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イケメン王子のドッペンゲルガーがなついてきて困る

作者: キモウサ

 「アイリちゃん、聞いてー!チェスター大臣って酷いんだよぉー!」


 ああもう、うるさい。さっきからソファーに寝転がったイケメン君がギャーギャー騒ぐせいで、全然仕事に集中できない。今日中に仕上げて上司に渡さないといけない書類があるのに、ちっとも進まない。


 だいたい、ここは私、王宮二級文官アイリ・グレイラの仕事部屋なのだ。三級文官から二級文官になって、ようやく一人で使える仕事部屋をもらえた。私が努力の末、勝ち取った場所で勝手にくつろぐのはやめて欲しい。


 イケメンだって全てが許されるわけじゃないのだよ。とはいえ、彼はイケメンでもかなり上級イケメン、いや超がつく特級イケメンなのは間違いない。


 燃えるような赤髪はゆるくウェーブして妙にエロい。赤と金が混じり合ったような色の瞳は、魅了の効果がついているみたいだ。均整のとれた、しなやかな体からは甘くスパイシーな香りがしている……ような気がする。


 でもさー、人間って、どんなものにも慣れちゃう生き物なんだよねー。だから、うんざりしながらイケメンの愚痴を聞き流す。

 

 「舞踏会の客のこと、全部覚えろとかいうんだよ!チェスターの馬鹿!」


 その馬鹿なチェスターが私の上司ですけどね。


 チェスター大臣は外務大臣で侯爵様。温厚で仕事のできるイケオジだよ?誰かさんみたいに人の仕事部屋にきて騒いだりしない。買っておいた茶菓子を食べ尽くすなんてこともしない。


 私は王立高等学院を卒業後、名ばかりの貧乏伯爵家の実家を助けるため王宮の文官試験を受けた。無事に合格して配属されたのがチェスター外務大臣のところ。私が3ヶ国語を使えるのが決め手だったらしい。


 文官として勤めてもう3年になるけど、まだまだ私はひよっこだ。チェスター外務大臣の仕事のやり方、考え方は本当に勉強になる。


 そんな尊敬すべき上司のことを馬鹿と言われたので、非難の意味をこめてイケメン君をにらみつけてしまった。それなのに私の視線に気がつくと、イケメン君はぱあっと笑顔になって嬉しそうに手を振ってきた。


 はぁもう。慣れたとはいえ、この人が笑うと毒気を抜かれる。これはもう、なんとか早く出ていってもらうしかない。


 「招待客のことを知っておくのも、お仕事のうちですよ」


 「えー、やだー、むりー」


 とたんに頬をぷくりと膨らませて、不満げな顔をする。幼子か……。


 「だいたい、なんで僕がそんなことしなくちゃいけないの!」


 ――ピキピキピキ。


 私の中で何かに亀裂の入る音がする。忍耐力だろうか?きっと忍耐力だ。怒りにまかせて仕事机をバン!と手で叩く。大きな、いい音がした。淑女?そんなものは死滅した。


 「あなた、王子でしょ!クライブ殿下、ちゃんと仕事してください!」


 私がキレたのを見て、イケメン君があわあわしている。


 「ぼ、僕はクライブじゃないし……単なるドッペルゲンガーだし……」


 ドッペルゲンガーとは本人そっくりの分身のことだ。


 このイケメン君、見た目はクライブ殿下とまったく同じなのだ。私も仕事でクライブ殿下が出席される会議に出ることもあるので、容姿が同じだと断言できる。


 クライブ殿下は赤髪で、赤と金の混じった瞳、均整のとれてよく鍛えられた体つきをした最高のイケメン。ただ赤髪は常にきっちり後ろになでつけられているし、瞳は知的で冷静さを感じさせる。


 仕事だって騎士団の副団長だ。規律と覇気を感じさせるその御姿は、うちでごろごろしているドッペルとは違うのだよ、ドッペルとは。


 だいたいクライブ殿下は自分自身のことを『僕』なんて言わない。いつも『私』と言っている。


 クライブ殿下、御本人がドッペルゲンガーだと自称しているのではないかと疑った時期もあった。ドッペルゲンガーだといいつつ、実は本人でした!みたいな。でも、そうじゃなかった。


 クライブ殿下が他国の外交使節団と一緒に、王宮の庭園を歩いていたことがある。きっと庭園を案内していたのだろう。そのあと仕事部屋に戻ったら、殿下そっくりなイケメン君が勝手にお茶を入れて飲んでいたのだ。


