表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/25

第1話 死亡フラグ


 夢。夢を見ていた。


 俺はまるで幽体離脱しているかのような感覚で、その光景を空から見ていた。




「──俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」




 彼はとても真剣な顔つきでそう言った。その目には確かな覚悟が宿っていたが、どこか気恥ずかしそうな表情をしていた。


 その言葉を聞いた仲間は盛大に祝福し、彼もまた満更でもない様子だった。その空間は確かに、幸せに満ち溢れていた。



 けれど、それは絶対の因果が成立してしまう呪いの言葉。


 一度口にすれば待っているのは──死。


 そして、彼は戦争を戦い抜く。最愛の人が待っているからこそ、彼は戦い続けることができた。


 しかし──最期はこの物語の主人公をかばって倒れてしまう。


 鮮血が舞い、彼はただ呆然とこの漆黒の空を見上げることしかできなかった。


 そして悟ってしまう。彼はもう、長くはないのだと。



「おい! なんで……!? なんで、俺をかばって……!?」

「ははは……なんで、なんでだろうな……」



 彼は天を見上げる。


 すでに戦争は終わりつつある。主人公陣営は無事に劇的な勝利を収めた──だが、決して無傷の勝利などではなかった。


 多大な犠牲を払った上での辛勝。彼はその犠牲の一つになってしまった。



「ユーリ! どうして……どうして……っ!」

「テオ。お前はこれから先の時代に必要だ……でも俺は……あまりにも多くのものを犠牲にし過ぎた。これは天罰さ」

「そんな……! そんなことは……!」


 テオと呼ばれる青年からは大量の涙が溢れ出す。ぽたり、ぽたりとテオの涙がユーリの体に零れ落ちていく。



「絶対に、絶対に助ける……! ユーリ! お前はここで死んでいいわけがない……!!」



 彼は懸命に回復魔法を発動するが、血は止まらない。


 テオは勇者であり、史上最強の冒険者。後に英雄と呼ばれる傑物だが──それでも救えないものはある。


 ユーリはもうすでに視界が見えなくなっており、呼吸も荒い。回復魔法で回復できる範疇を超えており、命の灯火は消えつつあった。


 もうユーリの視界には何も映らない。けれど、彼の目は最後まで希望に満ち溢れていた。


 そしてユーリは血塗れの手でそっと、テオの頬に触れる。


「テオ。──のことを……頼む」

「ユーリ! 待てよ……! 彼女が帰りを待っているんだろう!?」



 テオはユーリの手を痛くなるほどに握る。


 互いに約束した未来がある。


 けれど、その未来が訪れることは──もうない。


「じゃあな……短い間だったが、楽しかった……またお前と戦えて、嬉しか……った……」


 だらりとユーリの手から力が抜けていく。


 瞳孔は散大し、脈拍も停止。紛れもないそれは──死の兆候だった。



「ユーリ? おい。嘘だよな? 待てよ。待ってくれよ。俺はお前にもっと……ユーリ! おい! ユーリ!! う、うわあああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



 テオはルーカスに覆いかぶさるようにし、涙を流し続けた。


 今は亡き、親友のもとで。


 見渡す限り真っ赤な世界。大地は紅蓮の如く燃え続け、空は黒煙で満たされている。


 今、ここにあるのは、一人の慟哭どうこくだけだった──。



 †



「はっ……!?」


 目が覚める。夢にしては、あまりにもリアル過ぎる光景だった。


 背中にはびっしょりと汗をかき、先ほどの光景が脳内に残り続けてきた。


 俺の名前はユーリであり、親友の名前はテオ。


 それはこの十五年の人生の中で間違いないものではあるが……あの夢の光景は、どちらも歳を取っていた。


「間違いない。この顔は……」


 鏡で自分の顔をじっと見つめる。


 微かに乱れた前髪が額に影を落とし、その奥で冷たく光る瞳が鋭く輝いている。


 目尻がわずかに吊り上がり、睨むでもなく、それでいて相手を試すような視線をしている。



「まさか俺は転生しているのか……?」



 俺はそっと自分の頬に触れる。


 同時に俺は思い出す。俺は前世、日本でサラリーマンをしていた。新卒だったが、一年目から社畜で無限に働き続けていた。


 その中で俺は、とあるゲームだけが生きがいだった。


 そのゲームの名前は『星霜のアストレア』と呼ばれるもので、傑作RPGとしてあまりにも有名だった。


 俺は睡眠時間を削りながらそのゲームに没頭して死んでしまい、気がつけばこの世界に転生してしまった……ということなのか?



