第7話 凛奈ちゃんバラバラ事件(事件編2)
突如小野田くんの部屋の中から、エリカ先輩の悲鳴が聞こえてきた。
何事かと、残りのぼくたちも中に入ってみると、エリカ先輩が壁に背中を貼り付けて顔を引きつらせていた。
「どうしましたエリカ先輩!?」
「どうもこうも!」
声を荒げながら、エリカ先輩は悲鳴の原因である目の前の物体を怖々と指差した。
「なんなのよ、あの人形は!? バラバラにされている上に、は、裸じゃないの!」
部屋の中央で五体をバラバラにされた裸の人形。
それは俗にラブドールとも言われる、アダルトグッズだった。
「あ、すみません。事前に言っておいた方がよかったですかね? エリカ先輩なら神経図太そうなので特に問題ないと思っていたのですが……」
「どういう意味よ! ていうか、あんな物をいきなり見たら、だれだって驚くわよ!」
「ほら、だから言ったでしょ?」
がなるエリカ先輩を前にして、みずきちが後ろからそっと耳打ちしてきた。
「説明もなしにあれを見せるのはまずいって」
「う~ん。エリカ先輩なら大丈夫だと思ったんだけどなあ。心臓に毛とか普通に生えてそうだし」
「……ユタって、なにげに部長さんを人でなし扱いする時があるよね?」
心外だなあ。信頼の証と言ってほしい。
「だが、なんでわざわざ詳細を話さずに部長をここまで呼んだんだ?」
そう小声で訊ねてきたのは、みずきちの真横にいる剛ちゃんだった。
「依頼の受諾をもらうだけなら、メールで十分だったはずだろ?」
「昨日、みずきちや剛ちゃんに言われて考えたんだけど、これからはエリカ先輩との時間を増やした方がいいと思ったんだよね」
「部長との時間を?」
「うん。ほら、今まで結果だけを報告してきたけどさ、それまでの経緯なんて、活動記録でしかエリカ先輩に伝えてないでしょ? 紙面だけだとぼくたちの苦労も伝わりづらいだろうし、可能な範囲でエリカ先輩にも調査を手伝ってもらおうかと思って」
「なるほど。ようは、連帯感というやつを作りたいんだな?」
「まあね。一緒になって調査した方が、仲間意識も強くなると思うし」
もっとも、エリカ先輩も忙しい身なので、たまにしか使えない方法ではあるが。
でも、今はそれでいいのだ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとも言うし、これという妙案も思い付かない以上、今はなんでも試すしかない。それでエリカ先輩のぼくに対する好感度が上がったらめっけものだし。
「あんたたち! さっきから私を無視してなにをこそこそ話してるのよ!」
「あ、すみません。どうかしました?」
「どうもこうもないわよ! これは一体なんなの!?」
「ああ。それはラブドールっていうアダルトグッズですよ。ていうか、エリカ先輩なら知っているものとばかり思っていたんですけれど」
学年でもトップクラスの成績だって、小耳に挟んだことがあるし。
「なんで私がこんな物を当たり前のように知っていると思ったのよ!? こんな卑猥な物体、知りたくもなかったわ!」
「卑猥な物体じゃなくて、ラブドールですよ?」
「いちいち訂正せんでいい! これって、つまりあれでしょ? 男の子がエ、エッチな気分の時に使うやつでしょ……?」
「自慰ですね」
「はっきり言うな! こっちまで恥ずかしくなるでしょうが!」
むしろ、その赤くなっている顔が見たくてわざと言いました。てへっ☆
「……それにしても、やたらリアルに作られている人形ね。そのせいか、バラバラにされた姿が余計に怖く感じるわ……」
「これを作った会社は、かなり精巧なラブドールを作るところで有名ですからね。これ一体だけでも、相場で五十万近くはしますし」
「ご、五十万!?」
と目を瞠って驚愕の声を上げるエリカ先輩。うん、知らずに聞いたらめちゃくちゃビックリするお値段だよね。
