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ミッション:ルナアーク市街調査

今日から一日一投稿になります。ストックが……

 着せ替えの終わったアイリスは、A.M.S.ルナアーク支社のエントランスに移動した。

 アイリス達の到着に合わせて臨時休業となったルナアーク支社に、来客の姿はない。一部の従業員と清掃と警備用のロボットがいるきりだ。

 エレベーターを降りて車椅子を停止させたアイリスの前に、廊下の向こうからダイドウが姿を見せた。アイリスは目の前で足を止めたダイドウを仰ぎ見て、率直な感想を小さな唇から発する。


「すーつじゃないんだね」


「ルナアークの現地調査ではあるが、同時にお前の休みでもあるからな」


 仕事の為の現地調査とツララ達に言い包められたアイリスとしては、異論を唱えたくなるダイドウの発言ではあったが、半分は休みであるというのなら、ダイドウがスーツ姿でないのも、納得がゆく。

 今のダイドウは灰色のスーツ姿ではなく、モスグリーンのパンツに藍色のフーデッドコート、白地に青い縦ストライプのシャツ姿だった。

 服を着ていても分かる鍛え抜いた肉体と厳格な雰囲気ばかりは変わらないが、格好だけを見ればPMCの社長とは誰にも分からないだろう。


「しごとはんぶん、おやすみはんぶん?」


「ああ。肩の力を半分ほど抜いておけ」


「らじゃー」


 ダイドウの気のせいかもしれないが、アイリスの合成音声は普段よりも気の抜けたもののように聞こえていた。


「今日はルナアークの市街で戦場になる可能性が高い場所を見て回る。これまで機動兵器を用いるような事件は、ルナアークの市内では起きてはいないが、油断はするな」


「うん。ぬかりなし」


 アイリスは膝の上に乗せているバックを軽く叩いた。淡いピンク色の小さなバックの中には、護身用の小型レーザーガンの他に、小指ほどの大きさの手榴弾、単分子カッターまで物騒な品が満載だった。

 ダイドウもダイドウでフーデッドコートの内側に銃器や伸縮式のスタンガンなどを、こういった稼業の嗜みとして忍ばせていた。

 そうして服の内側に物騒な品を携帯する二人は、ルナアークの市街へと出発していった。


 防弾、対光学兵器処置を始め、装甲化の他、内部に軍用電子機器や簡易医療設備を詰め込んだ改造バン車に乗り込み、ルナアーク表層部から下部へと大型エレベーターを使って移動する。

 大型のクレーターを利用して建設されたルナアークは、衛星ダテマにある都市の中でも有数の巨大都市だ。複数の階層から成り立っていて、アイリス達の向かう先は下層に存在する市街だ。


 下層部の天井まで届く高層ビル群とそれらを繋ぐハイウェイ、視界一杯に広がる住宅や店舗、その隙間を縫うように伸びる道路に河川、半自動運転で行き交う通常の車両や飛行車両エアカーの群れ。

 複数の車両や貨物を運ぶ大型エレベーターからバン車を出し、ハイウェイから市街へと降りて行く。ハンドルを握るのはダイドウだ。

 今時は大抵の乗り物はAIが制御してくれているが、かつてウイルスを用いた大規模テロが起きた為に、人間の操縦が優先されるのが仕様だ。これはバトルポッドやGSにも言える話だ。


 わずかな揺れもない車内で、アイリスはマジックミラー越しに、市街へと視線を向けていた。無垢とも言える赤い瞳には、平穏の中にあるルナアークの市街がどう映っているのだろう。

 無数に浮かび上がる立体映像の広告の中で、人気モデルの周囲を舞っていた花びらが不意に光の粒子に変わると、モデルに煙のように纏わりつき始める。

 なんのコマーシャルなのかと、アイリスは不思議に思ってみていたが、どうやら香水メーカーの新商品だったらしい。


「こーすいかあ」


 分かるような分からないようなコマーシャルの演出に対するアイリスの呟きは、ダイドウの耳には拾われなかったようで、ダイドウの口から出てきたのは衛星都市の状況だった。


「ルナアークに限らずザギオンとの戦争が始まってから、各衛星都市間、そしてエビナスとの物流は滞る頻度が増えている。その影響により最悪の場合に備えて、それぞれの都市だけで自己完結できるように環境整備が進められている。今は平和に見えるが、戦争の影響はルナアークにも確実に及んでいる」


「たべものとさんそとえねるぎーのじきゅーじそくだね」


「そうだ。エビナスのような惑星と違って、ダテマのような衛星は酸素を作らなければならないからな。ありのままの環境で、人類が生きられる環境ではない。だからこそ各都市を孤立させた後、内部から掌握する為にテロリストを装ったザギオンの連中が、事を起こす可能性を捨てきれん」


