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第13話 勇敢


 リアが帰ってこない。流石に俺はおかしいと思って、屋敷の戸締りをしっかりとしてから外へ向かう。


 夜。空は深い藍色に包まれ、満月が輝いている。空には無数の星が瞬き、遠くの山々が影のように浮かび上がっていた。ただやはり──どことなく、不気味な雰囲気があるような気がした。


 まず向かうのは教会だった。俺は教会へ行くと、そこにいた神父に話を聞いてみることにした。


「すみません」

「はい。なんでしょうか」

「リアを見ませんでしたか?」

「リア様……ですか。おそらくはご自宅に戻ったと思いますが」

「……なるほど。今日は馬車などは見ましたか?」

「馬車? いえ。今日は見ていないと思います」


 俺は頭を下げて教会を後にするしかなかった。俺はそれから、教会の裏手に向かって彼女がどこにいったのか思案する。まさか……誘拐された、とか? それならば俺が跡を追うことはかなり厳しくなってくる。


 いや、やっぱりこれは杞憂かもしれない。


 仮にリアが戻ってこないとしても、彼女は原作の終盤でちゃんと登場してテオのパーティーに加わって活躍する。聖女になることも確定している。俺がいなくても、リアは立派にやっていける。うん。まぁ、そんなに気にしなくてもいいだろう──なんてことはとても思えなかった。


 俺は、彼女のことが心配だった。分かりきっている未来でも、リアが辛い思いをしているかもしれない。ここはゲームの世界で、俺はその未来を知っている。


 案じる必要なんて本当はない。でも、俺は知ってしまった。聖女リアは本当は寂しがりな優しい女の子だということを。それを知って、リアを見捨てるなんてことはできなかった。



「──冷静になれ。まずは状況の整理だ」


 まず、今日は馬車がこの村に来たことはないと神父はいった。話から察するに夜まではリアは教会にいたはず。ならば、誘拐されたとしてもどこか遠くに行っている可能性は低い。仮に遠くに行っていればお手上げだが、ここは割り切ってまずは村の内部を探索するしかない。


 俺はここでスキル《索敵》を発動してみることにした。そっと地面に手を触れて自分の魔力を流し込んで、周囲の様子を窺ってみる。


 徐々にその効果範囲を広げていく。すると──俺はある違和感に気がつく。


「下の方……結界でも張ってあるのか?」


 ちょうど地下空間になるだろうか。そこには結界が張られている様な気がしたが、幾重にも重なるようにして展開されているそれは──かなり巧妙に隠されていた。普通の魔法使いなどであれば、決して気がつかないものだ。


 俺はユーリの才能をフル活用していて、些細な魔力の機微も察することができる。あまりにも精巧すぎるその結界は、元々あるものなのか? それとも人為的なものなのか。


 俺はまず教会の地下に向かってみることにした。確信があるわけではないが、仮にリアに何かするとすれば地下の可能性が高いかもしれない。


「申し訳ないが──」


 すでに施錠され、静まり返っている教会の内部に俺はこっそりと侵入する。魔法で外から鍵を外し、それを再び内側から閉める。教会の中は閑散としていて、不気味な雰囲気が漂っていた。


 原作ではこの場所ではないが、教会がダンジョン化するストーリーが存在する。その時は、どこかに隠し扉があったはずだ。俺はリアの場所を探るために、原作の知識をできる限り全て思い出すように努める。


「さて、やるか」


 俺は再び地面に索敵のスキルを発動させる。隠し扉は魔力で制御されているはずだ。俺は入念に自分の魔力を込め、それを教会の地下に流し込むことで隠し扉の場所を特定しようとする。


「あった。これだな」


 俺は教会にある祭壇の裏側に、魔力が込められた紋章があることに気がつく。それに軽く魔力を流していく、ゴゴゴとその祭壇が横に開いてく。そこを覗くと、まるで深淵のような暗闇が広がっていた。


 よく見ると螺旋階段になっている。ここのあたりもやはり、原作と同じだな。俺はゆっくりとその階段を降りていく。しばらく進んでいくと、俺は巨大な扉と相対する。よく見るとかなり強力な結界が展開されていて、それは明らかに直近で張られたものだった。