しかし、これはまだ平均な方で、中には百万以上も値が張る物もあるのだ。百万なんて、もう一般人がおいそれと手が出せる値段じゃない。
「……よく買えたわね。そんな高価な物……」
「小さい頃からもらった小遣いとかお年玉をコツコツ貯めて、それから今年の夏休みにめちゃくちゃバイトした給料を足して買ったそうですよ。そのかわり、財布の中身はかなり寂しいことになったそうですが」
「あー。なんでさっきから暗い顔をしているのかと思っていたら、ショックがでか過ぎて落ち込んでいたのね」
「そういうことです」
逆に、これでショックを受けない男がいるとするなら、そいつはすでに彼女持ちか、もしくは金持ちのどちらかしかない。ぼくだったら死ねる。
「あれ? でもこれ、アダルトグッズなのよね? 未成年がどうやって買ったのよ?」
「エリカ先輩……」
思わず乾いた笑いが漏れた。
まさかぼくらより年長者でもあるエリカ先輩から、そんな常識的なことを訊かれるとは。
「なによ、その顔。なんかムカつくわね」
「だって、ねえ?」
「ああ。それは遠回しに、オレたちがどうやってエロ本を入手しているのかと、わざわざ訊ねるようなものだぞ」
「ほんと、ボクたち男子のことをなんにもわかってないよね~。こんなの、常識も常識なのに~」
「う、うっさいわね! あんたたちの性事情なんて、知ったことじゃないわよ!」
ふん、と鼻息荒くそっぽを向くエリカ先輩。
まさか本当に知らなかったとは。これくらい女子でも普通に知っているものとばかり思っていたよ。
「で、それが一体なんだって言うの? とても高価な人形というのはわかったけれど、恋愛となんの関係があるのよ? これは恋部じゃなくて、どちらかというと警察の領分でしょう? まあたかが人形だし、そこまでちゃんとした捜査はしないと思うけど」
「たかが人形だって!?」
と、それまで物静かだった小野田くんが、この時になって初めて大声で上げた。
「この子は──凛奈はぼくの大切なパートナーだ! たかが人形なんかじゃない!」
「ちょ、急になによ……?」
突然立ち上がって怒号を飛ばしてきた小野田くんに、エリカ先輩は気圧されたように仰け反った。
「それに、僕は凛奈に恋をしている! 恋愛と関係ないなんて言わせないぞっ!」
「小野田、少し落ち着け」
憤怒するあまり、どんどんエリカ先輩に詰め寄る小野田くんの腕を剛ちゃんがとっさに掴んだ。
「非礼は詫びる。だから一旦怒りを鎮めてほしい」
「──っ」
最初は抵抗していた小野田くんだったが、剛ちゃんの腕力には敵わないと判断したのか、不満げに顔をしかめながらも、大人しくエリカ先輩から離れた。
さすが肉体労働派の剛ちゃん。こういう荒事にはめちゃくちゃ頼りになる。
「もう。ダメじゃないですかエリカ先輩。小野田くんを怒らせるなんて」
「わ、悪かったわよ。確かにちょっと言葉が過ぎたわ……」
そう素直に謝りつつも、エリカ先輩は「でも」と厳めしく目を眇めて、
「本当に依頼を受ける気? 小野田って子はああ言っているけど、実際恋愛とはなにも関係ないじゃない。こんなの、部長として受諾はできないわよ?」
「でも、小野田くんは本気で恋愛していますよ?」
「恋愛って、相手は人形じゃない」
今度は小野田くんに聞こえないよう声量を落として、エリカ先輩は先を紡ぐ。
「人間ならともかく、人形に恋するなんて不毛もいいところじゃない。話にならないわ」
「相手が人間じゃないだけで、その想いは本物ですよ。だいたい人間以外の相手に愛情を注ぐのは不毛だって言うなら、ペットなんてその代表格じゃないですか? 言うまでもなく人間とそれ以外の動物では子は成せませんし、たいてい人間より早く死にます。世話にだって時間や金がかかりますし、場合によっては人間にも牙を向けます。そういう意味ではまだ人形の方が健全だと思いますけれど?」
「詭弁ね。だいいち、それは家族愛であって、私が定義する恋愛とは別物よ」
