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仕合せという結婚  作者: 餅屋まる
第2章 ドレッセル家
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01.決別

 立派な馬車は街中を進み、大きなドレスメーカーの前で停まる。馬車の乗り降りの時に手を差し出して手伝ってくれたグリオル様に、降りてからもまた手を出されてきょとんとする。戸惑いのうちに彼の方が手を伸ばして私の手を取ってしまう。

「本当は腕を差し出すところだが。お仕着せ姿の君と腕を組んだら少し目立つから、今はこれで許してくれ」

そう言われても私には何のことかわからない。だがこんな格好だから恥をかかせていると申し訳なさで謝る。手を離そうとするも、思いのほかしっかり握られていて離してもらえない。

「あ、そうか。すまない。言葉が悪かった。……いや、確かに服が原因だが……そうだな。別に君が悪いとか僕が恥ずかしいとかではない。お仕着せを着たレディというのが周りからは不思議に見えるだけでね。だから、一番自然に見えるエスコート方法を選んだって事。……エスコートはマナーだよ。手や腕を出されたら手を添えて。追々教えるけど、今日はまず出された手に手を乗せる事を覚えて」

なんだかよくわからないが、とにかくこの手を離すのは余計困らせる事になる、ということはわかった。気は引けるが大人しく従うことにする。

 はい、と頷くと真面目な顔で頷かれた。こんな事も知らないと幻滅されるだろうか。


 お店の前で馬車を停めた時からまさかと思ってはいたが、グリオル様はそのドレスメーカーに私を導く。隣の手芸道具屋であってくれと願っていたけれど無駄だった。見た事のない煌びやかな店内にこんなボロボロのお仕着せのまま入るなんて申し訳ないし、侯爵家の恥になると慌てるもグリオル様が少し困った様子で無理に引っ張っていく。力が強い。

「気にしなくていい。明日からの服も買わないと困るだろうから」

困ると言われては返す言葉がない。やはり大人しく従うことになった。



 たくさんの布の筒が立ち並び、ガラスケースには繊細なレースや美しいリボンが飾られている。トルソが着ているドレスは姉が好むものより飾りが少ないけれど、ドレープの光沢の滑らかさが目に優しく豪華に見えた。

 光景に見惚れている間にグリオル様がお店の人と会話をして、入店から数分後、私はお店の一角にある小部屋でお仕着せを脱がされ、体中にメジャーを当てられていた。

 始終緊張している私を余所に、お店の人は皆とても感じが良かった。不慣れな私にどこを測るからこうしてくれなどと優しい口調で親切に教えてくれ、私はそれに従うだけでいい。採寸をしてくれる女性は若い人で、顔の大きさから手の指の長さまで細かくチェックする。日焼けやくたびれた下着も恥ずかしいが、あかぎれの指を見られるのはもっと恥ずかしい。気まずい思いでいると、細くて形のいい指ですね、と褒められ目を見張った。傷だらけだし、何より姉にはいつも汚いと言われていたから。採寸は頭の先からつま先まできっちり行われ、30分後、私はシンプルなベビーブルーのワンピースを着せられてグリオル様の横に座らされた。


 グリオル様はソファでお茶を飲んでいた。おずおずと隣に座ると、私にも同じお茶が運ばれてくる。服を買いに来て店内でお茶をいただくなんて思わなかった。菓子がないのでこぼす心配はないが、借り物の服に注意しながらお茶をいただく。

「うん。その色、やはり似合うね。髪が綺麗に見える」

褒められてじんわりと顔が熱を持つ。居住まいを正して気が付くが、もしや選んで下さったのだろうか。ワンピースの色が薄く、日焼けが目立たないか気になるが、お仕着せや前に着ていたシャモワの服よりずっと顔が明るく見える。明るく見えても地味な顔だから少し恥ずかしいけれど、素直に素敵な色だなと思った。

 10着程のワンピースやドレスを抱えた店員が戻ってくると、それらを壁から突き出ているポールにかけていく。

「今、ご用意がある中でお嬢様にサイズが合わせられるのはこの辺りですね」

並んでいくワンピースはどれもシンプル。飾りがほぼない。だがそのどれもが色が綺麗だ。前に着ていたワンピースと似たような色があるが布地が違う。厚みとハリが生地の良さを物語っている。

「ソフィア、どれが好き?」

「え?」

突然の問いに私は驚く。綺麗だとは思ったけれど、どれが好きだなんて考えていなかった。私は自分の好みで何かを選んだことがない。だからどうしていいかわからない。

「えと……」

言葉に詰まりながら一番地味な色を選ぶ。レースなど似合わないとわかっているから並んでいるのがどれもシンプルなドレスでありがたいが、それにしても明るい色を選ぶ自信はない。私が選んだ服を店員がポールから外していく。

