第2話 追放されるのは、俺
「え?」
「おい、ユーリ。どういうことなんだ? 流石に説明してほしい」
ソフィアはその言葉をまだ理解できないのか呆然とし、テオは俺に真剣な眼差しを向けてくる。
俺たちのパーティーは活動を開始して、まだ三ヶ月しか経っていない。
もちろん全員がまだ最低ランクのFランク冒険者だ。ただし、テオはこれから破竹の勢いで冒険者として活躍していくのだが。
原作であれば、ここで嫉妬心からユーリがテオに難癖をつけて彼を追放する。
しかし、俺は敢えてここで自分が出ていく判断を下した。
まぁ一人でいる方が色々と行動しやすいだろうし、テオも俺といない方がもっと成長できるに違いない。
原作のゲームとは異なる展開にはなるが、きっと大丈夫。それだけの強さがテオにはあるからな。
「俺はお前たちのレベルに達していない。つまり、足手まといということだ」
「そんなことはない!」
「そうだよ! 何でそんなことを言うの!?」
テオもソフィアも俺の言葉を否定する。二人は心からそう思ってくれていて、優しさが窺える。
しかし、俺──ユーリにはある問題が確かにあるのだ。
「いや、これは事実だ。俺はスキルの特性上、二人に迷惑をかけることも多いだろう?」
「……っ! それは……」
「……」
テオもソフィアもいい奴だ。
俺に宿る呪いと呼ぶべきスキルに対しても、真っ直ぐ向き合ってくれていたが、実際はかなり問題のあるスキルなのだ。
俺とルーカスは対照的な存在だ。ルーカスは光属性に特化しており、ソフィアは回復に特化している。
一方の俺と言えば──闇属性に特化した能力を有している。
スキル特性は生来のものであり、それを変えることはできない。
才能とは祝福でもあり、呪いもである。
テオとソフィアの二人にとってスキルとは祝福であり、俺にとっては呪いなのだ。
こればかりは受け入れるしかない。
「闇属性の能力。しかも俺の特殊なパッシブスキルは魔物を引き寄せる。テオは魔物と戦う機会が多くなるからと言っていたが、いつどんな危険に晒されるか分からない。俺のような不穏分子は排除しておくべきだ。それが合理的な判断だ」
「でも、俺たちは幼馴染だぞ! 誓っただろ。いつか、立派な冒険者になるって……!」
「そうだな。でも、同じ道を進むのは危険だ。テオ、ソフィア。お前たちはいい奴だ。だからこそ、王道を進むべきだ。俺がいるとその道は邪道になる。俺は俺で、その約束を果たすさ。またいつか、互いに立派な冒険者になって会おう」
「……意思は固いのか?」
「あぁ」
懇願するような瞳を向けてくるテオ。ソフィアの目からは微かに涙が零れ落ちていた。
俺たちはずっと一緒だった。幼い頃、魔物に襲われたところを俺たちは冒険者に救われた。
その経験から、三人であの冒険者のような──人を助けることのできる、立派な冒険者になろうと誓ったのだ。
けれど、俺たちは同じ道を歩むべきではない。
この先の未来を知っているからこそ、俺は彼らと離れる判断をした。
俺だって離れたくはないさ。二人と過ごした日々はかけがえのないものだった。
でもだからこそ、あの戦争のような悲劇を起こさないためにも。俺が生きるためにも、一人で進んでいくことを決めたのだから。
「ユーリ。約束しよう。またいつか、再会すると。その時はお互い、Sランク冒険者になっていると」
「あぁ。もちろんだ」
テオは涙を拭って、俺に向かって手を差し伸べてくる。俺はそれをぎゅっと握りしめる。
お前にもこれから数多くの困難が待ち受けているが、きっと大丈夫だ。
テオにはかけがえのない仲間がいるからな。
「ユーリくん……」
「ソフィア。そんなに落ち込むな。別に今生の別れじゃないんだ」
「でも……」
彼女は依然として涙を流していた。ソフィアは聖母のような人間で、俺のような人間にもずっと優しかったからな。
メインヒロインであるソフィアは、テオと結ばれる運命にある。
原作では俺たちの三角関係はこれから先で歪になっていくが、俺は二人のことを祝福している。邪魔なんてしないさ。
「大丈夫だ。俺もさらに強くなって帰ってくる。だから、テオのことを支えてやってくれ。こいつ、意外と抜けてるところがあるから」
