第16話 イヴとの邂逅
金髪碧眼の美少女が俺の目の前に立っていた。まるで絹のように滑らかな金色の髪に、宝石のように輝く瞳。彼女の名前は──イヴ=フィアリス。そして、ユーリのフルネームはユーリ=フィアリス。つまり彼女は俺の妹である。
もちろん、彼女と過去に過ごした記憶はあるが──フィアリス家というのは非常に複雑な家系である。
「お兄様。ご無沙汰しております」
「あ、あぁ。イブはその……冒険者をしているのか?」
「えぇ。そうですね」
「……」
き、気まずい……実は彼女は腹違いの妹なのだ。そもそも、フィアリス家とは伯爵家でありそれなりの地位の貴族である。俺たちは三人兄妹。俺には兄がいて、彼がフィアリス家の次期当主。俺は次男だからこそ、好きに冒険者をすることができている。
そして妹のイヴ。彼女は父とメイドの間に生まれた子ども。昔は一緒に屋敷で暮らして来たこともあったが、イヴはしばらくしてから彼女の母親と一緒に出て行ってしまった。一緒に暮らした時間は一年程度だ。
それから俺たちは全く交わる機会はなかった。流石に彼女は隠し子という立場ではあったので、屋敷でずっと一緒に暮らすことはできなかった。
ただ──最終戦の前でユーリとイヴの確執を取り除くサイドエピソードが存在する。それによって、二人の中は親密になって最終戦に臨むことになる。
イヴはどちらかというとスキル重視の剣士。
今も彼女は腰にレイピアを差していて、ここは原作通りだった。王国で冒険者をして着実ランクを上げていき、後にテオと合流する。王国に来れば会うこともあるかもしれない、と思っていたがまさか一番初めに出会うことになるとは。
「お兄様も冒険者をしているのですか?」
「あぁ。まだ駆け出しでFランクだけどな」
「なるほど。そうなのですか」
「イヴはどうなんだ?」
「私はAランクです」
「す、凄いな……っ!」
「はい」
「……」
う、うん。気まずいよ……淡々と事務的に応じてくるイヴの顔は、全く表情が変わることがない。そもそも、屋敷で一緒に過ごしたのも一年くらいだし、半分血のつながりがあるとはいえ──ほぼ他人のようなものだ。
しかし、イヴもまた最終戦においてかなり頼りになる実力者だ。彼女の近接戦闘能力はかなりのもので、それこそテオに匹敵するほどになっていく。
リアの件もあったし、ここはイヴの成長にも協力していきたいと思うが……まぁ、一応誘ってみるか。
「良かったら、一緒にパーティーを組んでみないか?」
「いえ、結構です。一人で大丈夫ですので。では私はこれで失礼します」
「あ、あぁ……」
イヴは踵を返してそのままスタスタと歩みを進めていってしまった。取り付く島もないもないとはこのことか……ま、まぁいいか。王国を拠点にしているなら、またいつか会う機会はある。その時にまた話をすればいいか。
「ねぇ、ユーリ」
後ろからトントンと肩を叩かれる。今まで沈黙してリアだが、どうやら空気を読んでくれていたみたいだな。
「今のって妹さん?」
「あ、あぁ……ただちょっと複雑な関係でな」
「へぇ。そうなんだ」
「じゃあ、早速冒険者の登録をしようか」
「うん。いつもありがとう、ユーリ」
それから無事にリアは冒険者としての登録を済ませるのだが──その際に、魔力を測定するというものがある。きっと今の彼女ならばとんでもないことになると思うが……。
リアの魔力測定は普通のものだった。始まりはもちろん、Fランクから。俺はそれをみて、流石に不審に思ってしまう。
今日は移動で疲れたので、どこかで食事を取ろうという話になった。どこか店を探している時、俺はリアに尋ねてみることにした。
「なぁ、リア」
「何?」
「魔力測定、わざと抑えたよな?」
「うん。やっぱり、ユーリは分かるんだね……っ!」
「いや、それは流石にな」
リアの戦いぶりを見れば一目瞭然。魔力量はかなりのものだし、冒険者としてもおそらくはDランクくらいからスタートできそうだったと思うが。もちろん魔力量が全てではないが。実際今の実力ならすぐにCランクになってもおかしくはない。
「あのね。私はまだ戦いの経験が浅いし、下手に上からスタートするのは良くないと思ったの。ユーリも本当は強いのに、一番下のFランクから初めているでしょ? それってきっと、初心を忘れてはいけないってことなんだよね? あぁ。やっぱり、ユーリって凄いよね。実力があるのに、決してそれを表に出すことはない。私もね、ユーリみたいに進んで行きたいなって思ってるの。ふふ」
「……」
う、うん。そこまで深読みされているとは思っていなかったが……。地に足をつけて着実に進んでくれるなら、いいか。下手に冗長しても良いことはないからな。
それから俺たちは居酒屋に入った。中はかなり騒がしくて、王国で活動している冒険者たちがほとんどだった。俺たちは隅の席に案内されて、そこで食事をある程度注文した。飲み物と食事。ここは串焼きが美味いとのことだったので、それを注文してみた。
