第3話 ヒロインとの出会い
目指す場所は、レヴァリス王国である。世界最大の都市の一つであり、ラグナス帝国と双対をなす大国だ。
西の大国はレヴァリス王国。東の大国はラグナス帝国。
現在は特に大きな摩擦はないが、テオはその戦いに巻き込まれていく──というのがこのゲームのストーリーである。
俺はまずは王国に向かって情報収集をしようと思っている。帝国に向かってもいいのだが、帝国は非常に入国が厳しい。
それに、中に入ったとしても変な動きをすれば監禁される可能性もある。
完全なる軍国主義であり情報統制も完璧。そんな所に無計画で入るわけにはいかない。
だからこそまずは王国へ向かうことにしているのだ。
『きゃ────ッ!!』
ちょうどその時。女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
もしかして、誰かが魔物に襲われているのか? 決してそれは珍しいことではないが、俺のパッシブスキルは魔物を引き寄せる。
効果範囲は五メートル程度だが、それでも魔物は遠距離から俺のことを感じ取って群がってくる。
俺ではなくなぜ別の人間が襲われているのか。その理由は分からないが、ともかく俺は颯爽とその悲鳴がする方へと向かう。
「あれは……」
俺はすぐに状況を理解した。
馬車が倒れ込んでいて、運転手と思われる男性は額から血を流して気絶している。
そしてもう一人いるのは──女性。
彼女の長い髪は月光をそのまま編んだかのような銀の輝きを放ち、大きな瞳は澄んだ湖のような青を宿している。
肌は白磁のように滑らかで、陽の光を浴びると淡く透き通るかのよう。
そして黒を基調とした修道服に身を包んでいるが、それは微かに土で汚れていた。
俺は彼女に見覚えがあった。
彼女はヒロインの一人である、聖女リアだ。
物語の終盤でテオの仲間になって活躍する女性の一人である。
「──大丈夫か?」
ここで助けないという選択肢はない。俺はすぐに彼女と襲っている魔物──グリフィンの間に立つ。
グリフィンとは獰猛な空飛ぶ肉食獣で、その体は筋骨隆々な獅子そのもの。
頭、前足、翼は鷲ものである。知性も非常に高く、獲物を狩る能力は魔物の中でも随一。
ただし、グリフィンはもっと高難度の森などに出現する。この森に出てくるはずもないのだが……。
『グルゥウウウウウ』
ともかく、やるしかないな。
「ここは任せろ」
「で、でも……っ!」
「大丈夫だ」
俺は腰に差している剣を抜いて、グリフィンと対峙する。よく見れば、目が赤く染まっており爛々と輝いている。
先ほどはスキルを試したから、今度は魔法の実践といくか。
『ギィイイイアアアアアアアア!!』
グリフィンがその鋭利な爪を向けて襲い掛かってくる。翼を動かして微かに飛翔。滑空するような形で向かってくるが──俺はそれを真正面から受け止めた。
スキル《身体強化》を発動して、その上に《剛腕》という上位スキルも発動する。
相手と鍔迫り合いのような形になるが、もうすでに決着はついている。
「──闇槍」
俺はスキルを発動しながら、魔法も同時に発動。グリフィンの脳天に向けて、闇属性の槍を展開。その槍は真っ直ぐグリフィンの脳天を貫いた。
ドォン、とその巨体が地面に倒れ込む。
ふむ。魔法の発動も問題はないな。やはり、ユーリは紛れもなく天才だということを俺は実感する。
スキルと魔法を同時に扱える才能を持ち、それをスムーズに扱うことができるのはやはり天才でしかない。
「え……? グリフィンをこんなにあっさりと……?」
彼女は呆然としている様子だった。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「あっ……えっと。その大丈夫です。でも彼はちょっと……すぐに回復をしないと」
彼女はそう言って倒れている男性の元に向かうと、「ヒール」と言葉を発して回復魔法を発動する。
「う……」
「大丈夫そうです」
どうやら男性の状態は直ぐに良くなったようだった。
「改めて、本当にありがとうございました」
「いや。別に問題はない。申し訳ないが、あれの処理はお願いしても?」
「はい。冒険者ギルドの方に伝えておきます」
それから彼女は何かを思い出したかのように、言葉を漏らした。
「あ。自己紹介がまだでしたね。私はリアと申します」
「俺はユーリという」
「ユーリさん。この度は本当にありがとうございました」
改めてリアは深く頭を下げた。サラリと銀色の髪が零れ落ちる。
「あの……っ! ぜひ、改めてお礼をしたいのですが。村も直ぐ近くにありますので」
俺は少しだけ思案する。
原作ではテオ視点で物語が進み、聖女リアの過去などは深掘りされていない。まぁただ──ここで彼女と接点を作っておくことは悪くはない。
最終戦ではきっと力になってくれるだろうしな。
そして俺は、彼女の申し出を受け入れることにした。
「そうだな。俺もちょうど村には滞在する予定だった。こちらこそ、よろしく頼む」
「ありがとうございます!」
リアは満面の笑みを浮かべる。
馬車に乗り込む前、俺は彼女に先ほどの状況を少し尋ねてみる。
「それにしても、災難だったな。まさかこんなところにグリフィンが出るとは」
「えぇ。私も流石に驚きました。王国からの帰り道だったのですが、高ランクの魔物がこの森に出るのは見たことはありませんでしたから」
