歯車世界4
小野田ワタル。職業は伝説の勇者であり、持って生まれた役割は、魔王を倒す事にある。
ミーミルの書と呼ばれる神書を開くと、そんな一文が記されていた。
ミーミルの書はフレイヤの所有物であり、大きさや厚さはコンビニによくある少年誌と同じ位。表面は神獸の皮で織られたカバーに覆われ、中身は羊皮紙のような薄茶色の紙に、魔力を纏った黒で文字や絵が描き出されている。
ミーミルの書には何一つとして書き記されてはいないものの、何もかもが書き記されている為、所有者が適当なページを開けば、知りたい情報、知るべき情報にアクセスする事が可能だった。
ワタルが知りたいと願ってページを開けば、ミーミルの書はワタルに情報を開示する。そして現在のミーミルの書には、ワタルのこの世界における役割以外にも、ワタルの能力値、所謂ステータスが記されていた。
レベルは1。HP4にMPは0。その他のステータスも軒並み4以下で定められており、覚えている魔法や特技は一つも無かった。一言で言えば雑魚そのもののステータスではあるが、小田野ワタルという人物を考えたなら、至極真っ当ではあった。
しかし、ここは歯車世界。
ワタルの初期状態が如何に酷いステータスであったとしても、初期ステータスに、文化レベルに合わせた数値がプラスされる事で、勇者と呼ぶに相応しいステータスを誇る・・・はずだったのだが、歯車世界の文化レベルは、既に滅びを必要とする段階を超えていた。その結果、世界を護る役割を持った勇者に付与されるボーナスは軒並み0だった。
「ぷぷっ。まるでカスなのニャー」
「ぷぷっ。本当にカスなのニャン」
「・・・っ」
ミーミルの書を横から覗き込んだオーデとエインは、書に記されたワタルのステータスを見て、おかしそうに口に手を当て笑って見せた。
まるで人のような態度でバカにする、猫のオーデとエインの職業やステータスも、ミーミルの書には記載されているのだが、そのステータスを、ワタルを基準に見た場合、RPGに出て来る裏ボスのような馬鹿げた数値を誇っていた。
見た目はただの猫であっても、実家の猫のようにじゃれつかれようものなら、簡単に死んでしまう為ワタルは、オーデとエインが少し動く度に戦々恐々としていた。
モンスターとエンカントしているわけでもないのに、滅茶苦茶怖い。
「あまり、オッタルを苛めてはいけませんわよ」
「別に苛めてないニャー」
「そうニャン。苛めてたらもう死んでいるのニャン」
オーデとエインはさらりと怖い事を言う。
因みにオッタルと言うのは、小田野ワタルという名前を略して付けられたワタルの愛称だった。ワタルはなぜかフレイヤに気に入られていた。
「この世界には様々な制約が働いていますので、冗談でも殺してはいけませんわよ。神の雫や世界樹の葉は愛でるものであって、使うものではありませんから」
「フレイヤ様でも、壊せない制約なのかニャー?」
「壊せないとなると、それはスペシャルワンなのかニャン?」
「可能性は、かなりの高確率であると思いますわ」
「おぉ、となると久々の大物ニャン」
「整ったのニャー。フレイヤ様のお宝と掛けて、主人に再会した犬と解くニャー」
「その心ニャン?」
「スペシャルワンがあるのニャー」
「あら、お上手ですわね。ですが当面はお宝ではなく、世界を知る事に致します。わたくしがこの世界で与えられた役割は、勇者の仲間として、魔王を倒す事ですもの。ねぇ、オッタル」
「・・・」
フレイヤの甘い声に何も言葉を返せなかったワタルは、ただ曖昧に頷いた。