第25話 報告
帝国暗部の一つ、灰燼は着々とイヴ暗殺計画を進めていた。そのリーダーであるシンダーは、いつものように宿の一室で女性部下のノワールと話をしていた。
「ノワール。情報収集は済んだか?」
「はい。資料はこちらになります」
「ふむ」
シンダーはノワールの集めた情報に目を通す。イヴの身体的特徴、性格、さらには得意としている戦闘スタイル。暗殺するための情報がそこには書き込まれていた。
「強いな」
「えぇ。天才の部類でしょうね。あの若さでこの王国でAランク冒険者になっているのは伊達ではありません」
「闇夜からの強襲は難しいだろうな」
「はい。彼女は気配感知のスキルを持っています。常時発動しているようですし、あまり近寄るとバレるでしょう」
「そうなって来ると、即座に暗殺は不可能。だが、舞台を用意することはできる。分かっているな?」
「はい。そう仰ると思って、ダンジョン内でいい場所は選定してあります」
「流石だ」
失敗は許されない。灰燼は設立されてこれまで、失敗したことはない。失敗=死。彼らはその覚悟を持って、帝国のために動いている。全ては皇帝を世界の支配者にするために。
二人が話をしている最中、もう一人のメンバーが影から唐突に姿を見せた。
「調子はどうだ?」
「遅いぞ、エコー」
「はは。ちょっと寝坊してな」
落ち着いた二人とは対照的なエコーと呼ばれる男性。もちろん、全員がコードネームである。エコーは軽く笑っていて、そんな彼にリーダーのシンダーは資料を渡す。
エコーはそれを即座に読み込むと、ニヤッと笑みを浮かべた。
「シンダー。この女、俺が殺ってもいいか? やっぱ、殺すなら女だよなぁ。ククク……冷徹な女がどんな歪んだ顔をするのか、楽しみだぜ」
「……」
そう言われてシンダーは顎に手を当てて、思案する。本来ならばリーダーである彼が担当するのはいつものことで、エコーは無理だろう分かりつつそう提案したのだ。ただ、シンダーの解答は意外なものだった。
「──あぁ。お前が担当しろ」
「お、いいのか?」
「あぁ。イヴはお前が殺せ」
「ははは! いいねぇ。まさか俺に任せてくれるとは、シンダーも分かってるな!」
「……」
もちろん、シンダーはエコーのことを手放しに信頼して任せたわけではない。彼はまだ確信はないが、イヴの暗殺には何か大きな意志のようなものが絡んでいると考えていたからだ。あくまでエコーの存在は囮として使っていた。もちろん、それを本人に伝えるわけはないが。
一旦二人の会話が終わり、次はノワールが言葉を発した。
「シンダー様。一応なのですが、最近頭角を表している別の冒険者がいまして。資料はこちらになります」
そこにはリアの情報が綿密に書き込まれていた。シンダーはそれに目を通すが、特に脅威ではないと判断する。
「ふむ……あぁ。元聖女候補の女か。こいつがどうかしたのか?」
「いえ。ただ、彼女はいかが致しますか」
「そうだな。殺せ。いずれ邪魔になるのなら、殺しておいて損はない」
「はい。かしこまりました。それとユーリという冒険者に関してです。全く脅威ではありませんが、イヴとパーティーを組んでいて目障りですが……」
「そいつも殺す。まとめて三人とも抹殺だ」
「お。いいねぇ! 久しぶりに大仕事だな!」
「……はい」
ノワールは丁寧に一礼をするが、彼女には一抹の不安があった。それはリアという存在には何かあるような気がするという直感。しかし、この組織内においてそんな不確定なことは報告はできない。
ノワールは自分の直感を信じないことにした。所詮は、元聖女候補。冒険者になったとしても取るに足らない存在だと、思うことにした。それが──後に大きな後悔になるとも知らずに。
「では、改めて作戦を伝える」
帝国の暗部、灰燼は──ついにユーリたちに襲い掛かろうとしていた。
†
朝にいつものように準備をしてリアと二人で食事を取っていると、彼女があることを伝えてくる。
「ユーリ。今日はイヴちゃん、借りてもいい?」
「何か用があるのか?」
