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第8話 Episode Lia 1


「はぁ……」


 馬車の車輪が小さな石を叩くたびに、わずかに揺れる振動が体に伝わる


 私は馬車の窓越しに呆然と外の景色を見つめながら、ため息を漏らす。いつも見慣れた光景がまるで紙芝居のように過ぎ去っていく。


 ちょうど今は王国の教会で行われた公会議の帰りで、私はかなり疲れていた。


 はぁ、半年前から本当に多いのよねぇ。


 そもそも、別に私に信仰心なんてない。神なんて信じていないし、信仰なんてどうでも良かった。


 ただこの寵愛アフェクションというレアなスキルがあるから、聖女候補に抜擢されただけ。


 なんか教会内部で利権争いとかもあるらしいけど、私はスルーしている。別に権力なんて欲しくはないし、お金もたくさん欲しいわけじゃない。



 私が本当に欲しいものは──



 その時、馬車に尋常ではない衝撃が襲いかかる。


「きゃっ……!」


 馬車が転がっていき、私も外に弾き出されてしまう。受け身なんてもちろん取れることもなく、ゴロゴロと転がっていってしまう。


「う……っ」


 私はなんとか顔を上げる。すると、馬車の運転手は外で運転していたこともあって、気絶してしまっていた。私は軽傷で済んでいるけど、空を見上げると──巨大な鳥の影がそこにあった。


「きゃ────ッ!!」


 思わず悲鳴をあげてしまう。だって、こんな大きな魔物は見たことがない。一応文献では見たことがあるけど、これはグリフィンだ。


 筋骨隆々とした体に、爛々と輝く瞳。その目は私のことをじっと見つめている。確実に私のことを食べようとしているのは、分かってしまった。


「あ、あぁ……」


 後ずさる。ここで私が勝てるわけなんてない。魔法もスキルもある程度は使えるけど、高ランクの魔物を倒せるはずもない。私は冒険じゃないし、戦闘経験も全くないから。


 そっか。私、ここで終わるんだ。でも、私はすぐに諦めがついた。


 だって私は──



「──大丈夫か?」



 颯爽と登場した一人の男性。その背中は今まで見てきた人の中でも、一番大きく見えた。彼はあろうことか、あの巨大なグリフィンと対峙していた。


「ここは任せろ」

「で、でも……っ!」

「大丈夫だ」


 大丈夫なわけがない……! 私だって知っている。この魔物を討伐できる冒険者なんて、世界にも数えるほどしかいないはず。


 私を守るために、彼が犠牲になるなんて……と思っていると、彼は真正面からグリフィンの攻撃を受け止めていた。グリフィンの巨大な爪と彼の剣が激しく交わって、微かに火花が明滅していた。


「え……?」


 もしかして、彼ってすごい人なの……? 私は呆然とその戦いを見つめていると、彼はあっという間にグリフィンを討伐してしまった。



 これが私とユーリの初めての出会いだった。


 一応、お礼はしておいた方がいいと思って、彼を屋敷に招待した。教会に呼ぶと、彼の邪悪イヴィルというスキルでみんな怖がるしね。


 でも私が抜けていたこともあって、彼に裏の顔を見られてしまった。

 

 あーあ。見られちゃったか。


 私の寵愛アフェクションがあれば、大抵のことは誤魔化せる。しかし彼のスキルは私の真逆。お互いのスキルは打ち消しあって、好感度は普通になってしまう。


 すこし自棄になって話をしてみるが、彼は全く気にしていないようだった。


 へぇ。こんな人もいるんだ。と、この時は思った。


 そして彼のスキルはちょうどいいと思って、護衛を依頼することにした。ここ最近、気のせいかもしれないけど妙に視線を感じていたし……というのは本当だけど、実は建前でもあった。


 私は今まで自分のスキルのせいで対等に話をできる人がいなかった。だから、興味が出た。ユーリは私とどんな風に接するんだろう、って。


 初めはただの興味本位だったけど、私は後にこの選択に感謝することになる。




「ユーリって……何者なんだろう」


 ベッドで横になってぼそっと呟く。見慣れた天井をじっと見つめながら、ユーリのことを考える。


 変なことしたら容赦しないから、という趣旨を伝えると絶対にそんなことをしないと彼は言った。いや、まぁ……それはそうなんだけど、あそこまでキッパリと否定されると女性として魅力的じゃないのかな……と凹んでしまった。