 人間は違う場所に同時に存在できない。


 でも何度もそういう経験を私はした。だから、この王宮にはクライブ殿下本人と、殿下にそっくりなイケメンがいるのは確かなことなのだ。


 でもドッペルゲンガーだとしても、ちょっとおかしいんだよね。色々と。


 「王宮の図書室で調べたんですけど、ドッペルゲンガーって会話しないらしいですね」


 「ぐっ……僕は話すタイプのドッペルゲンガーなんだよ!」


 確かによくしゃべっている。内容からして、このドッペルゲンガーはクライブ殿下とは違う性格、個性を持っているようだ。


 「あとドッペルゲンガーを見ると、見た人は死ぬって聞きましたけど?」


 「うう……死なないよ……君だってピンピンしてるじゃない……」


 「ドッペルゲンガーに本人が会うと、本人が死ぬって噂もありますよね?」


 「んー、本人にはあんまり会いたくないかも……」


 本人に会っても大丈夫なのかはっきりしないけれど、雰囲気的に踏み込んではいけない話題のようだ。そのあたりはふんわりと見過ごしておこう。


 今後、クライブ殿下とドッペルゲンガーが直接出くわさないように気をつけよう。


 色々聞いてみたけど、この殿下のドッペルゲンガーには、ドッペルゲンガーっぽいところがひとつもない。まあいいや。どっちにしろ私の仕事部屋にきて邪魔をすることに変わりはないんだから。


 「ドッペルゲンガーさん、仕事の邪魔ですからもう帰って下さい」


 「……はい」


 しょんぼりと肩を落としてドッペルゲンガーは出ていった。ちょっと言い過ぎたかな。そんな気持ちも厳重に隠してあった茶菓子が食べ尽くされていることに気がつき吹き飛んだ。


 「ああー!仕事終わったら食べようって楽しみにしてたのに!こそ泥ドッペルめ……許さん」



 ※ ※ ※

 


 私がクライブ殿下のドッペルゲンガーに出会ったのは、雨が降る夜だった。図書館で調べ物をしていたら雨が急に降り出した。それで近道をするために庭園を早足で歩いていたら東屋を発見した。


 雨宿りをさせてもらおうと近づいたら先客がいた。それがクライブ殿下だったのだ。私は急いで床に片膝をついて腰をかがめ、右腕を胸の前に置く。この国での正式な礼の作法をとった。


 「ご機嫌うるわしく、クライブ殿下」


 「えっ、ああ。んと、楽にしていいよ」


 クライブ殿下らしくない返事が返ってきた。殿下なら「楽にせよ」とか言うはずだ。それによく考えたら、ここにクライブ殿下がいるのはおかしい。

 

 今夜は隣国からの使節団の皆さんを連れて、ルビナス公爵家の夜会に出席する予定だったはず。私が色々と手配したから間違いない。それがなんでこんな所にいるの?


 とりあえず楽にしろって言われたから立っていいんだよね?不安な気持ちを抑えて立ち上がり、東屋の片隅に立っているクライブ殿下を観察する。


 「え?殿下?」


 クライブ殿下は泣いていた。あふれる涙を隠そうともせず、ただ静かに泣いていた。


 どうしよう?これって私のせい?一人でいたところに勝手に私が押しかけてきちゃったから泣いちゃった?いやいや、騎士団の副団長ともあろう人がそんなことでは泣かないでしょう。


 あ、分かった。きっと公爵様の夜会でなんかやらかしたんだ。それで逃げ帰ってきて、ここで泣いていると。でもあのクライブ殿下がそんなことするかなぁ。なんか受け答えもクライブ殿下らしくなくって、かなりカジュアルだし。


 「あの、殿下。どこかお体の具合でも悪いのですか?」


 私の問いかけに、赤髪をぶんぶんふって否定する。


 やっぱりクライブ殿下らしくない。ハッ!まさか影武者?今日は仕事がないからここで泣いていたのかもしれない。でも殿下の影武者の話なんて聞いたことないんだよね。


 それか殿下が分身を生み出す能力を持っているのかも。だとしたら私は誰も知らない王家の秘密という奴に今、触れてしまっているのでは?


 そうなると秘密が漏れたってことで問答無用に地下牢行き、そして処刑なんてことになるんじゃ……。ヒー!やばいやばい!こんな危険な場所からは、すぐにずらかろう。何も見ていない、聞いていない!そういうことにしよう!