 やはり、リアはここにいるのか? 俺はその結界を無理やり破って、その扉を開けると──視界に入るのは、壁に磔にされているリアの姿と歪な笑みを浮かべているナリス=セドウィンの姿がそこにあった。


 俺は一秒もかからずに《身体強化》を発動。禍々しいナイフを構えているセドウィンの横っ腹に思い切り蹴りを叩き込む。


「ぐ……っ!」


 彼はそれの存在を目の端で捉えていて、魔力防御を即座に展開。無様に吹き飛んでいくことはなく、彼はそのまま綺麗に受け身を取っていた。なるほど。ある程度は動けるってことか。


 

「──リア。大丈夫か?」



 俺がそう声をかけ、はりつけにされている彼女を解放する。リアは呆然としているのか、俺のことを信じられないという目で見つめて来ていた。


「ユーリ!? どうしてここが!?」

「リアが帰ってこないからな。心配になって探してみたが、良かった。間に合って」

「ユーリ……っ」


 彼女は目に涙を溜める。状況から察するに、まさに拷問でもされそうになっていたということか? ただ相手の狙いはなんとなく予想がついていた。


「ナリス=セドウィン。お前、リアの寵愛アフェクションを狙っていたな?」

「えぇ。もちろんです。あなたも理解しているのでしょう? 彼女のスキルはその気になれば、世界だって支配できる。権力者たちを傀儡にして、裏から世界を牛耳ることだって可能になる」


 それは事実だろうな。実際にそれほどまでに寵愛アフェクションというスキルは強力だ。同時に俺は知る。テオの視点だけではなく、世界は脅威に満ちているということに。


 悪意はいつだってそこにある。そうだな。テオもきっと今は世界の悪意と対峙しているに違いない。あいつはいつだって誰よりも勇敢で、強い正義感を持っている。


 なら俺も──あいつのように戦ってもいいだろう。



「リアのスキルは非常に優秀だ。しかし、暴力で支配しては誰もついてこない。その先にあるのは破滅だけだ」

「それは詭弁です。もちろん私も暴力を最優先にしているわけではありません。対等な対話ができ、互いに利害が一致すれば暴力は使いません。しかしやはり、この世界は暴力によって支配されている。最終的に強い力を持っている方が勝つのですから」

「どうやら、お前とは相容れないようだな」


 原作においてナリス=セドウィンという悪役を俺は知らない。ただそれはあくまで主人公テオ視点の話だ。この世界はゲーム世界かもしれないが、人々は確かにここに存在して生きている。


 ならば俺がその人々を助けるために力を振うのは、十分過ぎる理由だった。


 俺は自身の魔力を練り上げていき、臨戦態勢に入ろうとするが──その時強い力でリアに肩をつかまれる。


「リア?」

「ユーリ。ここは私に任せてくれない?」

「──は?」


 リアの瞳は完全に覚悟が決まっている人間のそれだった。じっとリアはセドウィンのことを見据えている。相手はあれだけの高度な結界を張れる存在な上に、強力な魔道具も持っている。どう考えても俺が戦うべきだが──


「私ね、いっぱい人に与えてもらった人生だった。ユーリと出会ってからも、あなたに与えられたばかりだった。でも、あなたは言ったでしょ。自分の人生は自らの手で切り拓くべきだって」

