第5話 意外な一面
室内には机とベッドが置いてあったが、かなり埃をかぶっている。これは流石にある程度の掃除をしないといけないだろうな……。
ただ、他には明かりなどはあるようなので、夜は問題なさそうだ。
そもそも、彼女を護衛するという名目で屋敷には無料で泊まらせてもらうのだから、贅沢は言えない。
それに俺としても別に贅沢は望んでいない。彼女の悩みの原因を特定、そして自分の能力の確認をしたらすぐに王国へと向かうつもりだ。
俺は部屋に荷物を置いてカーテンを開くと、大量の埃が舞う。
「ごほっ……! 流石に掃除道具が必要だな。リアに訊きにいくか」
廊下に出て、俺は彼女が待っているであろう食堂へと向かう。
そして迷うことなく食堂に辿り着くが、そこにリアの姿はなかった。
「いない……?」
どこにいるのだろうか。と疑問に思っていると、隣の部屋から何やら音が聞こえてくる。
音の鳴る方へと向かうと、視界に入るのはキッチンだった。屋敷ということもあって、広々としたキッチンだ。まぁ、本来は大人数で住む場所だしな。キッチンが大きいのも当然か。
リアは何やら包丁で食材を切っているようで、多分じゃがいもか?
他にも根菜類が転がっている。察するに……スープでも作ろうとしているのか。大きな鍋が隣にあるしな。
ただ、その……非常に危なっかしいというか。真上から包丁を叩きつけ、全く料理に慣れていないことが窺える。
それはもはや料理というより、工作に近い所作だった。
「ん〜! なかなか切れないわねぇ……!」
「大丈夫か?」
「ん? 何よ。一人でできるわよ……っ!」
あろうことか、リアは包丁を持ったまま俺の方へと振り向いてきた。
うーむ。これは掃除道具のことを聞く前に、料理の方をどうにかした方が良さそうだな。
「危ないだろ」
「何が?」
「包丁を真上から叩きつけるやつがあるか」
「え? そ、そういうものじゃないの……?」
「ちょっと貸してみろ」
「えぇ」
俺は彼女から包丁を受け取り、手早くじゃがいもを乱切りにしていく。
小刻みにテンポ良く。あっという間にじゃがいもは一口サイズになった。
「すごっ! あなた、料理が得意なの?」
料理は確かに得意だが、刃物の扱いに長けているのは冒険者だからだ。テオとソフィアとパーティ組んでいていた時は、俺が調理担当だったしな。この程度は朝飯前だ。
「まぁな。包丁の扱いはまず、左手を猫の手にする」
「猫の手?」
「あぁ。こうして、食材を固定。右手の包丁は奥から手前に引くようにして切る。逆も同じ。上から下じゃなく、引いて押す。これが基本だ」
「へぇ。なるほどねぇ」
リアは感心している様子だが、この調子で今まではどうやって食事をしていたんだろうか。
「というか、今まで食事はどうしていたんだ?」
「う……その。まぁ、外食が多いというか。外に出れば、みんな私に優しくしてくれるから。パンとかが多いかも……」
「なるほど。だが、どうして今日は家で調理を?」
「だ、だって……っ!」
彼女は何か言いたそうな顔をしていたが、すぐには発しない。何か理由があるのだろうか?
