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学院を出発した後、軍隊を倒すのを必要最低限に抑えながら、私はサンセットロに到着した。
ここは戦火の匂いはないものの、軍隊によって街は埋め尽くされており、鉄道で他のところに向かっている隊も多くみられた。
おそらく最終防衛ラインということなのだろう。サンセットロの先には執政特別区とエーデルファーがある。こことが落ちれば中央機能が停止することは免れないだろう。
今の戦況は大きく魔獣側に傾いている。ガルドラの予想とは大きく反する動向だ。ここまでの道のりを見ても、かなり戦線が(人間側からみれば)後退している。圧倒的な兵士数と魔法の火力の差…、でも少々奇妙なのだ。
人間側が弱すぎる。お互いの軍事力で牽制し合っていたとは思えない、それぐらいの差。まるで「敢えて」後退させているような…。まあ、推測に過ぎないけれども。
今はオールさんに会いに行こう。そう思って道を進んでいると、あちこちに避難所が見られた。
しかし、あまり環境は良くなさそうだ。というよりももっと他に使うべき場所があるはずだ。広い学校を軍事拠点と称して閉鎖し、避難民の中には小さな仮設テントや即席のシェルターを使っているものもいる。どう考えても逆ではないのだろうか。目的を取り違えている気がする。
エーデルファーとサンセットロの入り口には兵士が隙間なく並んでおり、厳戒態勢が敷かれていた。辺りを見渡しても入れそうなところは見当たらない。入らせる気はないのだろう。
「弱ったな…。強行突破もできないし…。」
私が何か無いかと考えていると、一人の男性が話しかけてきた。
「ルナ様、お待ちしていました。」
その男性は執事の服装をしていた。
「えっと…、マーレさんでしたっけ?王宮の…」
「覚えていただいていて光栄です。
陛下がルナ様がいらしたら、王宮にお連れするよう言付かっております。」
どうやらオールさんが既に手を回してくれていたようだ。
「…どうやって入るつもりなんですか。」
私は小声で尋ねる。
「…確かに正面から突破しようと思うならすぐ捕まりますし、後ろの機械で強力な魔流を放出することで、空間魔法などの類いで突破することも不可能です。ですが…ここから入るだけが道ではないんですよ。」
マーレさんが私を連れて向かったのはサンセットロのとある民家。外も中も普通の一軒家だ。
「ここは陛下の別荘の一つです。できる限り一般的な一軒家に寄せて欲しいとのご要望で建てられました。」
マーレさんは私にそう説明しながら床板を1枚外す。するとそこに地下への階段が現れた。
「実はここに王宮への地下通路があるんですよ。直接陛下がこちらに来たら目立ってしまいますからね。
ここを使っていきましょう。」
マーレさんと一緒に階段を降り、地下道を進む。廊下は非常に綺麗に整備されているもののかなり長く、普通の人なら行き来するだけで疲れてしまうだろう。そんなことを思いながら歩いていると地下道の終点に辿り着いた。
そこの階段を上がると王宮の庭の一角に出た。そこから前にも来たエントランスに向かったが、王宮の門から外に見えるエーデルファーは前と変わらない景色だった。軍隊もいなければ、ドレスで出歩いている人もいる。貴族街の体裁を保ち続けているここは、サンセットロとはまったく違う雰囲気だった。
確かにサンセットロの軍隊や兵器の数を見れば、ここまで戦火が及ぶことはない…、及ぶ前に降伏しているはずだ。安全地域であることに間違いはないが…、直感的にすぐ分かるひどい格差社会だ。あくまでもここに平民である者を入れる気はないのだろう。もし入れていたら、サンセットロであんな光景が広がり、こんなギャップが生まれるはずがない。正直呆れたものだ。
私はマーレさんにつれられて、王宮の中へと入った。王宮に来るのは二度目だが、この王宮の空気にはまったく慣れそうにはない。相変わらず服装が違うと思いながら応接室に入ると、オールさんが既に座っていた。
「お久しぶり。そちらに座って。」
オールさんはにこやかな笑顔で私を出迎える。
「お久しぶりです…。」
「やっぱりこのタイミングで来たね。マーレを遣わせておいて、正解だったよ。
…さて、とはいえあまり時間が無いんだ。本題に入ろう。」
オールさんは一息つくと、真剣な表情で私を見た。
「ここに来る道中で、戦場や、街の困窮状態を見たと思う。
…率直にどうおもった?」
オールさんはじっと私を見つめたままだ。
「…そうですね…、かなり苦しい状況でした…不思議な位に。
もう少し資源も軍事力もあったような気がするのですが…。」
オールさんは私の発言を聞いて小さく頷く。
「ああ。実は軍部は意図的に投入する兵力や資源を減らしている。…まあ、さっきまで推測に過ぎなかったんだが、今ので確信に変わったよ。」
「…意図的に制限しているという事実には納得できますが、…なぜなんでしょうか。
どうやら普通に戦えば、魔獣軍には勝てるという試算を聞いたのですが…、だとしたら敢えて資源を温存する意味は無いと思います。」
オールさんはここで大きく一呼吸挟んだ。
「…まあ、簡単に言えば、『劇』さ。」
「劇?」
「クーデターを起こしたいのさ。どうやら内部では既に魔獣に勝つ用意ができているらしい。そこで勝つ前に一芝居挟んでいるのさ。逆転劇を演出するために。」
「クーデター…、オールさんを廃位したいということですよね…。でも、それなら実行権は奪えてますし、もう既に半分達成していますよね?」
「あそこが掲げているのは貴族制の廃止さ。
今の陸軍総監は平民上がりでね。貴族制には長い間、強い不満を抱いていたようだ。軍部は非常時以外はほとんど権力を制限されているから、今を好機とみたのだろう。サンセットロとエーデルファーの光景は貴族制を批判する劇では重要な描写だ。」
「それで国民の支持を得ようってわけですか。実際はあの状況は軍部が作り出しているものですよね?」
「そうだ。エーデルファーとサンセットロの間の移動を制限することで、演出と貴族への情報統制も果たしているってわけだ。
そしてさっき、次の一手を打ってきたんだ。」
オールさんはそう言うと、1枚の手紙を見せた。
「僕に戦場に出ろとさ。」




