第14話 覚醒《使徒》
《三人称視点》
《三人称視点》
リアはセドウィンと対峙する。その様子をユーリは後ろから見つめていた。いつでも介入できるように、最低限の準備を彼はしていた。
「スゥ──」
リアは深呼吸をする。彼女に戦闘経験はない。あくまでユーリに戦闘の基本を教えられただけで、一方のセドウィンは十分に戦闘経験があった。
セドウィンは幼い頃から英才教育を施されており、魔法もスキルも十分に扱うことができる。もちろん、彼は戦闘経験も豊富。幼少期は魔物を狩りに行くこともあったし、対人戦なども経験済み。
伊達に貴族社会で揉まれてはいない。リアとセドウィンのスタート地点は大きく異なる。戦闘という点において、リアが勝てる可能性は高くはないとユーリは思っていたが──
「──ハッ!」
先に仕掛けたのはリアの方だった。薄い笑みを浮かべているセドウィンはどうやってリアのことを調理するか考えていた。彼にとってはこれは対等な戦闘ではない。これは──蹂躙である。
セドウィンもまた身体強化をして、リアの攻撃に対処しようとする。全体的な肉体性能が上がっていき、彼の目は確かにリアの姿を捉えていたが──
(ふ。所詮はただの女。魔法とスキルは扱えても、私には勝てませんよ)
セドウィンはまず、リアに隔絶した差があることを示そうとする。カウンターで鳩尾に拳でも叩き込むか、と考えていたが──刹那。セドウィンの眼前からリアの姿が消える。
「──は?」
と声を出した瞬間には、リアは彼の背後へと移動していた。彼女は身体強化によって強化された全力の拳をセドウィンの背中へと叩き込む。
「が……っ!!!」
咄嗟に魔力防御を背中に回して威力を抑えるが、それでもかなりのダメージにあった。セドウィンは無様に転がっていき、壁に激突。額からは鮮血が流れ出す。
「ふぅ……」
リアはまず、イメージ通りに体が動いて安堵する。彼女の瞳には一切の恐れなどなかった。
その様子を見ていたユーリは、ただただ驚愕するほかなかった。
(は……? ま、まじか。今のは間違いなく転移だ。しかも発動もかなり速い。そもそもリアは後方支援タイプのキャラなのに、今は近接戦もできている。リア……お前はどこまで天才なんだ……)
本来、聖女リアというキャラクターは魔法特化の後方支援タイプである。その認識に間違いはない。しかし、彼女はスキルも扱えるという隠しステータスが存在していた。ユーリはそれを知らず、良かれと思って彼女に戦闘のイロハを教えた。きっと将来的に役立つと思って。
そこがまさに、分岐点だった。原作で登場するリアというキャラクターは、今ここに独自の進化を遂げようとしていた。
ゆらり。
リアに油断はなくただその鋭い眼光で、倒れ込んでいるセドウィンのことを見据えていた。一挙手一投足、その全てを見逃さないように。
(あぁ。ユーリ。ユーリのおかげで世界が全て見えるような気がする。これが勇気のおかげってことなの? でも、油断しちゃだめ。これはまだ前座。相手は油断していただけ。ここから先が本当の戦いになる──)
慢心などもなくリアは冷静に戦闘の局面を見つめていた。セドウィンは額から流れている血を拭って、立ち上がる。
「く、ククク……ははは! あぁ。いいですね! まさかあなたがそんなにも強かったとは! 前言撤回です。ここから私も本気であなたを蹂躙して差し上げましょう」
セドウィンは認識を改める。そして彼はゆっくりと右手をあげると、宙に大量の魔法陣が展開されていく。そして──彼が手を振り下ろすと大量の火球が一気に射出されていく。ドドドド! と乱射される火球に襲われてしまうリアだが──
「──氷壁」
そこには氷の壁が展開されていた。同時にリアは防御を成功させてから、再びセドウィンの背後へと転移する。
だが、セドウィンも愚かではない。二度同じ手は通用しない。彼は即座にリアの存在を知覚すると、ナイフでリアを迎撃しようとする。彼の持っているそのナイフは、強力な毒が塗り込まれた魔道具。魔力を込めるだけ、その毒性が上がっていく。その上、それは麻痺毒。相手を痛ぶるためにセドウィンはそのナイフを愛用していた。
「はっ!!」
「ははは! いいですね! まさか、聖女候補が近接戦をしてくるなんて、面白い。面白いですよ!!」
近接格闘戦に入る。この距離まで入り込んでしまえば、互いに魔法を発動することは難しい。スキル中心の戦いになっていくが、やはり経験値という点においてセドウィンはリアよりも上。