「けど、同じ愛です。少なくとも小野田くんにとっては、凛奈ちゃんはかけがえのない存在だった。そんな大事な存在がああも無惨に破壊されたのに、エリカ先輩は関係ないと見捨てるんですか? こうして他でもないぼくたち恋部を頼ってくれたのに?」
「それは……」
ぼくの問いかけに、エリカ先輩は言葉を詰まらせた。
恋愛に関係するかどうかはひとまず置いて、助けを求めている人をこのまま放置するのはさすがに後味が悪いとか、きっとそんなことを考えているのだろう。なんだかんだ言って、エリカ先輩も優しいからね。
「──ああもう、わかったわよ」
ややって、エリカ先輩は苛立たしげに頭を乱暴に掻いて、聞こえよがしに嘆息した。
「そこまで言うなら好きにしなさい。私はもう止めないから」
「ありがとうございます!」
エリカ先輩からようやく許可をもらって、ぼくは勢いよく頭を下げた。よし。これで正式に探偵活動ができるぞ! もっとも、真の狙いは別にあるんだけどね。
「じゃ、私はもう行くから。あとは頼んだわよ」
「どこへ行こうというのですか?」
と、そそくさと部屋から出ようとしたエリカ先輩の手を、ぼくは逃さず掴んだ。
「どこって、学校だけど? まだ生徒会の仕事もあるし」
「でも、一時間もあれば終わるって言ってましたよね? だったら、このまま調査に加わっても問題ないのでは?」
「は、はあ!? なんで私も調査しないといけないのよ!? あんたたちが好きで依頼を受けた案件でしょう!?」
「それはそうですけど、部長とはいえエリカ先輩も恋部の一員ですよね? こうして現場に立ち会ったからには、調査にも加わってもらわないと」
「あんたが詳細をよく話さずに呼んだからでしょうが! 知っていたらここまで来なかったわよ!」
「あれ? 行っちゃうんですか? 仮にも探偵が謎を前にして」
「だから、それは由太郎たちに任せるって──」
「ああ、わかりました。ようは自信がないんですね?」
ぴくっと、エリカ先輩のこめかみがわずかに動いた。
「まあでも、仕方がないかもしれませんね。普段は書類整理しているだけで、調査には一切加わりませんし。それにいつも結果しか聞いていないせいで、さすがに探偵としての勘も鈍っちゃいましたよね。いやあ、残念だなあ。エリカ先輩の鮮やかな推理を久々に聞けると思ったのに~」
「言ってくれるじゃない……!」
わなわなと怒りに耐えるように唇を震わせながら、エリカ先輩は握り拳を作って胸の前で上げた。
「上等よ! この私自ら解決してやろうじゃないの!」
「わ~! エリカ先輩カッコいい~!」
まんまとぼくの煽りに引っかかったエリカ先輩に、ぼくは拍手を送りつつ、内心「計画通り」とほくそ笑んだ
そう……これもぼくの作戦の内。こうしてエリカ先輩と少しでも長く一緒にいて、その間に好感度を稼ごうという作戦である。
「……ユタって、たまにああいう詐欺師みたいな真似を平気ですることあるよね」
「ああ。あんな簡単な煽りに引っかかる方も引っかかる方だけどな」
なにか後ろの方でみずきちと剛ちゃんが呟いたような気がしたけど、聞かなかったことにしておいた。
「それで由太郎。さっそく調査に入るけど、こうなったのは一体いつからよ?」
バラバラにされた凛奈ちゃん(ラブドール)を指差して訊いてきたエリカ先輩に、ぼくもそばに寄って返答する。
「ぼくたちが発見したのは昨日の夜ですね。突然小野田くんの悲鳴が聞こえてきて、慌ててここに駆け付けてきた時には、すでにこうなっていたんです」
「この部屋に入る前にも同じことを言っていたわね。その時、他にだれかいたの?」
「小野田くん一人だけでした。確か小野田くんは一人で鍵を使ってこの部屋に入ったんだよね?」
うん、とぼくの質問に頷いて、小野田くんはそのまま話を続けた。
「あの時は友達の部屋に訪ねた帰りで、ルームメイトも出かけたままみたいだったから、鍵を使って自分の部屋に入ったんだ。そしたら、床の上でこんな姿になっていて……」
