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第7話 怪物


「よし。戸締まりはこれでいいな」


 しっかりと屋敷の施錠をして、俺は早速冒険者ギルドへと向かうことにした。


 目下の目標は自分の実力を高めていくこと。また、俺のスキルである邪悪イヴィルを完全に制御するために俺はある試みをしようと思っていた。


 俺は村にある小規模な冒険者ギルドへと辿り着く。


 石造りの重厚な外観が特徴的で、建物の外壁には古びた石板が積み重ねられ、風雨にさらされて少し色あせている。


 高い屋根には、風見鶏と銅製の装飾が施されており、少し錆びた金属が太陽の光で煌めいていた。扉の上には剣と盾が交差した紋章が描かれていた。


「よし」


 俺はそう言って冒険者ギルドの中へと入っていく。


 正面には受付があって、左側には大きなクエストボードがあって大量のクエストが張り出されている。右側には素材の買取受付があって、その奥には居酒屋なども併設されている。


 そこの棚には大量の酒がズラッと並んでいた。全体的に古い印象を抱く内装だが、それもどこか心地良い。


 俺の知る一般的な冒険者ギルドがそこにあったからだ。


 世界中にある冒険者ギルドは規模の違いはあれど、基本的な部分に変わりはない。


「さて、クエストは……」


 俺はクエストボードの前に立つ。


 ふむ。まぁ、別に俺は冒険者のランクを急激に上げていくつもりはない。多分俺は原作の知識もあって冒険者ランクを上げていくこと自体は容易だろう。


 しかし、ここで下手に目立うことは避けたい。帝国側には俺の情報をいたずらに渡したくはないしな。


「おい」


 俺がそう考えながらクエストボードを見ていると、背後から声をかけられる。振り向くとそこには、一人の男性冒険者が立っていた。


 筋骨隆々なのは装備の上からでも分かる。防具はかなり年季が入っていそうだが、何度も修理した跡が窺える。背中に差している大剣も業物に違いない。


 頬には十字傷があって、歴戦の猛者という印象を受ける。


「何か用だろうか?」

「俺はバルド。Cランク冒険者だ」

「Cランク。それは凄いな」


 Cランク冒険者は冒険者の中でも上位冒険者に位置する。冒険者になって一攫千金を求める人間は多いが、それでもCランクの壁を突破できる人間は少ない。


「で、お前は?」

「俺はユーリ。まだ駆け出しのFランク冒険者だ」

「ククク……Fランクか」


 ニヤッと彼は笑みを浮かべる。なんだか、穏やかではなさそうな雰囲気だが……。


「ちょっとついて来い。お前に冒険者とは何かを教えてやるさ」

「分かった」


 俺は素直に彼の後をついていく。揉め事になるのは避けたいが、仮に俺に喧嘩をふっかけてくるのならば──対処するだけだ。


 バルドは気が付けば路地裏まで進んでいた。流石にここまでくると閑散としていて、静寂だけがこの場を支配している。


「なぁ、お前の装備だが──」


 俺は臨戦態勢に入る。冒険者には新人への教育と称して、陰湿ないじめがあることを聞いたことがある。俺は腰に差していた剣に手を掛けるが──


「ん? ど、どうした?」

「? それはこっちのセリフだが。新人の俺をボコるために路地裏まで呼んだんじゃないのか?」

「おいおい。まぁ、勘違いされるか……」


 彼は気恥ずかしそうに頭をかく。ただ今になって気がついたが、彼の手は微かに震えていた。俺は邪悪イヴィルを抑え込んでいるが、それでも効果はある。