 「それでは殿下、私はこの辺で失礼いたします」


 相手を刺激しないように、そのままそっと東屋を出ようとしたんだけど、ちょっと気になったことがあった。なのでテーブルの上に自分のハンカチを置いてみた。だって殿下っぽい人がボロボロ泣いてるからね。殿下がハンカチを持っていたとしても二枚目が必要そうだ。


 そのまま東屋を出ようとしたとき、クライブ殿下が口を開いた。


 「僕の、幼馴染の死んじゃったんだ……」


 「えっ?殿下の幼馴染が?」


 「ううっ……」


 クライブ殿下がしゃがみこんで泣き始めた。


 「えっ?えっ?あの、殿下。こちらに座りませんか?そうだ、クッキーありますよ!」


 その後、たいへんだった。殿下を東屋の椅子まで誘導して座ってもらい、クッキーを大盤振る舞いした。部屋でゆっくり食べようと思ってた人気の菓子店のクッキーなんだけど、この際しょうがない。


 殿下はクッキーをちびちびかじりながら、色々と話してくれた。


 それによると、殿下の御学友だった某侯爵家の令息が病で亡くなったらしい。殿下もなんとか助けたいと手をつくしたそうだが、残念な結果となった。


 「それは、お辛かったですね」


 うんうんとうなずく殿下は、いつもの覇気もカッコよさもなかった。かなり弱ってる。


 「あのー、それで公爵様の夜会は欠席されたんですか?」


 うつむけていた顔を上げて、殿下は指で涙を拭いながらいった。


 「それは大丈夫。本体が行ってるから」


 「本体?」


 「そう、僕ってどうも本体のドッペルゲンガーみたいなんだよね」


 「ドッペルゲンガー!?」


 クライブ殿下が夜会へ行く直前に、幼馴染が亡くなったことが知らされたらしい。殿下はひどい悲しみと無力感に襲われたけれど、それを隠した。誰にも胸の内を気取られないように笑顔で外交使節団を夜会に案内しようとしたのだそうだ。


 「本体が心の中で思ってたんだ。どこかで一人、静かに幼馴染の死を悲しみたいって」


 その殿下の心に応えるように、気がついたらドッペルゲンガーが生まれて、本体から飛び出してしまったということらしい。


 このドッペルゲンガーは、今夜が初登場ということなのかな。


 「そうだったんですね。それであなたは東屋にひとりで泣いていたと……」


 「そんなところ……」


 クライブ殿下本人ができないことを、ドッペルゲンガーが叶えてあげたということなのだろうか。それでクライブ殿下のお気持ちは、少しは楽になったのだろうか。なっていたらいいなと思った。


 これ以上踏み込んでしまうと、私の地下牢送りが確定すると思ったけど、弱々しいドッペルゲンガーを見ていると、そのままにしておけなかった。


 その夜は殿下と幼馴染の思い出を聞きながら、二人でクッキーを食べ尽くしてから、お開きとなった。

 

 

 ※ ※ ※


 クライブ殿下のドッペルゲンガーとは、もう会うこともないと思ってたんだけど、でもそうじゃなかった。なんと翌日には、私の仕事部屋まで来たのだ。理由は私が貸したハンカチを返すため。


 一時間ほど居座って、お茶とお菓子を食べて満足したのか、その日は帰っていった。今度こそ終わりだと思っていたら、それからもよく来るようになった。


 もしかして、なつかれた?いやいや、ないわー。これ表沙汰になれば地下牢コースになりかねん。


 でも、迷惑だから来るなとは言えない。それは私がクライブ殿下の忙しい日常を知っているからだ。毎日、騎士団の仕事をこなしながら、外交関係の仕事もしないといけない。


 たまには息抜きだってしたいよね。息抜きしているのは本人じゃないし、たまにでもないんだけど。


 きっとクライブ殿下にストレスが溜まって、ドッペルゲンガーが勝手に出てきてしまっているんだと思う。なのでこっちも多少は我慢しようかなという気にもなる。


 最初は殿下と同じ容姿のドッペルゲンガーに戸惑いというか、恥じらいみたいなものを感じていた。でもそれも慣れた。ソファーでだらだらしてるドッペルゲンガーに慣れたのだ。


 私に無事イケメン耐性がついて、他の美形のお兄さん方を美形だと認識できなくなった頃、ドッペルゲンガーの訪問回数が減ってきた。ようやく飽きてくれたか、やれやれと思っていたがどうやら違う理由だったようだ。


 「最近さぁ、本体に見つかっちゃって……」


 本体がドッペルゲンガーに会ったとき、本体は死んでしまうと聞いたことがある。でもクライブ殿下は生きている。命に別状はないみたいだけど、他になにか問題が起こるのかもしれない。


