それでも君を愛している 2
王妃コーデリア。
アスランの実の母であり、フローランズ王国王妃である彼女ならば王族の義務について知っていたはずだし、アスランに秘匿することも可能だったはずだ。
表面上はにこやかな笑顔を保ったままそう考えたアスランは朝の挨拶も程々に本題を口にする。
「母上。お聞きしたいことがあります。フローランズ王族の義務についてご存知ですか?」
質問するとコーデリアは、わずかに目を見開いて動揺した態度を見せた。しかしそれもほんの一瞬。次の瞬間には何事もなかったかのように笑みを浮かべアスランの問いを突っぱねる。
「朝からいきなりなんです。王族の義務? ええ、それは王族たるものならば誰もが分かっていることでしょう。国民のために尽くすことです。陛下だってアスランの手本となるように日々公務に励んでいらっしゃるでしょう?」
何を今更、と言いたげな言葉にアスランは首を振って否定する。
今聞きたいのはそういうことでは無い。
「それは勿論存じております。けれど私が聞きたいのはそういうことではありません。母上が故意に秘匿されていた柱神の巫女と王家に課せられた義務についてお聞きしたいのです」
リステラの言葉を推察する限り王妃コーデリアは敢えて自分にその義務を秘匿し、リステラにのみその事実を伝えた。
アスランはなぜコーデリアがその義務を隠したかを知りたかった。
真っ直ぐにコーデリアに真意を問いたいと伝える。
コーデリアはしばらく黙っていたが、やがて諦めたように溜息を着き、
「そう。あの小娘に聞いたのね。折角追い出すことができたのに。最後まで余計なことをしてくれるわ」
辛辣にそう言い捨てた。それはアスランが今まで聞いたことがない、軽蔑を込めた台詞だった。
「――今、なんと言ったのですか?」
アスランは今しがた聞いた母の言葉をにわかに信じられなかった。
母コーデリアはいつも慈愛に満ちた温厚で優しい人で、リステラとも親密に接している様子を何回も見ていた。そんな母が、自分の何よりも愛する人に対する侮蔑の言葉を吐き捨てることが信じられなかった。
「あの小娘、と言いましたよ。王子を誑かす魔性の女。柱神の巫女かなんだか知りませんけど、もう残り少ない命なのです。いつまでも王太子に執着してもらっては困るのですよ。貴方は将来陛下に継いで王となる存在。寿命が僅かしかない残りカスよりも、これからの未来を共に語れる婚約者の方が貴方にとってよっぽど重要です。――そうね、丁度いいから伝えておくわ」
それからコーデリアはかつて大輪の花と称された美貌を綻ばせ、実に晴れやかな表情になる。
「貴方の新しい婚約者が決まりましたよ。貴方の従姉妹のダリアです。どこぞの馬の骨よりもきちんと由緒正しき身分を持つ文句なしの令嬢です。もう貴方もそろそろ身を固めなければならない時期ですからね、無事に決まってくれてよかったわ」
ダリア・プロイツェン。
コーデリアの生家であるプロイツェン公爵家の令嬢。リステラのことを「お姉様」と慕っていた彼女。いずれアスランの伴侶となるリステラのことを誰よりも祝福してくれていたと思っていた。リステラと姉妹のように仲睦まじい様子を見せていた彼女がなぜ。
ガラガラと、音を立ててこれまで築いて来たなにもかもが崩れ去る音がした。
それはアスランの心の絶望を模したものだったかもしれない。
――リステラ。
君のことを本当に心から愛しているのに。
どうして運命はこれほどまでに自分とリステラの仲を引き裂こうとするのか。
アスランはただ、呆然とした。
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