「実はユーリがイヴちゃんとお買い物をした日に《《偶然》》会って仲良くなったの。またちょっとお話ししたいことがあって、ダメかな?」
「ふむ。それなら俺は今日はソロでダンジョンに潜ってみるとしよう」
「うん! イヴちゃんの方には私から伝えておくからね」
「助かる」
ということで今日はイヴとダンジョンに潜る予定は無くなってしまった。ただ、正直なところイブに教えることはもうない。元々の素質もあるし、イヴは愚直に一人で努力してもやっていけるだろうしな。
ただ、リアは何の用がイヴにあるんだろうな。まぁ、そこは俺が関与するところじゃないか。きっと二人なら仲良くしてくれるだろうしな。
今日はそうだな。自分の鍛錬のために一人でダンジョンに潜ってみるとしようか。冒険者ギルドで俺はクエストを受注するのではなく、探索ということにしてダンジョンに潜るつもりだった。
探索の場合はクエストをクリアする必要はなく、冒険者の中には魔物との戦闘ではなく素材集めを主にしてる者もいる。そして、ダンジョンに潜ろうとした際──俺は背後から肩を叩かれる。
「よ。ユーリ」
「バルドか」
「あぁ。今日は一人か?」
「そうだな」
俺はバルドの質問に首肯すると、彼は少しだけ考える素振りを見せて口を開いた。
「……俺も同行してもいいか?」
「別にクエストは受けないぞ。普通に探索で潜るだけだ」
「それでいい。俺はただ、ユーリの実力をこの目で見てみたいと思ってな」
ふむ。まぁ──バルドには見せてもいいか。極力隠しておきたいものだが、彼は協力者でもある。彼には一方的に情報を求めておいて、こちらが隠すのは不義理というものだ。それにバルドはどうやら、冒険者の中では一目置かれているらしい。彼とさらなる友好関係を築いていくのは、決して悪いことではない。
「あぁ。いいぞ」
「やったぜ。じゃあ、早速行くか? どこまで潜る予定なんだ?」
「そうだな。軽く五十層まで行ってみるか?」
「──は?」
俺とバルドはそれから二人でダンジョンの深部を目指していった。俺は自分の能力を解放してさらに深部へと潜っていく。ただし──その際、何者かがついてきていないかは確認しておいた。俺にマークをつけることはないと思うが、念のために。
またバルドも伊達にCランク冒険者ではない。彼も何とかついてくることができていた。彼はスキル重視のタンクと呼ばれる役割をメインとしていて、魔物の攻撃を全て集めていた。
そのおかげもあって現在、俺たちは三十層まで辿り着いていた。
「はぁ……はぁ……ま、まじか……たった数時間で三十層か。それも転移陣を使うことなく。ユーリのことは疑っていなかったが、これは聞いた話以上かもしれないな」
「聞いた話?」
俺はバルドに向かって水の入ったボトルを手渡す。彼はそれを受け取ると、一気に飲み干していった。
「あぁ。リアと組んでいるんだろ? 彼女から色々と話は聞いてるぜ」
「なるほど。リアは俺の実力をある程度は知っているからな」
「だが、実際に聞くのと見るのとじゃ訳が違うぜ。まさか、闇属性をぶつけ合わせることで光属性にするなんてな。その技術、発表したら一攫千金になるだろ」
バルドはそう言ってくるが、俺は首を横に振った。
「いいや。そもそもこれを実行するには膨大な魔法演算領域が必要になってくる。たとえそれがあったとしても、その魔法式を処理するのもかなりの魔力を必要とする。だから俺以外に再現できるとは思えない。それに仮にこの情報を帝国が手にしたら──あいつらは非人道的な実験に手を染めるだろう。人工的にこの技術を再現しようとしてな」
「……なるほどな。すまない。俺があまりにも浅慮だった。許してほしい」
バルドはそう言って深く頭を下げたが、別に彼も本気で言っているわけではないのは分かっていた。俺はすぐにその謝罪を受け入れる。
「いや、別にいいさ。ただし──この力を見せた意味は分かってるよな?」
「あぁ。もちろんだ。そこまで話してくれるのは、俺のことを信頼しているからだろ。俺から情報をもらうだけでは信頼関係は築けない。そう思っての行動だろう」