「お前、闇属性の使い手だろ? 色々と困ると思ってな。その装備も心許ないし」

「それでわざわざ声をかけてくれたのか?」

「あぁ。新人が無惨に散っていく姿は見たくねぇからな。それに、自分のスキルで苦しんでる奴も見てきたしな」


 なるほど。妙に張り詰めた雰囲気をしていたのは、俺のスキルのせいだったか。それに、俺に対して恐怖心があるのに親切にしてくれるのは──本当にありがたい。


 正直なところ、俺一人でも問題はなかったが、彼の好意を無駄にするほど俺は愚かではない。


 彼はきっと今までの経験から俺に親切にしてくれたのだろう。


「もしかして、武具屋に案内してくれたのか?」

「あぁ。ただ話してる感じ、お前は大丈夫そうだな」

「話だけで分かるのか?」

「まぁな。長年の経験ってやつさ」

「なるほど」


 俺はそれから武具屋に入って、剣を新調することにした。今までの使い古していて研磨を依頼しても良かったのだが、新しいものを購入することに。


 ただ、今回は剣ではなくナイフを買うことにした。俺の今後の戦闘スタイル的に、こっちの方が良さそうだからな。


 それから冒険者ギルドへと戻って、バルドと別れる。


「バルド。色々とありがとう」

「おう! 何かあれば言ってくれ」


 その時俺はとあることを思い出していた。


「そう言えば、ここ最近魔物に何か異変とかあったりしないか?」

「ん? 異変かぁ……まぁ、特段変わりはないと思うけどな。確かに、不定期に魔物が暴走することはあるが、今は別に普通だな」

「なるほど。情報感謝する。では、俺はこれで」

「おう。またな!」


 バルドと別れた俺は早速ダンジョンへと潜っていくことに。


 ふむ。何か異変はない、か。そうなってくると、リアを襲っていたグリフィンはやはりイレギュラーとして考えておくべきか? しかし、まだ確証があるわけではない。彼女のためにも、まだ調べておいた方が良さそうだな。


 意識を切り替え、俺はダンジョンの内部を進んでいく。


 ここの村のダンジョンの難易度はそれほど高くはなく、深部にいかなければ高ランクの魔物に遭遇することもない。


 稀に魔物の大暴走スタンピードなどもあるが、基本的には浅い階層での死亡率は高くはない。


「あれは……ゴブリンか」


 ゴブリンとは低ランクの魔物だが、徒党を組んだ時はランク以上の力を発揮してくる。決して舐めてかかってはいけない魔物だ。


 相手は俺を認識した瞬間、目が爛々と輝き始める。


 スキル邪悪イヴィルの効果を受けていて、よりゴブリンたちは獰猛になっていく。


「さて、早速やってみるか」


 俺は体内にある魔力の運用を始める。今回はスキルではなく、魔法での戦闘をすることに。この厄介な邪悪イヴィルを無効化するには、魔法を高めていく必要があるからだ。


 魔法とは作り上げた魔法構築式に魔力を流し込むことで発動する。ただし、俺の魔力特性は闇属性。どんな魔法、スキルを発動しても根幹の魔力が闇属性なので、その系統の能力しか発現できない。


『グゥウウ……』


 ゴブリンたちは俺の様子を窺っている。いつ飛び掛かってきてもおかしくはない状況。俺はそんな中でも、冷静に魔法を発動させる。


 この《星霜のアストレア》というゲームが名作たり得るのは、ストーリーだけではない。戦闘要素もまた、人気の理由の一つである。特に魔法は魔法構築式を自由に操作することができるのだ。



 基礎フレーム(属性設定)

 形状指定(球体、槍、壁など)

 出力制御(威力、効果範囲)

 持続時間(即時消失、持続)

 補助要素(追尾、拡散など)



