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第6話 凛奈ちゃんバラバラ事件(事件編1)



 それは、とある夜更けのことだった。

 桜陽学園男子寮の一室。そこでぼくは、友人で幼なじみでもある剛ちゃんとみずきちを前にして、真剣な面持ちで向かい合っていた。

 というか、ぶっちゃけぼくと剛ちゃんの相部屋(桜陽学園の男子寮は、基本的に二人部屋なのだ)にみずきちを呼んだだけなんだけど、とまれかくまれ、ぼくは鞄の中からとある貢物を取り出して、二人の前に置いた。

「どうぞ、お納めください」

「おおっ。こ、これは……!」ぼくが差し出した物を見て、剛ちゃんが露骨に瞳を輝かせた。「君江きみえさんの生写真……! それも、どれもエプロン姿……!」

「こっちはボクの欲しかったハンドバックだ~! 可愛い~☆」

 女性物のハンドバックを抱きしめて、破顔するみずきち。まるで親からテディベアをプレゼントされて喜ぶ女児のようだ。

「ちゃんと買ってくれたんだね~。ありがとう~♪」

「オレからも礼を言う。どれも家宝にしたいくらいのベストショットだ。今夜は存分にハッスルできそうだ……」

「そのバック、けっこう高かったんだから、くれぐれも大切に扱ってくれよ? 剛ちゃんの方は……うん。ハッスルするのもほどほどにね?」

 実の母親(鹿騨君江四十二歳)をオカズにされるのは、精神的にダメージがでかいから。それ以前に陰で母親の写真をこっそり撮る時点ですでに大ダメージを負っているけれど。

「ところでユタ。お金の方は大丈夫? 剛ちゃんの方はタダで済むからいいかもしれないけど、ボクのお願いはお金がいるものばかりだから、ちょっと大変じゃない?」

「そう思うのなら、少しは容赦してほしいんだけどなあ。たまにはタダで済む願いにするとかさ」

「それはそれ。これはこれだもん」

 至ってドライな回答だった。チキショーめ。

「まあ、親から仕送りを貰っているし、夏休みにバイトした金もあるから、そこまで高い物じゃなければ大丈夫。そもそもこれでぼくに協力してもらっているわけでもあるし」

 そうなのだ。こうして剛ちゃんに自分の母親の写真を渡すのも、みずきちに物を貢ぐのも、ぼくの恋に協力してもらうための交換条件だったりするのだ。それも、月一で。

 で、今日がその日だったわけなんだけれども、本音を言うとけっこうしんどい。懐的にも精神的にも(特に剛ちゃんの頼み事が)。

 とはいえ、これもエリカ先輩と付き合うために必要なことだ。今は耐えるしかない。

「けどさー。ユタは本当にこれでいいの?」

 とハンドバックを愛おしげに撫でながら、みずきちは言う。

「ボクは別にこのままでもいいけれどさー。こうして欲しい物を買ってもらえるわけだし。でも部長さんを落とすのは、かなり無理があると思うよー?」

「無理って、なんで?」

「だって、今まで一度もフラグが立ったことないんだもん。いつも脈無しっていうか、全部空振りで終わってなくない?」

「いやいやいやいや。さすがに全部空振りってことはないでしょ。ヒットこそしてないけど、掠りくらいはしているはずだって」

「じゃあ、今までのことを振り返ってみなよ~。一度でも部長さんがユタにドキドキしているシーンなんてあった?」

「それは、えーっと…………」

 あれ、おかしいな。記憶の奥底まで掘り起こしてみたけど、まったく心当たりがないぞ……?

