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第9話 ささやかな日々


 俺はダンジョンから戻ってきて、ハンバーグを作っていた。幸いなことに、ハンバーグを作るだけの食材は十分に揃っていた。


 ただしつなぎのパン粉だけはないので、それはパンを細かく刻むことで代用することにした。


「よし。じゃあ早速やるか」


 汚れのない、ほぼ新品のエプロンをきゅっと締めて俺は腕まくりをする。


 そして、黙々と調理を開始する。ハンバーグを作る工程で、つなぎという存在は非常に重要である。つなぎがなければ、形が崩れて肉から大量の肉汁が溢れ出してしまう。気がつけば、肉汁に浸った謎の肉料理が完成する。


 それはそれで悪くはないのだが、ハンバーグを作る上では肉汁が漏れることは避けたい。


 手早く肉につなぎを混ぜて練っていく。ユーリは元々調理を担当していたこともあったし、前世では俺も料理はある程度していた。手際は非常に良かった。


 そのおかげで無事にハンバーグの元は完成した。あとは、リアが帰ってきたタイミングで焼いて完成だな。


 残りは付け合わせを作ることにした。じゃがいもを蒸して、微かに甘いニンジンのグラッセを作る。基本的な食材は、前世のものと同じ。ただ、ちょっと形が異なったりするので、そこは包丁で綺麗に整えていく。


「ふむ。いい感じだな」


 二人分の調理を終え、リアが帰ってくるのを待っていると──扉が開く音が聞こえてきた。


 俺はすぐに玄関に向かって、リアを迎える。


「た、ただいま……っ!」

「おかえり。リア」

「……う、うん! ただいま……!」


 なぜか緊張している様子のリア。いや、緊張というよりは慣れていない、って感じか?


「先に食事にするか? それとも風呂に入るか?」

「あ……えっと。先にお風呂に入ろうかな」

「分かった。じゃあ、上がったタイミングですぐに食事を取れるように準備しておくな。それと、衣類の洗濯は大丈夫か?」

「うん。いくつか替えがあるから」

「なるほど」


 思ったが、これからはしばらく共同生活になるんだ。色々と役割分担をした方がいいか? 俺が全て担当してもいいが、それだとリアが自立できなくなってしまうしな。


「食事が終わったら、家事の役割分担について話してもいいか?」

「えぇ。分かったわ。じゃあ、お風呂行ってくるわね。の、覗いちゃダメよ……?」

「あぁ。絶対にそんなことはしない」

「ふぅん……」


 リアはそう言ってから浴室にまっすぐ進んでいった。俺はその間に、手早く料理の仕上げをしておかないとな。



「ふぅ。あ、すごいい匂いね」

「ちょうどできた。さ、食べようか」

「うん……っ!」


 リアが風呂を上がってくるほぼ同時のタイミングで今日の晩御飯が完成した。


 ハンバーグとじゃがいもとニンジンの付け合わせ。ソースも自作してみて、パンも軽く焼いてある。この家には非常にいい食材ばかりあるので、料理する方も非常に楽しかった。


「じゃあ、いただくわね」

「あぁ」


 リアがハンバーグに口をつける。すると彼女は驚いたようで目を大きく見開いた。


「お、美味しすぎる……こんなの王国の高級レストランでも食べたことない……っ!」

「ん? 別に特別なことはしてないがな」


 俺も口に運んでみるが、うん。確かに悪くはないな。でもこれはやはり、俺の調理技術だけではなく素材の良さが大きい。


 そうしてリアはとても満足そうに、俺の料理を完食してくれた。俺としても、ここまでニコニコと笑いながら食べてくれるのだから、気分が良かった。


 それから俺たちは今後について話し合うことにした。


「で、家事の役割分担なんだが」

「洗濯とかは自分でするわ! 流石に恥ずかしいし……」

「了解だ。衣類の洗濯は各自で、料理はどうする?」

「うーん。私も王国に行く日はちょっとねぇ」

「なら、王国に行く日は俺が担当しよう」


 不定期にはなるが、ここ最近は週に一回は王国への出張があるらしい。実際に、出張て大変だよなぁ……泊まりになる可能性もあるらしく、そこは臨機応変に。


 それから俺たちは家事の分担の話をしたが、料理以外は俺が多めに担当することになった。報酬も別で弾んでくれるらしい。


 料理はもっと上手くなりたいので、自分でしたいとのことだった。


「それと……あの。これは提案なんだけど」


 遠慮がちにリアは何かを伝えようとしてくる。


「部屋のことだけど何かあったら、まずいじゃない? もっと近い方がいいかなぁ〜と思って。私の対面の部屋とかどうかしら?」

「いいのか? 俺を警戒して敢えて一番遠い場所にしたんじゃないのか?」

「それは……あ。あなたを試していたのよっ!!」


 明らかに、「あ」という声が聞こえてきたので咄嗟の思いつきだろうが、ここは余計なツッコミはしないことにした。


「なるほど。別に部屋を移動するのは難しくないしな。じゃあ、今日から対面の部屋でいいか?」

「うん……よろしく。なんだかさ、このやり取りって新婚さんみたいじゃない?」


 顔を少し赤く染め、上目遣いでリアは俺の様子を窺ってくる。


 う。その言葉はあまりにも俺に深く刺さる。確かにそうだが、きっと他意はないよな……?