「……そうだね。うん。約束だね」
「あぁ」
ソフィアと指切りをする。その際、「抜けているは余計だ」とテオが小言を漏らす。このやりとりももうしばらくないと思うと、少し寂しいな。
「じゃあ、俺は行くよ」
「達者でな。ユーリ」
「ユーリくん! 絶対にまた会えるって信じてるから!」
「あぁ」
軽く手を振って俺は冒険者ギルドを後にするのだった。
もう決して振り返ることはなかった。
「さて、まずは王国を目指すか」
俺は一人、獣道を辿って王国を目指していた。ここからはしばらく歩くことになるが、まぁいいだろう。馬車を使うにも金がかかるしな。
「目下の目標は──とりあえず、実力をつけることだな」
主人公のテオが直面する最終戦争は《星墜戦争》と呼ばれている。
レヴァリス王国とラグナス帝国による戦争であり、それは世界を巻き込む紛争へと発展していく。
テオはレヴァリス王国サイドで出陣し、勝利を収めるが──俺はそこでテオを庇って死ぬ運命にある。
戦争そのものを起こさない。または、仮に起きたとしても生き残るだけの十分な力を身につける。
それが目下の目標。幸いなことに、俺はこのルーカスの能力の本質を知っている。
これは呪いでもあるが、真の性能を発揮すればテオですら超える能力になる。
実力を伸ばしつつ、戦争の火種を取り除く。まとめるとこんな感じか?
戦争が起きるのは二年後の話だからな。まだそれほど焦るようなものではない。
「ん?」
歩きながらそう考えていると、気がつけば自分の周囲に魔物であるレッドウルフが集まってきていた。火属性の攻撃をしてくる獰猛な魔物だ。
俺のスキルのせいによるものだが──まぁ、自分の実力を再確認するにはちょうどいい相手か。
俺はすぐに臨戦態勢に入る。
「さて、少しやってみるか」
この世界では魔法とスキルという二つの能力が存在する。
魔法使いは文字通り、魔法を操ることのできる人間の総称。魔力を使って魔法式を操作して魔法を発現させる。
そしてスキルは特性や経験、技術によって拡張される能力である。身体強化などの戦闘スキル、または特定の職業では作成スキルなどもある。
こちらも魔力は必要だが、魔法式は必要ないので即時発動させることができる。ただし魔法とは違って、複雑な現象を発現させることはできない。
あくまで単一の能力を素早く使用できるイメージである。
『グゥウウウウウ……』
レッドウルフの群れは俺のことを囲み、いつ襲い掛かるか機会を窺っている。
静寂の中には、レッドウルフの低い唸り声と足音だけが存在している。
『ガウッ──!!!』
そして相手は一気に俺に飛びついてくる。口からは火球を吐き出して、俺にその全てが降り注いでくるが──
俺は魔法ではなく──純粋な身体強化のみでレッドウルフと相対する。
火球は上空に飛翔することで避け、落下してくる俺を狙うレッドウルフには拳を叩き込む。
『ギャウ……っ!!!』
それから俺は手早く次々とレッドウルフに連続攻撃を叩き込んでいった。
ユーリというキャラクターはテオと双対をなす存在であり、その潜在能力もかなりのもの。
気がつけば、レッドウルフたちは俺に恐れをなして逃げ出していた。
「ま、こんなもんか。魔法の試運転は、また次でいいだろう」
魔法とスキルの両方を扱える人間は、そう多くはない。魔力を使うという意味では同じなのだが、そこから先は全くの別領域。
こればかりは、生まれ持っての才能がものをいってくる。
そして俺は改めて歩みを進めていく。
戦闘力は申し分ない。実力の方はしっかりと着実に努力していけば、かなり伸ばしていくことができるだろう。
「あとはまぁ、あっちの方は問題ないだろ」
それは、死亡フラグに繋がっている結婚フラグのことだ。ま、こっちはどうとでもなるだろう。
だって、ヒロインの誰かと結ばれなければいいんだろう?
簡単なことだ。俺が異性関係に首を突っ込まなければ問題はない。
と──この時の俺は思い込んでいた。
しかし、この先で一番の問題になってくるのはその結婚フラグ。
俺が誰と結ばれるのか。それを知らないからこそ、俺は多大な苦労をすることになる。
数多のヒロインから求婚されるなんて、この時の俺は夢にも思っていなかったのだから──。