「その……初めてのお客さんだし。もてなしたいって思ったの。ちょうど貰った食材もいっぱいあったし……」
顔を赤く染めながら、リアは素直に告白した。
ただ、このままだといつ手を切ってしまうか分からない。
「俺が教えようか? 料理なんて簡単だ。材料を切って焼く、煮る、蒸す。その調理工程をこなせば誰でもできる」
「本当っ!?」
「あぁ」
「実はその……お料理って憧れていたの」
「へぇ。どうしてだ?」
「笑わない?」
「あぁ」
料理に憧れるのに、笑う理由なんてないだろうに。俺はそして、彼女から予想外の返答を受け取ることになる。
「お嫁さんになった時、旦那さんには美味しい料理を振る舞ってあげたいじゃない……? ふふ。やっぱり、胃袋を掴むって大事らしいし」
「……」
それはあまりにもタイムリーな話題だった。ま、まぁそれはその通りだな。
いや、待て。リアは自分の想いを吐露しているだけで、その対象が俺というわけではない。自意識過剰になっているな。いけない、いけない。
俺はそれに対して、ごく自然に返答する。
「そうだな。じゃあ、将来のためにも基本的なことを教えよう」
「うん! ありがとっ!」
その満面の笑みはとても美しいものだった。リアという少女とは出会ったばかりだが、少しだけ彼女のことが分かった気がする。
「スープ料理を作りたいんだろう?」
「え。よく分かったわね」
「食材と鍋があるからな。まず、肉、野菜を乱切りにしていく」
「ら、乱切りね……」
リアは慣れない手つきで食材をゆっくりと乱切りにしていく。さっき俺の言ったことをしっかりと理解しているようで、問題はなさそうだった。
「でも、なんでこの形に切るの?」
「この方が火の通りが早い。スープ料理はテキトーに切って煮ればいい」
「へぇ。料理も色々とあるのねぇ」
俺が手順を教え、リアはそれを実践していく。今まで料理をしたことがないだけで、彼女の要領は非常に良かった。この調子でいけば、すぐに一人で料理はできるようになるだろうな。
そして、鍋で肉を焼いてから水を入れ、さらに切った野菜なども入れていく。ハーブなどの香料もあるようなので、それも追加で。
しばらくすると、いい香りが漂ってきた。最後に塩で塩味を整えて終わりだ。
「うわぁ……美味しそうね!」
「だな。やっぱり出来立てに限るな。それに、食材の質もかなりいいようだ」
「みんな私に気を使っていいものくれるから」
「なるほどな」
無事に料理も終わり、テーブルで食事を取る。二人にしては少し大きめテーブルに対面で座る。
スライスしたパンとスープという簡素な料理だが、それでも十分に素材の良さが際立っている。これは塩だけで味付けしたのは賢明な判断だったな。
「うまっ!」
「こればかりは素材の良さだな。くれた人に感謝しないとな」
「ね。ちゃんとお礼を言っておくわ」
リアはハイペースで食事をすすめていく。俺も口にしてみるが、まずは野菜の旨いが広がっていく。その後に肉を噛み切ると、肉の旨味も混ざり合っていく。
塩味もちょうど良く、非常に美味い。ハーブもいい感じに調和しているし、パンももちもちしていて高品質なようだ。
「本当に美味しいわね……やっぱ、料理って偉大ね」
「そうだな。食事は大切だ。ま、あとはしっかりと今日の工程を覚えておくと良い。くれぐれも、真上から包丁を叩きつけるなよ。薪割りじゃないんだから」
「はいは〜い。ふふ。ルーカスってば、お母さんみたいね」
リアは微笑を浮かべる。やはり、その仕草一つとっても彼女が美女なのは間違いなかった。しかし……やはり、時折顔に影が差しているような。
思えば、彼女はどうして一人で生活しているのだろうか。
「なぁ、言いにくいならいいんだが、どうして一人なんだ?」
「……」
彼女は黙って下を俯く。原作でも聖女リアの過去の掘り下げはほとんどない。だからこそ、俺は訊いてみることにしたが……。
やはり、訊いていい話題ではなかったようだな。俺はすぐに彼女に謝罪をする。
「すまない。なかったことにしてくれ」
「ううん。私その……両親が分からないの。いわゆる、捨て子ってやつで。孤児院で育ったの。親の顔も知らないし、親族も分からない」
「……そうだったのか」
なんとなく予想していたが、そういうことだったのか。
「うん。だから、お母さんがいるならこんな感じなのかなって」
「そうだな。きっと、そうだと思う」
「うん」
話はそこで打ち切れられた。そして二人で淡々と食事をとった後、俺はリアに掃除道具の場所を訊いた。
そして自室へ戻って、手早く部屋の掃除をしていく。
埃はほとんどなくなったし、ある程度は綺麗になった。あとは後日もう少し掃除でもするか。
そうしているうちに深夜になった。俺は明かりを灯して、ノートにこれまでの情報を書き込んでいた。
まずはしばらく、この村を拠点にして自分の実力を伸ばしていく。リアの件もそれと付随して、解決することができればいいが。
「雨か。それに雷も来たな……明日は晴れるといいが」
窓に視線を向けると、外は大雨だった。土砂降りの雨に、明滅する雷。音と光に差がないので、きっとかなり近くだな。ま、今日はもう寝るか。
そう思っていると唐突に、扉がノックされる音が室内に響く。
間違いなくリアだろう。
扉を開くとそこには、真っ白なパジャマ姿で胸の前に枕を持ったリアがそこに立っていた。
頭にはナイトキャップもつけていて、いつもの凜とした感じではなく、可愛らしさが目立っていた。
彼女は微かに瞳を潤ませ、上目遣いでじっと見つめてくる。
「ねぇ」
「なんだ?」
「その……一緒に寝てもいい?」
「──は?」