 これらの複合的な要素を絡め合わせた戦闘スタイルはかなりのやり込み要素になっていた。さらに、無詠唱か杖などの触媒を使うのか、などでも変わってくる。


 しかし、これは諸刃の剣でもある。魔法は自由であるが故に、発動が遅い。スキルと比較すればその差は顕著に出る。だからこそ、魔法の扱いは十分に気をつけないといけない。


 そして、俺はこの流れで構築した魔法式に生来の闇属性の魔力を流し込んで魔法を発動する。


「──闇槍ダークランス


 展開する魔法は闇槍ダークランス。魔法構築式を生成、俺はそれぞれのゴブリンの頭上に射出位置を設定。


 そして──全ての闇槍ダークランスを一斉に射出する。


 ドドドド! と音を発してゴブリンを一網打尽にした。さらに俺は、拡散の魔法式も組み込んでいた。狙いが逸れたとしても、トドメをさせるようにしたのだ。


「うん。悪くないな」


 魔法構築式の生成は一瞬で完了した。これがユーリの才能であり、彼にはまだその上が存在する。


 俺はそれから数時間ほどダンジョンに篭って魔物との戦闘を繰り広げた。そしてついに──俺はユーリが原作終盤で覚醒する能力を手に入れる。



「よし。これなら邪悪イヴィルの能力を無効化できるな」



 確認してみるが、邪悪イヴィルは完全に発動していないし、オンとオフを自在に切り替えることができるようになっていた。

 

 こうなれば俺の実力はさらに伸びていく。実力をつける、という目下の目標はある程度は達成できそうだな。


「さて、帰るか」


 踵を返してダンジョンを後にしようとする。俺の方が帰宅は早いだろうからな。リアのために夕飯を準備しておくか。貰い物も多く、食材には困らないからな。


 その時だった。


 先ほど戦闘をしていたグールの生き残りが、背後から襲いかかってきていた。


「ん? あぁ。撃ち漏らしていたか」


 骨ばった体に灰色がかった肌を持ち、目は血走っており、鋭利な爪を俺に向けてくる。


「グゥォオオオオオオ!」


 俺は人差し指を軽く動かして、魔法を発動。指向性を持った槍が、グールの頭部を貫く。


「さて、今日の晩ご飯は何にするかな」


 俺の攻撃を受けたグールの体は、そのまま雲散霧消と化していく。


 その場にはパラパラと《《純白》》の粒子が舞うのだった──。



 冒険者ギルドに戻ってきて、俺は素材の換金を行う。


「すまない。換金、いいだろうか」

「はい。もちろんですよ」


 そして換金を終えて帰ろうとした時、先ほど知り合ったバルドから声をかけられる。


「なぁ、ユーリ」

「ん? あぁ。バルドか。どうかしたか?」

「お前……スキル、発動していないよな」

「気がついたか。これは他言無用で頼む」

「あ、あぁ……」


 流石に気がつくか。俺は現在、邪悪イヴィルの発動を完全に無効化している。


 ただこれは固有魔法の一種であり、まだ世界的にも確認されていない。


 俺は一応、バルドにそう釘を刺しておく。といっても、バレたとしてもそこまで問題はないと思うが。


 そして俺は、屋敷へと帰っていく──。



 †



 俺の名前はバルド。Cランク冒険者で、もう中堅と言っていいだろう。若い頃は王都で頑張っていたが、負傷したことで地元の村に帰ってきた。


 そこでたくさんの新人冒険者を見てきた。一攫千金を求めて冒険者になる人間は多い。

 

 しかし同時に、冒険者は死と隣り合わせの職業。生半可な気持ちで冒険者になって、死んでいくやつを俺はたくさん見てきた。


 だからこそ、新人には声をかけるようにしている。無駄死になんて気分が悪いからな。


「お。あれは……」


 見ない顔だった。装備も整っていないし、明らかに新人だろう。俺は早速、彼に声をかけることにした。


「何か用だろうか?」

「俺はバルド。Cランク冒険者だ」

「Cランク。それは凄いな」


 なるほど。こいつは闇属性の能力持ちか……かなりの威圧感があるな。ただ、凛とした雰囲気を纏っていて、話をしている感じは聡明な印象を抱いた。


「で、お前は?」

「俺はユーリ。まだ駆け出しのFランク冒険者だ」

「ククク……Fランクか」


 ユーリのスキルの影響で俺はニヤッと笑ってしまう。くそ、もっと愛想がいい感じにしたかったんだが。まぁ、こればかりは仕方がないな。


「ちょっとついて来い。お前に冒険者とは何かを教えてやるさ」

「分かった」


 そしてユーリのやつを武具屋に案内しようとすると、彼はあろうことか臨戦態勢に入っていた。その研ぎ澄まされた一挙手一投足に俺も流石に驚く。


 それから色々と話をしてみたが、こいつは大丈夫そうだなと俺は思った。正直なところ、冒険者の実力はある程度話をすればわかる。


 ただユーリは新人のFランク冒険者だが、かなりいい雰囲気を纏っている。けれど、彼は闇属性の担い手。これから苦労することは間違い無いだろうな……。改めて、才能ってやつは残酷だと俺は悟る。



