
サイトは楽しそうに目を丸くし、テシカは目線をラウスへ向けて、眦を険しくする。
これまでザギオンに鬱陶しい出血を強いてきた、目障りな障害物。それがファーエデン星系で戦うザギオン軍人の大まかな認識だ。
強敵との遭遇を喜ぶ素振りを隠さないラウスの方が、異端に違いない。
サイトもまた万全ではなかったとはいえ、フルゴルと渡り合ったガーデンのパイロット達のことを記憶しており、再び有用なデータが得られると喜色を滲ませている。
「元ファーエデン軍人のオーナー、ダイドウ・アメツチと強化人間の少女がルナアークの市街に居たのさ。現地調査と休暇を兼ねてのことだったらしい。お互いの素性は察していたが、流石に市街でやり合うわけにいかんからな。傭兵として挨拶だけをして、帰ってきたわけさ」
「ガーデンのオーナーとなれば、懸賞金の懸かった相手ですよ。せめて尾行くらいは」
言い募るテシカを正面から見返し、ラウスは冷静に言い聞かせる。
「尾行もなにもA.M.S.のルナアーク支社の所在地なら、公表されているだろう。それにフルゴルのテストが俺達の任務であって、ガーデンの殲滅やダイドウの抹殺はまた話が別さ。それをしたらルナアークの連中に目を付けられて、潜入する為にした色々な苦労がパアになるだろう?」
「ガーデンのパイロットは、旧式の強化人間とはいえ、手術を受けていないパイロットからすれば脅威なんですよ。多少、無茶をしても排除する価値はあると思いますが」
なお食いつてくるテシカに、ラウスは悪戯小僧めいた笑みを浮かべて答えた。
「ふふ、一理はあるが、そう熱くなるな。相変わらず頭に血が上りやすいな。それにダイドウの連れていたパイロットは新顔だろう。私がエビナスで戦ったパイロットとは違う」
「なぜ分かるんです?」
「以前からガーデンに居たパイロットなら、今更、ルナアークの現地調査など必要ないさ。それだけではないが、根拠の大部分は私の勘だ。機体越しに感じた気迫や殺意、闘志が別人だった」
笑みを消して真面目な表情で告げるラウスに、テシカはわずかな疑心を含む視線を向けていたが、サイトは大いに頷いてみせて、テシカとは逆に全幅の信頼を寄せているようだった。
「君の洞察力がそう判断したのなら、まず間違いはありませんね。ダイドウ氏の手駒である強化人間は質が良い。良い育成法をお持ちなのでしょう。これはまた強力な敵と相まみえる機会が増えますね。ンフフ、それでこそ逸れ者扱いを受け入れた回があるというものです」
「きっとエビナスで戦った時よりも、手強い敵だよ。あの小さなお嬢さんは」
笑い合うラウスとサイトの姿に、テシカは頭を抱えるばかりだった。
ラウスの再登場まで結構間が空いてしまいました。傭兵としてはザギオン寄りの立場を取っているわけですが、どんな汚れ仕事をしているのか。