彼は追加でスキル《剛腕》《高速移動》を発動。殴りかかってくるリアの攻撃を受け止め、その凶刃でリアへと襲いかかる。リアはギリギリのとことでセドウィンのナイフを避けるが、彼はニヤッと笑みを浮かべる。
僅かに舞うリアの銀色の長髪。それをセドウィンは掴み、彼女の行動を制限する。リアは髪の毛を乱暴に引っ張られてしまい、次の行動ができなくなってしまう。
「ははは! 所詮は女でしかないのですよ! 戦いの本質も知らない女程度が、私に勝てるわけがない!!」
勝利を確信して彼はリアにナイフを向けるが──彼の視界には、まるで雪景色のように銀色の髪が舞っていた。
「──馬鹿ね。誘っていたのよ」
あろうことかリアは、魔力で強化した手刀で自分の髪を即座に切断。彼女は敢えて動きを大きくして、自分の髪をセドウィンに掴ませたのだ。
リアはガラ空きになったセドウィンの鳩尾に拳を叩き込んだ。
「がは……っ!!」
先ほどとは比較にならないダメージがセドウィンに叩き込まれた。再び壁に激突して、彼は呻き声を漏らす。
「ふぅ。軽くなっていい感じになったわね」
軽く頭を振ってリアはそう言った。乱雑に切断された髪の毛だが、その姿は勇ましい。一連の戦闘を見ていたユーリは、もはやここまでくると呆れるレベルにまで達していた。
(は……? 誘った? いや、確かに戦闘の基本は教えた。教えたが、ここまでレベルで普通は実践できないだろう……な、なんて才能なんだ……)
一方、対照的にリアはまるで完全につきものが落ちたかのような、晴れやかな表情をしていた。
(ねぇ、ユーリ。ユーリが私に教えてくれたから、私は戦うことができる。私はここで自分の人生を自分の手で切り拓く。ユーリ。きっとこの気持ちが勇敢さなんだよね? あなたがいない世界なんてもう考えられない。あぁ。ユーリ、ユーリ、ユーリ! 見てて! 私は他でもないあなたのために、戦うから──!)
彼女の中でユーリという存在がさらに神格化されていく。リアはユーリから教えてもらった時のことを鮮明に思い出し、さらに自分の思考を走らせていく。
(うん。ユーリならきっと、次はそうするよね。分かってる。あぁ。ユーリが戦っている世界ってこんな感じなんだ。嬉しい。私、今、ユーリと一つになってる気がするよ……っ!)
「ふ、ふふ。あはははは!!!」
天上天下唯我独尊──彼女は今、遥かなる高みへと至りつつあった。その才能はさらなる進化を遂げていく。ユーリへの想いという原動力によって、リアは原作を超える存在へと昇華してゆく。
(でも、ユーリは言ってた。感情はちゃんと制限しないといけないって。だから、頭はしっかりと冷静にして心はあなたへの想いでいっぱいにする。この感情を原動力にして、冷静な戦闘をしていく。ね? ユーリが教えてくれたこと、ちゃんとできてるよね? ふふ)
「クソ、クソ、クソ! この私がこんな小娘に負けるわけがないだろうがアアアアアアアア!!!!!」
痛む腹部を抑えながら全力の魔力をもってセドウィンは魔法陣を多重に展開していく。そして再び火球が大量に射出される。リアはそれを避けるが、次々と彼女を追尾するように火球が襲いかかってくる。彼は魔法式の中に追尾を追加したのだ。
「ククク……この手数ならば対処できないだろう……っ!!」
近接戦では分が悪い。そう考えたセドウィンは魔法での遠距離戦へと持ち込んだ。確かに、真正面から魔法がぶつかり合えばリアは不利になる。魔法とスキルでは、スキルの方が習熟度が高くなりやすい傾向にある。
魔法戦になれば自分の分が悪い。それを分かっているからこそ、リアは近接戦をメインで戦っていたのだ。それもまたユーリの教えの一つだった。
(あぁ。ユーリ。全てがユーリのいう通りになっていく。あなたがいれば私はどこまでだって強くなれる──!!)
リアはスキル《高速移動》で全ての追尾してくる火球を躱す。そして気がつけば、この空間は砂埃が蔓延していた。リアがどこに行ったのか、セドウィンは分からなくなっていた。
「く……っ!」
混乱していたこともあって彼はこうなるとまでは予想できなかった。ただし、セドウィンも次の攻撃にすでに備えていた。
(こうなれば最大限に身体強化をしてカウンターを叩き込む……! このナイフが当たれば一撃でやれるんだ。焦ることはない……さぁ、来い。来い、来い、来い……!)