「ほら、ないでしょ? 今まで何度もユタを中心に謎を解いてもらったけど、それも全然成果が出てないし~」

「うっ……」

 その通り過ぎて、思わず仰け反るぼく。

 言われてもみれば、いつもエリカ先輩に呆れられてばかりで、褒められたこともなければ、好意を示してもらったことすらない。

 この間の東條先輩の依頼の時だって「毎回くだらない依頼ばかり受けてきて、いい加減にしなさいよね!」と叱られたくらいだし。理不尽過ぎる。

「そもそもさー、ユタは部長さんのどこが好きなの? 一目惚れとは聞いてたけど、ここまでしてるんだし、今はそれだけじゃないんでしょ?」

「あ、それはオレも気になるな」

 と、それまでぼくの母親の写真に恍惚とした顔で頬擦り(!?)していた剛ちゃんも会話に混ざってきた。



「どこって、見た目はもちろんだけど、性格とか?」

「「……………………」」



 なんか、異星人を見るかのような目をされた。

「なんでさ!? 普通に性格も可愛いじゃん! 確かにちょっとキツいところあるけど、そこも含めていいんだよ! ツンデレっぽい感じでさ!」

「デレたことなんて一度もないじゃん。今のところツンしかなくない?」

「だな。オレも我ながらドMだと自覚しているが、ユタも相当Mなんじゃないのか?」

 んなアホな! ツンデレ好きがみんなMだと思ってもらっては困る!

 あくまでも属性萌えというだけで、決して罵倒されるのが好きとか、そういうわけじゃないから! ここ、めちゃくちゃ大事!



『あああああああああああああああああああああああ~っ!』



 と。

 そんな悲痛に満ちた絶叫が、突如としてどこからともなく響いてきた。

「……なんだ? 今の声は……」

「ドアの向こうから聞こえてきたよね……?」

「うん。ぼくも寮内から聞こえた気がした」

 ということは、この寮内でなにか異常な事態が起きた……?

 そうこうしている内に、ドアの外からいくつもの足音がバタバタと聞こえてきた。叫び声を聞いて、寮内の人間たちが現場へと向かっているのだろう。

「どうするユタ? オレたちも行ってみるか?」

「ちょっと怖い気もするけどね……」

 神妙な顔でこちらを見つめてくる剛ちゃんとみずきちに、

「……行ってみよう。なにか事件が起きたのかもしれない」

 と、ぼくは率先してドアへと急いだ。


 ☆


「……で? なんで私はここに呼ばれたのよ?」

 あの叫び声を聞いた、翌日のことだった。

 事件現場となった男子寮のとある一室の前で、エリカ先輩は不機嫌そうに柳眉を立ててぼくに問うてきた。

「あれ? 朝メールで説明しませんでした? ここで事件が起きたって」

「それはメールで見たけど、詳細までは知らないのよ。重大な事件に遭遇したから、お昼過ぎに現場まで来てほしいとしか書いてなかったし」

「ああ、それはこうして現場を見てもらった方がいいかと思いまして」

「安易に呼び付けるんじゃないわよ。今日だって土曜日で半日授業だったとはいえ、こっちにはまだ生徒会の仕事があったりするのよ?」

「え? じゃあお昼もまだとか?」

 ちなみに、現在時刻は午後一時過ぎ。決して昼食を取るのに遅い時間というわけではないけど、途中まで仕事をしてここに来たのだとしたら、お腹もそれなりに空いていることだろう。さすがに空腹のまま調査に立ち合ってもらうわけにもいかないし、今からでもご飯を食べに行ってもらった方がいいかもしれない。

 そう提案したぼくに、エリカ先輩は「別にいいわよ」と煩わしそうに顔を背けた。

「昼食なら、仕事をしながら少しだけサンドイッチを食べたから。生徒会の仕事だって、あと一時間程度もあれば終わる量だし」

 それはそれとして、とエリカ先輩は興味深そうに周りを見回しながら、言葉を紡ぐ。

「男子寮ってこんな感じなのねー。初めて入ってみたけど、もっと散らかっているものとばかり思っていたわ」

「そりゃそうだよー。ゴミなんて散らかしたら、寮監とかに叱られちゃうもん」

「それに男だからと言って、どいつもガサツというわけではない」

 ぼくのそばにいたみずきちと剛ちゃんが、エリカ先輩の感想にそれぞれ応える。つまり、珍しく調査段階で恋部が全員揃っている状態というわけだ。

「ふーん。そこは女子寮と同じなのね。言われてもみればちゃんと制服のままだし。てっきり授業が終わったら、さっさとジャージに着替えて怠けているのかと思った」

「ジャージに着替えるのは、基本的に掃除とかお風呂に入ったあとだけですよ。そういったルールでもありますし」

 そのへんはたぶん、女子寮となにも変わらないだろう。一部、ルールを破ってさっさとジャージに着替えて過ごしたり、中には派手な私服で寮内を練り歩いてよく叱られている人もいるけれど。

