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インターミッション:レッカとクリフォード

 アイリスとレッカの守る輸送船団はバーフウらを退けた後、幸いにも新たな宇宙海賊からの襲撃を受ける事はなく、無事に目的地の衛星ダテマへとたどり着くことに成功する。

 周囲にはムスビとアンテーン合同の輸送船団以外にも、大小無数の船舶が姿を見せており、アイリスと同じように護衛の傭兵や私兵の姿もある。

 正確にはダテマにある都市の一つ、ルナアークにある港湾ドックが最終目的地だ。


 ダテマの安全宙域に到達するまで、アイリスは念のためにイーリスで出撃し、船団に同伴していた。ダテマ到着後も、ウルメには戻らず警戒を続けているが、警戒レベルは一段下げている。

 アイリスはコックピットの中で、モニターに投影されるダテマをぼうっと見ていた。いつもと変わらない無表情で、血の気の無い白い顔は精巧な人形のよう。


「まるいね」


 アイリスの瞳に映るダテマは、まろやかな岩の塊だった。地球の衛星である月と瓜二つで、その引力でエビナスの海に潮汐を引き起こし、隕石を吸い寄せてエビナスへの落下を防いでいる。

 太陽の光を反射して白々と輝くダテマには、巨大なクレーターを利用した都市がいくつも建造され、ファーエデン共和国の軍事基地が複数存在している。

 エビナスにとっての月であるダテマでも、宇宙海賊や傭兵などのアウトロー達が跋扈しており、市民生活ばかりが軍の行動にも悪影響を及ぼしていた。


『そうだな。ファーエデンの出身者はダテマを月と呼ぶ場合も多い。地球から遠く離れた場所でも、同じ呼び方をするのは遺伝子に郷愁の念が刻まれているのかもしれん』


「おおー。だいどう、なんだかてつがくてき」


『余計なことを言ったか。忘れろ。エビナスにとっての月であるダテマだが、ザギオンの侵攻が度々行われ、治安の悪化からテロリストや宇宙海賊の類も活動が活発になっている。必然的に、俺達傭兵の仕事も多くなる』


「たくさんがんばる」


『お前を安売りするつもりはない。もう一つか二つ、実績を積む仕事をこなしてからは、こちらが仕事を選ぶ段階に入るだろう。俺の伝手もその頃にはお前の実力を認めざるを得なくなる』


「うん。えいぎょーとこーほーはだいどうにおまかせするから、よろしくね」


『ふっ、役割分担だな。ああ、任せておけ。お前に相応しい仕事と評価を得られるよう働いてみせる』


 所有者に対して馴れ馴れしい上に太々しいアイリスの発言にも、ダイドウが気分を害した様子はない。むしろアイリスの発言を愉快に感じている節がある。

 アイリスが強化人間としては変わり種なのは事実だが、ダイドウもまた強化人間の所有者としては変わり種なのだった。

 アイリス自身、ダイドウに随分と気を遣われていると察しており、自分の所有者は人身売買に向いていないと思っているほどだ。


「わたしにふさわしいおしごと。だいどうのもくてきをはたせるのに、ちかづくおしごと?」


『ああ、そうなる。ファーエデンの領内からザギオンの連中を叩き出し、このくだらない侵略戦争を終わらせる。それが俺の最終目的だ。もちろん、俺達だけで行えるわけもないから、ファーエデンの正規軍をサポートする形で、戦争に関わって行く』


「りょーかい。さいしゅーびじょんはきょうゆうしておかないとね」


『まだ道は遠いがな。ザギオンは手を広げ過ぎた。それが奴らの首を絞めることになる。古今東西、急激な拡大は破滅へと繋がるリスクを孕んでいるものだ』


「ざぎおんのせんせんが、むじんきばっかりになっているのも、そのえいきょうだもんね」


『それだけではないが、アイリスに直接関わってくるところから言えば、そうだな。下手な有人機よりも強力な無人機もあるが、多くは低コスト低性能の粗製乱造品だ。お前なら十倍程度なら問題になるまい』