全神経を注いでセドウィンはカウンターを狙う。
「──上よ」
リアの声が上から聞こえてきて、セドウィンは咄嗟にナイフを上に向かって振った。リアの存在を確認することもなく。しかし、彼のナイフはただ虚空を斬り裂くだけだった。
リアはその声と同時に、既に彼の眼前へと迫っていた。
「本当に馬鹿ね。声だけ転移させたのよ」
リアは分かっていた。こうなった以上、セドウィンは全力でカウンターに全神経を注いでることに。そして自分の声だけを彼の上に転移させて、囮にする。
その間にも、リアの拳はセドウィンの顔面へと迫っていて──
「まっ──」
待て! という言葉をかき消すようにしてリアは全力で拳を振り抜いた。高速で吹き飛んでいったセドウィンは壁に叩きつけられ、今度こそ決着がついた。
今ここに──一人の使徒が誕生した瞬間だった。
「ふぅ。ま、こんなものかしら。あなたの敗因はユーリの教えを知らなかったから。それだけよ」
「……」
空いた口が塞がらないとはこのことか。ユーリはもう意味がわからないと思って、口をポカンと開いていた。
(声だけ転移して相手の行動を釣る……!? そもそもそれは、今までリアが近接戦で圧倒していたからこそ有効な攻撃。まるで全てが緻密に計算されていたかのような戦い。う、うん……もしかして俺、最強のヒロインを生み出してしまったのか……?)
「あっ……」
決着がついて安堵したのか、緊張の糸が切れてリアはその場に膝をついてしまう。ユーリはすぐに彼女の元へ駆け寄っていく。
「リア! 大丈夫か!」
「うん。ちょっと疲れただけ……ねぇ、ユーリ」
「どうした?」
「私、あなたの言う通りに戦えていたでしょう?」
「あ、あぁ……」
いや、言う通りなんて次元じゃないだろ、と言うツッコミをユーリは流石にできるはずもなく。
「全部、全部。ユーリのおかげ。あなたがいたから、私は前に進めたのよ。本当に本当にありがとう、ユーリ」
「リア……」
彼は戸惑いもあるが、それ以上に彼女が無事で良かったと心から思う。まさにリアはユーリが伝えた勇敢さを、その身で示したのだから。
その時、ゴゴゴと地下空間が音を立てる。ユーリが天井を見ると、既に崩落が始まっていた。
「崩落……!? リア。すまないが、抱きかかえるぞ!」
「えっ……う、うん」
ユーリは彼女のことを抱きかかえると、崩落に巻き込まれないようにすぐにこの場所を後にする。
「許しはしない……絶対に。絶対にだ……殺す。何があっても──殺す」
身動きの取れないセドウィンはこの崩落に巻き込まれていく。しかし、そのあまりにも鋭い眼光は脱出していくリアのことを睨みつけていた。ユーリはその視線に気がつくが、そのまますぐに教会の外へと駆け出していくのだった──。
(なるほどな。後始末は──俺がするしかないな)
†
俺は教会から脱出して、屋敷へと戻ってきていた。リアは気が付けば、完全に眠りに落ちてしまっていた。完全に完勝とも言える内容だったが、彼女はあれが初陣。かなり疲労してしまったのだろう。俺はそっとリアの髪を撫でる。乱雑に切られてしまった銀色の髪。しかし、これは彼女の勲章だ。
ただ……いや、うん。普通に強くなり過ぎてしまったが……これなら俺がいなくてもきっと大丈夫というか。テオもきっとリアのことを頼りにしてくれるだろうな。俺の役目は十分に果たすことができたな。
「──リア。お疲れ様」
ただ、俺にはまだやることが残っている。
俺は屋敷の外へと出ていくと──そこにはボロボロになったセドウィンが立っていた。顔面は腫れ上がり、衣服も原型を留めていない。しかし、その目にはあまりにも強い殺意が宿っていた。触れるもの全てを破壊するという気概を感じる。
「何用だ?」
「殺す……あの女は絶対に殺す……!」
「お前の目的はリアのスキルを自在に使うことだろう? 殺しては意味がないだろうに」
「そんなものは、もうどうでもいい!! この私にここまで恥をかかせたんだ。あの女は死んでそれを償うべきだッ!! ククク……分かっているさ。あの女がもう力を出し切って満身創痍なことは」
「この私、ね」
なんでこう、貴族ってやつはプライドが高いんだろうな。どう考えても、お前の完全敗北だろうに。
「退け。退けばお前は殺さずに見逃してやる」
「退くわけないだろ。お前はここで終わりだ」
「く……ククク。手負いとはいえ、この私がFランクの冒険者に負けるとでも?」
ふむ。俺のことはある程度は調べていたようだな。
しかし──そうだな。俺も示しておくべきだろう。リアがあそこまで勇敢に戦ったんだ。俺が何もしないわけにはいかない。後始末は──俺の役目だ。
俺は脳内で魔法式を構築していく。もちろん俺の生来の魔力は闇属性。アウトプットされるのは闇属性のものでしかないが──俺は同時に《《二つ》》の魔法式を走らせていた。
これはユーリが原作終盤で覚醒して手に入れる力。俺はそれを知っているからこそ、既にその能力を手中に収めていた。
そして俺はついに、その能力を──解放する。
「偽光属性──展開」