「だが、ここは本当にあの世界なのか……?」



 まだ実感が湧かないが、このユーリの記憶を辿ってみるとそれは間違いなく、ゲームの内容そのままだった。


 ユーリは誰かと婚約して最終戦でテオを庇って死ぬ。


 それだけは今、しっかりと思い出すことができている。


 ただ問題なのは──



「俺は誰と婚約するんだ……?」



 この作品には複数のヒロインがいるが、基本的には主人公のテオ周りの物語が展開される。


 ユーリの情報はそれほど多くない。原作の中でも婚約したことは言及していたが、誰とまでは明言されていない。


 元々ユーリは主人公のテオの親友だが、闇堕ちして敵サイドへと言ってしまう。しかし、物語の終盤でテオと和解をして一緒に最終戦へと臨むのだ。


 やはり物語とは主人公の視点で進むので、ユーリサイドの情報は俺はそれほど多くは思っていない。


 後にユーリ視点の追加ストーリーも出るはずだったが、俺はそれをプレイすることなく死んでしまったからな。



「まずは情報を整理するか」



 俺はベッドから起き上がり、机に座って紙に情報を書き込む。


「まず、俺は死亡フラグを唱えて死ぬ運命にある。誰と婚約するかは不明……って感じか」



 俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。



 それはあまりにも有名な死亡フラグであり、一度唱えれば死に至る呪い。まぁでも絶対そうなるかは不明だが、不確定要素は避けるに越したことはない。


 ま、これは誰かと結ばれるのを避ければいい。とても《《簡単》》なことだろう。


 加えて、仮にあの原作通りの最終戦が起きた際、生きる残ることができるだけの力をつけておくべきだろう。幸いなことに、俺はこのユーリの特性をしっかりと理解している。



「問題は……この先の展開だよな」


 ボソリと俺は呟く。


 原作では確か、ユーリは傲慢で冷徹な人間だった。


 主人公のテオとヒロインのソフィアと同じパーティーを組んでいたが、ユーリはテオの才能に嫉妬して彼をパーティーから追放する。


 テオはそこから這い上がり、勇者として覚醒。一方のユーリはソフィアに愛想を尽かされ、孤独になり闇落ちする。


 一度は敵サイドになり、テオと戦うことになるが──テオに敗北することで、ユーリは改心する。そして再びテオの仲間になり、最終戦に臨む……というのが、大まかな流れだ。



「うん。そうだな。こうしてみるか」


 ペンを走らせて、ぐるっと丸で考えた案を囲む。


 俺はここで思い切って、自分の知っている展開を変えてみることにした。


 別に今の俺はテオのことを厄介だと思っていないし、そのイベントはスルーしてしまってもいいだろう。



 死亡フラグを避ける=特定の女性と結ばれないようにする。

 戦争を生き残ることができるだけの力を身につける。または、戦争そのものを止めることができればベター。



 俺の目標はこの二つに決めた。まぁ前者は余裕だろう。必要以上に女性と絡まなければ避けることができるしな。それに、俺は前世で全くモテなかった。


 まさかここで女性にモテることになるとは、考え難い……元々ユーリは闇堕ちするキャラということもあるしな。


 うん。自分で考えていて、少しだけ悲しくなってきた。


 問題は力を身につけることができるかだが、まぁこれは考えがある。



「よし。行くか」



 そして俺は自宅を後にするが、もうここに戻ってくることはないだろう。


 荷物をまとめて、俺は出ていく。そして向かう場所は──冒険者ギルドだ。


 いつものように冒険者ギルドに辿り着くと、そこにはテオとソフィアがいた。


 本来であれば、ここでユーリがテオをパーティから追放する流れになるが。



「ユーリ! おはよう!」

「あぁ」


 どこまでも眩しい笑顔でテオは俺に声をかける。


 金髪金眼の超絶イケメン。まるで太陽のような人物で、まさに主人公にふさわしい風格を纏っている。


「おはようございます。ユーリくん」


 そしてソフィアも同じように挨拶をしてくる。彼女もメインヒロインの風格があり、まるで深窓の令嬢のような雰囲気をしている。



 俺たちは幼馴染で冒険者としてずっと同じパーティで活動してきたが、俺は意を決してこう発言した。




「テオ、ソフィア。俺は──このパーティから出ていく」

「「──え?」」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