「としのけいびのひとたちだけだと、てがたりなそう」


「ああ、俺達のような傭兵が仕事に困らないわけだ。都市の制圧が目的なら浄水施設や大気循環施設、発電施設あたりか。都市に混乱を巻き起こすのなら、加えて病院や教育機関、娯楽施設など人が多く集まる場所が候補になるだろう」


 テロリストの側になって思考するダイドウに、アイリスもうんうんと小さく細い首を縦に動かして、同意を示す。会話の内容は物騒なものだが、二人からすればこれこそ日常の会話だった。

 バン車は市街へと降り立ち、道路の左右を多くの人々が行き交っている。様々な世代の人々が戦時下とはいえ平和な日常を思わせる和やかな雰囲気で、それぞれの人生を歩んでいる。

 アイリスとダイドウのような自分と敵の命を奪い合うような、そんな人生とはまるで別の破壊と殺戮とは縁遠い日常だ。


「あそこに見える大型のビル群がルナアークで最大のショッピングモールだ。さっきも言ったが戦時下の影響で物流が滞っているから、通信販売よりも市内の店舗で買い物をするケースが増えている。その分、テロの標的にもなりやすくなってしまった」


「しないにじーえすをもちこむのは、むずかしそうだね」


「軍用兵器であるGSは難しいが、バトルポッドや違法改造した重機なら十分にあり得る。それに爆発物やBC兵器の類を使えば、機動兵器を持ち込む必要はない」


 もちろん民間人を対象とした大量破壊兵器の使用やバイオ、ケミカル兵器の人類間の使用は、厳しく咎められる禁忌の所業である。


「ざぎおんのひとたちは、そこまでひどいことをするの? たくさん、ひはんされて、じぶんたちがこまったことになりそう」


「アイリスの指摘の通りだ。だがテロリストの仕業だとシラを切る可能性は十分にある。それに広げ過ぎた戦線の影響で、上層部が前線部隊を掌握しきれていない節がある。現場の暴走などと宣って、やらかす可能性は十分にある。俺はそう踏んでいる」


「ああ、だいどうはそうなるまえに、このせんそうをおわらせたいんだね」


 アイリスの指摘は正鵠を射ていたのか、ダイドウは次の言葉を発するまでに、わずかな間を置いた。情緒を失って見えるアイリスが、他者の内心を読み取った驚きの方が、読み取られた驚きよりも大きかった。


「……ああ、そうだな。誰も故郷が跡形もなく吹き飛ばされるか、知り合いを化学兵器で無惨に殺されたくはない。そして俺は正規の軍人とは違うやり方で、出来る事をしているわけだ」


「わたしも、だいどうのやりかたのいちぶだね」


「そうだな。いつも言っているが、頼りにしている」


「まかせといて」


 バン車はショッピングモールから少し外れた場所にある地下駐車場に停められた。ダイドウのことだから、懇意にしている業者の管理している駐車場なのだろう。そこかしこに設置された監視カメラの数の多さが、暗にそれを証明している。

 車椅子ごとバン車を降りたアイリスは、所有者に次の行動について視線で促した。


「ここからは直に施設を見て回るぞ。お前が戦場でイーリスを降りる事態にはならないだろうが、詳細を把握しておいて損はない」


「うん。みちあんないをおねがいね」


 地下駐車場から地上に上がり、ゴミ一つなく清潔に保たれている道路をショッピングモールを目指して進む。すれ違う人々は車椅子に乗るアイリスに視線を寄せ、次いで精緻な人形のように愛らしく、無機的なアイリスそのものに目を見張る者が多かった。


「わたし、めだっている?」


「今時はサイボーグ手術に培養した生体細胞を使った再生技術もあるからな。仮に大怪我をしたとて、アイリスのようにわざわざ車椅子を使う人間は珍しい。それにお前自身、整った容姿をしている」


「おー、そうじゅうのうでまえいがいもほめられちゃった」


 言葉ほど喜んでいるのか怪しいアイリスに、ダイドウは気分を害した様子はない。強化人間なりに変わり者のアイリスとの付き合いから、アイリスがわずかであれ喜んでいると判断しからである。

 本当に喜んでいるのかどうかは、アイリス自身にすら分からないかもしれない。心と呼べるほどのものが自分にあると、アイリスが認識しているかどうか。


 人々の好奇の視線はすれ違う一瞬だけ。二人は気に留めるでもなくショッピングモールの無数の店舗をゆったりとしたペースで見て回る。

 電子データばかりでなくクラシックな紙の本を取り扱う書店や、最新の機器を取りそろえた家電量販店、可能な限り美味を追及された高級合成食品、ファーエデン共和国内で最新の流行を取り入れた衣服を取り扱うファッションプラザ。

 アイリスがそういった店舗に興味を示すことはなかったが、別のことに注目していた。


「スターオーシャンドリンク。星の海を模した色のドリンクに星々をイメージしたチョコチップやキャンディを散らしたものだ。これがルナアークの流行りだそうだ」


 アイリスはダイドウから手渡されたカップをしげしげと見る。イーリスの装甲を思わせる深い青のドリンクに、金銀の弾けるキャンディが散らばっている。ゼリーに近い粘性の為、キャンディは底へ沈まずに済んでいるようだ。

