第6話 始まり
一緒に寝てもいい? その言葉を聞いて、俺は唖然とするしかなかった。
いや、それは今の俺には一番マズイだろ……!
男女で一緒に寝る、というのは概ね言葉以上の意味を含むからだ。そこから死亡フラグに繋がっていく、なんて未来も十分に考えられる。
「だ、だめ?」
「ダメというか、いや分かっているか?」
「はっ! まさかエッチなことするつもり!?」
リアはそう言うが、いや誘っているのはそっちからなんだよなぁ……と思いつつ。
「いやそんなつもりはないが……男女が一緒に寝るというのは、おおよそその意味合いを含むものだろう。むしろ誘ってきたのはリアからだよな?」
「うっ……それは……」
俺に指摘されて気がついたのは、リアは顔を俯かせる。ただよく見ると彼女の体は微かに震えていた。
その時。ピカっと空が光ったと思いきや、ドゴォン! と雷が大地に降り注ぐ音がしてくる。
おいおい。流石にやばい音だな。これ、木とかに落ちたら燃えてやばいことになるんじゃないか?
「きゃっ……!!」
リアはその音に驚いたのか、ぎゅっと俺に抱きついてくる。
あぁ。なるほど。雷が怖くて、一緒に寝たいと言う意味だったのか。
「リア。一緒に寝るのはまぁ、構わない。雷が怖いんだろう?」
「うっ……そ、そうだけど」
「その前に少し外を見てきてもいいか。流石に今の音は看過できない」
「え……どこか行っちゃうの?」
縋るような瞳で見つめられ、俺はどうするか悩むが……流石に外の様子は軽く見たほうがいいだろう。
「すぐに戻ってくる」
「……分かった」
俺はそして軽く外の様子を確認してみた。今は風もかなり強いので、傘をさすことはなく落雷のした方へ向かうと……木が縦に真っ二つにされていた。雷で真っ二つになるほどか。かなりの威力だったんだな。
ただ幸いなことに、引火はしていないようである。
俺は安心して室内に戻ると、玄関にはリアがタオルを持って待っていた。
「はい。濡れたでしょ?」
「助かる」
「うん」
俺は彼女からタオルも受け取って、体に付着した水分を取っていく。その様子をリアは何故か見つめてきていた。
「どうかしたか?」
「え……っ!? べ、別になんでもないけど……!?」
そう言う割には、顔が少しだけ紅潮しているようだが。
まさか風邪でも引いたのか?
「ちょっと失礼」
「ふにゃ……っ!」
俺はそっとリアの額に手を当ててみる。うん。どうやら、熱の類ではなさそうだな。
「何するのよ……!」
「顔が赤いから熱があると思ってな。でも、大丈夫そうだな」
「うっ……ま、まぁ別に元気よ」
十分に体から水分を取り除き、俺は自室へと戻っていく。その際、後ろでは俺の袖を軽く掴みながらリアがついてきていた。
さて。ベッドで寝ることになるが、怖いと言うのなら一緒に寝る必要まではないだろう。
「リア。俺は床で寝る」
「え……それは流石にちょっと!」
「俺は冒険者だ。むしろ床で寝ることなんて、よくあることだ」
「だ、だめ……」
ぎゅっとリアは俺の服の袖をさらに強く掴んでくる。そして、潤む瞳でじっと俺のことを見上げてくる。
「一緒に寝よ……?」
ぐ……っ! そう言われて、逆らえる男はいるのだろうか。いや──いない。
それに彼女の気持ちを無碍にするのも悪いので、俺たちは背中を合わせて一緒のベッドに入る。
依然として雨は深々《しんしん》と降り続ける。ただ、雷は徐々に離れていっているようで、光と音の差は大きくなっている。
「……きゃっ!!」
音は遠いが、落雷の音を聞いてリアは俺の背中にぎゅっと抱きついてくる。震え続けている彼女の手を俺はそっと握る。
「大丈夫だ」
「うん……」
明らかに落雷に対して強いトラウマがあるような素振り。リアの過去に何があったのか、俺は知らない。それでも彼女のことを安心させることはできる。
「ありがとう。無茶を聞いてくれて」
「雇用主の願いだからな。だから、あまり気にするほどのものじゃない」
「……そう」