「分かっていたのか」
「へへ。まぁ冒険者も長くやってるしな!」
改めて俺はバルドとあの村で出会って良かったと思った。俺は原作知識があるとはいえ、万能というわけではない。全ての流れを完璧に把握できるわけではないし、俺の行動によって変わっている部分もあるだろう。
リアは聖女にならないしな……いや、実際のところそうなると何かヤバいこととかあるんだろうか。しかし、それはリアの選択。無理やり原作に当てはめて、聖女になれなんてとても言うことはできない。
この世界はゲームの世界であったとしても、それぞれみんなが生きている世界なのだから。
「それと、俺の方も伝えたいことがあってな」
「例の件の進展か?」
「あぁ。どうやら王国だけじゃなくて、違法な魔道具の取引は他国でも行われているらしい。この前商人と話して、それを聞いたぜ。ただ、王国騎士団側もその情報はかなり制限しているらしいけどな」
「ふむ……いたずらに一般市民に恐怖心を与えても意味はないしな。情報統制は当然だな。しかし、やっぱりバルドにこの件を話しておいて良かった。俺だと商人との繋がりはないからな」
「まぁな! 自分で言うのもなんだが、俺は割と適任だと思うぜ?」
「あぁ。間違いない」
バルドは少しだけ気恥ずかしそうに笑った。
「ただ俺が知ってるのはここまでだ。追加で何か分かれば教えるが──きっとリアならもう色々と分かってるかもな」
「ん? 何でだ?」
「ユーリ。リアはやばい。それは知っているか?」
バルドは今までとは異なり、とても真剣な顔つきでそう語りかけてくる。しかし、俺はその言葉の意味がいまいち理解できていなかった。リアがやばい、とはどう言うことだろうか。
「やばい……?」
「あぁ。彼女は今、史上最速で冒険者ランクを上げている。このペースでいけば、すぐにAランクに届くだろう」
「は? そんなにか?」
俄には信じられなかった。確かにポテンシャルはあるし、Bランクならいけると思っていたが──Aランクにすぐに届く? それだけAランク冒険者とは特異な存在感。イヴは今の若さでそのランクに至っているが、それはイヴに圧倒的な才能と血の滲むような努力があってこそ。
Cランクになったのも驚いたが、俺は今のリアでは流石にAランクには届かないと思っていたが……。俺が見ていない間に、そんな凄いことになっていたのか?
「それに帝国の件の調査も尋常じゃねぇ。すでに俺と同等かそれ以上の情報網を築いている。リアは美人だし、愛嬌もいい。冒険者や商人とかの受けもよくて、あれは天性のものだな。きっと近いうちに報告があると思うぜ」
「あ、あぁ。それは楽しみだな……」
え……ど、どうなっているんだ? リアは原作では後方支援タイプのキャラで別に情報収集に長けているなどの設定はないはずだ。俺の影響で冒険者になったことで、リアは全く別の道に進んでしまっているということなのか……?
それから俺たちはしばらくダンジョンで魔物を狩って、解散することになった。俺も感覚の調整ができたし、バルドともしっかりと関係を改めて築くことができた。
そして宿に戻ると、すでにリアが待っていた。彼女は俺が帰ってくると、笑顔で出迎えてくれる。
「あ! おかえりさない!」
「あぁ。イヴはどうだった?」
「うん。イヴちゃんはとっても《《いい子》》だね。それにきっと──ううん。何でもない」
「そうか?」
俺は別に気になることでもないので、それに対して言及することはなかった。俺はリアの準備してくれた食事に口をつけていると、リアはまるで世間話の時のように話しかけてきた。
「ねぇユーリ」
「どうした? もしかして、例の件か?」
「流石はユーリ! やっぱり、あなたは何でもわかるんだね」
「ん? いや別に何でもってわけじゃないが」
バルドがちょうど報告があるかもって言っていたからな。ただその報告は──まさに青天の霹靂。全く予想だにしない言葉をリアは伝えてきた。
「それで本題なんだけど──多分、帝国の暗部を特定できたわ」
「ん……?」