「じゃんくのやまをきずくよ」


『頼りにしている』


 アイリスを相手にする分には言葉を選ばずに、素直に口にした方がコミュニケーションは上手く行くと、ダイドウは学習していた。

 二人が話をしている間に輸送船団は港湾ドックの管制官との連絡を進めていて、今回の依頼の終了が輸送船団の代表から、ダイドウへと伝えられるのはこのすぐ後のことだった。


「今回は本当にいい経験をさせてもらいました。アイリスさん、戦闘での援護も、その後のこともたくさん助けられたよ。今度、また同じ依頼を受けることがあったら、僕が君を助けられるように腕を磨いておく」


 港湾ドックに係留したウルメを、レッカとクリフォードが訪れていた。そうして車椅子のアイリスへ向けて、レッカは膝を曲げて目線を合わせながら、心からの感謝を口にしていた。

 彼単独で依頼を受けていたなら、ギゲールとバーフウの二人を相手にして生き残れたとしても、輸送船団に大きな被害が出ていたのは間違いない。それをよく理解しているからこその、レッカの感謝だった。


「うん。きたいしておくね。わたしひとりだとたいへんだったから、れっかがいてよかったと、わたしもおもってる」


 傭兵という職業柄、次に会う時も味方だとは限らないが、アイリスはそれを口にはしなかった。したところで水を差すようなものだと、アイリスは判断できるようになっていた。


「君の期待を裏切らないように努力する」


 およそ傭兵稼業には向かない誠実さを見せるレッカと、幼児のようにたどたどしい言葉遣いのアイリスを互いの保護者が少し離れた距離から見守っていた。まだ世俗の荒波になれていない二人と違い、現実的な雑務は苦渋の味を知るこちらの二人が担当だ。


「そちらのお嬢ちゃんとの共闘はレッカにとって、いい刺激になったようで、報酬以外にも収穫がありましたよ」


 ブリーフィングの時よりも肩の力を抜いた様子のクリフォードに、相変わらず鉄面皮のダイドウは首肯して同意を示した。指でつつけば鉄の感触がしそうな面構えだが、今後の傭兵活動の為にも、有望株とはよしみを繋いでおくべきだろう。


「ああ。アイリスにとっても裏の無い相手が初めての共闘相手だったのは、余計なストレスを感じさせずに済んだ。腕は立つが癖が強い奴には事欠かない業種だ。もっとも、腕は二流、人間は三流という輩も珍しくはないのが、厄介なところだがな」


「まあ、ウチのレッカもああなんで、舐めてかかってくる奴に限って、二流三流止まりでしたよ。お嬢ちゃんも見た目からはちょっと想像できない実力ですから、見下してくる馬鹿は多いでしょう」


「アイリスを強化人間だと察せられる奴ばかりなら、余計な絡みもないだろうがな。もっとも敵対者が舐めてかかってくる分には、俺達にとっては利になる」


 アイリスの外見によって過小評価される可能性については、痛しかゆしといったところか。アイリス以前に扱っていた強化人間でも同じような経験をしており、ダイドウとしてはクリフォードの杞憂は織り込み済みだった。


「見た目で判断するなと、分かったつもりになっている奴も、この業界に限らず多いですからね。レッカの奴なんですがね」


 これまでの軽口の調子から、声色と表情を変えるクリフォードにダイドウは視線で続きを促した。


「あいつは元々、傭兵や軍人志望ってわけではなかったんですよ。負傷が原因で傭兵稼業を引退した後、あるコロニーで機動兵器の教官役になりましてね。レッカはそのコロニーの住人でした」


 クリフォードほど名の知られた傭兵ならば、例え戦場に立てなくなったとしても、経験と伝手を見込んで教官として招聘しようと考えてもおかしくはない。

 著名な傭兵が正規軍や民間軍事会社に好待遇で雇われるのは、上出来な上がりとして傭兵達の間では認識されている。クリフォードはその上出来な上がりを迎えたはずだったのだ。


「コロニーが襲撃を受けたか。ザギオンか?」


「ええ。ザギオンと敵対している国家のコロニーでしてね。戦線と近いもんで、自衛力強化の一環として俺が雇われたんですが、その矢先にザギオンの侵入を許しちまいました。コロニーに大きな被害が出て、たまたまレッカがライジングフォースに乗り込み、撃退したんです」