 3着程選ぶとそれを一度下げ、トルソに着せて戻ってきた。その手にはレースやボタンがある。

「さ、お次は飾りです。こちらが基礎のワンピースドレス。こちらに飾りをつけていきますが、お好みはいかがでしょう。襟元と袖はこのように……」

店員はセンス良くレースやボタンを服にあてていく。どうやらこれを元に装飾するものらしい。だから全部飾りがなかったのか。手早くかざされる素敵な飾りを目で追うのが精一杯の私は、どれがいいと聞かれてもすぐには答えられない。

「ええと……すみません、実は、あまり、その……どのような服を着るべきか詳しくないのです。ご迷惑じゃないようにと思うのですが……」

絞り出したこの言葉にグリオル様と店員が顔を見合わせる。そしてしばらくの後、グリオル様が提案して下さったのは、グリオル様の選んだ2つのうちの片方を選ぶという、二択問題だった。

「このレースと、このレース、どちらが好き? 私はどちらも問題がないと思うから、あとはソフィアが決めて」

これならなんとなく選びやすい。私は控えめなレースを選ぶ。豪華なレースは素敵だし憧れないわけではないけれど、顔負けを心配して気後れして着るのを避けてしまいそうだから。値段だって、きっと目が飛び出るようなものだろう。

 こうして周りの人の厚意によって、私の初めてのドレスメーカー訪問は終わった。



 帰りの馬車に乗り込む私は、先程のワンピースを着たまま。どうやらあの時既に買うことが決まっていたらしい。帰り際、そのままでは襟が寂しいからと綺麗な綿レースのつけ衿をあしらわれた。大ぶりのレースが美しく、見た事のない自分の顔周りにお尻がむずむずする。下着まで取り換えてもらい、私が着ていた物は全て処分してもらえることになった。これで私があの家から持ち出したものは唯一この身体だけ。愛着があるわけではないが、なんとなく胸が空になったような気がする。さようならと口の中で呟いた。

 注文した服は今のワンピースと同じ形だ。飾りを付ける以外に数か所の補正をして、夕方までに侯爵家に届けてくれるらしい。私が選んだのは3着だったが、帰り際に耳に届いた着数はそれより少し多かった気がする。


 グリオル様は馬車の正面に座る私に優しく話しかけた。

「疲れただろう。申し訳ないけれどあと少し辛抱してくれ。今日はこの後、うちの一家と晩餐がある。マナーの事は気にしなくていいから、たくさん食べて良く寝てくれ。明日から忙しくなる」

「はい」

 そういえばすっかり忘れてしまっていたが、短い王都の滞在期間に色々仕事があると言っていた。忙しいこの人の時間をこれまでも奪ってしまい、今日もまた奪っている。そもそも何も持っていないのがいけないのだが、何よりもドレスひとつ満足に選べない自分が本当に情けなくて私は気落ちした。


 そんな雰囲気を察してか、グリオル様が声をかけてくれる。

「色々急かしてすまない。そうそう、これをね」

そう言うなり私の隣にすっと移動してくる。人生5回目の馬車で、いくらクッションが柔らかいとはいえ、まだ揺れに慣れない私はガタガタに自由を奪われているため、グリオル様の素早い動きに呆気に取られた。

 目を丸くしているうちに、そっと髪に触れられていた。

「うん、丁度いいね」

感じるほんの少しの重みの原因を見ようと振り返って窓に顔を映してみると、小さなリボン飾りのついたヘアピンが留められていた。

「この前のリボンの替わりだよ。そのうち、きちんとしたアクセサリーを用意するけれど今日はこれで我慢してくれ」

我慢だなんてとんでもないことだ。いただきものを燃やしてしまったのもこちらのふざけた事情だというのに。申し訳なく思いつつ、空っぽの胸がじわりと温かくなる。

「……何から何まですみません……今度こそ大事にします」

曖昧な笑みを返される。

「事務的な言い方をすれば、君の身の回りの物は侯爵家で相応しいものを用意する必要があるから、それについては謝らないで。あのリボンも僕が贈りたくて渡したものだ。君が捨てた訳じゃないなら気にしなくていい」


 ところで、と隣に座ったままの彼が急に厳しい顔になる。

「君には伯爵家での話を聞かないといけないようだが、これまで君はどうやって暮らしてきた? うちの者の前で話すのは少し具合が悪いだろうから今話してくれ」

その口調は優しい。私はぽつりぽつりと自分の暮らしを話した。

本年も宜しくお願い致します。

第2章は今日明日以外、一週間ほど隔日更新の予定になります。何卒ご容赦下さい。

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