「うん。美味いな」
香辛料が多めにかけられていて非常に美味い。ちょっと味が濃いのは、きっと冒険者たちの好みに合わせているんだろうな。
「ユーリの料理の方が美味しいと思うけど」
「そうか? まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいけどな」
「また、二人で一緒に暮らせるようになったらいいね」
「ん? あ、あぁ。まぁ機会があればな」
「うん。ふふ」
べ、別に他意はないよな? リアも平然としているし……。そして俺はリアに少し話をしてみることにした。
「リア」
「ん? どうしたの」
「俺がどうして王国に来たのか。その話をしようと思ってな」
「うん」
リアも真剣な顔つきになって俺の話を聞いてくれる。俺は自分達の周りに音を遮断する結界を展開して、話を続ける。
「遠くない未来、王国と帝国は大きな戦争をすることになる」
「え……戦争?」
「あぁ。それもきっと大規模なものになるだろう。それを止めるために、俺は行動をしている」
「うん。そうなんだ。じゃあ、ユーリはそのために秘密裏に行動してるってことなんだね」
「そうだ」
あ、あれ。なんか話が思ったよりもスムーズだな。もっと根掘り葉掘り訊かれるというか、なんでそんなこと分かるの? とか訊かれると思っていたんだが。リアといえば、全く疑問に思っている様子はない。ただキラキラとした瞳で全てを受け入れてくれる──そんな印象を抱いた。
「あぁ。なるほど。だからユーリは自分の実力を隠しているのね。あまり目立つと、帝国側に目をつけられるから」
「あ、あぁ……そうだ」
「あのセドウィンの件も帝国が一枚噛んでいるでしょう? あの魔道具は明らかにおかしかったから。確かに、昨今の情勢的に帝国が台頭しているのは聞いたことがあるわ。教会内部でも噂されていたけど、強力な魔道兵器の開発などもしているとか。なるほど。やっぱり、ユーリは凄い使命を背負って動いているのね。色々と納得したわ」
「……」
ん? なんだこの理解速度は。一を聞いて十を知るなんてレベルじゃないだろ……! ただ理解が早いのは非常に助かる。俺は少しだけ戸惑いつつも、さらに話を続ける。
「たぶん、王国内部にはすでに帝国の組織が暗躍している可能性がある。俺は王都でそれを特定して、未然に防ぐつもりだ」
「分かったわ。その組織のことを探っていくのね。ただ、あまりにも派手に動くのは悪手。まずは冒険者として活動して情報収集をするのね。確かに、その手の情報は冒険者の方が集まりやすいと思うし。ただ……そうなってくると、ユーリの存在を隠すためには私は──」
後半の方はリアの独り言だったが、彼女も色々と考えてくれているようだ。というか、めちゃくちゃ頼りになるんだが。これならば大丈夫なのでは? と俺は決して楽観視はしない。それだけ、帝国の脅威というのは非常に巨大なものである。原作終盤でその圧倒的な力を知っているからこそ、俺は油断しない。
「ま、とりあえずは実力もつけないといけない。俺もリアもな」
「えぇ。そうね。ダンジョンで実力を着実に伸ばしつつ、帝国の動きも探るって感じでいいかしら?」
「あぁ」
それから俺たちは食事を終えて会計をして出て行こうとするが、その際に大柄の冒険者に肩がぶつかってしまう。
「おっと。すまない」
「あぁ? テメェ……この俺様にぶつかっておいて、その程度の謝罪で済むと思っているのか?」
「……」
明らかに酔っている。あんまりここで騒ぎにはしたくないんだが……と思っていると、リアが俺の前に立っていた。
「すみませんでした。ただ、あなたは明らかに酩酊状態です。むしろぶつかってきたのは、そっちだと思います」
「なんだぁ? このガキ、俺とやろっていうのか?」
「へぇ……」
リアの声色がとても冷たいものになっていく。同時なぜか、彼の表情が徐々に曇っていく。リアのスキルは発動していないし、俺は後ろにいるので彼女の表情も見えない。一体、何をしているんだ……?
「あ、あぁ。俺が悪かったよ」
「分かってくれたのならいいです。では、私たちはこれで」
「あ、あぁ……」
そうして俺たちは居酒屋を後にしていく。帰り際、リアに先ほどの件を聞いてみることに。
「なぁ、どうやってあいつを治めたんだ? スキルとかも使ってないだろ?」
「うーん。ただじっと睨みつけただけなんだけど。ま、彼もきっと理解してくれたんじゃない?」
「……」
とてもそうとは思えないが、とりあえずは俺は黙っておくことにした。ともかく、リアの協力のおかげでスムーズに事を進めることができそうだ。
そうして俺たちは宿へと戻っていくのだった。
リアの協力は非常に助かる。あとはイヴの件をどうにかできればいいのだが……まずは少しでも距離を詰めるしかないよな。
でも多分、あの感じからして嫌われてるんだよなぁ……。
俺は一抹の不安を覚えながらも、また明日イヴに話しかけてみようと思うのだった。