「ま、まぁそうかもな」

「うん。えへへ」


 恥ずかしそうにリアは笑う。おいおい、やめてくれ。流石にその仕草はあまりにも可愛すぎる。


 しかし、俺は特定の異性と結ばれてはいけない誓約があるし、リアも別に言葉以上の意味で話してないだろう。話してないよな……?


 俺は話題を切り替えて、彼女にある提案をする。


「そういえば、週末は暇だったりするか?」

「え? そうね。週末は仕事はないけど」


 話を聞くにリアは一週間に一度だけ休みがあるらしい。せっかくなので、俺がする予定だった──釣りに誘ってみるか。


 幸いなことに実力の方はある程度の目処がたった。ここはリアと少し親睦を深めてみてみることにした。


「釣りに行ってみないか?」

「釣り?」

「あぁ。見れば肉はあるが、魚は置いてなかった。やはり、タンパク質を取るにしても多様な種類があった方がいい」

「言っていることよく分かんないけど、私素人だけどいいの?」

「もちろん。それにそんな難しくはない。じゃあ、週末はよろしくな」

「うん……っ!」


 心なしかリアの目は輝いているような──そんな気がした。



 俺はそれから一応、リアを狙っているような人物がいないか探ってみた。気配を消して日中に様子を窺ってみたが、誰かが付け狙うようなことはなかった。


 俺は今、邪悪イヴィルの発動を完全に無効化しているし魔力も抑え込んでいる。手練であっても俺の存在を知覚するのはかなり厳しいはずだ。


 そして俺が教会の近くで彼女のことを見守っていると、リアと視線が合う。


「あ……っ!」


 リアは俺の存在に気がつくと小さく手を振ってくれた。心なしか表情を明るそうである。俺も軽く手をあげて、返答をする。


 そもそも、原作でリアは終盤に主人公テオのパーティーに加入する流れになっている。それもかなりのステータスを誇っている優秀なキャラクターだ。

 

 何かあったとしても、きっと乗り越えることができると思う。念の為、彼女の力になれないかと思ったが、もう俺がすることほとんど残っていないかもしれない。


 彼女との別れの時は──もう直ぐそこまで近づいて来ていた。



 †



「ねぇ。ねぇってば……!」

「ん……?」

「もう朝よ」

「……朝?」


 週末。今日はリアと二人で釣りに行く日だ。


 ちらっと時計を視界に入れる。現在の時刻は六時前で、いつも起きる時間よりも少しだけ早い。


 俺の体を揺すっていたのは、リアだった。彼女は既に釣りのためにワンピースタイプの軽装に着替えていて、頭には麦わら帽子もかぶっていた。やる気十分なのは、服装だけで分かった。


 俺は軽くあくびをして、ベッドから体を起こす。


「ふわぁ……ちょっと早くないか?」

「う。だってその、楽しみだったんだもん」


 リアは気まずそうに顔を俯かせるが、そう言われてしまっては俺も何かいうことはできない。俺も楽しにしていたのは同じだからな。


「じゃあすぐに着替えるから、ちょっと出ててもらえるか」

「うん!」


 元気よく返事をして、リアは部屋から出ていった。まるで子どものようだが、そうだな。俺は前世の経験もあって精神年齢は高めだが、リアはまだ十五歳。


 俺はまるで親戚の女の子に接するような気持ちになっていた。


 それから俺は手早く準備をして、この屋敷の物置に眠っていた釣り竿を持ってくる。


「へぇ。釣竿なんてあったのね」

「掃除用具入れの奥にあった。ちょうど二つあるし、ちょうどいいな」

「そうね」


 そんな話をしつつ、俺たちは屋敷から出ていく。今日の天候は晴天。まだ春ということもあって気持ちのいい朝で、非常に爽やかな気持ちになる。


「ふん。ふん。ふ〜ん」


 隣で元気よく歩みを進めているリアは鼻歌を歌っていた。とても上機嫌そうで、俺としても嬉しかった。今となっては、初めにあった時のように影があるような表情を見せることは少なくなっていた。


 俺も微かに笑みを浮かべて歩みを進めていく。


 ちょうどその時。リアは大きな石に足を躓かせて、転んでしまう。


「きゃ!」

「おっと。大丈夫か?」


 俺は後ろから抱きしめるような形で、リアの体を支えるが……その際、ちょうど彼女の豊満な胸に触れてしまう。その胸の感触はあまりにも柔らかいものだった。


「あっ」


 色気のある、高めの艶やかな声がリアの口から零れ落ちる。

 

 これは流石に不可抗力だが、怒られるのも仕方がないと思っていると彼女はじっと俺のことを見つめてきていた。


「ユーリのえっち……」

「すまない……手が当たってしまった」

「次から気をつけてよね?」

「あぁ」


 半眼で見つめてくるリアだが、思ったよりも怒っていないようだった。てっきり、かなり叱られると思っていたが。


「さ、早く行きましょ!」

「おい。走るとまた転ぶぞ!」

「大丈夫! 大丈夫!」


 そして俺もまたリアを追いかけて駆け出していく。


 こんな日も悪くはない。


 そう思うが、俺はいつまでもこの村に滞在するわけにはいかない。いずれは──リアとの別れがやってくる。最終戦でまた出会うかもしれないが、どうなるかは実際のところ俺も分からない。


 そんな未来に少しだけ想いを馳せつつ、俺たちは釣りへと向かうのだった。



 ただ……彼女に迫る闇が水面下で進行していることを、俺はまだ知らない──。


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