「バルドさん。お疲れ様です」

「あぁ」

 

 俺もまたクエストをこなし、素材を換金しにやって来ていた。


「あぁ。そうそう。最近、グリフィンの素材が来たんですよ。一応買い取りましたが、状態がいいので王国に運ぶ予定なんですよ」


 受付嬢がそう声をかけてくるが、あぁ……そういえば、グリフィンが近くに出たんだっけか。


「状態がいい? 傷がないのか?」

「えぇ。脳天をズドン、と一発。非常に綺麗な死体でしたよ。でも、誰がやったのかは不明です」

「へぇ。ま、それだけの実力。もしかしたら、王都にいる《閃光の剣姫》が通りがかったのかもな」

「ですねぇ。おそらくはSランク冒険者レベルでしょうね、きっと」


 そんな会話をしていると、気がつけば背後にユーリが立っていた。


「すまない。換金、いいだろうか?」

「はい。もちろんですよ」

「……ッ!?」


 この俺が声をかけられるまで気配に気が付かなかった、だと? 何か特殊なスキルを発動させているのか? いや、そもそもユーリは闇属性の能力持ち。彼の威圧感に俺が気が付かないはずがない。


 そして、手続きを終えたユーリに俺は声をかける。


「なぁ、ユーリ」

「ん? あぁ。バルドか。どうかしたか?」

「お前……スキル、発動していないよな」

「気がついたか。これは他言無用で頼む」

「あ、あぁ……」


 そもそも、闇属性の能力を無効化するなんて聞いたことがない。いや、思えば初対面の時もかなり抑え込まれていた。それをダンジョンの中で何かをして、完全に無効化したって……ことなのか? そんな魔法やスキルが実用化されている話は聞いたことはない。


 世界中の学者たちは闇属性の研究に取り組んでいる。それを無効化するのは、魔法協会においても永遠のテーマとされているほどだ。俺は魔法の学術論文にも目を通すようにしているが、そんな技術はまだないはず……。


 間違いなく、この村では俺じゃなきゃ見逃してしまうほどのレベルの技術……! それほどまでにユーリはこの空間に馴染み切ってきた。



 それが本当だとすれば、こいつは一体……。天才なんて次元じゃない。まさに正真正銘の怪物ということなのか……!!? そうなってくるとグリフィンが綺麗に討伐されたのも頷ける。しかし、どうしてその実力を隠す? ユーリは本当に何者なんだ……っ!?


 いや……確か聞いたことがある。王国には極秘の精鋭部隊が存在していることを。その一員である可能性は大いにある。なるほど。身分を隠して、各地方の調査をしてるって感じか? ふ。やられたな、こりゃ。


 あの若さであの実力。それも決して驕っている感じもない。まさに傑物だな。世界ってやつはこんなにも広いのか。



 そしてユーリは悠然と歩みを進め、冒険者ギルドを後にする。



「ふ、ははは……そうか。俺もまだまだだな……」


 壁に体を預け、俺は天を仰ぐ。



 俺は見てしまった。天才を超える化け物って存在やつを。


 でも、そうだな。あいつを見て、俺は自分の心にまだ燻っている炎があることに気がついた。不思議と諦めではなく、俺は自分の心が駆り立てられている感覚を覚えた。



 また王都に戻ってみるか。これもきっと、運命かもしれないからな。



 俺は後にまた別の場所でユーリと再会することになるのだが、それまだ先の話──。

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