プロローグ5 凡人勇者小野田ワタル
プロローグ5 凡人勇者小野田ワタル
小野田ワタルは、真っ白な床と言っていいのかよく分からないが、とにかく白い場所に正座で座っていた。正座で座るワタルの周りには、何もないし誰もいない。
日の丸弁当にある梅干のように、ポツリとその場にあり続けているワタルは、さて、どうしたものかと考えていた。
姿を見ていない為想像でしかないが、ワタルは美しい女性の声を聞いた。
女性はワタルに人生をやり直すチャンスを与えるとそう言った。別にやり直すチャンスなんてものを、ワタルは欲しいわけではなかったが、漫画脳でゲーム脳であるワタルは、これはもしかして異世界転生にワンチャンあるんじゃね?と考え、女性の要求を呑むことにした。
しかし要求を呑んだはいいが、その後何も起こる事はない。
あれから何時間経過したのだろうか、ワタルは真っ白な空間でただ一人、正座で待機している。当然言うまでもなく全裸である。
「・・・こほん。えっ、あああのう、いつまで、待てば、い、いいんでしょうか?」
コミュ障のワタルは、ぼそりと弱々しい声で質問する。高校デビューを失敗してからワタルは、女性というよりもなんというのか、言語を操る人種全般が苦手になっていた。
「・・・」
返事はない。
「あっ、はい。ま、待ち、ますね・・・」
返事はないのだが、ワタルはない返事に返事をし、大人しく待機行動を再開する。ワタルがこの時一つ自分を知ったのは、自身が放置プレイで興奮するMではないという事だった。汚く梱包された息子はその存在感を完璧に消している。ワタルは太っていて、オッパイがある為、顔さえ見せなければ、今はショートカットの女に見えるかもしれない。
「お待たせ、えっとあんたは、まぁ、なんでもいいわね。死んだ前の事なんてもう必要ないどころか、寧ろ不用なしがらみになる場合も多いし、特にこんな仕事?仕事でいいのかな、給料なんて出ないから、雑務というのか、貴方達の世界で言うブラック企業に勤めてると、出会う人間は皆そんなんばっかりで、人生の恨み辛みをここで話されてもって感じで、こっちもウゼッ、死ねよって思うしって、あぁ、つっても、もう死んでんだけどね。まぁ、だからこんな状態になってもアレだし、簡単に言うと、お前に全然興味ないんでって事で、勝手に話を進めちゃってもいいよね?死人に口なしじゃないけど、死人の意見なんてこっちは聞く耳持たないんで、NOと言われた所で、勝手に進めていっちゃうんだけどね」
突然目の前に現れた女神は、早口で捲し立てるようにそう言った。
目の前といっても、人を見下す為か、少しだけ上の方に立っている。
黒く長い髪は、櫛で一掻きしたなら、ブラックパールのような艶やかさを見せるのだろうが、寝起きなのか、今はボサボサの寝癖をつけている。セパレート式のひらひらした白い服は、ネグリジェのような色香があり、白く短いスカートからはスラリと伸びた足と、白の下着が見えた。下着だけでなく、よく見るとひらひらした白い服の下からは、肌色をした二つの山が見えている。この女神ノーブラだ。
唐突に視界をジャックした神アングルに、ワタルは正座の中で恐ろしい速度で成長していく息子を、そっと手で覆い隠した。息子を山なりに組んだ手で隠しながらも、ワタルは、その光景から目を離すことはしなかった。
「まぁでも一応、あんたには三つの選択肢があるわ。一つ目は今世でのやり直し。簡単に言うと、それなりの経験値を持った状態でのやり直しね。あんたの場合はカスっぽいけど、ないよりはあった方が当然いいから、これはちょっと有利な状態で、今の世界を最初からやり直せる選択肢。記憶は引き継がれないから、所謂転生というものに当てはまるのかしらね。二つ目は、ここではない世界、あんたの世界で言う所の異世界に渡ってのやり直し。これは今の物語の続きで、現状のステータスのままスタートするわ。だから特別待遇として、どんな職業でも自由に選ぶ事ができるようにしてあげる。ニート必見の選択ね。ただ残念ながらどの異世界になるかは、こっちの匙加減。ちなみに私はあんたが嫌いだから、この選択はお薦めしないわ。三つ目は魂滅。簡単に言えば完全な死ね。輪廻の輪からもはずれ、あんたの存在は未来永劫すべての世界から消滅する。一番選んで貰いたい選択ね。さて、この三つの内どの選択肢にしましょうか?」
「・・・」
「おいっ!」
「ははい、な、なんですか?」
「1か2か3どれにするんのかって事よ、早く選べ。こちとら時間がないの。厳密には無限にあるけど、あんたに掛ける時間は皆無なの。分かる?」
「えっ、あっ、じゃじゃあ、2でお願いします」
女神がやたらと動いて話すので、その度にアングルが変わり、以下削除案件。
なんて事が起こっていた為、ワタルは女神の話の10割を聞いてはいなかった。
話を聞いていなかったワタルが2を選んだ理由は、説明から導いたわけでは当然なく、マークシートで分からなかった時は、取り敢えず真ん中の数字を選ぶといった、誰にでもありがちな習性によるものだった。
コミュ症である為、もう一度説明してくれとも言えないし、何より説明された所で、きちんと聞ける理性がワタルにあるとも思えなかった。
ワタルは既に口を半開きにさせ、神アングルの鑑賞を再開していた。山なりに組まれた手も、少しだけ上下運動を開始している。
「へー。ちょいと忠告したのに、これは意外だったわね。まさか、勇者になりたいとか?」
声が聞こえた為、ワタルは取り敢えず「はあ」と頷いておく。今のワタルには、はっきり言って、女神の話なんてどうでも良かった。
「はいじゃあ、了解。なら2ね。私はあんたが嫌いで、見てるだけでイラつくから、とんでも魔王のいる世界をあえて選んであげるわ。まぁ、あんたのステータス糞ザコだし、何処を選んでも最初の青いヤツにすら勝てないとは思うけど。ちなみにその世界、死んでもやり直しきかないから、頑張ってね~」
神アングルが、ワタルの目の前から消える。
消えて事に対して、ワタルは不思議と何も思わなかった。
何も思わず何も感じない、雑念ゼロとなったワタルは、女神が口にした世界へと落下した。
落下したのはふわふわの椅子の上であり、その椅子は物凄い速度で移動しているようだった。勇者というよりはなぜか賢者になったような気がしているワタルは、冷静に辺りを見渡す。
冷静な中、普段会えば冷静で無くなるような、美しい女性と目が合った。