「あ、あぁ……」

「だから私はここで生まれ変わらないといけない。いつまでも受け身な私じゃなくて、前に進まないといけないから」

「リア……」


 その覚悟を見せられて俺は彼女のことを止めることはできなかった。心配ではあるが、ここはリアに任せてみるか。


「リア。戦闘の継続が厳しいと思ったら、介入する。いいな?」

「えぇ」


 そしてリアは俺の前に進んでいく。


 う、うん。どうしてこうなった? リアはそもそも後方支援に特化したキャラクターだし、こんな勇ましい性格でもなかった。良かれと思ってリアには色々と教えたが……。


 ただ、本当にやばいと判断したら俺が介入するしかないな。


「あなたの自由にはさせない」

「く、クク……あぁ。いいでしょう。あなたがその気ならば、私も容赦はしませんよ。後ろの彼に助けを求めるべきでは? 私は二人同時でも構いませんが」

「いいえ。あなたは私が倒す。自分の人生は自分で切り拓くと、私は教えてもらったから」


 そして互いに臨戦態勢に入っていく。リアは魔力を練り上げていき、それはまずは体に身体強化という形で纏わせていく。一切の無駄のない魔力運用。もしかして俺の知っているリアはあくまで表層的な部分でしかなかったということなのか……?



「さぁ、かかって来なさい。あなたに抗うことの出来ない、本当の暴力というものを教えて差し上げましょう」

「私は、絶対にあなたを倒す──!!」



 リアとセドウィン。この二人の戦闘が幕を開ける。俺はその戦いをなぜか、見守ることになるのだった──。



 †



 私がもうダメだと思った時、颯爽と登場したのはユーリだった。彼は私の拘束を解いてくれ、優しい言葉をかけてくれる。ユーリはいつだって私に優しい。優しいけど……それでいいの? 私は助けられてばかりでいいの?


 私は呆然としたまま、二人の会話に耳を傾ける。私のスキル巡って戦いになる。ユーリはもう臨戦態勢に入っていて、今にも相手と戦いを始めようとしていた。


 ねぇ、本当にそれでいいの? 私は──このままずっと誰かに与えられたばかりの人生でいいの? 自問自答する。


 その時私は──ユーリの言葉を思い出す。


『自分の人生とは──自らの手で切り拓くべきだからな』

『勇敢さを持って進み続ける。結局はこれが原点だと俺は思うよ』


 そうだ。私は自分の足で立ち上がらないといけない。勝手に自分を悲劇のヒロインにして、誰かの庇護下にいるだけでいいの? ユーリのように強く在りたい。彼のように強く生きていきたい。この世界に悲観するのではなく、自分の手で人生を切り拓いていきたい。


 このままユーリに助けられるだけで、いいの?


 いいわけ──ないだろうがッ!!


 私は立ち上がって、ユーリの肩に手をかける。


「リア?」

「ユーリ。ここは私に任せてくれない?」

「は?」


 彼は驚いていたけど、私の覚悟を理解してくれたのか私にこの戦いを譲ってくれた。戦闘経験はほぼないに等しい。ユーリに戦い方は教えてもらったけど、それだけ。でも、なぜか私には自信があった。脳内でどうやって戦うべきなのか、そのシミュレーションが既に始まっていた。


「あなたの自由にはさせない」

「く、クク……あぁ。いいでしょう。あなたがその気ならば、私も容赦はしませんよ。後ろの彼に助けを求めるべきでは? 私は二人同時でも構いませんが」

「いいえ。あなたは私が倒す。自分の人生は自分で切り拓くと、私は教えてもらったから」


 相対する初めての悪意。今までの私なら屈していただろう。けど今は、勇気を持ってそれと対峙することができる。これも全てユーリのおかげだった。ユーリが私の人生せかいを広げてくれた。


 きっと彼と出会わなかったら、私は流されるだけの人生だっただろう。でもね、ユーリ。私はあなたのようになりたい。私はユーリみたいに強く生きたい。もうユーリのいない人生せかいなんて考えることができない。でも、私は……あなたと並び合って生きていきたい。そう強く願うようになった。


 ねぇ、ユーリ。きっとこの気持ちが、貴方が言っていた勇敢さなんだよね?


 だからこそ私は──ここで生まれ変わらないといけない。いつまでも世界に絶望している場合じゃないから──!



「さぁ、かかって来なさい。あなたに抗うことの出来ない、本当の暴力というものを教えて差し上げましょう」

「私は、絶対にあなたを倒す──!!」



 そして私は、悪意セドウィンとの戦いを始める。


 いつまでも誰かに守ってもらうためではなく、自分の人生を自らの手で切り拓くために、私はユーリに与えてもらった勇気と共に彼に立ち向かっていくのだった──。


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