繰り返される日々の一幕。
「いらっしゃいマリンさん。今日も痛み止めでいいかい?」
「いつも悪いねぇ。それで頼むよ。」
店に入ってきた老婆は店番の青年に声をかけられる。
王都から少し離れた街の住宅街の1区にて、穏やかな会話が流れていた。
輝いて見えるような銀髪を揺らし、少し華奢な体つきをもつ青年は抑えられ開かない目をもろともせずに、カウンター下から錠剤の入った瓶を取り出す。
「聞くところによると商業区に新しい専門系の薬屋ができたらしいですよ。酷くなってみたらそっちにも行ってみてくださいね」
「ふふ、薬屋に来たのに他の薬屋を進められるなんて変な話じゃないかい?」
「いやいや、うちは簡単なものしか置いてませんから。1人だからできることも少ないですし」
「欲がないわねぇ」
言いながら優しい笑みを浮かべる老婆は、カウンター横の椅子に腰掛けて話す。
と、その時。
「ディフィ!ただいま!今日もいつものちょうだい!」
開かれた戸から走り込むように少女が乗り込んでくる。
走った勢いを殺すブレーキをかけて伸ばされた黒髪を振る少女は、はきはきとした笑顔だ。
「おかえりアル。焦らなくても取り置いてあるから大丈夫だよ」
「ありがと!」
老婆から意識を移した青年…ディフェイクはわざわざカウンター上に置かれていた瓶を差し出す。
「今日こそは代金を支払ってくれるかい?」
「もう、いつも言ってるでしょ!報酬金が出たら全額払うから!」
「いつも言ってるでしょで済ましていい問題ではないと思うんだがね…」
あきれた表情を隠す様子もなくため息をつく少年と、少し膨れた顔をする少女。
話の蚊帳の外に置かれている老婆は、ニコニコしてやり取りを見ていた。
「まぁまぁ。アルテミスちゃん、見ないうちに大きくなったわねぇ…近頃は頑張ってるって聞いたけど、危険なことはあんまりしないでねぇ…」
「マリンおばさん、心配しすぎだよぉ。私こう見えてもとぉっても強いんだから!」
腕を上げて二の腕に力を入れる少女…アルテミスだったが第三者が見るに大きく盛り上がった様子は見えない。
「マリンさんも言ってやってくださいよ。この子三日に一回くらいのペースで1本ポーション買っていくのに、半年くらい代金払ってくれてないんですよ。ずーっと成功報酬って言って。」
「あら、かわいいじゃないの。あんたも男なら女の子の言うことは信じて待ってあげるものよ。」
「むぅ…」
口を尖らせ文句ありありな様子で黙るディフェイクは、老婆に肯定されて勝ち誇るアルテミスを見やる。
「ほーれ。男は黙って女の子のいうこと信じてればいいのよ!それに私は勇者様なんだから、胸を張って待ってなさいな!」
言い切ってニコニコするアルテミスを見て、ため息をつきながら微笑む。
「わかったよ。まぁ、こんなやり取りも半年間やってるわけだからもういいけどね。」
「そういうことよ。それよりもディフィ、今日も話したい事があったの!」
会話しながら老婆との会計を終わらせていたディフェイクは、立ち上がって棚から茶菓子とお茶を出す。
その様子を見ていた老婆は、椅子から立ち上がって二人に背を向けた。
「あ、マリンさんまたね。」
「またねー」
「ふふ、次にあうときも元気な顔を見せてね」
二人の声に振り向いて老婆は応え、そのまま背を向けて出て行った。
「あのねあのね、一昨日にいった街でね……」
「はは、そんなことがあったのかい」
老婆が出て行った薬屋には、向かい合って座り冒険を語るアルテミスの声と、それに反応するディフェイクの声だけが響いていた。
それは三日に一度、国に選ばれた『勇者』アルテミスと、しがない…はずの青年ディフェイクとの日常の一幕だった。