 「本体に直接会って大丈夫なの?」


 「大丈夫なわけないじゃん!」


 やっぱりドッペルゲンガーが本体と直接会うと不味いことが起こるらしい。


 「お前も仕事しろ!とか言われて働かされてる……つらい」


 そっちかよ……。

 

 

 ※ ※ ※

 


 数日ぶりにクライブ殿下のドッペルゲンガーこと、ドッペル殿下が来た。ドッペルゲンガーのことをクライブ殿下と呼ぶのはちょっと違う気がしてたし、本人も嫌がっていたのでドッペル殿下と呼ぶことにしたのだ。


 「アイリちゃーん!チョコレートもってきたよー!」


 「チョコレート!?」


 「ほら見て!お土産でもらったんだよねー」


 リボンがかけられた小箱を片手に、バチンとウィンクをしてくるドッペル殿下。チョコレートは最近、この王都で流行り始めた高級菓子だ。一度食べてみたいと話したことがあったので、それを覚えていて持ってきてくれたのだろう。


 ドッペル殿下、これでけっこういい人なのだ。愚痴が多いのは個性だと思えばいい。チョコを持ってきてくれる人に悪人はいないのだ。


 「それではお茶を入れましょう」


 「あ!僕がいれる!前にお茶の入れ方を習ってから練習してるんだー」


 私が仕事で忙しいときドッペル殿下にお茶を要求されて、もう自分でいれてくれ!となり、お茶の入れ方を教えたのだ。練習しているというなら、ここに来ていないときに自分でお茶を入れて飲んでいるのだろう。


 ドッペル殿下がお茶を入れているのを見ながら、ここ数日のことを聞いてみた。


 「一緒にお茶を飲むのも数日ぶりですね。お仕事が忙しかったんですか?」


 「仕立て屋が来てさ、服の仮縫いのマネキンにされてた。20着もあって大変だったー」


 王子ともなれば着飾るのも仕事のうちだ。他国の要人との会談、パーティー、式典とそれぞれ違う服が必要になる。私服だって手を抜けない。


 クライブ殿下だったら、どんな服を着ても似合いそうだな。身長も高いし、騎士だけあって均整のとれた体つきなので服が映えると思う。私のイチオシは儀礼用の騎士服だ。白地に金の差し色が使われていて、クライブ殿下が着ると上品さと精悍さが混ざり合って素敵なのだ。


 「20着もですか。クライブ殿下は何を着てもカッコイイですもんね」


 「僕も見た目は同じだから、カッコイイってことだよね~?」


 「確かに見た目は同じですけど、クライブ殿下とドッペル殿下では全然違いますからねぇ」


 「なにが全然違うっていうの!?」


 よくぞ聞いてくれました!初めてチョコレートを食べて気分がハイになっていたこともあってか、私はついついクライブ殿下を熱く語ってしまった。


 見た目もいいよ、もちろん。でもね、クライブ殿下の凄さはそこじゃあないのだよ。仕事を通して聞こえてくるクライブ殿下の姿は、誠実で部下思いの優しい人だ。その上、努力家。国のことを真剣に考えて日々頑張っている。


 令嬢たちがクライブ殿下にキャーキャー言っているのを見ると、いつもちょっと残念な気持ちになる。殿下の良さを容姿だけで判断するなんて、もったいないよ。


 そんなことを話していると、ドッペル殿下はなぜかニヤニヤしていた。やっぱり、クライブ殿下のドッペルゲンガーとして本体が褒められるのは嬉しいのかな。


 そんな話をしながら、チョコレートを堪能しているとドアが控えめにノックされた。返事をしたけれど入ってこないのでドアを開けに行く。


 「はあい、開いてますよ……まっ、まぶしっ!」


 見上げると、そこには輝くクライブ殿下がいた。本物である。ドッペル殿下ですっかりイケメン慣れしたと思っていたけれど、本物の美貌はすごかった。ちょっと目が痛い。


 でもなんだか殿下の頬が赤いような……。なぜか視線も横にずらしているし……。私を直接見ないようにしてる?