「初めてと言えば、こういう許可証をもらって歩くのも、なにげに初めてだわ」

 と紐で首に下げられた許可証を手に持ちながら、エリカ先輩は言う。

「話には聞いていたけど、受付で許可証をもらえないと、中に入れないのね。女子寮でも男子が入る時は、毎回これを首から下げていたけれど」

「ぼくも噂程度でしか知らないですけど、昔、どっちかの寮で異性を部屋に連れ込んで朝まで帰ってこなかったことがあったみたいで、それで許可証を作って記録に残すようにしたらしいですよ」

 その男女が一体朝までなにをしていたのかは、言わずもがなである。

「って、話が逸れちゃったじゃない。さっさと話を戻しなさいよ」

「逸らしたのはエリカ先輩の方じゃ……」

「あん?」

「いえ、なんでもございません」

 ギロリと睨みを利かせてきたエリカ先輩に、すぐさま自分の言葉を撤回するぼく。

 前々から思っていたけど、この人、だんだんとヤンキー化してない?

「こほんっ。えーっと、なぜエリカ先輩をここに呼んだかですよね? メールでもお知らせした通り、今ぼくたちの前にあるこの部屋で事件が起きたんです。それも、身の毛もよだつような悲惨な事件が……」

 おどろおどろしく言うぼくに、エリカ先輩は眉をしかめて、

「悲惨な事件って。あんた、恋部を単なるミス研かなにかと勘違いしてない? 恋愛に関する事件ならまだしも、ただの事件なら私たちの管轄外よ?」

「もちろんわかっています。ちゃんと恋愛に関係する事件ですから」

 ぼくの言葉に、露骨に怪訝がるエリカ先輩だったが、ひとまず話を聞いてみることにしたのか、顎で話を続けろと促してきた。ぼくも黙って頷く。

「事件が起きたのは昨日の午後八時過ぎ。その時ぼくたちは三人で集まって別のところにいたんですが、突然どこからか悲鳴が聞こえてきたんです。そこで慌てて悲鳴が聞こえてきた場所へと言ってみると、部屋の中で泣き崩れていた同級生がいたんです」

「それって……」

 ちらっとぼくの後ろに立つ男子に視線をやりつつ、エリカ先輩は続ける。

「さっきからやたら暗い顔で由太郎の後ろにいる、その男の子?」

「はい。そして、今回の依頼者でもあります。さ、前に出て小野田おのだくん」

 ぼくに背中を押され、小野田くんは陰鬱な雰囲気を醸し出しながら、弱々しく前に出て小さく頭を下げた。

 小野田おのだゆう。ぼくの同級生で、背は低めだが顔はけっこう整っており、温和な人柄もあって密かに女子人気も高い。クラスは違うけれど、体育や美術などの合同授業で一緒になることもあり、それなりにぼくたちと交流のある男子だったりする。

 で、さっきも言った通り、今回の依頼者でもあるんだけど──

「小野田くん、大丈夫? ちゃんと話せそう?」

「……うん。大丈夫」

 ぼくの問いかけに、か細い声で応える小野田くん。本人はこう言っているけど、心の傷は深そうだ。本来はもっと明るい子だし。

「それで、結局この部屋でなにがあったのよ?」

「それは見てもらった方が早いと思います。小野田くん、開けてもらっていい?」

 小野田くんは無言で頷いて、ポケットから鍵を取り出した。

 そうして、鍵を開けて小野田くんのあとに続くエリカ先輩の背中を見送っていた中、

「……ねえユタ。このまま進ませて本当によかったの?」

 と、不意に横からみずきちに声をかけられた。

「? なにが?」

「なにがって、いくら部長さんでも、女の子にあれを見せるのは──」



「きゃあああああああああああああああああああ!?」



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