「まあ、魔物の生息地に傾向はあっても絶対的なものではない。きっとイレギュラーだろう」
「そうかもしれません。しかし、ユーリさんのおかげで本当に助かりました。きっとこれも神のお導きでしょう」
聖女リアは誰よりも信心深い。彼女は両手を組み、目を瞑って神への祈りを示す。
そして俺たちは馬車でその村へと移動していくが、俺はもう一つ彼女に対して疑問を投げかける。
「リアは俺のことが怖くはないのか?」
「あ。もしかして、ユーリさんのスキルのことですか」
「あぁ。俺のパッシブスキルの邪悪は生物に恐怖心を与える。ただ、リアは問題ないように見えるが」
「私のパッシブスキルは寵愛。ユーリさんとは逆で、生物から好かれるものです。魔物にはあまり効果がありませんが」
「あぁ。なるほど。相殺しているのか」
一応その情報は知っていたが、念のために確認したが……やはり、この世界は俺の知っているゲームの世界ということか。
「ふふ」
「どうした?」
「いえ。なんだか、運命みたいだなと思いまして。私と出会う人はその、このスキルでとても愛想が良くなるので」
「すまないな。無愛想で」
「いえ。そんなことはありません。初対面なのですから、別に普通だと思いますよ」
微笑を浮かべるリアは彼女のスキルの影響のない俺でも、魅力的なものに見えた。
彼女も俺と同様にスキルの効果は魔力で抑え込んでいるようだが、それも互いに完璧ではない。リアも少し、物珍しかったのかもな。
「着きました。では、ぜひ私の屋敷へ」
「屋敷? 教会とかではなく?」
てっきり教会に向かうものだと思っていたので、俺は意外に思う。
「ユーリさんはスキルを抑えていますが、普通の人は少なからず影響を受けてしまうでしょうから」
「しかし、いいのか?」
「はい! 私、少し大きな屋敷に一人で暮らしているので、大丈夫ですよ」
ニコニコと笑っているが、それは本当に大丈夫なのか……?
いや待て。ここから彼女と親密になって結婚フラグへと繋がっていく──なんてことは流石に俺の考えすぎだろう。
まぁ、リアの提案通りにするか。
「分かった。では俺は先に宿を取ってから向かうことにする」
「はい。私の屋敷はこの先にありますので。宿も途中にあります。それでは、私は少し教会に向かうので、後で合流しましょう」
「分かった」
一度、俺とリアは解散することになった。
俺はそれから宿を取ったが、まぁ相変わらず受付では相手がかなり俺にビビっていた。
おかげで手早く手続きは終わったのだが……。
うーむ。こればかりは仕方がないが、流石に不便だな。対処法はあるが、それはユーリが物語後半で覚醒する能力を使うしかない。
俺は自分の能力の本質を既に知っている。
しばらくはこの村に滞在して、その能力を引き出してみるか。幸いなことに、この村の近くには小規模なダンジョンもあるし、冒険者ギルドもあるからな。
「もう夜か」
気がつけばもう黄昏時。微かに猛禽類たちの鳴き声も聞こえる時間帯になってきた。
俺はリアの屋敷へと向かうが──その途中で教会を発見した。
教会は重厚な石造りで、背の高い尖塔が空に向かって高く伸びている。大きなステンドグラスはまだ微かに残っている残照を反射し、色とりどりの光が内部に差し込んでいる。
まさに教会にふさわしい神聖な空間がそこにはあった。
「あぁ。聖女様! これからもどうか、私たちをお救いください……っ!」
「えぇ。神はいつでも、あなたたちと共にあります」
見れば、教会内ではリアと信者たちがそんなやりとりをしていた。
「あなたたちに、神の祝福があらんことを」
とても綺麗な笑みを浮かべて、祈りを捧げる所作を見せる。その姿はまさに聖女に相応しい。
これがリアの用事か。ちょうど良いし、一緒に屋敷に向かうか。
そして一応、俺は彼女に声をかけようとするが……リアは信者たちを見送った後、教会の裏の方へと移動していた。
「はぁ……ダル。ていうか、マジで肩凝るぅ。誰かマッサージとかしてくれないかしら」
ぐるぐると右肩を回してリアはそうぼやく。
ん? なんか口調がおかしいというか。
雰囲気も俺が知っている彼女とは異なるものだった。ゲームでは、聖女リアは誰よりも清楚で純真無垢な存在だからだ。
そして彼女は修道服のポケットから一本の花を取り出す。
あれは──フラナムの花と呼ばれるものだ。花を燃やすとその煙が茎の内部を伝って、外に排出される。
それを口で吸引して楽しむ嗜好品だが、まぁタバコみたいなものだ。
別に違法なものでもないし、この世界では至って普通のものだが……。
「ぷはぁ……これがないと、やってられないわよねぇ。この後は接待もあるし、はーあ。聖女って疲れるわよねぇ。本当に」
その絵面は完全にタバコを吸っている聖女そのもの。あまりのギャップに、俺は見てはいけないものを見てしまった感覚に陥る。
繰り返すが、俺の知る聖女リアは誰よりも清楚で純真無垢な存在なのだ……。
み、見なったことにしよう。うん。それがお互いのためってもんだろう? 誰だって、その……ストレスとかはあるしな……。俺も前世の会社員時代は大変だったし……。
移動しようとすると、俺は動揺のせいもあって近くの草に引っかかってしまう。
ガサっと大きめの音が出て、リアが俺の方に視線を向けてくる。
そして──互いの視線が交わってしまう。
「あ」
「えっ……!?」