「民間人が偶発的にGSやバトルポッドに乗り込んで実戦を経験する。滅多にあることではないが、稀に耳にする話だな。ほとんどはそのまま運悪く死んでしまうが、レッカは生き残った側だったか。パイロットとしての才能に恵まれていたのだな」


 ダイドウの眉間の皺がほんのわずかに深くなる。ザギオンが敵対勢力ばかりか中立勢力に対しても、強硬な姿勢を取り、武力行使に出るのは今に始まった話ではないが、新たな悲劇を聞かされて何も感じないほど、ダイドウの感性は麻痺していなかった。


「ええ。レッカは生き残る為に止む無くGSに乗ったわけですが、旧式とはいえ民間人が軍用機に乗り込んでしまったわけですから、無罪放免とはいきませんでね。襲撃前から俺の弟子兼助手だったことにして、今に至るわけです」


「彼はさぞや不満だったろうな。今は納得している様子だが、胸の内ではまだ燻っているものがあると思っておいた方がいいぞ」


「思い描いていた未来が御破算になった挙句、望まぬ仕事で命懸けの戦いをしているんです。精神を病んでいないだけ、あいつは立派ですよ。ただ、襲撃を受けた時にあいつの知り合いにも被害で出ていましてね。小さくない怒りと復讐心がレッカの中にあるんです」


 戦闘に巻き込まれた民間人が怒りのままに銃を取り、兵器に乗り込み、戦場に身を投じる──これも人類の生存圏のどこでも聞くような話だ。

 レッカには才能があり、優れた師が居たのが、不幸中の幸いだった。ザギオンの襲撃がきっかけで傭兵にならざるを得なかったのなら、今後、レッカとクリフォードを敵とする可能性は低いだろう。

 自分達の事情を詳らかにしたクリフォードは、今度はそちらの番だと言わんばかりに話の矛先を向けてきた。


「そちらのお嬢ちゃん、アイリスはどうです? 旧式の強化手術は精神に大きな悪影響を与えるのが相場でしょう。俺も何人かは知っていますが、感情や記憶を失っているか、不安定になっている奴らがほとんどでした。得たものより失ったものが多い。個人的にはそう思わずにはいられません」


「お前の思う通りだ。アイリスは多少、個性を感じさせるが手術前の記憶は持ち合わせていない。自らを人間とも認識していない。俺の命令に従って、依頼をこなすだけの存在だと、自己を定義している。レッカが知れば顔を歪めるような話だな」


 お互いに知ってしまえば戦いにくくなる事情を伝えあい、結果としてクリフォードの口元が苦笑を形作った。

 風の噂で伝え聞いた通りとはいえ、レッカがアイリスの事情を知れば、もし敵対したとしてもトリガーを引く指に躊躇が生まれるだろう。

 だがアイリスはどうだろうか? ダイドウの命令さえあれば、アイリスは躊躇も感傷も抱かないに違いない。もし二人が戦えば技量で劣っているだけでなく、精神面でもレッカがあまりに不利だ。


「ええ。折を見て伝えはしますが、しばらくは俺の胸の内に仕舞っておきます。少しはマネージャーらしい真似をしようと思ったのが、失敗しちまったな」


 クリフォードががりがりと頭を搔いて、藪をつついて蛇を出したと後悔する姿に、ダイドウはわずかに目元を和らげた。

 わずかでも敵対する可能性のあるダイドウとアイリスの事情を探ろうとしたのが、不本意に戦争に巻き込まれたレッカの為であったのは、考えるまでもなく分かること。


「パイロットとしては歴戦のエースでも、マネージャーとしてはレッカと同じ新人だと、自覚しておくことだ。付け込まれる隙は少ない方が、生き残れる確率は上がるぞ」


「忠告、痛み入ります。慣れないことをするもんじゃないと、よく分かりました。ダイドウさんとお嬢ちゃんとは、戦場で鉢合わせしないように依頼を選ぶようにしときますよ」


「そうしておけ。こちらがお前達に配慮する必要はないのだから」


「手厳しいなあ。ですが、まあ、それが正論ってもんだ」


 傭兵として長く活動してきたというのに、自分にも甘いところがあったと、クリフォードは自らを見つめ直す機会になったのは、間違いのないやり取りだった。

クリフォードは多少、苦い思いをして貴重な学びを得て、ダイドウは昔の自分を思い出す事となりました。

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