 はぁ。私って、意外とめんどくさいよなぁと自覚する。


 ただ──彼には何かあるような気がする。それはあくまで直感だが、只者ではないような気がした。そもそもグリフィンを倒すのも凄いし、凄腕の冒険者なのかな? でもそれ以上に底知れなさがあるというか。


 それに……初めは本当にただの護衛として雇ってみたけど、彼と会話をするのはどこか心地良かった。寵愛アフェクションというフィルターを介することなく、彼は私に向き合ってくれる。


 聖女様、と言って特別扱いもしてこないし、接しやすかった。お互いに気を使う必要がないって感じかな。



「か、雷……」


 夜になって雷の音が響く。雷は怖い。昔、孤児院にいた時からずっと怖かった。雷にいい思い出は全くない。空がピカッと光とすぐに爆音が鳴る。今まではただ、耳を塞いで布団の中で丸くなって怯えるしかなかった。


 けど今は……。私の足は自然とユーリの元へ向かっていた。


 彼に指摘されて分かったけど、確かに一緒に寝るのは男女としてはマズいけど……それ以上に私は雷の怖さの方が優っていた。


 ユーリは少し困った顔をしながらも、私と一緒に寝てくれた。互いに背中を向けて、同じベッドに入る。


 再び雷が落ちて怖がっていると、そっと彼は私の手を握ってくれた。私はまるで祈るように、彼のその手を強く握った。ユーリの手は私よりもずっと大きくて、温かい。



 もし、仮の話だけどさ。これはあくまで仮定の話だけど。


 自分に親とか兄妹がいたらこんな感じなのかな。家族ってこんな感じなのかな。私もいつか、家族を作ることができるのかな。


 そんな想いを抱きながら、私は安心して眠りに落ちた。


 翌日は私が軽く朝食を作って、ユーリは美味しいと言って食べてくれた。正直なところ、ユーリに対しての第一印象はそこまで良くはなかった。あまりの強さに鋭い眼光。心のどこかで恐怖心もあったが、実際に話してみるとユーリはいいやつだった。


 それに恥ずかしいけど……一緒に寝てくれたし……。


 そして今日も教会へ向かおうとするが、私は自分の身なりをユーリに訊いてみることに。


「見た目、大丈夫そう?」

「あぁ。綺麗だと思う」

「う……っ。じゃ、じゃあ行ってくるから!」

「あぁ。行ってらっしゃい」

「……行ってきます!」


 私は初めて、胸に暖かさを覚えた。


 今までずっとこの大きな屋敷でひとりぼっち。私は特別だからといって、教会に与えられたこの屋敷ばしょは嫌いだった。贅沢でわがままだって分かってるけど、私はそんなもの欲しくはなかったから。ただただ、無機質で空虚な空間でしかなかった。


 それに、私は普通の人にとって当たり前の挨拶なんてしたことがなかった。


 行ってきます。行ってらっしゃい。


 ありきたりで、あまりにも普通の言葉だけど、私にとってその言葉は何よりもかけがえのないものだった──。




 無事に私は教会に到着。


 それからいつものように仕事を始める。


 聖女候補、厳密には修道女シスターとして仕事はいくつかある。


 まずは祈り。神への祈りを捧げることは何よりも重要だ。次に教育と福祉活動。ここの村の教会にも、孤児たちは何人かいる。彼、彼女たちに勉強を教える。


 医療活動も仕事の一つだ。シスターになる人間は回復魔法を使える人間が多い。もちろん、専門の医療機関ではないが、軽傷などに対応することもある。


 最後に懺悔を聞くことも大切な仕事だ。信者の悩みを聞き、アドバイスをする。これが一連の仕事だが──私には別の仕事もあった。それは王国での教会で行われる、公会議と呼ばれるものだ。


 教会の偉い人たちが集まり、信仰に関する重要な問題を議論し、教義や規則を定める会議。といっても会議は形骸化していて、やる意味あんの? と思う。もちろん、そんなことを言えるわけもないけど。



