友が繋ぐ糸
―8月6日深夜
俺の元へ一通のメールが届いた。
それは親友の死を告げる内容。
死因は交通事故。
コンビニに行った帰り道、居眠り運転の車にはねられた。
頭を強く打ち、俺の親友。三木タケルは帰らぬ人となった。
タケルは高校で出会い、共に過ごした時間は他の友達の誰よりも長かった。
翌日には葬儀が行われ、タケルは眠りについた。
永遠に起きる事はないのだけれど。
俺はタケルの墓参りに来ている。
一言文句を言ってやりたかったが、それももう意味はない。
タケルが天国に行ける様に、俺はただ墓の前で祈るだけだ。
線香の匂いが辺りに広がる。
そんな中で、微かに匂うホワイトローズの香水。
甘い香りは、徐々に近づいてくる。
―カツン…カツン…
墓と寺を繋ぐ階段を、一人の女が降りてくる。
見覚えのある顔だ。俺は思わず名前を呼んだ。
「…ユリ?」
女はこちらを向くと、驚いた表情を浮かべた。
「…コウタ!?」
女はやはり知った顔であった。名を坂井ユリと言った。
俺、佐藤コウタと坂井ユリは、言わば元恋人同士。
中学3年の頃付き合っていた。高校は別々になり、お互い会う時間も作れず
次第に俺とユリは離れていった。
どうしてユリがここにいるのだろうか。
俺はわけもわからずユリに問いかけた。
「何でユリがここに居るんだ?」
ユリは一呼吸置くと俺に言った。
「お墓参りに来ただけよ。タケルの。」
何故タケルをユリが知っているだろう。
俺の知らない間に二人は知り合っていたのだろうか。
あれこれ考えている俺の横を、ユリは見向きもせず通り過ぎる。
そして、タケルの墓前にしゃがみ込み、手を合わせた。
不謹慎ではあるが、この時の俺はタケルよりもユリに意識が行っていた。
相変わらず派手な金髪。相変わらず強めの香水。
その全てが懐かしく、別れて2年経っても
鮮やかに過去の思い出が蘇る。
二人並んで歩いた通学路も、二人で行った海も
全てが走馬灯のように駆け巡る。
「ユリ…」
俺はユリに話しかけようとした。
しかし、ユリはそれをさえぎるるように語りかける。
「コウタ、私ね…タケルと付き合っていたの。」
それを聞いた俺は、なんとも裏切られた気分になった。
別れた原因も、タケルと付き合いだしたからではないか。
そんな俺を見ていないのか、ユリは言葉を続ける。
「もう…タケルには会えないのか…」
寂しげな目をし、ただ墓を見つめている。
そんな姿が俺を余計に苦しめた。
「どこで…タケルと知り合ったんだ?」
俺はユリに問いかけた。
ユリは下を向くと、静かに言葉を発した。
「…コウタの家。」
俺の家…。何故ユリが…。
俺の気持ちを察したのか、ユリが言葉を続ける。
「別れてから一度、コウタの家に行ったわ。」
「でも、コウタは居なかった。」
「その時、偶然タケルが訪ねてきたの。それからよ。」
それならば話の筋は通っているが…。
それ以前に親友の元カノと付き合うなんて…。
俺はタケルに裏切られた気持ちで一杯だった。
そして、ユリを責め立てた。
「なんでタケルと付き合うんだよ!?俺の親友だろ!?おかしいよ!!」
ユリはうつむきながら話を聞いていた。
そして俺に向かい言った。
「親友も何も関係ないじゃない。あたしは女で、タケルは男よ。」
「コウタに責められる理由はないわ!!」
ユリが言っている事は最もだ。
俺のはただの嫉妬だ。
ユリに言われ、俺の顔は恥ずかしさと悔しさで真っ赤になった。
ユリは溜息をつくと、墓に振り返り祈りを始めた。
もう戻れはしないのだと、改めて思い知った。
俺はそっと、ユリが降りた階段を登りはじめた。
ほのかに、ユリの香水の匂いがした。
それを噛みしめながら、俺は家路へとついた。
―1年後
俺はタケルの墓に来ていた。
もうここへ来る事はないと思っていた。
だが、昨日ユリからメールが届いた。
『明日タケルの墓参りに一緒に行こう』
正直悩んだが、一人では辛いのだろうと思い、
俺は返事を出した。
しかし、ユリは待ち合わせ場所に来ておらず、
しかたなく俺は、先にタケルの墓に来ていた。
墓前にしゃがみ、線香を上げ、手を合わせる。
目を閉じ、タケルに祈った。
そこにタケルが居るような気がして、思わず語りかけた。
「…なあ…タケル。お前は今、何を考えているんだ?」
当然返事などない。しかし、構わず俺は続ける。
「お前は本当にユリと付き合っていたのか?」
「お前は俺の気持ちを知りながら…」
「いや、関係ないな…男と女だもんな…」
「…」
それ以上言葉が出なかった。
ただ、ユリと再会したあの日、俺はまだユリの事が好きだった。
「…タケル…俺が、ユリをまだ好きでも許してくれるか?」
タケルの墓は何も言わない。
俺は黙ってそのまま、タケルの墓を眺めていた。
「ユリが…好き…か。」
一人呟くたび、自分の気持ちがハッキリとしてくる。
そうして3時間程経ち、もう辺りは暗くなり始めた。
俺は階段を登り、出口へ向かおうとした。
出口では、ユリが一人しゃがみ込んでいた。
「…ユリ…」
俺はユリを呼んだ。だが、ユリはこちらを見ようとしない。
「ユリ!!」
小さくユリの体が震えた。そして、ゆっくりとこちらを見上げた。
「コウタ…」
その目には涙を浮かべ、すがる様な目でこちらを見ている。
立ち上がると、ゆっくりとユリは語りだした。
「ごめんなさい…」
「私、嘘をついていたの。」
「タケルとは…付き合っていなかったわ。」
突然のユリの告白に頭が混乱する。
何故そんな嘘をつく必要があったのだろうか。
「何故…そんな嘘を?」
俺はユリに尋ねた。
「コウタの気持ち…知りたかったから。」
そう言ったユリは、再び目に涙を溜め、その場にしゃがみ込んだ。
困った俺はユリの傍に行き、一緒にしゃがみ込んだ。
「何で…そんな事?」
そう俺が聞くと、ユリは顔を赤く染めながら俺に言った。
「好き…だから…。まだ、コウタが…。」
今度は俺の顔が赤く染まった。
沈黙が両者に流れた。
どれくらいそうしていただろう。
辺りはすっかりと暗くなり、鈴虫の鳴き声が響き渡る。
俺達は家路へとついた。
確りと手を繋いで。
翌日、タケルの墓へと二人で向かった。
そしてタケルにお礼を言った。
「聞こえてないと思うけど、タケル…お前が会わせてくれたのかもな。」
「やっぱり…お前は親友だよ。死んでもさ。」
俺は墓に向かって軽口を叩く。
なんだか、墓の表面がキラキラしていて、嬉しそうにも見えた。
もう一度、僕らは歩いて行く。
二人で手を繋ぎ、親友が繋いでくれた糸を、今度は決して切る事の無い様に。