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仕合せという結婚  作者: 餅屋まる
第1章 ベルネット家
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11.手紙

 応接室の扉を開けると、いつものワンピースの彼女が姉上の正面でほんの少し笑っていた。先程「ベルネット家のお嬢様」という来客の知らせを受けた時は鬼の形相で怒り、まだ話のある自分と父上に「私がお相手してお待ちしてます!」と決闘を申し込まんばかりの勢いで走って行った姉上が打ち解けているとは驚いた。


 こちらを見とめて、さっと立ち上がろうとするのを手で制す。

「座ったままで構いませんよ。わざわざお越しいただきすみません」

その言葉に彼女の顔が真っ青になる。拒絶と受け取ったのだろうか。

「お姉様の出された手紙の件でいらしたのでしょう」

澄ました顔でこちらを見つめる姉上の隣に座ると、全員の紅茶が入れ替えられた。

 慌てて詫びの言葉を話し始める彼女を止める。

「父も私も気にしていません。ご安心下さい」

「……ご容赦いただき恐れ入ります、ドレッセル家の皆様にお詫びの上、感謝申し上げます」

「父もあなたに会いたがってはいましたが、王命で城に呼び出されまして。失礼ですが今日は私と姉上でおもてなしさせていただきます」

「失礼だなんてとんでもないことでございます! 元よりこちらの無礼をお詫びに参りましただけで……」

「あら、お父様はおでかけなの。この後伯爵家のご当主様がお詫びにいらっしゃるそうなのに、残念ね」

からかい気味に発言する姉上をむっと睨む。正面の彼女はすっかり慌てている。

「ご当主からの謝罪は不要ですよ。ただ、こちらからの条件は必ず守っていただくことになります」

少し震える声の彼女が質問をする。

「私の責任ではお約束はできないのですが、伯爵家は必ず謝辞を以って尽くすと思います。条件とはその――先の婚約の件でしょうか」

「そうです。父からも必ず守ってもらうようにとの事です」



手に持っていた紙のうちの1枚をソフィア嬢に読めるように机の上に広げた。

「まずこちらを。我が家の出した条件書です」


・民の健康のための領地経営に尽力するため、年の11か月は領地滞在とする

・社交シーズンのうち、ひと月は王都に滞在するが仕事を優先する

・土壌管理や生育調査などのため、領地内の視察をこまめに行う

・まずなにより人命を尊び、草木にも誇りを持って接する

・子が望めず養子縁組を組む場合、反対しない


 結びに侯爵家の妻として精力的にこれらに協力するようにと綴られている。

 確かに、中々生家に帰れないというのは心細く思うかも知れないが、専門家業の多いこの国では数年帰らない家もたくさんある。簡単ではない条件だが禁止や絶対ではない。調整次第で里帰りも社交シーズン内にできる。

「結婚式の件は記載がありませんが、王都での派手な式は最近の事ですから、これが決まった時にはまだありませんでした。私たちの公的誓約書に慣例通りにすると記載があるのです。これは現状でも領地の事を考えれば慣例通りが適切です」


 顔色を変えず全てに目を通したソフィア嬢が顔を上げたので、もう1枚の紙、彼女の姉から届いた手紙を並べた。彼女の目がそれをなぞり、段々と大きく丸くなる。


・結婚式は王都でも侯爵家らしい規模で大々的に挙げるべき

・王都での社交に関しては一切を取り仕切れる自信があるため任せてほしい

・服が汚れ、日に焼ける為、領地の視察は絶対に行わない

・自分は当主として育てられたのだから当然生家にも責任を持つ

・そのために1年の殆どは王都の屋敷に住むべき

・領地で過ごす月も一度は必ず生家に帰りたい

・嫁いだ姉の里帰りは名が変わる以上、必ず先触れの上で許可し客として扱う


 これらの後ろに全て自分は伯爵家の次期当主だったのだ、ただの娘ではないというアピールが付いている。本人からしたらセールスポイントなのだろうが、自分には立場の押し売りにしか思えない。そもそも条件が多い。

 ソフィア嬢は震えていた。震えで歯がカチカチと音を鳴らす。

「ソフィアさん?」

姉上が心配そうに声をかける。怖がらせるつもりはなかったが、彼女の様子を見て別の何かを確信した。


 彼女はあの家族に大事にされていない。あの家で見せる意志のない瞳。彼女が一言も口をきかなくても空気を締めてしまうあの3人。その場に彼女がいないかのような態度。それに対しお仕着せを着て町を歩いた彼女の表情。先程の姉上との雰囲気。

 使用人から随分控えめなお嬢さんと聞いたときは、もしやと思ったが勘違いだった。今日ここに彼女が寄越されたのは、彼女の名前で婚約を確定させるためではなく、人身御供にされただけだ。気の毒にもほどがある。



 そっと紙を引っ込め、努めて優しく声をかけた。

「ソフィア嬢、すみません。怖がらせるつもりはなかったのです。これからのお話に必要なものだったのでお見せしようと思ったのです」

それでも彼女の震えは止まらない。

「……も……申し訳ありませんでした。そのようなお手紙を差し上げただけでも失礼ですが、このような内容だったとは把握しておらず、私如きが詫びてどうにかなるものでは……」