悲しみがぶり返してきたのか、目頭を抑えて顔を伏せる小野田くん。大切な存在がバラバラにされた状態で見つかったのだ──思い出して涙がこぼれそうになるのも無理はない。
「普段、凛奈ちゃんはこの部屋のどこに仕舞ってあるの?」
「そこだよ」
言って、小野田くんは部屋の両端に設置されているベッドの一つを指した。
「いつもあのベッドの下に隠してあるんだ。大きさが大きさだから、タンスとかクローゼットには入らなくて」
「それはもちろん、ルームメイトも知っているのよね?」
今度はエリカ先輩からした質問に、小野田くんはまだ少し禍根が残っているのか、やや眉を曲げつつも「……はい」とちゃんと敬語を使って首肯した。
「お互い、こういう趣味はだいたい筒抜け状態ですから」
「知っているのは、そのルームメイトだけなのかしら?」
「いえ、あと二人います。僕の幼なじみと、ルームメイトの親友が」
「なるほど。そうなると、その二人も怪しいわね……」
「えっ。ど、どういうことですか? 通り魔的な犯行じゃなくて?」
「その可能性は低いと思うよ」
エリカ先輩に代わって、ぼくが小野田くんの疑問に答える。
「だって小野田くんが入った時、この部屋は鍵がかかっていたんだよね? なにかしらの方法で無断に合鍵を作って部屋に侵入した可能性もなくはないけど、そこまでした上にピンポイントでベッドに隠してあった凛奈ちゃんだけをバラバラにするなんて、小野田くんの趣味を知っている人間としか思えない犯行だよ」
「そんな……」
とショックを受けたように瞠目する小野田くん。知り合いの中に犯人がいるなんて、思ってもみなかったのだろう。
「なかなかやるじゃない。由太郎」
おおっ。珍しくエリカ先輩に褒めてもらえた! 明日は吹雪かな?
「でも少し爪が甘いわね。合鍵を勝手に作られた可能性はゼロと考えていいわ」
「? どうしてですか? そりゃ普段から持ち歩く物ですし、簡単に盗めるような物ではないのは確かですけれど」
「そうじゃなくて、桜陽学園の寮で使われる鍵は、複製が不可能な仕様なのよ」
「複製が不可能?」
「ええ。特許が出ている鍵で、許可なしに鍵屋さんで複製できるものじゃないの。私たち生徒会か、教師陣しか出回っていない情報だから、あんたたちが知らなくても無理はないでしょけど」
「そうだったんですか……。けどそれ、ぼくたちに話してよかったんですか?」
「吹聴しなければ別に構わないわ。それに、推理に邪魔な要素はさっさと排除すべきよ」
あくまでも勝負はフェアに、というわけか(別に勝負しているわけではないけれど)。
「じゃあピッキング……はさすがにないか。手間もかかる上に、部屋にはちゃんと鍵がかかっていたんだし」
「そうね。あと、ここは基本的に密室だったと考えていいわ」
言いながら、エリカ先輩は窓際へとおもむろに歩んだ。
「さすがにこの高さから……三階の窓から逃げたとは到底思えないわね」
「ですけど、ぼくたちが駆け付けた時には窓は開いたままになっていましたよ? それにその下にけっこう深い茂みがありますし」
窓を開けず、そのまま閉じた状態で外を見下ろすエリカ先輩に、ぼくは疑問を投げる。
「窓を開けておいたのは、そこから逃げたと誤認させるためよ。いくらなんでもこの高さから飛び降りるなんてリスキーだわ。骨折で済めばいい方って感じね」
なるほど。だから密室と言ったのか。唯一出入りできるドアは施錠されており、窓から逃げるにしても、高さがあり過ぎてかなり危険だから。
「でもわからないのは、密室を作ってまでこの人形……こほん。凛奈さんをバラバラにした理由ね」
言って、エリカ先輩は再度凛奈ちゃんのそばに寄ったあと、静かに腰を下ろした。
「首、胴体、手足と綺麗にバラバラにされているわね。切り口も鋭利な刃物を使ったようだけど、ナイフでどうこうできる素材と厚みじゃない。見たところ、シリコン素材ね」
