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柱神の巫女~貴方の「愛」は信じない~  作者: 葉摘 紅茶
01 リステラ
9/17

Re: 私は貴方を愛しています

 

 どうやってここまで戻って来たのか覚えていない。

 私はなぜこんな所にいるのだろう。

 王城の厩舎で馬を借りて誰にも見つからないように王都から離れるのではなかったのか。そう決めたではないか。


 なのに何故、私はこんな所にいるのだろう。



「もう、どうでもいいや……」



 私の気持ちを推し量ることなく今日も天気は晴れている。

 雨季と乾季が定期的に入れ替わるフローランズ王国において今は乾季。


 照りつける太陽は雲すらも吹き飛ばし、薄く透明な幕を貼った天蓋を通して見える青空は雲ひとつない快晴である。この様子では当分雨は降らないだろう。


 なんで今は乾季なんだろう。雨季だったらよかったのに。何故雨が降ってくれないのだろう。雨が降ってくれればいいのに。


 ──そうしたらきっと、この頬を流れ落ちる涙も誤魔化してくれたはずなのに。



 神殿でも王城でもなく。城下街の外れにある草原の大樹の幹に私の姿は在った。

 まだ何も知らなかった幼い頃。ただ王子様(アスラン)に恋する無邪気な少女でいられた頃、私はよくこの大樹の側でアスランと遊んだ。


 子ども心には退屈だった神殿や城をたまに抜け出しては日がな一日中アスランと遊び回っていた。後で国王と神官長である父様に見つかってこっぴどく叱られた覚えがある。



「忘れられる訳なんてないのに……私って本当に馬鹿」



 アスランと過ごした日々は色褪せることなく私の中に思い出として残り続けている。ずっと好きだったのだ。ずっと、愛していたのだ。

 何が十年かけて忘れる、だ。



「できもしないことを必死になって頑張って……そして結局忘れられなかったんじゃない」



 結局駄目だった。私の決意は、眠り続けた十年間は無駄だった。アスランを目にした途端揺らぎそうになって。傷ついた表情を見て心を引き裂かれそうになって。アスランに新しい婚約者ができたと知ってこんなにも打ちひしがれている。



「私に神気を受け止める適性がなければ……」



 この適正さえなければ私はただの『リステラ』でいられた。幼馴染のリステラとしてアスランと一緒にいられた。


 私が生きている時代に天蓋の結界能力が劣らなければ、私は『柱神』に選ばれずにすんだのに。

 十年間を奪われることなく、アスランとの年の差が広まることもなく一緒に生きていけたのに。

 寿命なんて気にしなくてよかったのに!


 私が柱神にならなければ。



「天蓋さえなければ……」



 不意に口をついて出た言葉に自身で驚き私は慌てて口を塞ぐ。



「……! 何を言っているの、私」



 天蓋がなければいいだなんて。なんということを考えていたのか。

 あの結界のおかげでフローランズ王国は魔素の脅威に晒されずにすんでいるというのに。

 仮にも柱神として十年間支え続けた天蓋を自身が否定してどうするのだ。


 もうこのことを考えるのはやめよう。これ以上愚かな思考に走ってはいけない。


 大樹から見える城下街と王城の景色をぼんやりと眺め、これからどうしようと思考をめぐらせる。


 これ以上ここにいる訳にはいかない。私は結局アスランへの想いを捨てることはできなかった。

 残り少ないこの生命でアスランの隣に寄り添うことなどできるはずもない。


 アスランには未来がある。私という存在に縛られてはならない。

 十年間神気を受け入れ続けた私の身体はそう長くはもたないだろう。


 私の神気を受け止める適性は神官長をして『異常』と言われるほどの力だった。

 普通、老いることがないとはいえ十年間眠り続けた身体がすぐに活動を再開できるわけがない。十年も動かなければ筋肉も弱ってしまうし、身体も衰弱しているからだ。


 故に私が目覚めてすぐに起き上がることができたのは、私の身体にそれだけ大量の神気が馴染んでいたということ。

 神気と魔素は相反する性質を持つけれど、長く浴び続ければ人間にとって有害なことには変わりない。


 私の身体には未だに膨大な量の神気が宿っている。やがてそれは私を蝕む毒となり、私の残りの寿命を奪うだろう。

 目覚めてすぐに私の身体を検査した医師からは「もって数ヶ月」だと宣告されている。


 元々全て覚悟していたことだからそれは問題ない。私は全てを知った上で柱神となったのだから。


 けれど。


 アスランへの恋心を捨てられなかった私はこれ以上ここには居られない。

 アスランに与えられた新たな婚約者。

 その存在を、アスランの隣に寄り添うその婚約者の姿など私は見たくない。祝福などできようはずもない。その者がアスランと未来を歩んでいく姿など見たくもない。


 どうせ残り少ない生命。最期をどう迎えようと私の自由だ。誰も居ない場所でひっそりと逝こう。



「……よし」



 大樹の幹から飛び降りると、私は厩舎へ向かった。

 厩舎には誰もおらず、馬が何匹か繋いであった。その中から以前遠がけした際に背に乗せてもらった馬に似ていた栗毛の馬を選んだ。ついでにそばに置いてあった黒のコートを拝借して馬に鞍を引き、厩舎の周りを見て人気がないことを確認する。



「ごめんなさい。馬と服を借ります」



 私は誰もいない厩舎に一礼すると鞍の上に跨った。

 馬は人懐こいのか初めての私の指示を素直に聞き、厩舎を出発する。人目につかないように行方を眩ませるために城下街とは逆方向の森の中を選び、暫く馬を走らせると王城はどんどん遠ざかっていった。


 私はふと後ろを振り返って遠ざかっていく王城に目を向けた。

 その眺めを忘れないように心に刻みながらぽつりと呟く。



「……さようなら」



 ぽた、とその声と共に最後の涙が頬を伝い落ちた。





 アスランとはもう二度と会わない。会うことは叶わない。

 もう貴方と共に居られないのなら、私は誰も居ない場所でひっそりと貴方のことを想って最期を迎えよう。



 アスラン。私の大好きだった人へ。


 どうか貴方は私のことを忘れて、新たな伴侶と共に未来を歩んで行ってください。

 今は貴方の幸せを心から祝福する事はできないけれど、遠く離れた地で陰ながら見守っています。


 どうか私の分まで長生きしてください。それだけが私の望みです。



 さようなら、アスラン。




 私は貴方を──



 心から、愛していました。











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