「いいえ、いいのです。先程の通り、これに関して誰も怒っておりません」

姉上がさっと立ち上がると彼女の隣に座った。珍しく慌てている。

「ごめんなさい。さっき私が意地悪言ったから、心配になってしまったのよね。怒っていないわ。お願い、気にしないでちょうだい」

震える手をさすろうとした姉上が思い出したように彼女の背中に手を遣る。姉上もあの手に気付いたのだ。彼女は書類があった机から目を離さず、どうしようもなく怯えていた。



 このまま話をしないでおくと彼女の不安は益々ひどくなるだろうと思い、使用人に声をかけて鎮静作用のあるハーブティーを用意してもらう。姉上に勧められるままそれを口にする彼女がカップを下ろしたのを見て、話を始めた。

「ソフィア嬢、安心なさって下さいね。ただ、これから話す事は譲れない条件として聞いてほしいのです」

びくりと肩を震わせながらもしっかりとこちらを見る。

 社交に出た事のない15歳の少女。動揺するのも無理もない。ここに代理で謝りに来ただけでも充分立派だ。

「何度もお伝えしているとおり、我が家の条件は変わりません。厳しい条件とは承知していますが、国の医療に関わる領地。王命に反することがあれば我が家が潰れるだけです。先々代のベルネット伯爵はこれをご承知でお約束して下さったのです。申し訳ない、とは口先だけですが、アレクサンドラ嬢の仰る条件はどれひとつとして受け入れられません。それをご当主にお伝え下さい」

真剣な瞳で彼女が頷く。

「里帰りの3点は経費をそちらで持たれても容認できません。もし妥協点を探すのであれば、許せるのは王都での社交でしょうか。アレクサンドラ嬢個人の交友関係に口を挟む気はありませんので。ただ侯爵家としての社交はお任せは出来かねます。また、我が家の姉の件ですが――」

 そこまで話すと姉上に遮られた。

「どうしてあんたはそう事務的なのよ。益々怯えてしまうじゃない。ソフィアさん、ごめんなさいね。さっき話した私の婚約者は、仕事の為にこの家の領地と王都を行き来しているの。当然この家にも出入りがあるし、領地にも屋敷の近くに家を買ったの。だから私が嫁いでも私と縁を切る事は出来ないのよ」

 あんなに怒り狂っていた姉上が自分の婚約者の話をしたなんて嫌な予感しかしないが、それを聞いたソフィア嬢はハッとした顔で姉上の顔を見る。何事か、聞き取れないほどの小声で彼女が呟くと姉上は笑った。

「違うわ。私はあの人が好きだから婚約したの。あの人は……研究が好きで私を選んだのかわからないけど、私たちは仲良しだし、どちらも義務感で婚約したのではないわ。ありがとう」

 幾分か落ち着きを取り戻し安心したような表情の彼女は、もう一度詫びの言葉を口にしてから条件の件は間違いなく父親に伝えると約束した。



 恐縮されながらもせめて玄関までと送ると、その後ろ姿に彼女の髪が今日も簡単な事に気付く。リボンは気に入らなかったのだろうかと思っていると、玄関の扉を開けた外で彼女に礼を言われた。

「先日は素敵なリボンをありがとうございました。今日はお詫びにうかがったので付けなかったのですが、毎日眺めて大事にしております」

「そう。そんなに大したものじゃないけれど、そう言ってもらえると嬉しいよ」

なんとなくいじらしく思え、和やかな気持ちで笑った。

 従者を手で制し、後ろ手でドアを閉める。

「ああ、そうだ忘れていた。先触れを出すつもりでいるけれど、この状態で文字だけ見たらきっと君の家は動揺するだろうから、先に伝言を頼むよ。明日ではなく明後日、最終的な確認の為にそちらにお伺いしますと。……その日にはリボンをつけてくれるとありがたいな」

彼女はいつもより柔らかい表情で頷いた。その表情に少し胸が騒ぐ。



 少し先の門に伯爵家の馬車が見える。それでは、と礼をする彼女の手のあかぎれが目立つ。

「……ソフィア嬢、君は……この条件や婚約についてどう考えている。これは元々君の婚約だ。誰にも言わないと約束するから、思うところがあれば話してほしい」

きょろきょろと目を動かして、少し躊躇いながらも彼女は口を開いた。

「婚約はずっと決まっていたことなので特に何も。条件は父から聞いていませんでしたが、知った今もそういうものだとしか考えていません。……それよりも我が家は罰を受ける必要があると思います。父が嫁がせようとしていた私は、侯爵家はおろか、伯爵家にも相応しくない娘なのです」

途中から、彼女の目はすっと虚ろに下を見ている。

「姉の言う通り不出来な私はマナーも知らず、ダンスも踊れない。見た目も地味でどこから見ても中を知っても貴族の令嬢ではないのです。こんな私が好きだ嫌だなどと希望を口にするのもおこがましいことです。大事なことをお話しできる機会もなく、秘密にしていて申し訳ありません」

 20年の人生で一度も見た事もない悲しい瞳が揺れる。風が吹き声が空に溶けた。聞いたのは自分だけ。



 その晩、自宅に戻った父上にどうあっても妹を嫁にもらうと告げると、父は呆れたようにさっさとしろと投げて寄越した。


1章はあと4話更新します。


※お知らせ※

2章をこねくりまわしているうちに思いのほかボリュームが散らかってしまい、手間取っております。

数話は固定で更新出来るのですが、2章の妙なところで一時停止するなら1章の終わりが切りが良いので、1章の終わりで一度、毎日更新をお休みにさせて下さい。

2章の更新は遅くて年明けをお約束します(その前にまとまりましたら早期に更新再開します)

予定が甘く、申し訳ありません。何卒ご容赦下さい。

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