 キッチンカーで販売されていたドリンクを手に、二人は多くの人々で賑わう広場の一角に居た。天井のモニターには時刻に合わせた青空が映し出され、コントロールされた天気と気温の中、人々は思い思いに時を過ごしている。


「そんなにはやるようなものかな? わたしはあじもにおいもわからないから、かってくれなくてもよかったのに」


「だが目で見て楽しむことは出来るだろう?」


 ダイドウはそれだけ言って、自分のスターオーシャンドリンクに口を付けた。こちらは青、赤、紫のグラデーションが鮮やかな色合いだった。何も知らない人間だったら、口を付けるのに少し勇気のいる色だった。

 一口飲んだダイドウが、特に顔をしかめるでもなく二口目を飲むのを見て、アイリスも自分のスターオーシャンドリンクを飲んだ。


「やっぱりあじはわかんないね。においも、うん、しないや」


 ドリンクが喉を流れて行く感触はある。だがドリンクの甘さも柑橘系の香りも、なにもアイリスには伝わらない。


「でも、みためはきれい。だいどうのいうとおりだね」


 少し量の減ったスターオーシャンドリンクのカップを目線の高さまで持ち上げて、青いドリンクの中に漂う星代わりのキャンディを、アイリスの瞳が映す。


「そうか。綺麗と感じられたのなら、なによりだ」


 ダイドウの口元がわずかに緩んだのも、アイリスはしっかりと見ていた。

 その後もテロの標的になる可能性の高い箇所を、ダイドウの道案内で見て回った。ダイドウは随分と慣れた調子だったが、アイリスよりも前の強化人間達も似たように案内をしてきたのだろう。

 アイリスが案内された場所は確かにテロの標的になってもおかしくないような、人の多い場所であったが、同時にアイリスと近い年齢の少女達が好むチョイスだったが、アイリスはそれに気づかなかった。


 休憩を挟みながら三時間ほど市街を見て回り、現地調査をひとまず終えることとなった。

地下駐車場に戻る途中、個人商店の並ぶ一角を進んでいる時に、ある店にアイリスの視線が吸い寄せられるのを、ダイドウは見逃さなかった。

娘の好みを少しでも知ろうとする不器用な父親のような態度だが、この場にそれを指摘する人間はいなかった。幸か不幸かで言えば、おそらくダイドウにとっては幸であったろう。


「最後にあの店に寄ってゆくか」


「てろのひょーてきにはならなそうだよ?」


「可能性がゼロというわけではないだろう。それにああいう店は意外と馬鹿にしたものでもない」


 そうして二人が足を踏み入れたのは、古くからある街のおもちゃ屋“ムーン・トイ”だった。

 通りに面したショーケースには、完成品のキットやフィギュア、ボードゲームにぬいぐるみと扱っている商品がずらりと並んでいた。

 どれもひと昔、ふた昔は古く、中には半世紀以上昔に販売されたレトロな商品も少なくない。店構えも手入れが行き届き、清潔ではあるが、年季の入ったものだ。


 アイリスの車椅子でも問題なく入れる広さの店内は、ワンフロア丸々を使ったもので、ショーケースで飾られていた商品の通り、最新の流行からは程遠いラインナップが並んでいる。

 そのレトロな商品の中でアイリスが興味を惹かれたのは、GSのプラスチック製組み立てキットだった。メーカーはピンキリだが、古くは戦車や艦艇、戦闘機のおもちゃが人気を誇ったように、バトルポッドやGSのキットが人気を誇っている。


 ムーン・トイでは今では流通量の激減した古いキットが、これでもかと棚に陳列されており、知る人ぞ知る名店なのだった。

 もちろん、アイリスはそんなことを知らない。たまたまショーケースに飾られていた、百分の一サイズのスケアクロウが、アイリスの注意を惹いたのである。


 アイリスは一つだけ残っているスケアクロウの箱へと向けて、最短距離を進んでゆく。

 客入りはそれほどでもなく、店内に人の気配はごく少数だ。

 アイリスのか細い指が、少し目線より高い位置にあるスケアクロウの指が伸びて、反対方向から伸びてきた青年の指に気付いて、お互いに停止する。


「……」


「おっと、君もスケアクロウがお目当てかい?」


 薄紅色のサングラスをかけた高身長の青年が、灰色の髪の下で微笑を浮かべてアイリスを見下ろしている。黒いジャケットにジーンズ姿の屈強な男だ。

 スケアクロウは残り一つ、伸ばされた手は二つ。果たしてお目当ての品を手に入れるのは?

ミッションの体裁で休暇を取る回でした。そして久しぶりに出てきたのは、第二話の彼でございます。

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