さすがは学年でもトップクラスの成績上位者──初見でシリコン素材と見抜くとは。
「……にしても、こうやって改めてじっくり見ると、本当に細部までこだわっているわね。その、胸の形とか質感とか」
恥ずかしそうに時折指を引っ込めつつも、ぷにぷにと凛奈ちゃんの胸に触れながら言ったエリカ先輩に、ぼくもその横に立って言葉を返す。
「当然のように五十万近くはする代物ですからねえ。凛奈ちゃんは純日本人がベースになっていますけど、オプションで髪や瞳の色を変えることもできますよ」
実際、多種多様のラブドールを公式サイトで発表しているし。
しかし、こうして改めてじっくりと見ると、やけに綺麗だなあ。バラバラにこそされているけど、とても使用済みの物とは思えない。よほど丁寧に扱っているのか、もしくはそこまで使用しているわけではないのかもしれない。
「私にはよくわからない世界だけど、男の子ならみんな欲しがるものなの?」
「もちろんです」
「僕も右に同じ」
「聞くまでもない質問だよねー」
「ああ。愚問もいいところだ」
「……わかった。もういいわ」
ぼくたち男子の返答を聞いて、エリカ先輩は呆れたように眉間を揉んだ。はて、普通に答えただけなのだが。
「じゃあ、この凛奈さんを前から知っている依頼人の知り合いが、嫉妬でバラバラにした線もあるわね」
「嫉妬だけで、普通バラバラになんかします?」
ぼくの質問に、エリカ先輩はゆっくり立ち上がりながら、
「相手が人間だったら、怨恨目的でバラバラにする犯人も稀にいるわよ。どちらかと言うと、だいたいは快楽殺人の方が多いけど」
「ミステリーだったらどうなんです? エリカ先輩、ミステリー好きでしたよね?」
恋部の部室にも、実はエリカ先輩が持参したミステリー系の小説がいくつか置いてあったりする。まあミステリー小説自体、何代か前の部長が趣味でいくつか置いてあったみたいで、それがきっかけとなったのか、色んな部員がミステリー小説を部室に持ち込むようになったらしい。探偵部というだけあって、エリカ先輩みたいなミステリー好きが集まりやすいのだろう。
ちなみに、ぼくも部室に置いてある物をたまに読んだりするが、あくまでも嗜む程度で、そこまでミステリーに造詣が深いわけじゃない。エリカ先輩が好きな物ならぼくも読みたいという動機だけで読んでいるので、小説そのものはあまり読む方じゃないのである。
「ミステリーだったら、鞄や箱の中に入れて運搬するために解体したとか、ちょっと凝ったもので死体の人数を誤魔化すために色んな死体の部品を集めた、なんて推理小説もあったわね。けどこれの場合、どっちも当てはまらないわ。仮に動機が怨恨なら、わざわざバラバラにするより、そのまま刃物で傷だらけにするだけでいいでしょうし。後者に至っては、切り口が完全に一致しているから、部品をすり替えるなんて無理ね」
そもそも数を誤魔化す必然性もないし、とエリカ先輩。
「じゃあやっぱり、嫉妬の線が濃厚ということですか?」
「まだなんとも言えないけれどね。でも、ひとまず動機の方は嫉妬でいいと思うわ。どちらにしても情報が足りないし、凛奈さんのことを事前に知っていたという三人に、詳しく話を聞いてみるべきね」
「その点なら安心してください。すでにみずきちに頼んでアポイントメントを取ってありますから」
「うん。連絡先も交換したし、いつでも呼び出せると思うよー」
スマホを掲げて相好を崩すみずきちに、ぼくはグットサインを送った。さすがはみすきち。仕事が早い。
「じゃあ、さっそく呼んでもらおうかしら。ここじゃなく、私たちの部室の方にね」
「え、ここじゃないんですか?」
ぼくの素朴な疑問に、エリカ先輩は恥ずかしそうに凛奈ちゃんから露骨に顔を逸らして言った。
「あ、当たり前でしょう。いつまで女の子をこんな卑猥なところに居させるつもりよ!」