 「――仕事中にすまない。ちょといいか」


 クライブ殿下は声までクライブ殿下だった。あああ……このイケボには逆らうことはできない。ソファでごろごろしてる奴の声とは次元が違う。いや、同じ声だけれども。


 「は、はい。どうぞ……」


 あれ?待って。まずくない?部屋の中にはドッペル殿下がいるよね。


 「あははは!ク、クライブ殿下ごきげんよう!突然でびっくりしました。汚いところですがどうぞ!」


 大声でクライブ殿下の来訪を室内へと知らせてみた。ちらっと部屋の中に視線をやると、カーテンが揺れている。よしよし、いいぞ、ドッペル殿下。ちゃんと隠れてくれたみたい。


 部屋の中に入るとクライブ殿下は物珍しそうに部屋を見渡した。そして、その視線はソファーの前のローテーブルの上で止まる。


 そこにはドッペル殿下と食べていたチョコレートの箱や包み紙が散らかっていた。


 「えっと、これはですねぇ……」


 言い訳が思いつかない。ドッペル殿下が持ってきたということは、きっとクライブ殿下のところからくすねてきたに違いない。ううう。ドッペルめ!


 「私の側近が毒見(どくみ)をしていない菓子を持っていってしまってね」


 毒!?王族は口にするものはすべて毒見をすると聞いた。毒を使った暗殺の危険性があるからだ。


 でもクライブ殿下、ご安心下さい。私より先にドッペル殿下が食べたので、毒見は終わっております。ドッペルゲンガーだから毒を口にしても大丈夫でしょう。あれ?それじゃあ毒見役にならないな。


 「――もう口にしてしまったようだな。なにもなくて良かった」


 それからクライブ殿下は手に持っていた小さな箱をローテーブルの上に置いた。


 「こちらは毒見が終わっている」


 小さな箱は毒見が終わったチョコレートなのだろう。わざわざ安全な物を持ってきてくれるなんて、やっぱりクライブ殿下は優しい。ドッペル殿下にはない、責任感というものをお持ちだ。


 クライブ殿下は箱を置いた後も、まだローテーブルの上を見ている。ローテーブルの上にはドッペル殿下が入れたお茶の入ったティーカップも置かれている。


 「最近、その側近が自分で茶を入れるようになった。まだ拙い(つたな)がそれなりに飲める」


 カーテンがビクンと揺れた。


 さっきお茶を入れる練習をしていると言っていたけど、まさかクライブ殿下を練習台にしていたとは……。こんなことなら、もっとしっかり教えるんだった。


 「どこで茶の入れ方を教わったのだろうかと不思議に思っていたのだが……」


 「あ、えっと、その……」


 私が教えたと言うと、ドッペル殿下がここに入り浸ってることがバレるので言えない!


 「どうやら、あなたから教わったようだ」


 はい、バレました。


 クライブ殿下は最後にちらりとカーテンの方をみると、「邪魔をしたな」とだけ言って帰っていった。すぐさまドッペル殿下がカーテンの影からよろよろと出てくる。


 「ひいい~。怖かったよぉ~」


 怖かったってドッペル殿下の本体でしょうが。でもまあ最近、仕事でかなり絞られてるらしいからね。


 「でもなぜクライブ殿下にドッペル殿下の居場所がバレちゃったんでしょう?」


 ドッペル殿下がここに来てから、お茶を入れるくらいの時間はあった。なのでクライブ殿下がドッペル殿下の後をつけてきたわけではないと思う。


 「あー。なんか僕達って、お互いの居場所がなんとなく分かるんだよねー」


 なるほど。それでドッペル殿下が私の仕事部屋にいるのが分かったのか。ドッペル殿下のいる場所まで来てみたら、予想外に私がいたって感じなんだろう。


 「それじゃあ、サボってるのも全部バレてますね」


 「そーなんだよ。その上、やってることや話してることまで、なんとなく伝わっちゃうからさー。まいっちゃうよねー」


 え?ちょっと待って……。それって、私がドッペル殿下と話したことが、全部クライブ殿下に筒抜けってこと?やばいやばいやばい!


 さっきクライブ殿下は容姿もいいけど中身もいいのだ!とか力説しまくったような……。


 「さっき本体について色々言ってたじゃない?それが僕を通じて伝わって、本体が赤面してたよ?」


 ぎゃあああああー!なんてこったぁー!


 それでドッペルの奴、ニヤニヤしてたんだな!クライブ殿下が来たときに頬が赤くなってて、視線を私に合わせなかったのも、話が全部筒抜けてたからか!


 「あ、なんか今のも伝わっちゃって、また本体が赤面してる」


 もうやめて!お願い!私のライフはゼロを突き抜けてマイナスよ!


 「はぁはぁ……。今日はもう帰って……」


 「はぃ……」


 こうして、ドッペル殿下の出入り禁止が私の中で粛々(しゅくしゅく)と決定された。そして、恥ずかしさのあまり悶絶して眠れない夜を過ごすはめになるのであった。


 はぁもう。この世には、ろくでもないドッペルゲンガーしかいないのか……。


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