「はぁ……やっぱ、移動って疲れるのよねぇ」



 この村からレヴァリス王国までは馬車で数時間かかる。その間はずっと、馬車に揺られているだけ。


 特に最近は頻繁に呼ばれるので、本当に疲れる。馬車って別に、居心地は良くないのよねぇ。肩が凝るっていうか、体が硬くなるのよね。


 それから私は王国に無事に到着して、いつものように教会に足を運ぶと──そこには彼がいた。


「あぁ。リアさん。どうも、お久しぶりです」

「えぇ。ご無沙汰しております」


 私は綺麗な笑みを浮かべて、彼に対応する。


 少し長めの赤色の髪に柔和な笑み。顔の造形も非常に整っていて、世の中的にはイケメンって部類に入るだろう。


 彼の名前は──ナリス=セドウィン。私たちの村の地域を統治している辺境伯である。彼はまだ若く、年齢は二十歳。本来ならば当主には若すぎるが、どうやら彼の父の容態が優れないらしい。


 ということで、まだ正式ではないが彼がセドウィン家の当主代行をしている。


「リアさん。最近はどうですか? お変わりはないでしょうか?」

「はい。特段変わったことは……あ。でも……」

「何かありましたか?」


 彼は真剣な顔つきで尋ねてくる。


「グリフィンが森に出たとか。実は私、襲われまして」

「あぁ。その件は耳にしています。リアさんが無事で何よりです」

「ご心配、ありがとうございます」

「いえいえ。ただ、そうですね。魔物の活性化はここ最近世界的に問題になっています。冒険者ギルドにはより一層警戒するように伝えてありますので」

「まぁ、それは安心ですね。流石はセドウィン様です」


 私がそう言うと、彼はいつものように柔和な笑みを浮かべる。正直なところ、貴族ってあんまり好きじゃない。私の寵愛アフェクションがあったとしても、その醜悪さが出るというか……。


 人間の醜さを体現しているような貴族しか、私は会ったことがないから。


 でも彼は誰であっても態度を変えることはなく、物腰が柔らかい。私としては、貴族の中では彼は嫌いな部類ではなかった。けど、私も擬態して接するので色々と疲れるが。


 はぁ……早くユーリに会いたいなぁ。って、何考えてるの……!? べ、別に恋愛的な意味じゃないし……! と、私は脳内でなぜか言い訳をする。


「では、私はこれで。また何かあれば、いつでもお知らせください。リアさんであれば、うちの屋敷にいつでもいらしてください」

「えぇ。心遣い、ありがとうございます」


 私は彼に深く頭を下げて、礼を述べる。


「あんな指輪……してたかしら」


 彼の去り際。いつもは身につけはいない指輪が右手の人差し指にあることに気がつく。まぁきっと、かなりの額の高級品なのだろう。私は別にブランド品とか興味ないけど、やっぱ貴族は身なりも大事だしね。


 実際のところ、貴族と教会は切っても切れない関係にある。特にここ最近は貴族たちの事業も増えて、彼らはさらに金銭を稼ぐようになった。


 その金を教会に寄付と称して流しているが、まぁ……きっとそこには私の思っている以上の何かがあると思う。


 けど、君子危うきに近寄らずと言うように、わざわざ首を突っ込んだりはしない。



「うぅ……疲れたぁ……」


 王国から無事に戻ってきたけど、いや、マジで疲れた。これからテキトーに食事とって、お風呂に入って寝るのがいつもの流れである。正直、着替えるのも面倒なほどである。この前はそのまま寝ちゃったこともあるし、気をつけないとなぁ。


「……あ」


 思わず声が漏れてしまう。


 そこには明かりのついた屋敷があった。いつもは人の気配もなく、ただ不気味な雰囲気を漂わせているだけの場所だったのに。


 その明かりは間違いなく──ユーリのものだった。それに微かに、何かのいい匂いがしてきて食欲が湧いてくる。


 私は心からの笑みを浮かべ、屋敷へと走っていく。


「ただいま……っ!」


 ちょっと緊張しながらも、私はそう言って玄関に入っていく。


 すると食堂の方からユーリが出てきて、こう言った──



「おかえり。リア」

「……う、うん! ただいま……!」


 ユーリが優しく微笑みながら、そう言ってくれる。


 その時、確かに心が満たされていく気がした。でも、僅かに心にともるこの小さなともしびは消さないといけない。


 だって、ユーリはいつか出ていってしまう。これは、かりそめでしかないって分かってるから。



 けれど、こんな日々がずっと続けばいいと──私は心からそう願った。

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