静かな声。けれど、そこにはどこか安堵感が宿っているような。
そして気がつけば、リアから寝息が聞こえてきた。どうやら、眠ることができたようだ。
俺も寝るか。俺もまた睡魔に身を任せるのだった。
†
早朝。
俺は目を開けると、まだ時刻は五時過ぎだった。いつもよりも少し早く起きてしまったが、ここで寝ると二度寝になるからなぁ。
そう思って俺は起床することに。
「晴れてるな」
窓越しに外を見ると、雨はもう降っていなかった。それに曇り空もなく、今日はどうやら快晴になりそうだな。
そう思ってベッドから出ると、昨夜一緒に寝たリアは隣にはいなかった。
俺は朝食を取るかと思い、食堂へと向かうと──そこには二人分の食器が並べられていた。キッチンの方では音がして、そこにはエプロン姿のリアが立っていた。
「おはよう」
「あ、おはよう! ユーリ!」
リアはとても爽やかな笑みを見せてくる。昨日の恐怖心はもうないようだ。
どうやら彼女は昨日の残ったスープを温め直し、今は卵を焼いている。
「今日は卵付きか」
「えぇ。ユーリに料理を教えてもらったから、頑張ろうかなって。それに……」
彼女は顔を赤く染め、俺から視線をわずかに逸らす。
「昨日のお礼というか……! ともかく食堂で待ってて……!」
ぐい、と体をされて俺は食堂に行くように促される。ここは素直に従っておこう。俺はなんだか、母親のような気持ちになっていた。
うんうん。自分で頑張るのは大切なことだからな。
リアのことを待っていると、彼女は作り終えた料理を持ってきた。昨日の残りのスープに、今日は焼いたパンと目玉焼きもセットだった。
「ふふん。ちゃんと焦がさずにできたわっ!」
「ということは、今までは焦がしていたのか?」
「う……それは……」
なるほどな。あれだけ豪快な調理法をしていたんだ。きっと、火加減なんて強ければ強いほうがいいと思っていたんだろう。
「でも今日はちゃんとできたから!」
「じゃあ、早速いただくか」
俺はスープの方ではなく、まず目玉焼きの方に口をつけることにした。軽くフォークで切ってから、口へと運んでいく。
「ご、ゴクリ……」
その様子をリアは緊張感をもって見つめていた。
「うん。普通に美味いぞ」
「よ、よかったぁ」
彼女は安心したようで肩の力が抜けていく。確かに、人に料理を食べてもらうって、意外と緊張するよな。好みとかもあるし。ただ、美味しいと言われるのは嬉しいのは俺も分かる。
「うん。我ながら、美味しいわね」
リアも自分の料理を口にして、満足しているようだ。俺たちはそして、ゆっくりと朝の時間を二人で過ごす。
「あ。そろそろ私行かないと」
「仕事か?」
「えぇ。教会で仕事をした後、王国に行く予定があるから」
「なるほどな。食器はそのままでいい。俺が片付けておく」
「え……でも」
「しばらく二人で生活するんだ。協力してこそだろう?」
俺の言葉を聞いて、リアは大きめを見開く。もしかして、余計なことを言ってしまったか……?
「うん……っ! ありがとう! じゃ、行ってくるわね。帰りは多分、夜になると思うから。戸締りはえっと──」
俺はリアに一連の戸締まりの方法も教えてもらい、玄関に彼女を見送りに行く。
リアはトントンと靴を履き直し、銀色の艶やかな髪の毛を手櫛で整える。
「見た目、大丈夫そう?」
修道服の着こなしも確認して、リアはそう俺に訊いてくる。俺は素直に思ったことを彼女に伝える。
「あぁ。綺麗だと思う」
「う……っ。じゃあ行ってくるから!」
「あぁ。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
まるでその言葉を噛み締めるかのように、リアは出勤していった。聖女候補もきっと、色々としがらみなどもあるのだろう。
俺はあくまで原作のリアの表面的なことしか知らなかった、ということか。
「さて、俺も行くか」
リアを見送ってから、俺もまた準備をする。
俺が向かう先はもちろん──ダンジョンである。